やっとの思いで統合戦略を終えてロドスに帰ってくると、ロベルタが話しかけてきて…?
巨大陸上空母『ロドス・アイランド号』は、低い地響きを伴いながら今日も荒野をゆっくりと航行していた。
その甲板の一角。手すりにもたれ、地平線をぼんやりと眺める影が一つ。
黒いフードを目深に被ったロドスの指揮官……ドクターだ。
「……ふぅ」
溜息とともに外の空気を吸い込む。
机の上に積まれた仕事から逃げるようにここへ来て、今は風に当たりながら休んでいるところだ。
その背後から軽やかな足音が近づく。
アーミヤが自分を連れ戻しにきたのかと思い慌てて振り返ると、そこにいたのはコータスの少女ではなく白衣の裾を翻したアナティの女性――補助オペレーター・ロベルタがやって来るところだった。
ダークブラウンの髪が風に揺れ、同じ色の瞳は何か面白いことを見つけた子供のようにきらきらしている。
「ふっふっふ……聞いたよ、ドクター!」
開口一番、いたずらっぽく口角を上げるロベルタ。
「この間の任務でサルカズの女の子に騙されて散々な目に遭ったんだってね!」
得意げな笑みを浮かべる彼女に、ドクターは思わず言葉を詰まらせた。
「……茶化さないでくれよ、ロベルタ。私はただ、彼女について行ったらどうなるのかちょっと気になっただけで……」
けれど、弁解すればするほど彼女の笑みは深まっていく。
その無邪気さに、怒るよりも先に心が緩む。
「それで見るからに怪しい踊り子に手を引かれて、深海教徒達のど真ん中に突っ込んじゃったわけだね?君ってばほんっと不用心なんだから……あははっ、あーおかしい!ロドスを率いるドクターがハニートラップにあっさり引っかかったなんて、こんなの笑わずにはいられないって!」
「笑い事じゃないぞ!?サルカズの集団には襲われるし宝箱の罠には引っかかるしで、本気で死ぬかと思ったんだからな!?」
必死の抗議にも、ロベルタはけらけらと笑いを止めない。
……本当に、彼女は。
手痛い経験をしたばかりなのに、彼女の前だと不思議とその苦々しささえ薄れていく。
「……まぁ、でも。」
笑いの余韻を残しつつ、ロベルタはふっと息を吐いた。
「ドクターが無事でよかったよ。ちゃんと帰ってきてくれたから、こうして君の顔もいじれるわけだし……」
そう言って彼女は当然のようにフードをくいっと脱がせると、額にかかる髪を指先で軽く払った。
白いブラシが白衣のポケットからひょいと取り出され、丁寧に髪の流れを整えていく。
「……ロベルタ?」
「ふむ……激務をこなして乱れた髪も、これはこれでドラマチックだね?」
目を細め、柔らかく笑うロベルタ。
「でも、君の顔がちゃんと見える方が……あたしは好きかな」
好き――。
不意に向けられた言葉に、思わず呼吸が止まりそうになる。
「す、好き!?」
「うん。だってね、ドクター」
彼女はブラシを止めずにドクターに語りかける。
「君の顔は、あたしにとって特別なんだ。あの日あの階段室で、初めて会った時からずっと。」
その声音はひとかけらの冗談も含んではいない。
甲板を渡る風の中、ロベルタの瞳は真っ直ぐに輝いていた。
「だからさ、これからは変な罠に引っかかって危ない目に遭ったりしないでよ?あたしは君の……」
言葉がふっと途切れる。
「君の?」
思わず聞き返した。
「……専属スタイリスト、なんだから!」
ほんの一瞬迷ったのを隠すように、ロベルタは声に勢いを乗せて言い切った。
顔にはいつもの自信ありげな笑みが戻っているが、その頬がかすかに紅潮しているのをドクターは見逃さなかった。
最後のひと撫でを終えると、ロベルタはブラシをくるりと回して満足げに微笑んだ。
「……はい、これで完了。また一段と“良い顔”になったよ、ドクター!」
“専属スタイリスト”。
――本当は、もっと違う言葉を言おうとしていたのではないか。
そんな疑問を胸に仕舞い込みながら、ドクターは彼女の笑顔を受け止めていた。