六井旅行奇譚 ~鬼退治編~   作:犬原もとき

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第6話

下弦の参、蚩郭は何より自分の命が大事である。

しかし同時に功名心というなの承認欲求が強くもあった。

それは平々凡々な自身に対するコンプレックスの現れなのだが、古い時代ではただの若気の至りとしか見られなかった。

また突出した才能があったわけでもなかったので、文化の方面では勿論、武芸の方面でも彼の満足行くような結果は生み出せなかった。

学べば学ぶほど、知れば知るほど、自身がどう仕様もなく凡人であることを思い知らされる。

何者かに成りたい。なのに成れない。

その感情がついに歪んだ形となって発散される。

彼は闇の中で人を切る道を選んだ。

人一倍気づかれにくい存在感と、どこにでもいる弱さを武器に。

場所も大事だった。いくら曲がっても、不自然に思われない場所。角から出てきても気づかれにくい場所。

そうした所で何度も何度も辻斬りをした末に、やがて人々はその場所をこう呼ぶようになった。

”人食い夜津谷”と。

 

次々に現れる下弦の参を斬っているけど、相変わらず強さはそこまででもない。

寧ろ以前より再生速度は落ちている気がする。切り刻めば完全再生に2時間半は掛かるだろう。

二人がかりで広範囲を攻めていけばそう時間がかからないだろう。

いつも通りならば。

「志乃!岩の呼吸だ!」

「ッ!スマン!」

これだ。そう、いつものとおりに戦おうとしてしまって全集中の呼吸が出来てない。

効率を考えるとついやってしまう。

組織に属している以上、上位階級の指示は遵守しなければならない。

人は群れて生きる生き物だ。そして群れにはルールがある。

そうして人は地球に溢れ、宇宙へ飛び出していった。

この岩の呼吸は僕を人間に近づけてくれる大事なものだ。

僕の見稽古、ミラーニューロンによる精巧な模倣は確かに機能している。

知識として完璧に記憶はしている。

だからといって想像通りに実践できるかどうかは話が別だ。

長年染み付いた戦闘における最効率化を一からやり直さなければならない。

一文字変えるだけで動きが一変するプログラムのように、変えたのならば適応するように何度も変えなければいけない。

今まで築き上げたものを崩し、再構築する。

なんど効率の悪いことか。何度無駄なことか。

だがそれが良い!

「行冥!」

「任せよ!」

「「全集中!岩の呼吸!」」

「参ノ型!岩軀の膚!」

「肆ノ型 流紋岩・速征!」

僕が参ノ型を使う合間を縫うように、行冥は肆ノ型を放つ。

鎖鎌に変形させたソードシールド(ひと回り小さくなったカイトシールドを分銅、分離させたカイトシールドの縁をくの字に合体させたブーメラン型の刃が鎌代わり)をつかい、周囲を建物ごとなぎ倒す。

どうせ血鬼術だから現実に影響しないわけだし、豪快にぶっ壊しても文句は言われないだろう。

破壊力は本家と変わらないだろうが、切断力ならこちらの方が上だ。

それを示すように、効率よく下弦の参の頸を刎ねていく。

ブーメランとシールドを手元に戻し、1拍のち再び岩の呼吸。

「陸ノ型!地鎖廻転!」

続けて鎖をグレートソードの石突に繋げて前方に勢いよく放り投げる。

真っすぐ伸びながらも、ドリルのように縦軸の回転がかかっている剣は、進路上の鬼の頸を切り倒しながら、勢いが落ちることなく突き進む。

「あ~~~らよっと!」

その勢いで引っ張られるカイトシールドの上に飛び乗ると、ブーメランは分離させ、双剣として振るう。

近づいてくる下弦の参を片っ端から切り捨て、鎖のたわみを見ると脚で絡め取って上空へと放り投げる。

「岩の呼吸 伍ノ型!瓦輪刑部!」

そのまま鎖で繋がれた盾と剣、双剣に落下速度を乗せて地面に放つ。

土煙とクレーターができる勢いで落ちていったので、中心部にいた分身体は消し飛んでいる。

全集中の呼吸自体は完璧。後はこれを普通の呼吸のように行えばようやく行冥のように習得したと言って良い。

(それまで死んでくれるなよ?下弦の参)

着地して武器を回収し、構え直しながら、僕は攻撃を続けた。

 

(なんという速さだ)

行冥は志乃の呼吸を聞き、耳を疑っていた。

彼はすでに岩の呼吸を習得している。

普段の呼吸から全集中の呼吸への移行に淀みがない。

通常どんなに適正のあるものでも、覚え始めはぎこちないもので、特に実践では訓練以上に意識しなければならない。

たしかにそうした場面がまったくなかったわけではないが、行冥が気づく前に修正したり、気づいて促したのは2,3回程しかない。

(そして今は常中に手をかけようとしている・・・私を手本としたからか?)

全集中の呼吸が鬼殺隊隊士の前提の技術ならば、全集中の呼吸・常中は柱になるための前提の技術だ。

全集中の呼吸・常中は文字通り、24時間。それこそ寝る間すら全集中の呼吸を行うという、常在戦場の心構えを呼吸としたような技術である。

無論習得には長い訓練が必要であり、戦いながらやるような代物ではない。

過去の剣士たちの中には、これすら隊士時代に習得する代物と考えていたものもいたが、昨今の質の低い対したちでは不可能と思われ、教える育手は少なくなっているという背景があったりする。

行冥ももしやとは思っていたが、まさか本気でやろうとしているとは思わなかった。

(一つの型を繰り出す度に洗練されていく。技の冴えが鋭く、早く、重く。岩の呼吸の極意である正しい呼吸と反復動作を己の中の理論で組み上げ、物にしている)

天才。にわかにそんな言葉が浮かぶが、行冥はどこかそれに引っかかりを覚えた。

(天賦の才で片付けるにはあまりにも地道。回り道がすぎる。これはまるで・・・)

死の淵から命からがら生き延びた凡人のような必死さではないか。

行冥は背中を預けるに足る小さな剣士の、想像も及ばぬ人生に触れた気がした。

 

戦闘を開始してからすで2時間が経過した。

あれほどいた分身体は次々に消し飛ばされ、増やして増やしても追いつきそうにない。

だが蚩郭に焦りはなかった。なにせ血鬼術はほかにもある。

ここまではほんの序の口だ。

「今度は夜明けまで粘らせはせん!血鬼術!迷々怪界!」

蚩郭が両手を地面に置くと、血鬼術の波動が周囲に伝わり、発動する。

異変に気づいた志乃と行冥はすぐさま空中へと逃れたが、それ故に変化を目の当たりにする。

無限に続く夜津谷角の十字路が唸り、変形し、折り重なったり、ズレたりしている。やがて二人が着地すると、分断するためか家屋が立ちふさがる。

「ふははっはは!どうだ驚いたか!?この血鬼術は以前から使っていた幻惑の結界をさらに強化した代物よ!外界と完全に閉ざされたこの結界の中では、どんなに時間が経とうと日が昇ることはない!ここで飽きるまで俺の分身を斬り殺すが良いわ!」

夜明けまで粘れる経験などなかった蚩郭は、どうすれば勝てるのか必死に考えた。

そうして思いついたのが、そもそも夜明けを迎えさせなければ良いという結論だ。

結界の中に自分ごと閉じ込めれば、先に力尽きるのはどうあがいても人間である鬼殺隊。

(結界の内にいる俺を見つけようとしても無駄なこと。俺の体内と言っても良いこの中なら、どう動こうと変えられる)

事実、二人はどこかにいるであろう蚩郭を探し出すために走り出しているが、正方形状の結界内は全て同じ景色であり、2,3角を曲がれば、もう今自分が通ってきた場所すら分からない。

十字路というただでさえ迷いやすい交差路が、視界内に延々と続いていることが関係しているのもそうだが、曲がった後に蚩郭が道を入れ替えるので、余計に迷いやすくなっている。

(精々踊り疲れてしまえ・・・鬼狩り!)

自らの勝利を確信し、表情を歪ませる蚩郭。

夜はまだあけない。

 

うーん。分けられたか。この分だと簡単に合流させてくれないだろうね。

ある程度進んで分かったことは3つ。

一つは結界の作動中は分身体は元のやつに戻る。つまり再生速度は速いけど顔はのっぺらぼうでツルンとしている明らかな偽物。

次に正方形状になってるけど、上は完全なカムフラージュ。実際には存在してないから届かないし、届いても手応えがない。

最後は建物には実体がある。触るとちゃんと感触があるし、叩けば音も響く。

だけど向こうに繋がっているとかそういうわけじゃない。つまりこの建物が結界を構築する枠であり要の一つだ。

建物の中に入ると、酷く凡庸な家具の配置をしている。

敷布団、箪笥、机、蝋燭台。

実に普通でつまらない部屋だが一箇所だけ気になる点が一つある。

「なにもないのにこんな場所空けるかなぁ?」

ニヤリと嗤いながら不自然に空間の空いた壁を見る。

まやかしの空、分けられた僕と行冥、不自然な間。つまり導き出される答えは一つ。

「灯台下暗し・・・いやどちらかと言うと壁に耳ありかな?」

ソードシールドからグレートソードを抜剣し眼の前の壁に向かって技を放った。

 

同時刻、行冥もまた建物に手を当て考えていた。

「家屋には触れられる。だが開けど開けど相まみえる気配はなし」

建物から手を離し、手斧と鉄球がぶつかり合うように放り投げる。

―――――ガキイイイィィン、ン、、ン、、、ン、、、、。

空中でなった音に行冥は耳を澄ませる。

返ってくる音の長さ、大きさを元に脳内でマッピングし、この結界内の様子を推し測る。

エコーロケーション。

音の反響を利用して周囲の物体の大きさ、形、方向、位置を特定する能力であるそれは、盲目である行冥にとっては視力の代わりになっている。

生まれた頃の高熱により目から光がなくなった行冥は、幼いながらこの能力に開花し、今では常人の平均視力よりも遠く、正確に読み取ることが出来る。

彼が数珠を常に鳴らしているのも、周囲の状況を常に把握するために行っているのだ。

そして猩猩鋼で出来た日輪刀同士の反響音、周波数は独特なもので、こうした結界や血鬼術によって隠れた鬼を見つけ出すのに最適な代物である。

「捉えた・・・!そこか!」

反響音によって広げられた視界により、鬼の居場所を特定した行冥は、落ちてきた日輪刀を引っ掴み、目の前の建物へと突進する。

 

「なんだ?あいつら・・・どこへいった!?」

道に迷わせて勝利を確信していた蚩郭だったが、ここへ来て状況が変わった。

二人を見失ってしまったのだ。

あたりをキョロキョロと見回し、机の上の図面を目を皿にして何度も探す。

蚩郭はある場所にいて結界内のすべてを見通すことができる。

だがそれも十字路の通り道に限定される。

壁であり結界の枠の役目を果たす建物の中を見ることは出来ない。

なぜならば

「へいミックスピザ一丁お待ちぃ!!」

「ぎゃあああぁぁぁぁ!!??」

蚩郭は先程まで自分が背を預けていた場所から飛び退くと同時に、志乃が壁を突き破って侵入してくる。

そう。蚩郭は破壊するのが難しい建物の中から、二人の動向を観察し、結界の道を入れ替えていたのだ。

建物を使い、壁を作ることで、まずは建物が結界の枠を果たしているという情報を与える。

扉を開けてもループさせることで、自分たちを逃さないための舞台装置でしか無いという印象をつける。

そして自分はその間。つまり壁の向こう側に陣取ることで決して見られることなく、相手の消耗を待つという作戦であった。

並みの鬼殺隊隊士であれば勝負ありだろう。

しかしここにいるの両者ともに最強の頭文字がつく柱と癸。

常識で考えてはいけなかった。

「お代をいただきに来たぜ?宣言通り、お前の頸をよぉ!」

「つ、捕まってたまるか!!」

「逃がすかぁ!」

思わず建物を飛び出した蚩郭を、すぐさま追いかける志乃。

弱くないとはいえ下弦の参の鬼であるということは伊達ではなく、雑魚鬼や血鬼術が使えるだけの鬼よりは身体能力が高い。

ただそれでも生身なら1分10kmを走れる志乃からすれば追いつけない速度ではない。

(走っている最中でも楽に呼吸が出来ている。いままでの呼吸のように、岩の呼吸を途切れさせずに!)

寧ろこの全力疾走は、志乃の全集中の呼吸・常中を完成させるための貴重な時間と成りつつある。

一歩踏みしめる毎に常中の完成に近づいている。

一歩沈み込ませる毎に先程よりも深く踏み込める。

一歩脚を踏み出す度に、今までよりも強く蹴り出せる。

意識していた部分が溶け込み、一つになる。

向こう側から行冥に追いかけられている下弦の参の顔が見える。

恐怖慄いており、鬼だと言うのに半べそをかいている

下弦の参が振り返るように頭を動かしているのが見える。

志乃は行冥を。行冥は志乃を見る。

――――岩の呼吸

寸分たがわず二人は武器を振りかぶる。

志乃は鎖に繋がれたグレートソードを。

行冥は鎖に繋がれた手斧を。

――――壱ノ型

狂い一つもなく二人は武器を錐揉み回転させ、投げる。

――――蛇紋岩・双極!!

「「ぎゃがべっ!!」」

重力を無視したかのような速度で投擲された武器は、鬼を巻き込みながら打つかり、揉み合い、志乃が追いかけていた方を行冥の手斧が、行冥が追いかけていた方を志乃の剣が頸を刎ねた。

そして結界は解け、夜が明けた。

 

後日、下弦の参を討伐した僕は日輪刀が来るまでの間、行冥に稽古をつけてもらった。

人から教えてもらうのは好きだから全然苦じゃなかったけど、なにか一つできる度に行冥が手合わせ試合を申し込んでくるのが地味に辛かった。

単純に体格差が有りすぎてビビるんだよ。戦い成れてるから大丈夫ってわけじゃないからね?

「え~・・・この度は私のせいで対立を見出してしまい誠に申し訳ありません」

「気にしないでよ。そこの鶏もどきも悪いんだし」

「相棒。それってもしかして俺のことじゃないよな?相棒?」

軽口を言いながらも本気で心配そうな声色のブリオだけど、割とお前のせいもあると思うよ?

改めて渡された日輪刀は、なんというか実に普通だった。とはいえやはり違う部分もある。

「一見すると野太刀にも見えるね」

「そうです!臨機応変に使えるようにと両側で長さを変えています!」

鞘に納められている刀は長く、パっと見では野太刀か大太刀を思わせるほど長い。

だが鍔のある方を抜くと打刀、反対側の片方を抜くと脇差しの日輪刀が現れるという素敵仕様だ。

まぁ猩猩鋼鎧に比べれば奇抜ではないけど、良いのかこれ?

「問題なのは得意な形をした日輪刀なのだ。古来より、二刀流の隊士がいなかったわけではない。ありがたく頂戴しておきなさい」

困ったように視線を送ったことに気づいたのか、暫定師匠の行冥が許可を出す。

柱が良いって言うなら良いか。

「おい見ろ!相棒!色が変わっていくぜ!」

ブリオの言葉に全員の視線が僕の持つ日輪刀に注がれる。

注目される中、鈍色の刀がゆっくりと変色する。

茎の方から塗るように、一筋、また一筋と線が入り、打刀を染めていく。

塗り重ねるように何度も何度も色が重なり、深みを与えている。

やがて刀身の先まで染め上がった日輪刀は、太陽を反射する灰色だった。

「相棒にもようやく色がついたんだな!しっかしこりゃ何色だ?灰色・・・にしちゃあ白っぽく見えるが・・・」

「これは白鼠色ですね」

「白鼠色?」

「うむ。上等な着物に使われたりする事が多いと聞く。上品で風格のある明るい鼠色だそうだ」

行冥の補足を受けて、刀の角度を変えて光を当ててみる。

なるほど。確かに若者向けのギラつくような派手さはなく、雪か鮎の腹のような、艷やかで静かな美しさを感じる。

見れば見るほど心が清らかになり、空気すらも浄化してくれそうな深い色味。

渋いな。良いね。分かってるじゃん。

「灰色は私の日輪刀と同じ系統の色だ。これからも励みなさい」

「あぁ。・・・猩猩鋼鎧ともしばらくお別れだな」

納刀し、最後にこれまでともにしてきた相棒を見る。

美しい白鼠色に染まった西洋鎧は光を跳ね返して誇り高く胸を張っているように見えた。

 

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