境界の斎鬼   作:eebbi

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第四章:集束
肩を並べて


 ある日のお昼前。台所から甲高い音が響いた。

 慌てて駆けつけたアオイの目に映ったのは――折れた包丁と、それを呆然と見つめる斎鬼の姿だった。

 

 ことは一刻前にさかのぼる。

 いつものように、アオイは昼食の準備をしていた。食材を確かめ、献立を組み立てる。

 その背後から低い声。斎鬼だった。しのぶと何か言葉を交わしたあと、こちらに歩み寄ってくる。無表情のはずなのに、なぜか小さく見える。宇髄邸から帰ってきて以来、感情が少し読みやすくなった気がする。

 

 台所の入り口で立ち止まった。視線が泳いでいる。そして、どこかバツが悪そうに口を開いた。

 

「……手伝えることはあるか?」

 

 またこれだ。この鬼は、最近やたらと手伝いを申し出るようになった。隊士の治療、掃除、配膳。今度は、料理ときたか。

 これで断ると、また小さくなるに違いない。やりにくい。

 

「では、ジャガイモを切っておいてください」

 

 まな板の上に芋を置き、他の準備に取り掛かる。しかし、斎鬼が近づいてこない。見ると、何か迷っている。

 

 ――ああ、私がいるからか。

 視線がまた泳いでいる。ため息を一つ。

 

「いいですから、どうぞ」

 

 斎鬼が小さく頷く。一歩、二歩とこちらに近づく。手が小さく震え出す。彼の視線が、その震えを捉えた。足が止まる。アオイは眉を上げ、強い眼差しで応じた。

 

 静かな攻防の末、斎鬼がまな板の前に辿り着いた。包丁を取り、ぎこちなく皮を剥き始める。アオイは道具を取りに席を外した。

 

 ――そして、今。

 どうしたらそうなるのか。折れた包丁と、呆然とする鬼。アオイに向いた視線は、叱られまいとする子どもみたいだ。その顔を見て、怖いはずなのに、おもわず笑いがこぼれてしまった。

 

「なんでそうなるんですか。片付けるから、渡してください」

 

「……自分でやる」

 

 有無を言わせず回収する。もう、手は震えなかった。

 

***

 

 子どもたちの笑い声。隊士たちの騒ぎ声。

 蝶屋敷は今日も賑やかだ。

 

 昼下がりの縁側に、影が一つ。最近は見かけなかった、斎鬼だ。何を考えているのか、無表情で庭を眺めている。小さな足音とともに、彼に近づく、小さい影が三つ。

 

「正治さんは、なんで外に出ないんですか?」

 

 大きい影が固まった。何かを言おうと口をモゴモゴさせている。また一つ、影が近づく。

 

「正治くんは、日差しが体に悪いのよ。ね」

 

 カナエ様だ。斎鬼の顔がふっと緩む。そして、大きく頷いた。

 

「そっか。じゃあ、ベーゴマしよう!」

 

「あらあら」

 

 なほが斎鬼の袖を引く。それを捉えた斎鬼の視線が、一瞬、虚ろに彷徨った。ひと息つくと、口を開く。

 

「……わかった」

 

 いつの間にか、訓練していた隊士も縁側に集まり、屋敷は一層騒がしくなる。戻るように言っても、もう手遅れだ。

 

 今は、きよと一人の隊士が勝負している。白熱しているようで、カナエ様が一番はしゃいでいる。

 

 ふと、輪の中に斎鬼がいないことに気づいた。見渡すと、カナヲに話しかけている。斎鬼がコマを差し出す。コイントス。拒否。肩を落とし、トボトボと輪に戻っていった。

 

「……何の騒ぎよ、これは」

 

 しのぶ様まで来た。ため息ひとつ。その目の奥に走った鋭い光。輪の中心にいる鬼を睨み、姉の笑顔にわずかに眉を顰める。けれどその感情を言葉にすることはなく、ただ冷たい視線だけを残して背を向けた。

 笑い声に包まれた蝶屋敷は、今日も騒がしい。

 

***

 

 夜の蝶屋敷。普段の騒がしさは何処へやら。静寂が屋敷を包んでいる。

 縁側から、ようやく戻ってきた、聞き慣れた声が二つ聞こえる。

 

「今日は、楽しかった?」

 

 柔らかく優しい声色。カナエだ。

 

「……ああ」

 

 斎鬼の低い声。無表情な声色に、以前はなかった淡い温もりが宿っている。

 それ以上、言葉はなかった。縁側に落ちる静けさが、二人をひとつにする。並んだ肩が、冬の夜風に触れてかすかに震える。その温もりだけで、言葉はもう要らなかった。

 

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