六井旅行奇譚 ~鬼退治編~   作:犬原もとき

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第8話

「志乃くん・・・ゴホッ、ゴホッ!」

なにか言おうとしているカナエさんをチラリと見る。

多少の傷はあれど、あんなに咳き込むほど深い傷じゃない。

あの血?いや喉や顔に傷はない。

それにかすかだけどヒュー、ヒューと喘鳴もしている。

気道?いや鬼の力はたしかに強い、もし頸を締められていたなら跡が残っている。

けれどそれがない。

「やぁやぁ、俺の名前は童磨。見ての通り上弦の弐をやってる鬼だよ。君もかわいいねぇ。美人さんだねぇ。俺達にとっては良い夜だよ」

「全くだね。上弦の弐なんて大物を打ち取れるなんて、今日は本当にツイてる」

軽口をたたきながら、上弦の弐 童磨の血鬼術に当たりをつけるために五感をすべて使って情報収集にかかる。

触感。ここに到着してから平地かつこの時期であるにも関わらず寒い。

味覚。口で呼吸すると僅かに侵入して溶けていくなにか。これは氷か?

聴覚。やけに音がクリアに聞こえる。空気が冷えていると同じ現象が起こる。

嗅覚。鼻で空気を吸うと一瞬突き抜けるような痛みが走る。

空気が冷えるほど寒く、数と痛みが走り、口の中に入ってくる氷。

なるほどな。見えてきた。

「アハハハ、凄いね。今そこの花飾りの子を助けられてホッとしてるのかな?けど残念、その子はもうだめだよ」

「肺が凍って使い物にならないからか?」

僕がそう言うと童磨は驚いた表情を見せる。

「・・・・・凄い!よく分かったね!そうだよ!俺の血鬼術は氷を使うんだ!」

花が咲くような笑顔を浮かべ、パッと持っていた扇子を広げて見せる。

それを軽く振るうと、霧のような氷が発生する。

「生き物は皆呼吸するだろう?俺は鬼としてはそこそこ強いけど、どうせ食べるならきれいに食べたいからさ、こうして粉のように小さな氷を出すことにしたんだ。そうしたら肺が壊死して、そのうち死んじゃうでしょ?」

「ついでに苦しむ顔を長く楽しめるってか?鬼らしい趣味してんね」

「いや、それに関しては俺もどうにかしたいんだよねぇ。良い方法知らない?」

「さぁね。知ってても教える義理はない、よ!」

「おっと!」

分かりやすく踏み込み、距離を詰める。

案の定呼吸を併せた童磨は僕の打刀を難なく受け止め、流す。

「ふっ!」

「おぉ!?」

間髪いれずに脇差しを抜き、手首を斬り落としにかかるが、これも流される。

「凄い凄い!速いねぇ君!流石鬼の頸を素手で斬り落とした子だ」

「久しぶりに聞いたよそれ」

そんな事もあったな。そういえば。

「あははは!あの方もすっかり忘れていらっしゃるからね!けど俺は覚えていたんだぁ、君みたいな美しい子は、早く救ってあげなくちゃって」

「宗教人らしい思考だ。誰も彼もが救いを求めていると決めつける」

「そういうもんだよ。人なんて」

一瞬コイツの人間性が垣間見えた気がするな。

しかしマズいぞ。

長引かせるとカナエさんの肺がマズい。今すぐに処置すればぎりぎり間に合うだろうけど、コイツを相手に背中を見せるのはもっとマズい。

朝まで待つか?いや、コイツはそんな悠長じゃない。

僕を探っているし、これ以上情報が引き出せないなら、僕を飛び越してカナエさんを仕留めにかかる。

「さぁて、今度はこっちから行こうかな。血鬼術 蓮葉氷」

童磨が扇を振るうと、そこから蓮の花を模した氷が生み出される。

瞬間、僕は鞘口に脇差しと打刀の柄を当てて、鎖をつなげる。

「岩の呼吸 参ノ型 岩駒の膚!」

刃付きの三節棍のようになった日輪刀を持ち直し、己のみを護るように振り回す。

日輪刀にあたって砕ける氷だが、その冷気はこちらにまで届いてくる。

肌を刺すような痛みは、あの氷が持つ冷たさは触れるだけで凍りついてしまうものだと分かる。

(普通なら相性が最悪すぎるな。僕ならそうでもないけど、まともに食らったカナエさんはかなりヤバい筈だ)

肺が壊死しているとは言うが、命があるなら僕が持っているアレで―――鬼殺隊の続投は無理だろうけど―――生きながらえることはできる。

つまりこれ以上近づけさせてはならない。

「それにしても不思議だなぁ。なんで君は肺が凍らないんだい?というか息してる?」

「あいにく平均体温が高くてね。寧ろちょうどいいくらいさ。夏限定で雇ってやろうか?」

「うーん遠慮しておこうかなぁ。なんか話が合いそうであわなさそうだ」

またも蓮葉氷を放ってくるので、今度は肆ノ型 流紋岩・速征で凌ぐ。

背後からの教習を警戒しての選択だったが、どうやら正解だったようで防がれて後退する童磨の姿が見える。

その時の顔も驚いたふうを装った想定内といったものに見える。

何度も切り結ぶもこんどは童磨も警戒していて中々踏み込みにこない。

僕も離れすぎるといざという時にカナエさんのカバーに行けないから、距離に制限がかかる。

「君はよっぽどその蝶飾りの子が気になるんだね。美しい友情ってやつかな?」

「昼間にお団子を食べあった仲さ。羨ましいだろ?」

「え~、良いなぁ。俺は鬼だからお昼に食べ合うことが出来ないんだ。おまけに食事会に誘っても誰も来ないしさぁ」

僕がカナエさんとの距離を一定に保っていることに気づいたのか、童磨は一気に距離を取る。

周りの空気が凍りつき、童磨から僕、それを超えてカナエさんまで一直線に白い道ができる。

マジかよ。

「そろそろ日も昇るし、ゆっくりしてられなくなっちゃった。これで生きてたら、また会おうね。今度こそ名前を聞かせてほしいな」

―――――血鬼術

「ブリオ!カナエ!一箇所にあつまれ!」

上空に出来上がりつつある無数の氷柱を見て、僕は叫ぶ。

つい呼び捨てにしたけどそれだけ切羽詰まっていたとして許してもらおう。

「頑張ってね~♪」

「ちぃ!」

日輪刀を指して、素早く懐にある杖に手を伸ばす。

―――――冬ざれ氷柱

「プロテゴ・ホリビリス――――恐ろしきものよ、去れ!!!」

迫りくる大小さまざまな、しかしどれもが確実に命を奪う鋭さと冷たさを持った氷柱が襲いかかる。

複雑な動作を慣れた手つきで瞬時に行い、自分を中心に半球状のバリアを形成する。

バリアに当たった氷柱は砕け、消えていくが、豪雨の如く降り注ぐそれはいまだに続いている。

「・・・へぇ、そんなものまであるんだ。じゃあこれはどうかな?」

―――――血鬼術 枯園垂り

氷柱が降り注ぐ中、童磨が両手に持った扇子を振るうと、湾曲した氷の柱がバリアに向かって伸びてくる。

そんなものでこの護りの魔法はびくともしないが、展開し続けるには僕が魔力を与え続けなければならない。

強度に在った必要な魔力を必要なだけ供給する。

瞬間的なダメージを瞬時に計算し、当たった場所に注ぎ込み、補強する。

高速演算と並列思考。血鬼術を防ぎきれる魔法構築をしながら、決して途切れさせてはいけない綱渡りの状況。

「これも防ぐかぁ、じゃあこれはどうかな?」

――――血鬼術 寒烈の白姫

今度は蓮の花に上半身が生えたような氷像を二つ創り出してきた。

そしてそれは深く息を吸い込んだかと思えば、猛烈な吹雪を吐き出してくる。

バリア以外の場所が次々と凍りつき、極寒の大地を作り出す。

冷気すら血鬼術であるために空気すら通すことが出来ない。

ミクロ単位の術の調整は僕を持ってしても難しく、長時間続くことが確実だ。

「志乃く・・・ん!」

「相棒!踏ん張れ!膝が落ちてんぞ!」

いつの間にか抜けていたらしい膝をブリオが支えてくれるが、ヨウムの身体でできることは少ない。

だがそれで十分だった。無言で頷き、再び体制を立て直して集中する。

童磨は氷像以上出すことはせず、ニヤニヤと嗤いながらコチラを見るだけだ。

負けじと心の中で笑い返すが、実際はどうなっているのか、僕にはわからなかった。

ただ二人を守るために守りの魔法だけは展開し続けた。

太陽はまだ来ない。

 

「はっはっはっは・・・・!」

朝が登り、胡蝶しのぶは急いでいた。

自分が他の任務で少し離れている間、姉のカナエは上弦の弐と交戦しているという情報が入った。

(無理言ってついてきたのに・・・!)

しのぶは己の運命を呪った。

胸騒ぎがして、渋る姉を押しきってついて行ったと言うのに、任務に次ぐ任務で結局離れることになってしまった。

柱である姉が鬼に負けるとは思えない。だが上弦ともなれば未知数だ。

(お願い、無事でいて・・・・姉さん!)

両親が鬼に食い殺され、唯一の肉親となった姉。

自分たちのような境遇の人間を少しでも減らしたいという思いで、鬼殺隊になった二人は、体格の関係で柱と一隊士となったが、それでも大切な身内であることに変わりはない。

最近では義理ではあるがもうひとりの妹も増えた。

ゆっくりとだが、確実に幸せになっていっている。

(そんな気がしていたのに・・・!)

嫌な予感が胸から離れない。

あと一つ角を曲がれば姉が戦っていた場所だ。

もう日は昇り、鬼は居ない。

だがもしそこに、横たわって冷たくなっている姉が居たら?

もしそこに、食い散らかされた後があったら?

心が折れるかもしれない。

復讐という炎が自身を焼き、鬼を一匹残らず滅ぼす復讐の使徒になるかもしれない。

「姉さッ!・・・ん?」

「あら、しのぶ」

曲がった先に在ったのは、自身が想像していた光景とは全く違っていた。

姉は少し呼吸がしづらそうだがしっかり生きている。

肌の血色は少し悪いが、病気や痩せ我慢をしていると様子ではない。

体にも多少の傷はあれど、どれも致命傷には程遠い。

近づいて触れてみるがしっかりと、いやいつもより少し低いが体温がある。

変化があるとすれば見知らぬ銀髪を膝枕していることだ。

「生きてる・・・?」

「えぇ、生きてるわ」

「本当に・・・?夢じゃない?」

「本当よ。自分でもびっくりしてる。上弦の弐と戦って、負けたのに無事で済んでいる」

「あ・・・あぁ・・・うわああああぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!」

我慢していた不安と寂しさが思わぬ形で解消され、一気にあふれる。

堪えていた感情は涙と嗚咽にまじり、一気に吐き出される。

カナエを力いっぱい抱きしめるしのぶ。

ぬくもりが本物であることを確かめるように。

この現実が、決して夢でないと確かめるように。

一方のカナエも、この奇跡を確かに噛みしめる。

彼女は志乃が食べさせてくれたあるもののおかげで、一名を取り留めた。

常中をしていたせいか、呼吸をしようとすると、肺が破れるほど痛い。だがその痛みが、自分は間違いなく生き残り、生かされたのだと訴える。

(柱になって、鬼殺隊になってから、いつでも死ぬ覚悟だったけど・・・)

泣き止まないしのぶの頭を撫でながらカナエは思う。

童磨との戦い。劣勢だった中思い出したのは蝶屋敷に住む者たちのことだった。

自身が居なくなったら、彼女たちはどう暮らしていくのか、しのぶは一人でやっていけるのか。いっそのこと鬼殺隊を辞めてくれたら良いのに。蝶屋敷は治療専門の場所なのだから、無理に前線に出る必要はない。そこで鬼殺と関係ない暮らしを送って、恋をして、子どもを生んで、歳を重ねて末永く生きて欲しい。

童磨の腕が振るわれ、黄金の扇子がゆっくりと近づく最中、カナエが見た走馬灯はそれだった。

上空から飛んできた黄色の衝撃波でそれは強制終了させられたが、カナエは生かされたと認識した。

死ぬはずだった運命があのとき変わったと。

憧れのあの人と同じ呼吸を使い、憧れのあの人と同じように守ってくれた、憧れのあの人よりも小さく、同じくらいに大きな銀色に。

「ぐすん・・・そうだ、姉さん。この娘は?」

「ん?そうね・・・」

不思議な力で身を呈して守ってくれた命の恩人を、堅物な妹にどう説明しようか悩みながら、カナエは一先ず大切な人と言って誤魔化した。

志乃は誤解したしのぶに殴られた。

 

万世極楽教の教祖の部屋はかなり暗い。今は沐浴の時間なので明かりがついているが、それでも照明が一つだけという異様な暗さだ。

これは童磨が鬼になったことが主な要因だが、同時に物思いにふけるのにもちょうど良かった。

酒風呂に身体を浸しながら、水煙管を吸い、紫煙を燻らせる。

思い出すのはあの銀髪。

初めは無惨から聞いた物珍しいだけの子どもだった。

だが在ってみればなんとも可愛らしく、生意気で、哀れな存在だろう。

(アレだけ長いこと俺の粉凍りを吸って無事な訳が無い。素手で鬼の頸を切り落とせることと言い、黄色い波動弾を放てるところと言い、彼は人間じゃない)

薄れていく煙を見ながら、童磨は相対した志乃について考えていた。

志乃が童磨を観察していたように、彼もまた志乃を測っていた。

(雑魚の鬼が殺されたのが蝶飾りの子に会う一刻程前。そこから俺達までの距離はゆうに2里は離れていた。俺の中では彼が柱でぎりぎり間に合うかって計算だった)

童磨もカナエ以外の隊士がいることは知っていた。

正確には鬼を通して知っていただけで、実際どこにいるのかまでは周囲の建物から把握するしかなかったが、それでも大きくハズレていないと思っている。

2里は約7.8kmであり、身長160cmのカナエ位の人間が歩けば大体2時間で到着する。

志乃の身長は135cmであり、もっと時間がかかる。

(だが彼はそれを大きく超えて30分で到着してきた。屋根の上を走ってきたにしてはずいぶん早い。もっと他に能力を隠しているはずだ)

水煙管を深く吸い込み、一旦肺の中に溜め込んで止め、またゆっくりと吐き出す。

(防護壁もそうだ。寒烈の白姫こそ本気じゃなかったけど、ほかは仕留める気で放ったのに全部防がれた。威力もまばらにして不意打ちを狙ったのにそれらも全て的確に防がれた)

空気に溶けていく煙を見ながら童磨は考える。あれが血鬼術であったのならば、どれほどの力を消耗するだろうか?

基本的に攻撃的なものが多い血鬼術だが、完全に守りに徹する術は未だになかったと記憶している。

「結局最初の一回きりで黄色い波動弾も出さなかったなぁ・・・まぁ、いいか!」

水煙管を近くの机の上に置き、酒風呂から出る。

その場に人がいれば、そのあまりの酒臭さに鼻を摘むか、或いは童磨の身体に滴る酒の匂いに溺れて酔いつぶれてしまうだろう。だが鬼である童磨にとっては、人間にとっての香水にしか過ぎない。

「次は俺ももっと楽しませてあげないとね。そして君が救われたいと願ったとき・・・」

ゆっくりと手を上げて、照明を顔に見立てて撫でる。

三日月状に目を細め、口は弓のように弧を描き、舌なめずりをする。

「・・・俺がちゃあんと食べてあげるよ。六井志乃くん♡」

そうしてパンッと手を閉じる。まるで一口で食べてしまうかのように。

 

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