pixivより転載
霊などの相談ではなく、ただ遊びに来ていただけの真木と八重子。彼らは店番をしていた百暗とだべっていた。本当に平和なひと時だったので、百暗はある意味で油断していたともいう。
真木に「そういえばさ」と問われた。
「モグラって、天職とかなかったの?」
「……天職ねぇ……」
眠りそうだった彼は、反芻した。天職。転職。展色。違う、天職。
百暗はぼんやり記憶の入った抽斗を引っ繰り返した。
そして引っかかったものに、百暗は思わず眉を顰める。
「どうした、なんか悪いこと訊いたか? 純粋に今はもうない仕事とかやってたのかなって思ったんだが」
「……ある意味で日本にはもうないし、ある意味で形を変えて続いているものだな」
「へぇ、どんなのですか? 聞きたいです!」
八重子が純粋に眼をきらめかせる。それにうっと眩しそうにしながら、百暗は確かめた。
「……引かないで聴いてくれるか」
「もう大抵のことでは引かねーよ」
「真木ひどくない?」
「あ、下肥買いとかですか? 立派なお仕事じゃないですか」
「違う。そんなキレイな仕事じゃない」
そう言ってから、百暗はボソッと答えた。
「……げん」
「え?」
「女衒」
空気が凍る。
切り出したのは、真木からだった。
「……女衒って、あの……」
「日本文学科ならわかるよな……そう、女の人を遊郭とかに売りつける仕事だよ」
「うわぁ……」
「引くな、引かないでくれって言ったよな、マジで反省してるから……」
百暗は顔を手で覆う。
言い訳するように、彼は語り出した。
「マジで食い詰めてさ……そんなとき、夜鷹の人に拾われて……それでそのとき言われたんだよ。『あなたなら簡単よ。女を口説いて売ればいいのよ』って……」
「お前……お前……」
「百暗さんまでそれ買われてません……? その夜鷹の人に」
「うん、わかるよな。それで女衒の仕事はじめてしばらくはその夜鷹の人に収入入れてたしそこに住んでた。まぁその人は1年ぐらいで花柳病で死んだ。俺の灯が間に合わなかったんだよな……」
ふと、百暗が暗い目をする。真木は話題を間違ったと思ったが、今更遅い。頭上ではマギー君が怯えていた。
「で、そのあとどうしたんです……? というかそんなに女衒の仕事順調だったんです……?」
「それがな……」
百暗は言った。
「メチャクチャ順調だった」
「なんだいまのタメ」
「ええ……いやまぁちょっとわかりますけど……でも女性関係地雷ホイホイとか言ってませんでした?」
「そう、地雷だからかえって好都合だったんだ。いやまぁ女衒としての見方だが」
さり気なく保険をかける言い回しをしてから百暗は言った。
「その、『あなたのためならなんでもするわ! 売られたって構わない、あなたのためにきっと年季を明けさせてみるわ! だから待ってて!!』というご婦人が多くて……俺に自ら寄って来るこういうタイプはひじょーーーーに、売りやすくてだな……ちょっと口説くだけで俺にメロついて自ら遊郭に行くんだ……」
「あぁ……」
「まぁ、百暗さんは希代の地雷ホイホイって聞きますし、その性質が収入に利用できるって言うのは確かに天職ですね」
「あぁ、俺にはあまりに適職過ぎた」
百暗は顔を伏せたままだ。
「メンヘラじゃない若くて別嬪なお嬢さんを口説いてメンヘラにさせることもあった。本当何なんだ俺のこの性質は。ちょっと良い身形をして口説けば女の人は大概落ちるんだ。それもまともじゃない方向に。本当は俺だって健全な方向に口説きたいのに、それでも全自動で不健全な方向に行っちまうんだ……」
「お、おぅ」
「でもやめたんですよね? 何が切欠だったんですか?」
「あぁ……」
百暗や憂鬱そうだ。
「子どもがな」
「え?」
「子持ちと知らずに口説いたメンヘラ女性が、子どもを置いて遊郭に行っちまったんだ。あれは参ったよ、子持ちの真っ当な女性をそっちの道に行かせちまったことに。……子どもはしばらく俺が面倒を見ていたんだが、母親をそっちの道に行かせた男だと知ると、丁稚奉公で出て行っちまった。本当にそれが堪えてなぁ……足を洗ったよ。それから元々ちょくちょく作ってた物づくりするようになったな。収入は格段に減ったが、精神には良かったな……」
思わず静まり返る室内。
それに、今度は八重子が言う。
「ところで女衒って今もあるんですか?」
「あるだろ、ホストが客を口説いて風俗に沈める奴とか。芸能事務所が女の子を派遣したりとか」
「あぁ、確かにあれも女衒って言えば女衒か」
「まぁ~今でもそう言うのできなくもないんだけどな。ただ、今の俺の場合、現代の女衒に必須アイテムの『こぎれいな格好』と『スマホ』が用意できない。だからやろうと思っても無理だし俺もやりたくないし……」
心底うんざりとした様子の百暗に、真木はきょとんと目を瞬きながら言った。
「え? そういうの用意してくれる趣味の女の人を口説けばいけるじゃん」
「やめろ真木。具体案を出すな真木。割とそう言う女の人も見抜ける方なんだよ俺。だからやめろ。本格的に食い詰めたらやりそうだからやめろ」
「……これからも差し入れしますね……」
八重子は空笑いをした。
了