六井旅行奇譚 ~鬼退治編~   作:犬原もとき

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第3話

僕が今いるのは穂波村という農村だ。

広大な土地による棚田は、夏にはよく伸び青々とした葉、秋になるとよく実った黄金の稲による美しい田園景色が広がる。

住人のおすすめは定番だけど秋。綺麗に積まれた石と、田んぼの緑はそれだけで美しいコントラストを生み出すのに、太陽により黄金に輝く稲穂が視界にいっぱいに広がる光景はそれはもう絶景らしい。

残念ながら今は夏でその光景を見るのは難しいが、日本ののどかな田舎って感じで、不思議と心が休まる空気を感じる。

僕の名前も日本名だからか、どこかノスタルジーを覚えるのかもしれない。

「しっかし信じられねぇよなぁ。こんなのんびりしてそうな村によー、鬼が出る話があるだなんてさぁ」

「いやぁ僕は納得しちゃたかな」

「?そりゃまたなんでよ」

「観光名所にゃ人が集まるだろ?」

「あー・・・なるほどなぁ」

嫌そうな顔をするブリオ。変身術で旅芸人の男に変身した僕は、それを横目で見る。

調査を始めて数日、村人と交流をしながら判明したのは以下の通り

曰く、毎夜毎、子どもを中心とした行方不明が多い。

曰く、独特の匂いがする泥がぶち撒けられている。

曰く、半月ほど前から発生している。

曰く、被害人数はすでに180人を超えている。

つまりは子どもを襲い、泥に関連する血鬼術を持っていて、180人食った鬼。ということだ。

「しっかし泥ねぇ。どんな血鬼術なんだ?泥でも投げつけてくんのかな?」

「村の人が言ってたろ?泥田坊だって」

「あん?何だそりゃ?鬼の名前か?」

あ、そっか。こいつヨウムだから妖怪知らないのか。

「日本に伝わる妖怪・・・まぁモンスターの名前だよ。子孫のために田んぼを買って耕したお爺さんが居たんだけど、その肝心の息子は農業を次ぐどころか遊び三昧。終いには遊ぶ金欲しさに田んぼを売ってしまう始末」

「息子クズじゃねーか」

それはそう。

「で、それに嘆き悲しんだお爺さんの怨念が毎夜毎夜田んぼに現れて言うのさ。田を返せ~ってね。この村の場合はそれに加えて殺しにかかってくるからより凶悪だね」

「な~るほどね。そんじゃあ相棒は鬼の能力がそれに関係してるって思ってるのか?」

「いや~どうだろう。なにせ泥田坊って本来攻撃的なエピソードじゃないからねぇ。村人も田んぼにまつわる怪異でイコール泥田坊ってしてるだけだよ」

本来のエピソードにも単に田を返せと要求しているだけで、その後その息子がどうなったかなんて書かれておらず、それで終わってしまっている。

某忍者ヒーロー戦隊でも泥を投げつけてくるだけで、後は謎に民間人が苦しみだしてるだけだ。

つまり何の参考にもならない。

とはいえ、泥を投げつけたりすることに効果がないわけじゃない。

手のひらほどの泥の塊は、それなりに質量があるから、顔面にぶつければ怯むし、僕でも反射的に目をつぶるだろう。というか瞑らなかったら目に泥が入る。

加えてその中に石でも混ぜ込んでおけば、立派な投擲武器になる。

あと意外と泥は重いので、大量の泥を相手に多い被らせれば、動きを封じることが出来るし、頭を覆えば窒息死を狙える。

こうして考えてみれば泥は意外と戦えなくもない代物だ。

しかし血鬼術というのは鬼になる前の過去や執着、人生観に由来するものが多い。

どうやらこの村に出た泥鬼はこことは縁もゆかりも無いのか、半月前付近で行方不明になった人物とは関連性が見いだせなかった。

「どーすんだ相棒?いつもみたいにじっくり調べてもこれ以上はわかんねぇぞ?」

「いや、まだあるさ」

首を傾げるブリオに見せるように、これまでの調査目録をめくっていく。

1つ2つと遡り、止まったのは最初の行方不明者、五反田 五十兵衛。

幾つかある若い子以外の犠牲者だ。

そして村人がやたらと口を紡ぐ人物でもある。

この人物がこの村の泥田坊のキーマンのはずだ。

 

五反田 五十兵衛という人物は一言で言えば強欲な爺だ。

村人からの覚えはわるく、とにかく村の田畑という田畑全てが自分のものだと言い張って聞かなかったという。

当然ながら性格も良くなく、畑仕事に行くのにも自分の許可が必要だと吹聴し、行く前に自分の家まで来てお伺いを立て、許可を貰えと迫ったらしい。

やらなければその家が引っ越すまで執拗な嫌がらせをし、前村長や地主もそうやって追い出したと自慢気に語る性悪爺さんだったとか。

こんな事を言っておきながらこの村の田畑の権利書は1つもなく、何なら生まれてこの方働いたことがないのが自慢の一つというトンデモない男であった。

食うものに困れば人にたかり、物が欲しければ人にたかり、断れば田畑を使わせないと脅しをかける。

当然ながら彼が行方不明になった後、ひょっこり出てきて帰ってこられてもかなわんとばかりに、家は取り壊され家財は売られ、住民票も早々に死亡扱いされた。

いかに五十兵衛が嫌われていたのかよく分かるエピソードである。

「こうして列挙するとますます泥田坊の放蕩息子って感じがするなぁ。いやまぁこれに比べたら放蕩息子のほうが理解できる分まだマシに感じるけど・・・」

「五十歩百歩だよ」

集めた五十兵衛の話を改めながら、元五反田邸にたどり着いた志乃達。

先の通りすでに家は取り壊され、建物は跡形もない。

僅かに残った痕跡だけが、ここになにかがあったという事実を知ることができる。

「しっかしこんな所に来て相棒もどうするんだ?なにもなけりゃぁ手がかりも何も無いんじゃあねぇか?」

「なにもないなら作れば良いのさ」

不思議そうに首を傾げるブリオに、志乃はにやりと笑って杖を取り出す。

33センチ位の淡い黄色の指揮棒のようなそれは、太陽の光に照らされて金色に輝いているように見える。

まるで削り出したかのように木目が一切ないその杖は、驚くほど志乃に似合っている。

「レパロ―――直れ」

円を描くように腕を振り、呪文を唱えると、どこからともなく木材や石などの材料が現れ、次々に組み上げられていく。

やがて一軒の家が完成すれば、つい先程まで何一つなかった場所とはとても思えない。

「よし、調査開始といきますか」

「・・・・・・これ報告できるやつか?相棒」

「好きにしなよ。怪我人や死人は戻せないだけだから」

「十分やべーから聞いてんだよバカヤロー」

こともなげに丸投げするパートナー。

規格外だとは思っていたが、取り壊されたものをもとに戻せる力まであるとは知らなかった。

とことん退屈させてくれない男だ。とは思いながらもやはり腹立たしかったので、ブリオはゲシゲシと蹴った。

 

家の中はなんというかまぁ取り壊されたのもやむなしと言った有り様だ。

物は散らかしっぱなしで、荒れ放題。

服は散乱し、引き出しは開けてそのまま。

個人的に一番許せないのが台所の状態だ。洗い物をうず高く溜め込むのは1億歩譲って飲み込もう。

カマドにまでそれをやってるとかお前料理することなんざ考えてねーだろ?!アァン!?

居間だけ取り繕ったかのように綺麗にされてるけど、それもゴミや服をタンスや物置部屋にやっただけじゃねーかよ!

開けたら服の雪崩が起きたわクソが!!

「そりゃ村人もさっさと打ち壊したいわなこんな家」

「全くだぜ。埃っぽいだけじゃあねぇ。カビとかなんか腐らせた臭いとか色々混じってやがる。鬼の住処のほうがまだマシなんじゃあねーの?」

「五十兵衛よりは間違いなく鬼のほうが綺麗好きだね。アイツラはお残しだけはしないし」

それ考えたら鬼になってよかったな。もう食器のこととか気にしなくて良くなったわけだし。人様にダイレクトに迷惑かけてるのは生前から変わってないから-100が-98になったくらいの進歩だ。何も良くなってねぇ。

「しっかし汚いなぁこの家。探し物するには最低の場所だね」

「つーかよぉ、相棒は何探してんだ?」

「僕らの知る五十兵衛は確かに傲慢で勝手に権利を主張するヤベー奴なんだけど、それにしたって田畑に対する認識がズレすぎている。そのズレがどうにも気になるんだ」

ブリオの疑問に手を動かしながら答える。

確かに存在しない権利を主張する奴は現代でもたまにいる。

けどそういうやつでもそいつなりの理屈、根拠が存在する。

理解する気はないけど、そうしたものにつながる何かがあるはず。

そう思ってわざわざこうして再生させたんだけど・・・まー汚い!

「くそが・・・なんかめんどくさくなってきたな。もう夜になったら潰しに行くか?」

「なー、相棒。これってなんだ?」

諦めてしまおうかと思ったその時、ブリオがなにかを見つけたようだ。

器用に嘴で挟まれたそれは、この汚い部屋に似つかわしくないほど、実に丁寧に保存されていたようで、古びていながら綺麗だった。

手にとって中身を見ると、それは古い権利書だった。

「・・・・お手柄だブリオ。こいつは土地の権利書だ」

「えっ!?てことはなんだ?!五十兵衛じいさんの言ってたことって本当だったってことか!?」

「いや、これ自体はとっくの昔に効果を失ってる代物だ。ただその時の歴史を示す価値はあるってだけの紙切れさ」

権利書の示す年号は明治以前のものだ。

多分地租改正とか村落再編とかで無効になったんだろう。

「だけどこれでアタリが付いたぞ。ヤツの血鬼術が」

「お、そんじゃあいよいよか?相棒」

「あぁ」

古ぼけた権威の象徴を懐に入れる。

泥、土地、そして嘗ての栄華。

導き出されるのはアレのはずだ。

「鬼狩りの時間だ」

 

夜も更けきって人が寝静まった頃、昼間突如として建てられた家にそれは現れた。

泥に塗れた老人と表現して良い風体のその人物は、この村で泥田坊と呼ばれる人食い鬼だ。

「ワシの許可無くこんなものを・・・許せぬ・・・許せぬぅ!!」

手のひらから泥を創り出し、家に向かって投げる。

泥という粘性の高い代物でありながら、球状を保ったまま豪速球で建物に向かっていく。

ベチャベチャと速度の割にあっさりと形が崩れ、壁に引っ付いた泥はそのままゆっくりと広がり、侵食していき、ついには建物全体を泥と化してしまった。

「ヒヒヒ・・・これでこの家はワシのものじゃ・・・また一つ取り戻したぞ」

「予想はしてたけど品がないねぇ」

満足そうに笑う泥鬼の気分に、水を指すような声が差し込まれる。

泥鬼が振り向くと、そこには自分よりも遥かに美しい存在が立っていた。

短く切り揃えられた白銀の髪。赤い左目に翡翠の右目。小綺麗な西洋服を見にまとい、側には身の丈の半分ほどの大きさのスーツケースを置いている美少年。

そう、六井志乃である。

鬼になったからと言って、その人物の持つ美的センスがなくなるわけではない。

素直に美しいと感じた泥鬼は、同時に妬ましく、何としても自分のものにしようと思った。

「返せぇ!」

「おっと」

ほとんど反射的に放った泥の塊だが、眼の前の美少年は事も無げに避ける。

「この世の全てはワシのものじゃ!土地も、食い物も、財宝も、勿論貴様の美しさも!ワシの許可無く持ち出すことは許さん!!」

「まだ会って間もないのに所有者気取りとは恐れ入る。傲慢もここまで極まるとある意味感心するよ」

「黙れ!ワシはこの世のすべてを見ることができる!貴様の顔も、手も、脚も!じゃがワシ自身は見ることができん!それはつまり、ワシこそがこの世界の主!万物の所有者なのじゃ!」

「うわっ、すっげ。今どき小学生でもそんな考え方しないぞ」

「自惚れるな小童がぁ!!」

腕を振り回し、泥玉を何発も投げてくるが、ことごとくを避ける。

1秒間に50発という常人ならば驚異的な速度ではあるが、瞬く間にそれの10倍の弾幕を張って自己を守ってくるハリネズミサイルというグルメモンスターを相手にしたことのある志乃からすれば、穴だらけ過ぎて派手な回避も必要ない。

「そらよっと!」

「ぐぉ!?」

近づかれ、蹴り飛ばされる泥鬼。

2,3度バウンドし、体制を立て直すが、生身の人間に一撃を貰ったのは鬼になったことでさらに肥大化した彼の自尊心には屈辱的であった。

「くきいいいぃぃぃぃ!!!おのれえぇぇぇい!!!ワシの許可なく美しい上に強いじゃとおおおぉぉ!許せぬ!許せぬ許せぬ許せぇぇぇぇぬっ!!!!」

癇癪を起こしたかのように叫ぶと、泥鬼は力のかぎり地面を殴りつける。

すると水しぶき・・・この場合は泥飛沫があがり、その着地点から泥鬼が生成される。

泥鬼は本体を含めて5体作られているが、分身は目や鼻、口の部分がなくのっぺりとしているため、見分けがつけやすい。

「貴様の全てはワシのものじゃああぁぁぁぁ!!」

「や~だよ。それに僕は僕自身のもんだ。ほかでもない、ね」

果敢に攻める泥鬼だが、志乃はそのすべてを軽やかに避ける。

というよりも基本的に鬼との戦いでは触れられては行けないと志乃は考えており、例え実力的に格下であろうとも、一瞬たりとて触れられるわけには行かないのだ。

「一旦仕切り直させてもらうよ・・・っと!」

「おわあっ!?」

「からの~・・・変身」

スーツケースを地面に叩きつけ、衝撃波を放つ。

泥鬼たちが吹き飛び、体制を崩している間に、猩猩鋼鎧を身にまとう。

月明かりに照らされた白銀の鎧とソードシールドを持ち、改めて鬼を討伐しに掛かる。

「なんじゃそれは・・・それも返せ!」

「名前も知らないのに返せとかいうのかよ」

泥を固めて伸ばした爪で、志乃のグレートソードを受け止める泥鬼。

どうやら真珠鬼と違い、食った人間が多いため切り結ぶだけの硬度は確保できるらしい。

「こっちじゃ!」

「おっと」

「ここもじゃ!」

「邪魔」

それが5体もいるので、対応できるとはいえ志乃としても鬱陶しいことこの上ない。

盾や脚甲で受け止めたり、手甲や剣で受け流したりと裁きはするものの、数が多いので

中々攻めに転じることが出来ない。

このまま行けば何れスタミナ切れで押し切られるだろう。

「ひひひひ!そぅら!そのままワシのものとなれぃ!」

それが分かっているのだろう。

泥鬼は調子づき、さらに攻勢を強める。

だが忘れてはならない。

そもそも志乃が規格外であり、そんな彼が扱う日輪刀もまた規格外であることを。

「は?」

一瞬。

瞼を下ろすか否かという速度の間で、泥鬼は分身を含めて胴を咲かれた。

白銀の鎧騎士はいつの間にか大きな盾と剣ではなく、巨大な二振りの剣を両の手に握っている。

変形し、分離したのだ。

もとよりこの日輪刀は双剣にもなる設計がなされている。今それが一つ明かされただけに過ぎない。

それでも事前情報のない泥鬼からすれば青天の霹靂。予想だにしていないことだった。

「さて踊ろうか」

「ひっ!」

たった一言。

短く呟かれた死の宣告に、泥鬼は自分が喧嘩を売った相手を間違えたと確信する。

泥鬼は怯えながらも自身の分身を大量に作り、次々に襲わせる。

自身のものにした家にまで逃げ帰り、その泥を消費しては更に大量の分身をけしかける。

「そらそらそらそら!どうした?こんなもんかぁ!?」

「ひ、ひえええぇぇぇぇぇ!!??」

だが志乃はそれを上回る速度で双剣を振り回し、分身を次々に消滅させていく。

分身も血鬼術なので、日輪刀で切れば効果を失う。

一撃で無力化されていく自分の分身を見ながら、泥鬼は攻め手を一瞬でも緩めれば次は自分の番だと恐怖に駆られる。

なぜ自分が死ななければならない。

なぜ世界の主たる自分が負ける。

なぜこの世の全てを持っているはずの自分が、こんな惨めで見窄らしい声を上げなければならない。

だが現実はどうだ?

いくら自分が認めてなかろうと、どれだけ否定しようとも。

奴は無慈悲にやってくる。

奴は忖度なしにやってくる。

死ぬ。死ぬ。死ぬ。死ぬ!

「悪いけどもう飽きたよ」

眼の前の白銀がそう呟くと、泥鬼の頸は刎ねた。

 

翌日、すっかり跡形もなくなった五十兵衛邸を確認して、僕らは穂波村を後にした。

五十兵衛の先祖の持っていた権利書は、今の尊重に渡し、歴史的な価値はあるものだから、然るべき保存をしておくよう伝えた。

「しっかしあんな紙切れにそんな価値があるのかね?」

「価値なんてものは時代によって変わるもんさ。今日の1円が、未来じゃ1000円になってるかもしれないよ」

「いやまぁ1円は大金だけどよぉ・・・1000円は盛りすぎだぜ相棒」

残念。未来では1円は最低値なんだわ。けど大正時代の1円が1000円になるのは本当。

歴史ってのは生き証人がいない。だからこそ、その時代の暮らしぶりが分かるものに価値が生まれる。

勿論100年先を見据えた動きなんて、人間の短い人生でやるには意味がないことだし、そもそもどんなに経済に明るくても、10年20年が適度な範囲だろう。

五十兵衛爺さんがもう少し謙虚で子孫思いか、現実を受け止められる人だったならば、あの権利書は歴史資料館とかに高値で売る事ができただろう。

「一番価値をつけてなかったのは、案外自分自身なのかもね」

次の指令をもらいに飛んでいったブリオを見ながら、先程通り過ぎた村の方を見る。

今年はきっと豊作だろう。

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