鬼舞辻無惨を撃破したその裏で、蝶屋敷の家族の帰還を信じて待つ少女達がいた。彼女達は祈る事しか出来ない。果たして、彼女達の心が救われる日は来るのか。

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実質2時間ほどで思いつくまま書いて、推敲もろくにしていません。互いの呼び方がよく分からないまま書いているので、おかしいようなら指摘願えたら。

*時系列的には、むざん撃破直後の蝶屋敷の状況を描写しています。

*原作のネタバレが含まれていますので、原作を読まれていない方は読まない方がよろしいかと思います。


蝶がその羽を休める場所は

鬼殺隊が鬼の首魁 鬼舞辻無惨を相手に死闘を繰り広げていた運命の夜。鬼殺隊の命運を賭けた決戦が始まった事を鎹鴉(かすがいがらす)によって知らされた蝶屋敷では、隊員の勝利を願ってそこで働く娘達が神棚に手を合わせ、一心に祈っていた。

 

神崎アオイ、中原すみ、寺内きよ、高田なほ。それぞれが願うは、『勝利を。そして、どうか無事に家に戻ってきて』。

 

彼女達は皆家族を鬼に惨殺された過去を持ち、それを不憫に思った蝶屋敷のかつての主姉妹に保護された。その主姉妹の内の姉は既に鬼籍に入っており、現在の主は妹の胡蝶しのぶ。

 

今この蝶屋敷にその主はいない。主は、主の継子であり妹のようにも思っている栗花落カナヲと共に決戦の地で戦っている。それを知っているからこそ、彼女達4人は、一心不乱に祈っているのである。

 

同時に彼女達は蝶屋敷に住む家族の安否だけではなく、知り合った多くの隊士の無事も願う。鬼殺隊の医療施設としての役割も担っている蝶屋敷には多くの隊士がやってくる。当然そんな隊士達の回復のお手伝いをしている彼女達の脳裏には、今も命をかけて戦っている隊士達の顔が思い浮かぶ。

 

鬼になった妹を人間に戻すためにひたむきに努力する誰よりも優しい少年。頻繁に奇声を上げるけれど、根は純粋な黄色い頭の少年。窓を割ったり盗み食いをする困った子だけどどこか憎めない被り物好きの少年。彼らだけでは無い。もともと鬼殺隊に入る隊士のほとんどの者は、鬼に身内を殺された者達だ。どれほど笑顔を見せても、どれほど忘れた素振りを見せても、心の奥底では鬼に対する暗い復讐心が揺蕩っている。

 

それを痛い程知っているからこそ、彼女達は鬼殺隊の勝利を願う。そして同時に、生きて帰って来て欲しい。彼ら彼女達を待つ人がいるのなら、待ち人の元へ帰ってあげて欲しい。

戦う力の無い彼女達には祈る事しか出来ない。

 

東の空が白み始めても、彼女達は祈りをやめようとしない。その時、1羽の鎹鴉(かすがいがらす)が蝶屋敷の軒先に留まり、一声を上げた。

 

「カァー、カァー! 鬼滅隊、勝利ぃッ! 無惨、撃破ぁッ! 撃破ぁッ!」

 

その声に、彼女達は一斉に顔を上げ、互いに見つめ合う。そして彼女達は誰ともなく抱き合い、声に出して号泣する。零れ落ちる大粒の涙。その涙で零れ落ちるのは、彼女達が鬼に対して抱いていた憎悪だったか。

 

最初に行動に起こしたのは、神崎アオイだった。

 

「すみちゃん、きよちゃん、なほちゃんっ! 勝ったとは言え、きっと皆怪我をしているわ! お湯を沸かして、包帯の用意をしましょうっ! しのぶ様が戻って来て直ぐに手当てが出来る様に!」

 

「「「はいっ!」」」と勢いよく返事をして、神崎に続き彼女達の仕事場に駆けていく3人。彼女達はまだ知らなかった。ここからが本当の地獄だったという事を……。

 

 

 

「くっ……。この方は……、庭の臨時救護所に移して……下さい」

 

神崎が苦渋の表情で、側に控えている隠の一人に指示をする。申し付けられた隠は、彼女の痛みを察したのか、ただこくりと頷く。そして隠は、治療台の上で満足したような笑みを浮かべて逝った隊員を背負いその場を離れる。臨時救護所とは、救護所とは名ばかりの、実際は遺体安置所と言っても良い場所だった。

 

隠が物言わぬ亡骸を背負ってその場を去っても、直ぐにその治療台には別の重症患者が横たわる。

 

神崎を含めた4人に、死者を悼む時間は無かった。敬愛する蝶屋敷の主が戻ってこないまま、彼女達は焦燥を隠すようにまだ助かる可能性のある患者を救おうと手を動かす。

 

「すみちゃん……」

 

きよが、治療中に涙をポツ、ポツと零したすみを慮って、そっと手を伸ばす。しかし、その手がすみの衣服を掴む前に、すみは涙をグイッと拭い大丈夫、とばかりに首を振る。そのようすを見ていたなほも、知らず零していた涙を拭い、目の前の出血の止まらない隊員に対する処置をする。

 

「皆、もう少しだからっ! もう少ししたら、きっとしのぶ様が戻って来られるはずだからっ!」

 

神崎のその言葉を聞いた何人かの隠や治療を待つ比較的軽症の隊員がそっと顔を背ける。彼らは知っていたのだ。思い出すのも憚れる無限城での死闘の最中、鎹鴉(かすがいがらす)が発した無情の宣告を……。しかし、今、この場で彼女達にその事を伝える無情な者はいなかった。ただ、いたたまれない様に唇を引き締め、顔を背けるだけだった。

 

 

 

「蛇柱様……」

「あおいさん、恋柱様も……。ぐすっ……」

 

新たに処置室に運び込まれた白と黒の縞模様の羽織を羽織った男を見つめて、神崎が茫然と呟く。神崎の前に横たわっているのは、蛇柱 伊黒小芭内だった。そして、すみの言葉の通り、伊黒の隣にはいつも天真爛漫な明るさで彼女達を笑顔にしてくれていた恋柱 甘露寺蜜璃が。しかし、もう甘露寺は、そのはじけるような笑い声を彼女達にかけてくれる事は無い。

 

彼らを処置室まで運んできた隠は、おずおずと神崎達に目をやる。隠しも、既に二人が息絶えている事は知っていた。だけど……、それでも……、どうしても……、もしかしたら……、という思いを捨てきる事ができず、二人を運んできてしまった。それを一体誰が責められようか。

 

神崎は、横たわる二人に光の陰った瞳を向け、首を力なく振る。

 

「お二人を庭に……。二人、並べてあげて下さい……」

 

「……はい……はいっ。ぐすっ……」

 

涙を零しながら数人の隠が二人を背負って部屋を去っていく。助けてあげたかった。鬼のいない世界を、二人で過ごさせて上げたかった。屈託のない笑みを浮かべる彼女の隣に、彼女に近づく男に氷の眼差しを向ける彼に並び立ってもらいたかった。彼女と彼は、そのような幸せな光景を自らが甘受するのではなく、他者にその恩恵を与えて黄泉路を渡った。尊い。あまりに尊い最後だった。

 

 

「なほちゃんっ! 炭治郎さんがっ!」

 

すみのその声になほだけでなく、神崎ときよが目を見開く。まさか、あの妹思いの優しい彼まで? 止めようも無い死をあまりに多く見届けていた彼女達は、最悪の光景を想像し思わず硬直する。

 

しかし、すみは「生きていますっ! 炭治郎さんは生きていますっ! それに、カナヲさんも、善逸さんも、伊之助さんも!」

 

生きているという言葉を聞いて、神崎は直ぐに動き始める。その瞳にはほんの少しだが光が宿っていた。

 

「カナヲは、こちらに! 炭治郎さんはそちらにっ! 善逸さんと伊之助さんは――」

 

皆意識は無い。だけど、自分達の処置次第では命を助けられるかもしれない。そんな確信を持った彼女達は、自身の疲労など意にも介さず治療行為に没頭していくのだった。

 

 

 

彼女が目覚めた時、ベッド脇の質素な椅子に彼女のよく知る女性が腰かけ、こくり、こくりと舟をこいでいた。さーと壁際の窓から風が入り込み、白いレースを揺らした。薄暗い。月明かりでかろうじて周囲の様子が見渡せる。ふと、隣のベッドに目を移せば、共に死線を潜り抜けた同期が横になっていた。薄暗いだけが理由ではなく、目でその様子をしっかりと確認する事が出来なかった彼女だが、既に命の危機を乗り越えているであろうことを穏やかな息遣いで察する事ができた。

 

「……カナヲ?」

 

その声に、カナヲと呼ばれた少女は炭治郎達から視線を剥がし、振り返る。いつの間にか椅子に腰かけていた少女は目を覚ましていた。

 

「あおいさん……」

 

自身の名を呼ばれた事で感極まったのか、あおいの瞳に徐々に涙が浮かび「カナヲッ!」と抱き着く様に覆いかぶさる。ただ涙を流す姉のように慕う神崎を、目をぱちくりとしながらカナヲは見つめ、その後笑みを浮かべた。

 

「ただいま、アオイ姉さん。私……、私達、勝ったよ」

 

「うん、うんっ、知ってる! 頑張った、本当によく頑張ったねぇ、カナヲ!」

 

神崎が泣き笑いの表情と共に発した言葉が外にまで漏れていたのだろう。突然病室の扉が開き、すみ、きよ、なほがまろぶように駆けてくる。彼女達もカナヲが意識を取り戻した事を知り、神崎の隣で涙を流しながらカナヲに抱き着く。抱き着き、その身体に確かにぬくもりが存在する事を確認する彼女達。何人もの、何十人もの冷たい亡骸を見送ってきた彼女達にとってそのぬくもりは、極寒の中にくべられた松明のようなぬくもりに感じた。

 

 

 

「あの……カナヲさん……。しのぶ様は……」

「「……」」

 

あれからどれほど経っただろうか。ようやく感情が落ち着いたすみが、皆の気持ちを代弁するかのようにカナヲにおずおずと問いかける。神崎も、その瞳に希望の色彩を纏わせカナヲに尋ねる。

 

「……しのぶ様はこちらに運ばれてきていなかったの。その……ご無事な柱の方は現地でまだ後始末をしているのよね? そうよね、カナヲ?」

 

カナヲのシーツの外に置いた手を包み込む神崎の両手が震えている。彼女が淡い期待を込めて尋ねている事を察したカナヲ。彼女は、ほんの少しだけ目が見えずらくなった事に感謝した。だって、そのおかげで大好きな姉の顔が涙で濡れる所を見なくて済むから……。

 

カナヲは視線を、ベッド脇の棚の上に丁寧にたたまれて置かれている隊服に向ける。そして隊服に手を伸ばし、その内ポケットからある物を取り出す。

 

 

それは一部が破損した蝶の髪飾り。

 

その髪飾りが誰の者なのか、知らない者はその場にいなかった。すみが認めたくないとばかりに首を振る。きよがこらえきれない様に顔を覆う。なほがシーツに顔を埋める。そして神崎は唇をギュッと噛みしめ、顔を俯ける。

 

そんな彼女達に、カナヲは無限城での敬愛する姉の最後を告げるのだった。逃げてはいけない。師範が何を護るために逝ったのかを、知ってもらう必要がある。他ならぬ、蝶屋敷の家族だった彼女達にこそ。

 

 

 

「……そう……だったのね。しのぶ様は、カナエ様の仇を討ったのね……」

 

絞り出すような神崎の言葉。彼女の隣では、すみ、きよ、なほが互いに抱き合い肩を震わせていた。

 

「でも……でも、私はカナエ様の仇を取って下さった事より……しのぶ様に生きて……戻って来て欲しかったです。うわーーん!」

 

すみの涙が伝播したのか、きよ、なほまで泣き崩れる。仇を取るより、生きて戻って来て欲しかった……。カナヲはその通りだと思い顔を俯ける。カナエ姉さんの仇を取る事は確かに大事な事だったけれど、それでも師範には生きる事を優先してもらいたかった。そう思ってしまう事は、師範を侮辱する事に繋がるのだろうか……。

 

その時、病室に1匹の蝶が窓から入り込んだ事に気づいた者は誰もいなかった。その瞬間、俯くカナヲ、そして彼女を取り囲む4人の少女達に、何処からか声が投げかけられる。

 

(ごめんなさい、カナヲ、アオイ、すみ、きよ、なほ。私はあなた達の元へ帰れなかったけれど、これが私の望んだ生き方だったの。だから、私は満足しているのよ。どうか、あなた達にはこれから鬼のいない世界を笑顔で思うまま生きて行って欲しい。私の分まで……)

 

確かに投げかけられた声に、ばっと顔を上げて周囲をキョロキョロと見回す彼女達。しかし、彼女達の視界に、その声の主は映り込まなかった。いつの間にか病室に迷い込んだ蝶は消えている。

 

だけど彼女達は理解した。彼女達の敬愛する姉が、彼女達のために一瞬だけ彼岸を渡って戻ってきてくれたのだと。

 

その後、彼女達は互いに抱き合い、涙を零すのだった。涙を流すのは今日だけ。明日からは笑顔で暮らすから、今日だけは許して欲しい、と思いながら……。

 




初めて短編を投稿します。劇場版が良すぎて、衝動のまま書いた拙い小説ですが、初めてのジャンルでもありますし、どんな感想でも結構ですので、頂ければ嬉しく思います。

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