「全滅!? どういうことだ!」
ちょうど外から戻ってきたシモベからの報告に、アインズは動揺を隠せないでいる。
地表部分を見ると配置されていたシモベ達のほとんどは死に、生き残っている者達も発狂して同士討ちしあっていた。その中にはデスナイトを初めとするアンデッド達も混じっていたという。
精神系スキルに耐性を持つはずのアンデッド達まで影響を受けているならば、やはり敵はシャルティアを洗脳したワールドアイテムの使用者と同じなのか?
恐怖公の死亡通知が届いたことから、もはや第三階層も同じ有様になっていることだろうとアインズは察する。
だが次の階層にはガルガンチュアがいる。
本来はダンジョンギミックのゴーレムにすぎないため、もしかしたら洗脳スキルが効かないかもしれない。仮に効かなかった場合、本格的にワールドアイテムの使用をすべきだろう。
第四階層。
悠々とした足取りで洞窟内を散策する娘は、静かな広い湖を見渡していた。
「………」
湖を覗く彼女の黒い目には、相変わらず感情があるのかどうかもわからない。手慰みに近くの岩肌を撫でていると、ふいに彼女の足元が揺れだす。
地震………否。
ゴオオオオオオオ!!
けたたましい轟音に伴う振動で湖の表面が波打ち、湖面の中央から水飛沫を上げながらガルガンチュアが身を起こした。
「………」
突然現れた巨人を前にしても、彼女は驚くこともなく無言で見上げる。眼下の彼女を侵入者と見なしたガルガンチュアが、鏖殺しようと拳を振り上げ………ようとしたところで動きが止まる。
数秒間の停止の後、ギシギシと巨体が振動している。
………否、震えている。
その手で押し潰せば容易に殺せるであろう小さな生物に対し、最強のゴーレムは己の中に新たに芽生えた感情にプログラムされた使命感が塗りつぶされていく。
それは恐怖。
ただ無機質に敵を鏖殺するゴーレムにあるまじき、致命的なバグだった。
敵を排除せよ。
エラー
身体を動かせ。
エラー
敵を殺せ。
エラー
殺さなくては。
エラー
早く殺せ。
エラー
早く。
エラー
動け。
エラー
エラーエラーエラーエラーエラーエラーエラーエラーエラーエラーエラーエラーエラーエラーエラーエラーエラーエラーエラーエラーエラーエラーエラーエラーエラーエラーエラーエラーエラーエラーエラーエラーエラーエラーエラーエラーエラーエラーエラーエラーエラーエラーエラーエラーエラーエラーエラーエラーエラーエラーエラーエラーエラーエラーエラーエラーエラーエラーエラーエラーエラーエラーエラーエラーエラーエラーエラーエラーエラーエラーエラーエラーエラーエラーエラーエラーエラーエラーエラーエラーエラー
『ーーーーーーーーーーー!!』
それは咆哮などではない。
最強のゴーレムが生まれて初めて上げたであろう、恐怖からくる悲鳴だった。
一刻も早く、この場から逃げなくては。
そう思考が埋め尽くされたガルガンチュアは、娘に背を向けて巨体を揺らしながら逃げ出してしまった。
同時刻。
デミウルゴスが再起不能になったため、第七階層の実質的な代理守護者となった紅蓮は、泡立つ灼熱の身体をうねらせながらマグマに待機していた。
傍らの魔将達は改めて状況を整理していく。報告によればどうやら侵入者は三階層をすでに突破したらしく、敵もガルガンチュアを初めとする階層守護者達との戦いを避けて移動してくるかもしれない可能性を視野に入れて、迎え撃つ準備に取り掛かる。
無論ここまで到達されないことが最良であろうが、守護者最強のシャルティアが死亡した以上、常に最悪を想定して挑むほかない。
悪魔達がデミウルゴスの仇討ちに燃えるなか、ふと最初に違和感に気付いたのはエンヴィーだった。
「………?」
いつもよりマグマの流れが激しくなっているように見える。
デミウルゴスの発狂を聞き、紅蓮も気が立っていたとしても不思議ではないと思うが………それにしてもなんだか落ち着きがないように見える。他の魔将の意見を聞いてみようとした時だった。
ゾワリッ
『!?』
その場にいた全員の背筋を、突如冷たい空気が撫でた。
(なんだ……!?)
周囲を見渡しても、異変の元凶と思わしき存在は見当たらない。
だが、灼熱の世界にいるはずなのに、寒気が止まらないのだ。
警戒する魔将達をよそに、マグマの川がより大きく波打っていく。
「ぐ、紅蓮様?」
ザバンとマグマの飛沫を撒き散らしながら、巨大な身体を起こす紅蓮の粘体はボコボコと忙しなく泡立っている。第七階層の悪魔達のいずれも、紅蓮のこんな動きは今まで見たことがない。
悪魔達が困惑しているのをよそに、川から這い上がってきた灼熱の粘体は運悪く進行方向にいた彼らに襲いかかってくる。
『ぎゃああああああああああああああああ!?』
迫りくる灼熱を前にしながら、なぜか悪魔達は逃げる素振りすら見せず灼熱に飲み込まれていく。
自らが守る階層を捨てて上へと登り始める紅蓮は、道中待機していた仲間のシモベ達を巻き込んでしまうも、それらに気づくことは一切ない。
いや、仮に気付いていても……彼は真っ先に彼らを殺し尽くしていたことだろう。
だって、怖いのだから。
同時刻、第六階層。
アウラは配下の魔獣達に、所定の位置で待機するよう命じて警戒を続ける。一度ならず二度も殺された妹分の無念を思い、彼女はまだ見ぬ敵への怒りを抱く。
(シャルティア………敵はちゃんと殺してあげるからね)
信仰系魔法詠唱者の身ではないながらも、アウラは今一度シャルティアが信仰する神祖カインアベルに祈りを捧げる。
と、ふいにエルフの耳が遠くから聞こえてくる地響きを感じ取る
「ん? なんだろ……」
もしかしたら報告のあった侵入者かもしれないと、弓を構えながら背後のマーレにも指示する。
「マーレ、あんたも構えて」
「わ、わかってるよお姉ちゃん」
マーレはおどおどしながらも杖を構え、アウラの後ろから前方を伺う。
しばらく上層からの襲撃に身構えていた二人だったが、ここでアウラがおかしいことにきづく。
地響きが聞こえてきたのは下からだ。
その考えに至った次の瞬間、後方の森林が炎に包まれる。
「………え?」
全く想定していなかった方向からの異変に、アウラとマーレは呆然と眺めるしかなかった。
下階へと続く出口から溢れ出てきたのは真っ赤な炎。
大自然が轟々と燃える炎に飲み込まれ、その炎にも負けない紅蓮の粘体が森林を焼き尽くしながら現れる。
森林エリアを突き進むその粘体は、紅蓮だった。
「ぐ、紅蓮!?」
なぜ第七階層守護者代理である彼が第六階層に上ってきたのか、困惑するアウラ達を他所に紅蓮はジャングルを焼き尽くしながら第五階層に通じる道へ向けて真っ直ぐにつき進む。
こころなしかその動きはいつもより速く、瞬く間に第六階層の入口に辿り着くとその周辺を熱で溶かし始めるではないか。
「ち……ちょっと、なにしてるのよ!?」
慌てるアウラの呼びかけを無視し、紅蓮は何度も入口に炎を浴びせて入口をどんどん拡張していく。やがて穴が自分が通り抜けられるほどの大きさになると、急いで上層へと上っていったのだった。