六井旅行奇譚 ~鬼退治編~   作:犬原もとき

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第5話

全集中の呼吸。

それは鬼殺隊士にとって必須の技術。

著しく増強させた心肺により、一度の呼吸で多量の酸素を血中に取り込んで、血管や筋肉を強化・熱化。瞬発的に身体能力を大幅に向上させる特殊な呼吸法である。

なるほど、確かに正しい呼吸法というものは行うだけで病気や不調を遠ざけ、健康を維持できるって話だ。

全集中の呼吸というのはそれを突き詰め、技術体系にした代物というわけだ。

「岩の呼吸を見せる前に、君の実力が知りたい」

全集中の呼吸の説明がてら着いたのは、藤の家が所有する大きな庭だ。

四方を藤の花が取り囲み、幻想的な光景を創り出している。

僕の向かいには行冥が立っており、両手には彼の日輪刀をもした木刀・・・いや木斧と紐で繋がれた木球が握られている。

対する僕は流石に変形する武器は難しいのでいくつかの武器をぶら下げることにした。

腰には二振りの木刀。手には槍を持ち、先端を斬り落とした矢を射れるように弓を引っ掛ける。矢筒には実践を想定して30本入れている。

因みにここは藤の家であるため、変身術は解いている。

「随分多様な武器を扱うのだな」

「戦場では幾ら備えても備えたりませんから」

「そうか。では・・・・はじめよう」

始めようと言った瞬間、行冥の巨体が素早く動く。

普通なら面食らうところだが、僕も同じ立場なら同じことをする。

奇襲を仕掛けて反応を見る。

当然読んでいた僕は素早く身を落とし、行冥の脚を払いに掛かる。

行冥と僕の体格差を考えるのならば、そのまま受けるのが正解だが

「ふっ!」

「おぉ」

行冥はしっかりと後ろへ跳び、かわした。

良く分かったもんだ。今の一撃は本気で骨を折ってやる力を込めた。

「その小さな身体に見合わぬ圧力・・・お館様のおっしゃるとおり見た目通りの年齢ではなさそうだ」

「あぁ、分かっちゃったか。まぁだからといって君らの言うことに従わないってわけじゃないよ?必要な分別は付けられるお年頃だからね」

おどけてみせたけどなんで分かったんだろ。

耀哉はタメ口くらいでそんな判断するような安い人間じゃないはずだけど。

「然らば私も胸を貸すつもりではなく・・・借りるつもりで行くとしよう」

「おい全集中の呼吸を教えるんじゃなかったのかよ」

「見るだけで分かるのなら、好きなだけ見ればよいかと」

ニヤリと笑う行冥。さてはコイツ結構お茶目さんだな?

「可愛くねー年下だこと」

「縁遠い言葉ですな!」

「おっと!」

返事とともに投げられた木球を避け、瞬時につがえた矢を放つ。

まっすぐ行冥の元に飛んだ矢は彼が持つ手斧により振り払われる。

――――ゴウゴウ、ゴウン。

予想通りの動きをされたが耳に入ってくる奇妙な音に意識が奪われる。

およそ人が発するとは思えないがこれは呼吸音。

ハッとして思わず飛び退くと、先程まで頭が在った位置に、木球が墜落する。

地面に大きな凹みと衝撃波が起こり、その技の威力を物語る。

あっぶねぇ!これマジなやつだぞ!?

「岩の呼吸 弐ノ型 天面砕き」

今はなった技の名前だろうそれをハッキリと上げ、見えぬ両目でこちらを見据える行冥。

「まだまだありますので、どうぞ最期までご堪能あれ」

「・・・・・胃もたれしそうなフルコースだな」

こりゃちょっと気を引き締め直すか。

 

手合わせ試合を初めて数十分。

休むことなく技の応酬を続ける二人だが、先に疲れを感じ始めたのは行冥の方だ。

今は表情にも出していないが、彼自身の経験値が告げている。

自分では志乃を打ち取ることは難しいだろうと。

(なんと老獪な手腕。見事に技を切らされている)

岩の呼吸は全部で5つの型(技)がある。

一番最初に放った天面砕きは、上空に鉄球を投げて鬼の頭を潰す技で、鉄球と手斧をつなぐ鎖を踏みつけることで速度と威力を増幅させる。

肝心なのは相手の頭が鉄球より下にあることであり、先程の奇襲も志乃が避けた折に低く姿勢を取ったが為に出来たことだ。

「今度はこれだ!」

「くっ!」

放たれた矢は四方八方に広がり、行冥を狙う。

志乃はこれら一本一本を目で捉えることの出来ない触覚で繋げ、放てば意のままに操れる。

そうは言っても常に握りっぱなしは疲労するので、投げるその瞬間しか発動しない。

それでもなんの手も講じなければ穴だらけになってしまう。

相手は気力も体力も十分。ならばここで傷を追うのは握手。

行冥は参ノ型 岩軀の膚を使おうと構える。

攻防一体のこの型は手斧と鉄球を振り回すことで攻撃を防ぎながら相手に反撃もできる。この状況にはうってつけと思われる。

それを志乃がそのように仕向けたのでなければ。

(どういう状況でどのような型を使うのか全て見切られている。恐ろしい相手だ)

攻めることが出来たのも最初のウチで、型が5個しか無いのを知られた今では、彼が観察したい、見たい型しか出させてくれない。

自分を使って徹底的に岩の呼吸の研究をしている。

その姿勢はまさに学習する者。今この瞬間も、志乃は行冥の筋肉の収縮に至るまで観察し、我が物にしていた。

「私は君を見くびっていたようだ。謝罪しよう」

「さっきこっちの胸を借りるとか言ってたくせに?」

「それに対してもお詫びしよう。そして感謝する」

行冥の雰囲気が変わる。

先程までと違う何かをしでかす空気だ。

志乃はそれを感じ取った。歴戦の勇士の嗅覚で。

「私も感じ取れそうだ。岩の呼吸のさらにその先を!」

「良いねぇ・・・そう来なくっちゃ!楽しもうぜ!行冥!」

「応ッ!!」

最強の柱と最強の癸の戦いは佳境に差し掛かった。

 

何かを掴み取ったらしい行冥は、先ほどまであった暗雲の空気がない。

しかし岩の呼吸は見た所5種類。

全て対策はできた。あるとすれば秘匿している技があるのか、或いは・・・。

「いずれにせよこれが最後さ!」

矢筒に残った矢をありったけ射る。

真正面に集中させつつ触覚を使って左右に分裂。後ろに下がっても正面の矢が。左右どちらかに良ければその方向の矢が当たる。

今までなら岩軀の膚か流紋岩・速征で対応するはずだ。

しかし今度は役目を終えた弓をブーメランの要領で投げ飛ばしている。

タイミングをずらし、どちらかの技が終わった頃に背後から襲いかかる。

(さぁ!どう切り抜ける?)

「岩の呼吸・・・」

(岩軀の膚か?流紋岩・速征か?)

「陸ノ型」

新しい型だ!

思わず顔がほころぶ。まだあったのか!

前準備なのか行冥が木球を振り回し始める。

あっという間に高速回転まで到達したそれを前方に向かって投げる。

「地鎖廻転!」

回転しながら前方に飛んでくる鉄球に合わせて行冥が並走する。

なるほど!そう来たか!確かにそれなら僕と間合いを詰めながら攻撃を回避できる!

だが左右と後ろからくる弓ブーメランはどう防ぐ?

「ふぅん!!肆ノ型!流紋岩・速征!」

おぉ!技を繋げてきた!なるほど!この方の真髄は繋げにあるのか!これまでの岩の呼吸にはなかった発想だ!

ならばこちらも答えなければなるまい!

槍を構えて間合いを取り、連続して突きを放つ。

行冥はそれを型を繰り出すこともなく対応して見せる。

しかし僕もそれくらいは想定済みだ。槍で棒高跳びのように跳ね跳び、上空から打ち下ろす。

槍流の天面砕きと言ったところだ。当然普通の人らがやるよりも効果がある。

防ぐには型を出さずに受け取るか、蛇紋岩・双極で弾くしか無い。

岩軀の膚や流紋岩・速征では粗があるし、発生が遅いからだ。

「岩の呼吸 漆ノ型 転廻豪咆!」

なんと行冥はここでも新しい技を生み出したのか!

木球を投げ上げ、自分を軸にして回転しながら、繋がれた紐を辿るように上昇する行冥。

脚も使って回転するその姿はさながら登り来る巨大竜巻!

僕の槍はあっけなく弾かれただけでなく、砕け散った。

「岩の呼吸 伍ノ型 瓦輪刑部!」

上昇しきった行冥はそのままの勢いを活かして、伍ノ型を放ってくる。

木製でもそれなりの重さのある手斧と木球は、高さがあるだけ重さと速度によって威力が増す。

これもまた見事なコンボだ。

鬼殺隊最強の名誉もうなづける。

抜刀した腰の二振りで紐を切断しながら、心の中で賞賛を送った。

「うん!まいった!強い!」

清々しいほどのきれいな笑顔で負けを宣言する僕。

対する行冥はやっと終わったかという感情と、もっとしたかったという残念そうな感情が混ざった顔をしていた。

 

「改めて君の実力はわかった。結論から言えば、君の戦闘能力は私に匹敵する」

「現役最強の柱からの評価は光栄だね。けど、それが本題じゃない」

「然り。君は私の岩の呼吸を見て覚えた。それを確信したうえで命ずる。此度の任務は岩の呼吸を使い、討伐せよ。」

合同任務にした理由はこれにあるんだろうな。

最初のときの全集中の呼吸知らないって聞いた時ブリオとかめっちゃ驚いていたし。

「そして任務を終えた後は、現在ある日輪刀を一時私の方で預かる」

「え?じゃあ今後任務はどうするの?」

「うむ。どうやら知らぬようだから教えておこう。通常形の違う日輪刀を使えるのは柱だけなのだ」

おい、聞いてねーぞおい。

ブリオの方を見るとわざとらしくそっぽを向いて吹けていない口笛を吹いて誤魔化している。

こいつ忘れてやがったな。

「最近やたらと隠に話しかけられるのはもしかして・・・」

「うむ。君の実力をあまり信じていない隊士が、君を理由に日輪刀を手にし、鬼狩りを無断で行おうとしているようだ。その様子ではありのままを話したのかね?」

「どうせ聞いたところで僕のような動きはできないだろうと思ってね」

「具体的には?」

「大前提として1分間に10km走れるようになれとか・・・」

「うむ。不可能だな」

「相棒そんなことできんのか?」

同意してくれる行冥と驚くブリオ。そりゃそうだろう。寧ろグルメ細胞をもってないのにそんな事できたらそれこそ化け物だ。

・・・行冥ならワンチャンできそうな気がしてくるのは認識のバグかな?

「自身の規格外性を理解したうえでそうした話をしたのなら、君自身に対の規律を乱す気はなく、単純に知らぬがゆえにおきた誤解なのだろう。以後は柱になるまで、普通の日輪刀を持って活動しなさい」

「えぇ、そうします・・・今度こそ日輪刀はすぐ届くよね?」

「?通常の日輪刀は15日以内に届くものだが・・・あぁ、大丈夫だ。安心しなさい。今度は本当に普通の日本刀だ」

一瞬怪訝な表情を浮かべる行冥だが、すぐに合点がいったようだ。

白松のやつは前科があるからな。油断できねぇ。

その後、行冥と今夜討伐する下弦の参の情報を更に詰め、僕らは夜に備えて寝ることにした。

 

月が頂点に差し掛かる時間。

町の灯りはすっかり落ちきち、空に浮かぶ天然の光源だけが頼りの不安げなこんな時に、二人の鬼狩りが夜津谷角に足を踏み入れる。

一人は悲鳴嶼行冥。

盲目の修行僧のような装いをしながら、天を衝くほどの巨体は筋骨隆々の肉体と併せてさながら仁王像といった様相だ。

まだ20代半ばになろうかという年齢でありながら、醸し出される威圧感は、この道のプロフェッショナルであることを否応なく感じさせる。

もう一人は六井志乃。

美しい銀髪を短く切りそろえ、紅い左目に翠の右目を持つ小さな美少年は、行冥と並ぶと大人と子供ほどの身長差がある。実際志乃の肉体年齢は12歳頃で止まっているのでその通りなのだが、志乃が纏う雰囲気はそこらの大人では出せないほど老成している。

行冥は腰に特性の日輪刀を吊り下げ数珠を鳴らし、志乃はスーツケースを手に下げ、隊服に似合った中折れ帽を深く被って歩いている。

そんな二人の前に立ちふさがる影が現れる。

平凡そうな顔、平凡そうな髪型に髪色。普通の人とは違うのは2つの角と土気色のガサついた肌だが、人食い鬼としてみたい場合は実に普通だ。

どこまでも普通すぎて、ともすれば見逃してしまいそうなそれは、目に下弦の参と書かれていることが決定的な違いだった。

「待っていたぞ銀色の鬼狩り」

「わざわざ待っててくれたのかい?律儀だねぇ」

「俺の血鬼術を目にして生きて帰ったのはお前が初めてだからな・・・まさか姿を変えられるとは思わなかったぞ」

「そりゃ顔が割れたんだ。変装の1つや2つはするもんさ」

行冥の話だと元忍者の柱もいるみたいだし、そういうこともするだろ。多分。

「だがお陰で俺も考えを変えることにした。あれだけいて殺せなかったのは分身が弱かったせいだ。つまり・・・・」

 

そういうと下弦の参は自らを起点に次々と分身していく。

以前と同じようにみえるが、今度は明確に存在感が違う。

行冥は鬼殺隊としての勘で、志乃は思考力で分身にどんな機能をもたせたのかに思い至る。

「分身一つ一つが本体ということか」

「みたいだね」

「くくく・・・・おまえの変身という掛け声で思いついたのさ。ありがとうよ」

「じゃあ使用料を払ってもらおうかな」

「ほぅ、代金は?」

「お前の頸。・・・・変身」

志乃はスーツケースを開き、触覚で鎧を着込んでいく。足元から太腿へ、手甲から肩当て、胴体、腰、マントを翻し、ソードシールドを手にする。

行冥もまた数珠を首にかけ、羽織を翻して腰に下げた手斧と鉄球を引っ掴み、構える。

「いいな志乃。この時は私の継子として岩の呼吸を使うことを意識するのだ」

「了解。いきなり免許皆伝って言わせてやるよ」

「頼もしい限りだ」

視界を埋め尽くすはこれまでの相手を超える格上。

しかし背中を併せて立ち向かう二人にはいささかの怯えも恐怖もない。

鬼殺隊 癸 六井志乃、挑戦の時。

 

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