ーー私は、家族を二度殺された。

劇場アニメ『ヴァージン・パンク Clockwork Girl』の二次創作です。羽舞と同じ児童養護施設育ちという設定のオリキャラ視点です。変態違法ソーマディア指名手配犯が出てきます。

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Don't bother!

 この街の空気は、いつも潮の臭いを孕んでいる。

 決して広い街じゃない。オートバイを使えば、簡単に横断できてしまう。

 内陸に向かって進めば、こんなところいつだって離れることができる。

 でも私には、この街を囲う海が、外の世界との境界のように感じられて、逃げ出すならこの海を渡るしかないと、そう思い込んでしまっている。

 鼻腔の奥にこびりついた、血と硝煙の臭い。大きな海を渡り切った達成感が、きっとこれを洗い流してくれる。何の根拠もない思い込み。

 そんな幻想に縋っていないと、立っていられない。明日を生きる気力すら、湧いてこない。

 お金をためて、パスポートを取って、いつか抜け出してやる。

 風光明媚で、活気があって、潮風がそよぐ、このクソみたいな街から。

 

 八年前、私は目の前で、恩人を射殺された。

 そして、その恩人は、どうやら恩人ではなかったらしい。

 バウンティハンターの男が言っていた。園長先生は違法ソーマディアで身体を改造した犯罪者で、私の本当の両親を殺したのだと。

 それでも、あの施設での生活は楽しかったし、私たちの前で、園長先生は優しかった。判明した事実に憤る心もあったし、恨みもした。だけど、私たちは園長先生のことを第二の父親だと思って、信頼していた。その気持ちが消えてなくなったわけじゃない。

 大きな大きなクジラの遊具が崩れ落ちて、園長先生の血でべっとり濡れていた。

 私は、私たちは二度、親を殺されたのだ。

 

 その後、ほかのみんながどうなったのかは、よくわからない。

 みんな散り散りに別の施設に預けられ、私より幼かった子たちは、里親に出されたりもしていた。

 次に預けられた施設でのことは、正直あまり覚えていない。

 私の境遇を知っているヒトばかりで、みんな同情と忌避の目線を向けてきた。私自身、他人が信用できなくて、心を閉ざしていたのは事実だ。

 信頼はたやすく裏切られるし、犯罪者がゴロゴロいるこんな街じゃ、ヒトは簡単に死んでしまう。

 誰にも心を開いちゃいけない。関わろうとしちゃ、いけないんだ。

 

「いらっしゃいませー、カウンターの席にどうぞ―」

 そんな私だからこそ、接客業は天職だと思っている。

 客は人間じゃない。嘘の愛想を振りまいて好感を得ることに、良心は痛まない。

「ドリンクいただいてもいいですか~?」

 猫撫で声で相手の懐に入り込むのは、自然と身に付いた処世術だった。

 身寄りがない、後ろ盾がない、力も弱い。若い女が生きていくには、強くてお金のある男に気に入られるのが、最も手っ取り早い。

 幸い、器量は悪くない。これは、自負や驕りではなく、周囲からの評価に基づく確信だ。ほかのキャストは私に嫉妬する。一見の客は、私に迫ろうとする。

 この店で働きだして以来、成績は上々。月間成績一位を獲ることも、珍しくはない。

 庇護欲の掻き立て方はよく心得ている。もともと、弱い立場にいたのだ、演じるまでもない。

「お酒、とっても強いんですね~私、そんなに強くないから尊敬します~」

「いやー、それがね、実を言うと昔飲みすぎちゃって体壊したんだよね。それで肝臓ダメにしちゃって。……実は、今の俺の肝臓、自前じゃないんだ」

「それって……」

「そ! ソーマディアなんだよ。まぁおかげで、いくら飲んでも酔えなくなっちゃったんだけどね」

 カウンターの下で握った手に力が籠る。爪が食い込んで痛い。

 ソーマディア医療自体を否定したくはない。それで救われた命がたくさんあるのは分かっている。

 それでも、気持ちの整理が、どうしてもつかない。

 目の前で、酔っているわけでもないのに、酒を煽って上機嫌になっている滑稽な客も、ソーマディア技術のおかげて命を取り留めたわけだ。結果として、今の私の日銭になってくれている。

 私の心を殺したのがソーマディアなら、今の私を生かすのもソーマディア。

 技術そのものに罪はない。しかし、罪を生み出す悪は、いつでも人間に底知れぬ原動力を与えてしまう。

 

「お疲れさまでした」

 退店はいつも深夜。VTOLはもう飛んでいないし、飲酒運転もできないから、家までは徒歩を強いられる。

 20分程度の距離なので、店の送迎は断っている。内勤の人間など信用していない。

 足元が覚束なくなるほど飲酒することもないので、特に危険とも思っていない。

 懐には、護身用の拳銃も入っている。使ったことはないが……。

 街灯はまばらで、この街の特徴であるオレンジの屋根たちが闇色に染まっている。

 靴底が石畳を鳴らす。単調な連なりで、コツ、コツ、コツ、コツ。

 その調子が、徐々に乱れる。一定のリズムの間に差し挟まれる異音。コツ、ザッ、コツ、コツザッ、コツ、ザッザッ。

 背後に気配。徐々に近い付いてくる。アルコールで半ば散漫になっていた思考が、冷静さを取り戻す。

 懐に手を忍ばせる。

 ストーカーか。よくあることだ。仕事柄、致し方ない。

 歩幅を強める。すると、追従するように、背後の足音もその間隔を狭める。

 私をつけているのは明らかだった。周囲にほかの人間の姿は見えない。振り向いたり、急に走り出して、相手の神経を逆撫でするのは得策ではないだろう。

 少し遠回りになるが、大通りの方に抜ければ、この時間でもヒト目が多いはずだ。間に、細暗い路地を抜ける必要はあるが、ものの10メートル程度だ。

 単調な歩幅を意識しつつ、背後の足音との距離を一定に保ちながら、路地の方へと曲がる。

 大丈夫だ。いざとなれば反撃する手立てだってあるのだから。

 闇がさらに深くなる。視線の先には、街灯の明かりが差し込んでいる。あそこまでたどり着けば。

 背後の足音が遠ざかる。ルートを変えたことを察してあきらめてくれたのか。

 

 瞬間、何かが爆発したような音が響いた。

 同時に、右脚に激痛が走る。

 

「ぃーーーーーーづぁっっ!!!」

 何が起こったかわからず、その場に倒れこむ。

 前のめりに倒れてしまい、受け身も取れずに頬を強かに打ち付ける。

 しかし、頬の痛みは気にならない。右脚が、太腿あたりが、灼熱しているように痛い。

 恐る恐る視線を遣ると、何かが刺さっていた。

 それは、巨大な金属の柱だった。

 全長30センチメートルくらいの柱が、露出している太腿を貫通し、大量の血が流れだしている。

 なんなんだ、これは。

 頭がパニックになり、身体が全くいうことをきかない。

 足が重くて動かせない。

 助けを呼ばないと。叫ばないと。誰か……!

 しかし、声が出ない。

 喉を締め付けられている。

 いつの間にか、目の前に男がいて、私の首を押さえつけていた。

「……かっ……ぁっ!」

 辛うじて呼吸が通る程度。締め付けられた頸部がぎりぎりと鳴っている。

 大男だった。顔に見覚えはない。夜闇に紛れるほど浅黒い肌と、格闘家を思わせるほど隆々とした筋肉。

 こんな男に追い回される憶えはない。

 拳銃を……。

 懐に忍ばせていた手を抜くより早く、男は私の胸倉に、丸太のように大きな腕を差し込み、私が持っていた拳銃を強奪する。

 それをそのまま背後に投げ捨て、にやりと、口角を上げた。

「はぁーい、今から撮影開始しまーす。俺の右目をよーく見て。これ、カメラだからねー。でけぇ声出したらすぐに殺すからな」

 まるで子供をあやすような温和な声で話し出したかと思うと、途端に刃物のようにドスの利いた低音へと変貌する。

 男の右目が、ジジジ、とカメラのピントを合わすような音を発する。同時に、左目が発光した。まぶしさに思わず目を閉じる。

「あぁーあぁ、目を閉じちゃだめだよ。ほら、ちゃんとこっち見て。

 男は首を絞めている右手で、軽々と私を持ち上げる。そして、そのまま地面に叩きつけられる。

「っがぁ!」

 肺の空気が一気に押し出されるが、上手く吐き出せない。

 男はそのまま、私の腹の上に座り込む。

「はーい、じゃあ喋れるようにするからね。ちゃんと受け答えするように。さっきも言ったけど、でかい声出したらその瞬間殺すからそのつもりで」

 首の拘束が解かれる。

「げほっ!ごほっ!」

 喉が焼けるように熱い。舌が震えて、言葉が出ない。

 なんだ、なんだ、なんなんだ一体。

「まずは俺の自己紹介から。フリーで映画監督やってるイグニス・ボルトっていうんだけど、知ってるかな」

 男……イグニス・ボルトは身を乗り出し、私の顔を間近で凝視する。右目はやはりカメラアイのようで、常にピントが調節されている。

 その名前には聞き覚えがあった。しかし、映画監督としてなどではない。

「違法ソーマディア……指名手配犯」

「あぁー、やっぱりそっち方面でしか有名じゃないよね。じゃあ作品は観たことないかぁ。ショック」

 イグニス・ボルトは、さして落胆した様子もなく嘯く。

 私がかつて居た児童養護施設の園長同様、肉体を違法に改造し、犯罪行為に利用する指名手配犯。警察ですら対応できず、その首には懸賞金がかけられている。殺処分が妥当とされる、超極悪の犯罪者。

 そんな人間が今、私の目の前にいる。

「お、いいねいいねその表情。そうそう、俺指名手配犯だから。今まで何人も女の子を殺してきたんだよね。あぁ、もちろん、撮影が終わったら君のことも殺すからね」

 イグニス・ボルトは聞く者の恐怖を敢えて煽るような、抑揚をつけた声で告げる。

 私は……殺される?

 ただでさえ、ソーマディア化した身体は、並の人間と比べ物にならない強度を誇る。その上、違法改造されているとなれば、まず太刀打ちできるものではない。

 こんな私の細腕での抵抗など、何の意味もない。先ほど投げ捨てられた拳銃があったとしても、豆鉄砲程度の威力しか発揮しないだろう。

 どうせ殺されるなら、大声を出して助けを呼ぶか。だめだ、上手く声が出せない。それに、すぐに殺すというのは脅しではないだろう。この男の腕力なら五秒と経たずに私を縊り殺せるはずだ。

 涙が溢れる。自分の、ほとんど機能しなくなったと思っていた感情が荒ぶる。

 いやだ、死にたくない。

「お、いいねぇ。その調子だよー」

 イグニス・ボルトは、私の右頬に舌を這わせ、涙を舐る。

 生ぬるい唾液の感触。

 痛みと恐怖で感覚はぐちゃぐちゃなのに、不快感は背筋を駆け抜ける。

「俺さ、全身ソーマディアなんだけど、舌だけはモノホンなんだよね。やっぱり味覚って一番エロいからさ」

 右頬の次は左頬、そこから耳朶、首筋と、イグニス・ボルトの舌がナメクジのように私を蹂躙する。

「このパートは視聴者からは不評なんだけど、俺自身へのご褒美だから欠かせないんだよね。これがなけりゃ撮影なんてやってられないよ」

 ひとしきり舐め尽くした後、堪能するように口の中で唾液を転がしながら、恍惚の表情を浮かべる。その間も、右目は私を捉えて離さない。

「さて、それじゃあそろそろ、皆さんのお待ちかねとイキますか」

 イグニス・ボルトが立ち上がる。

 身体の拘束が解かれた。だが、動けない。

 腰が抜けている。それに、右脚は未だに痺れて動かない。

 這ってでも逃げなければ。ものの数メートルも行けば、この路地を抜けられるのに。それなのに……!

 イグニス・ボルトがベルトのバックルに手をかける。

「あぁ、そうだその前に。今回はロケーションが悪いなぁ。いつもなら悲鳴込みだから値段が高騰するんだけど、今回はそうもいかないからなぁ。喉、潰しちゃうね」

 イグニス・ボルトが右手の人差し指で私を指す。シャッターが開くような音と共に、指先に穴が現れる。それはさながら銃口だった。

 そこから訪れる未来は、明白だ。

 指先は、私の首に照準される。

 下衆の目に見下されながら、地面に這いつくばり、凶器の矛先を向けられ、為す術はない。

 なんで私がこんな目に。

 このクソみたいな街で、クソみたいな人生を送って、クソみたいなトラウマを抱えた、クソみたいな人間になり果てた結果、クソみたいなやつにクソみたいに殺されるのか。

 クソ、クソ、クソクソクソ!!!

「クっっっソォ!!」

「おい喋んなぁあああああああ!!!!」

 爆音が轟いた。

 奴の左目以上の閃光が、路地を染め上げる。

 同時に、何かが破砕する音。ガシャン! と、何かが落ち、石畳を砕く。

「……え」

 私は声を失ってはいなかった。

 代わりに、イグニス・ボルトの右肩が消し飛んでいた。

 千切れた右腕が、地面の上で火花を散らしている。

 抉り取られたような断面の肩口から、人工血液が噴射し、管状の人工筋肉が垂れ下がっている。

「あ? ……あ、あぁ、ああぁぁあぁぁ!!??」

 イグニス・ボルトは、状況が呑み込めず、取り乱している。

「だれだぁ!!??」

 右目の照明が背後を照らす。路地の入口。拳銃を構えた人間が立っていた。

 濃紺のジャケット。ブラウンのショートヘアー。丸みを帯びた顔立ちの、二〇歳位の、女性。

 私は目を疑った。それは、唐突に現れた、都合のいいヒーローへの懐疑ではない。

 その顔に、見覚えがあったからだ。

「……羽舞、ちゃん?」

 

 〇

 

 フィギュア・キラー弾は、違法改造ソーマディアのハイブリッドメタルスキンをたやすく貫く。

 しかし、その威力故、ヘッドショットによる一撃必殺は避けなければならない。

 脳がずたずたに破壊されてしまえば、最悪、懸賞金が望めなくなる。

 羽舞の思考は研ぎ澄まされ、最短且つ最善の方法で、目の前の敵を刈り取る算段を始めている。

「ふざけやがってぇ! てめぇバウンティハンターか!」

 激昂した敵が、駆け出す。

 狭い路地を一直線に……と思いきや、石畳を踏め占めると、大きく跳躍した。

 両脚の大腿部の皮膚がヘックス状に割れ、内側からバーニアが露出する。

 轟音と共に、噴射炎がイグニス・ボルトの身体を押し上げる。

 上空から地上の羽舞を狙う。

 残った左手の指がすべてマズルと化す。打ち出されるのは、タングステン製のピラーだ。

「お前も出演者にしてやるよ! 女ァ!」

 碗内に装填されているピラーが一気に放たれる。

 上空4メートルから、槍の雨が羽舞に降り注ぐ。

 その直前、羽舞は手元のキャリングケースを中空に投げ放っていた。

 正確なコントロールと、しなやかな膂力で放たれたケースは、垂直に跳び上がり、イグニス・ボルトに迫る。

 ケースの正面が、槍の雨をすべて受け止めた上、イグニス・ボルトの視界を奪う。

「邪魔だぁ!!」

 ジーパンの股間部分が内側から裂ける。割って現れたのは、掘削用のドリルだった。

 それが根元から勢いよく射出され、ケースを貫き、破壊する。

 それは本来、女を犯すために使用する拷問具だった。射出機構を備えてはいるが、貴重な商売道具であるため、イグニス・ボルトとしては使うつもりのない代物だった。

 ドリルに貫かれたケースが地面に落下する。しかし、そこに羽舞の姿は無かった。

 イグニス・ボルトが、羽舞を見失う。

 直後、背後から銃声。

 フィギュア・キラー弾が、今度はイグニス・ボルトの左脚を千切り飛ばす。

「いつの間にィ!」

 羽舞はケースと投げ飛ばした後、壁伝いに跳躍し、イグニス・ボルトの背後、同じ高度まで駆け上がっていた。

 片側の推進力のみを失ったイグニス・ボルトは、姿勢が制御できず、壁に激突する。

 それでも勢いは止まらず、跳ね返って反対の壁にぶつかり、バウンドするように両壁に身体を打ち付けながら、どんどん高度を下げていく。

 羽舞はさらに跳躍し、上空5メートルまで到達する。

 イグニス・ボルトがついに地面に墜落したのを見届けると、渾身の力で壁を蹴り、その直上に位置取る。

 手に持ったCZ P-10Cカスタムを素早くホルスターに収納。そして、腰部の収納した別の武器を取り出す。

 ハンドル状のそれは、グリップに内蔵されたセンサーが羽舞の指紋を感知すると、その形状を変化させる。

 帯状に展開された刃が、内臓チェーンが駆動することで、円形に固定される。

 これは本来、投擲し、犯罪者の首を刈り飛ばすものだ。

 しかし羽舞は、刃を真下に構えると、位置エネルギーを乗せて、そのまま垂直落下した。

 左脚を失い、立ち上がることのできないイグニス・ボルトに、迫る断頭の刃を避ける術はなかった。

 神氷羽舞が狙った以上、その首は過たず、胴と分かたれる。

 すさまじい質量を伴った刃が、寸分の狂いなく、イグニス・ボルトの頸部を断ち切った。

 衝撃を受けた犯罪者の首が宙を舞う。

 刃の着地と同時に、羽舞はセンサーを再び作動させ、チェーンを収納させる。仕事道具の消耗は最小限にする主義だ。

 そのまま、軽やかな体捌きで落下の勢いを殺すと、側転の要領で立ち上がる。落下してくる頭部の髪を掴み、武器を再び腰に収納する。

 犯罪者の左目は、未だ光を放ち、地面を照らしている。

 首から噴出した血液が、夜の石畳を赤黒く染めていた。

 

 〇

 

 すべて、一瞬の出来事だった。

 先ほどまで、私を殺そうとしていた男が、今目の前で、首を跳ね飛ばされて絶命している。

 私はただ、呆然と見ているだけだった。

 そして、その刈り取った首を右手にぶら下げているヒト。死神というにはあまりに美しく、そして、血が映える。

 さながら神の遣わした天使のようだ。

「羽舞ちゃん……だよね」

 立ち上がれない。だから、辛うじて上体を起こして、そう声をかけた。

 神氷羽舞。私と同じく、あの児童養護施設にいて、親を二度殺された女の子。

 ソーマディア技術に関心があって、お手製のボットで、いつもほかの子供たちを楽しませてくれていた。将来はソーマディアのエンジニアになりたいと、無垢な瞳で語っていた。

 そんな羽舞ちゃんが、私の目の前で、ソーマディアを殺している。

 歳は確か、私の一つ上だった気がする。しかし、その顔はあまりにも透徹していて、底が知れない。

 ヒトを殺したはずなのに、憂いも、悔悟も、喜びも、何の感情も現してはいない。

 その目は淡々と、「仕事をこなしただけだ」と語っている。

 羽舞ちゃんは、私に視線を投げると、ゆっくりと歩み寄ってきて、手を差し伸べてくれた。

「立てる?」

 私の問いには応えない。

 革製のグローブは、血に濡れている。少し躊躇った後、それを握り返す。

 引き上げてくれるも、右脚で地を踏むと、また激痛が奔る。私の脚を貫いた金属の柱はまだ抜けていない。

「ごめん、ちょっと立てない」

 そう告げると、羽舞ちゃんは「そう」とつぶやき、腕の力を緩めてくれた。私が座り込むまで、その手を放さずにいてくれた。

「じゃあ、人を呼んでくるから、そこで待ってて」

 羽舞ちゃんは犯罪者の首をぶら下げたまま、大通りの方へと向かう。まるで、買い物袋を持ち歩いているかのように、何をはばかることもなく。

「ね、ねぇ!」

 たまらず私は、呼び止めていた。

 何が聞きたいわけでもないのに。もはや彼女は、私とは全く違う世界の人間になってしまっているのに。

 それでも、かつて同じ施設で暮らし、寝食を共にした友達だから。あの頃の羽舞ちゃんのことを、私は知っているから。

 目の前で園長先生がバウンティハンターに殺されたとき、みんなの運命はそれぞれ違うものになってしまった。

 私の人生は、きっと一等くだらないものになった。この街から抜け出す夢だけを見て、やっていることは男に愛想を振りまいて、日銭を稼ぐだけ。いつか、いつかなんて思いながら、結局、可哀想な自分を慰めている。

 でも羽舞ちゃんは違う。あの施設を滅茶苦茶にした、憎いはずのバウンティハンターに、自分自身でなっている。

 何が羽舞ちゃんをそうさせたのか。どうしてそんなに強く居られるのか。それが知りたかった。

 そのはずなのに、口をついて出た問いは、ワケの分からないものになってしまった。

「今でもソーマディア、好き?」

 羽舞ちゃんは足を止めた。

 でも、振り返らない。

 表情は分からないし、何を考えているかなんて見当もつかない。

 ただ、数秒間をおいてから、つぶやいた。

「……どうでしょうね」

 そして、再び羽舞ちゃんは歩き出した。

 大通りの光の中へと、その姿は消えていく。

 その日以降、私が羽舞ちゃんに出会うことは二度となかった。


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