「そう・・・鬼殺隊を辞めるのかい」
「はい。お館様」
胡蝶カナエの上弦の弐接触事件から数日。
カナエは鬼殺隊の本部で耀哉に自身の身体のことを話した。
それは両方の肺が広い範囲で壊死してしまったこと。
これにより、まず生きている事自体が奇跡なのだが、志乃がくれたあるものにより、現在はこうして自立歩行することが可能な程度には回復している。
だが走ったり、重いものを持つことは困難であるため、当然ながら戦闘など到底不可能である。
「ですから今後は蝶屋敷の専属医師として、鬼殺隊をお支えしようと思っています」
「うん。それは良いね。とても助かるよカナエ」
それでもこれまで培った技術や経験を失うのは惜しく、また蝶屋敷という鬼殺隊専門の医療機関に、元柱が在住しているというのは精神的な意味でも大きい。
柱が一つ欠けることは痛いが、上弦と遭遇してその生命を失わなかっただけでも、大きな手柄と言えるだろう。
良い話のはずなのに、お互いに笑顔であるはずなのに、カナエの持つ雰囲気は暗い。
「カナエ・・・今まで前線で命を懸けて戦ってくれたこと。産屋敷家投手として、鬼殺隊の頭領として、真感謝申し上げます」
「・・・・・・・こちらこそ、今までお世話になったこと、感謝いたします」
耀哉が深く頭を下げると、カナエも涙をこらえながら頭を下げる。
欲を言えばまだ戦いたかった。
肺が壊死してもまだやれると虚勢を張りたかった。
だが小走りするだけで咳き込み、倒れてしまいそうな体になってしまった。
米俵の一俵すら持ち上げられない体になってしまった。
こんな体たらくで戦場に出るなど、自己満足、足手まとい以外の何物でもない。
そして死んでしまったのならまだいい。もし死なせでもしてしまったら、自分は一生自分を許せなくなる。ましてやそれが妹であったら、死んでも死に切れない。
無が張り裂けける程の悔しさと、どうにもならない無力感を抱え、大粒の涙を流して滲む視界を最後に、胡蝶カナエは日輪刀を置いた。
カナエさんが柱、というか鬼殺隊を辞めることになった。
両方の肺が壊死、正確には全体の¾が壊死していたので生きている事自体が奇跡だけど、僕お手製のジェネリック仙豆のお陰だ。
これにより残りの肺胞だけでも、なんとか日常生活は送れるようになっている。
療水を使うって手もあったけど、あれはグルメ細胞保有者でないと、危険極まりない代物だ。細胞保有者じゃない相手に、下手に使って延々と再生と破壊を繰り返し続けるみたいな、鬼以上の化け物が誕生する可能性もゼロじゃない。
本物の仙豆ならば全快しただろうけど、旅の最中の手慰みで作ってる代物だから、まだまだ本物には遠く及ばない。
最低効果は保証されてるけど、最大効果はいまいち安定しないからこまったもんだ。
いつもなにか在ったときのためとして、常に5粒くらいは常備しているけど、使ったら瀕死でも命は繋ぎ止められる程度。
で、柱でない僕がこの柱合会議に呼ばれてるのが、このジェネリック仙豆の沙汰についてってわけだ。
今参加しているのは音柱の宇髄天元、岩柱の悲鳴嶼行冥師匠、風柱の不死川実弥、水柱の冨岡義勇の4人だ。
行冥師匠の話では最近まで半分引退気味の炎柱って人がいたらしいけど、カナエさんが引退する少し前に本格的に辞めたらしい。
「直ぐにでも増やして支給するべきじゃねぇか?瀕死の人間すら生きながらえさせるような代もんだ。死なねぇってのはそれだけで精神的に気楽になる」
そういうのは音柱の宇髄天元。導入に肯定的・・・と言うよりもバランスを取って肯定派に回ってるってのが適切か。
「しかしその結果、大怪我をしても大丈夫だと誤解し、無謀な行動を取る隊士が出るやもしれぬ。六井の話では千切れた腕の再生はできないという」
反論するのは行冥師匠。コチラは否定派。確かにジェネリック仙豆の効果を誤認して突撃するものは出てきそうだ。というか絶対いるだろ。鬼殺隊の性質的に出ないほうがおかしい。
「俺も反対です。今の隊士共じゃ使う前にやられる。それだけならまだしも、鬼の手にでも渡ろうもんなら、厄介な鬼どもが更に倒しづらくなる」
同じく否定派の不死川実弥。彼の主張は鬼の手にジェネリック仙豆がわたることを危惧している。まぁ正直その辺は気にしていない。
なにせコイツ作るのに僕の移動拠点であるインフィルオンみたいな特殊環境下が必要だ。
なるべく魔力や気といった特殊なエネルギーを使わないように人工栽培するために、様々なグルメ食材をブレンドした肥料を用意し、秒単位で土壌に与えたうえで、光を当てる角度をその都度変えたりしないといけない。
土壌のかき混ぜ方も肥料毎に違うし、埋める時の深さもきっちり図る必要がある。
そこまでしても収穫量は1年に10個。しかも効果は本物に遠く及ばない劣化品だ。
鬼なんていう食欲第一な連中ができるなんて思えないし、仮に童磨みたいなのが栽培しようと思っても肥料が用意できないだろう。
んで、僕のスタンスはと言うと配ってもいいと思っている。
今まで使わなかったのは必要がなかったからだし、なるべくなら隠しておきたかったから。
こうして大々的な問題に発展するのは過去の経験上目に見えていたから、表立って積極的に使わなかった。
ただ、あくまで瀕死の人間を生きながらえさせるだけだから、本物の仙豆や療水みたいに全回復じゃない。いざとなれば使ったり渡すのにためらう必要がないっていう程度の代物でもある。
因みにグルメ食材に関してはまだ決めかねている。鬼が人を食べるという性質上、変に強くなった鬼殺隊士を食べられて、グルメ細胞に目覚められでもしたら厄介だし。
「それは大丈夫じゃないか?鬼は人の食い物は食べねぇから、豆を食うこともないだろう。つぅか富岡!お前もなんかいえ!暫定とはいえ肯定派だろうが!?」
「・・・(難しいことはよくわからないが、助かる命が多くなるのなら歓迎すべきだと思う。だが)俺は(他の柱のように重要な人物ではないので)遠慮する」
「肯定派として喋れや!!」
暫定肯定派の水柱 冨岡義勇は口下手と言うかなんというか・・・。
脳内で考えたことをそのまま出力すればいいのに、変に自己肯定感が低いせいか、それとも間に合ってないだけなのか、言葉がたりていない。
日頃のコミュケーションとかどうしてるんだろ?
「上弦の弐は知恵が働くと聞く。志乃。これは鬼にも栽培できると思うか?」
「鬼が人の食べも食べないことにまず驚いてるけど、それは置いておいて・・・まぁ不可能でしょう。秒単位で変わる必要な栄養。それを作り出すための環境、そして何より光を当てなければならないので、太陽の下に出られない鬼が作れるとは思いません」
「胡蝶とお前が調べた万世極楽教の信者を使うってのはどうだァ?」
「それも考えましたが、250人全員が畑仕事できるわけでも有りませんし、鬼が長い年月懸けるほど関心を持てるかどうかが疑問です。それに同じことなら鬼の再生能力のほうが上ですから、食えもしない仙豆を育てるのは鬼にとって時間のムダでしょう」
「・・・・それもそうかァ」
僕の推測に納得行く部分があったのか、実弥は腕を組んで考え込む。
「志乃、他に回復に使えそうなものはあるか?」
「あることにはありますが・・・使ったら逆に死にますよ?毒が転じて薬になるように、薬が転じても毒になります」
「胡蝶程の傷でもか?」
あ~・・・まぁ、そうだよね。普通の人ならあれは致命傷だもんね。
ん~・・・仕方ない。話すか。
「少々長くなりますが?」
「良いよ。話してくれ」
柱全員から視線を送られた耀哉が許可をだす。
さて、どれくらい話すか・・・。
グルメ細胞。
別の世界の地球において発見された特殊な万能細胞で、その発端は宇宙にまで遡る。
優れた再生能力と生命力を兼ね備えたこの細胞は、他の組織と上手く結合することで、その長所を飛躍的に伸ばすことができる。
旨いリンゴはより旨く。美味しい牛肉はより美味しく。
そして人体と結合させた場合、圧倒的な生命力を持った超人となる。そうした人間は現在はグルメヒューマンと呼称される。
グルメヒューマンは旨い食材を食えば食うほどレベルアップするように、身体能力が強化される。
超人的な身体能力だけでなく、特殊な能力を得ることもできる。例えば何千種類もの毒に対する抗体を持ち、新たな毒を形成できる。例えば自らが発生する音を増幅させ、相手にミサイルやバズーカでも浴びせたかのようなダメージを与える。例えば目には見えない程の細い触覚を使い、自分よりも遥かに巨大なものを持ち上げる等、その能力は多岐に渡る。
またグルメ細胞は本能的な、或いは無意識的な環境適応能力を持ち合わせている。
吐いた息がすぐ凍りつき、吸う度に肺を凍てつかせるような極寒であろうと、呼吸するだけで鼻を灼き、肺を焦がすような灼熱であろうと、立つことすらままならないような重力下でも、酸素が薄すぎて生きていけないような低酸素の中でも、その時、その場所、その環境にあった進化を行う。
当に万能。当に無敵。人類の夢を体現したかのような究極の細胞といえる。
しかし、大きなメリットの上には必ずデメリットが存在する。
一つは、ここまでの超人になるには己の中に存在する壁を幾つも破らなければならないこと。
極めれば無敵のグルメ細胞だが、当然底に至るまでには条件がある。
そのうちの一つが成長の壁。本人の中に幾つあるのか、また破るための条件である壁は、人によって違うため、常に手探りで探さなければならない。
さらに言えばこの成長の壁は壁なのか成長限界なのか区別がつかない。
壁が大きいほど潜在能力が高いとされるが、それが一体幾つ有り、今どれくらいなのかは、本人すら知ることが出来ない。
次にグルメ細胞に適合するかどうかは運次第であるということ。
グルメヒューマンの多いグルメ世界でも、全ての人類がグルメ細胞に適合しているわけではない。
無論グルメ食材を食べれるように進化こそしているものの、その殆どは適合しておらず、現在普通に暮らしている人々と何ら変わりない身体能力をしている。
一応グルメ細胞を注入する方法として、摂食注入と直接注入の二つが存在している。
摂食注入は文字通りグルメ細胞を食べることで人体になじませ、適合させる方法である。
安全で副作用も少ないが、時間がかかる上に適合しない例の方が多い。
次の直接注入もまた読んで字のごとく、注射などで直接グルメ細胞を注入する方法だ。
適合までの時間が圧倒的に少ないものの、適合できなかった場合はグルメ細胞の力に負けて異形化したり、最悪死亡する。
因みに志乃は後者の直接注入が成され、見事に適合した人物である。
「ここまでがこの療水を使うための細胞。グルメ細胞の説明だ」
「・・・なるほど。志乃の体格に見合わぬ胆力にはそのような絡繰があったのだな」
「・・・騙してたみたいで悪いね」
「否、あのとき聞かされても世迷言が妄言と切り捨てていただろう」
そうはいうが、行冥ですら志乃とあの時手合わせしていたり、猩猩鋼鎧を預からなければ今でも世迷言だと思っていただろう。
それほどまでに常識を外れた存在なのだ。グルメ細胞というのは。
「胡蝶を助けたのもそのグルメ細胞と言うやつかァ?」
「いや、あれは魔法だね。こっちはしばらく使えない」
「使えない?なんでだ?」
「この世界には魔力がないからだね。あれだけ強力に防護壁を張ったもんだから、僕の中で貯蔵していた魔力が結構減ってしまったんだ。回復には少なくとも1年はかかる」
また知らない単語が出てきたが、どうやら1年は使えないらしい。
これ以上の常識外な情報を浴びせられても困るので助かるが、それはそれとしてこれだけは聞かなればならない。
「・・・魔法やグルメ細胞でお館様の体調は回復できるのか?」
珍しく口を開いた義勇の疑問は、この場にいる全員が聞きたかったことでも在った。
これだけ荒唐無稽な現象を引き出すのならば、確かにできるかもしれない。
一縷の望みを乗せた視線が、志乃に注がれる。
「・・・・・・・結論から言おう。無理だ」
眉を潜めた志乃の口から出たのは否定。
天元や行冥は予想通りという顔をしているが、残念そうな表情は拭えていない。
義勇も表情こそ大きく崩れていないが、悔しそうに思える。
「・・・・・・大層なこと並べておいてザマァないな!それで?自分だけが使える自慢をしに来たのかテメェはァ!」
反対に激昂したのは実弥だ。彼はまだ柱になってまもなく、また最初の柱合会議にてあることで突っかかり、その際に自身の考えを変えてくれた耀哉を心酔している。
助けられるのならば助けて欲しい。胡蝶カナエを救ったように。
しかしそんな望みを叶えられそうな相手からの返事は否。
勿論冷静な部分では、彼のせいでないことくらいは分かっている。
八つ当たりである。やり場のない怒りを、ただぶつけているだけ。
「正確に、順を追って話そう。まずグルメ細胞だが、直接注入はもちろん無しだ。耀哉が適合があるかどうかを賭けるにはリスクが高すぎる。次に摂食注入だがこれも駄目だ。前述通り時間がかかりすぎる」
「そうだな。万が一に賭けるにはお館様の存在はでかすぎる」
志乃の説明を分かっていたであろう天元が、それに同意する。
勿論ひょっとしたら適合し、見事耐えきってグルメニューマンになれる可能性はあるが、それに対する危険があまりにも大きい。
「それと根本的な問題として、細胞自身が受け入れた傷というのは、修復されないという特性もある。耀哉が呪とそれに関する身体的衰弱を受け入れている場合、仮にグルメ細胞に適合しても治らない可能性もある」
「そんなこともあるんだね」
「精神とも繋がりが深いからね。そうなるとグルメ細胞はそれを込みで一つの存在と認識するんだ」
身体の半分が消し飛ぼうとも再生する力を発揮するグルメ細胞だが、中には癒えない傷も存在する。
精神に密着な関係を持つグルメ細胞は、保有者が受け入れた諸々の傷は、グルメ細胞が自ら受け入れた傷として一生残ってしまう。
他にもグルメ細胞の中に悪魔が宿っていた場合、傷となって発現するパターンも存在する。
「魔法による解呪は?」
「呪って言うなら確かに相関が有りそうだけど、産屋敷家のこの呪は他ならない産屋敷家自身が作ったものじゃないかと僕は睨んでいるんだ」
「お館様自身が?」
「あ~、お館様”も”が正しいかな」
「興味深いね。説明してくれるかい?」
志乃の扱う魔法も厳密に言えば呪の類ではあるのだが、単発的なものであり、何らかの形で文字に刻んだりしない限り、効果が永続することはなく、そうした場合でも特定の動作や条件を満たさないと効果が長続きしない。
失われた古代魔法であれば可能かもしれないが、知り合いの使い手に聞いた所少なくともその関係者は知らないという。
そのため永続に発動し続ける魔法というのは厳密には存在しないというのが結論であり、もしそのようなものが発動していた場合、術者はその呪を知る関係者自身ではないか?と考えられる。
「長年積もり積もった産屋敷家の当主や、その呪によって死ぬことになった親族・・・それらが呪の元凶の可能性は高いと僕は思っているよ」
だから無理だと繰り返し伝える志乃に、実弥は言葉が続かなかった。
万能といえど全能ではない。
他の柱にすがるような目を向けても、返ってくるのは首を横に振るか、諦めるように目を伏せるかだった(義勇は向けられなかった。心外!)。
「とはいえまるっきり手を出さないのも負けたみたいで癪なのは確かだ」
だが捨てる神あれば拾う神在。
「完治は無理でも病状の進行を遅らせるのに、気が使えるかもしれない」
「ほぅ?どういうことだ」
「気は生命エネルギーと精神力を融合させた代物だ。強い生命力や精神力を持つものの気は当然大きい。そしてこれを気という形で分け与えることで、生命力を活発化させることができる」
「なるほど。病は気から・・・志乃の気をお館様に分け与えれば、呪いの進行を遅らせられるやもしれぬと」
「その通りさ」
銀髪の翠目紅目の美少年は口の端を吊り上げる。
見えてきた一縷の希望に、柱の一同も顔が明るくなる。
その場の空気を表すかのように、鉛雲の間から陽光が差し込み始める。
「それでも一か八かだ。効果がないかもしれないぜ?」
「構いやしねェ。俺は鬼を斬るしか出来ねぇなら、お前の代わりにもっと鬼を斬り殺す」
「階級が低いやつが派手なことしようってんだ。柱の俺が地味なことしてらんねぇだろ」
「師としてお前の手伝いができないことは遺憾に思うが、存分にやりなさい。お館様の命は我らの命」
「(柱でもない俺の方から言うことなどなにもないが、お前の野郎としていることは間違いなく正しい。)お館様を頼む」
一つ欠けた柱はふたたび立ち上がる。
固く、太く、強くなって。
たった一つでは支えきれずとも、9つ在ってこその柱。
今はまだ揃わずとも、今はまだ小さくとも、鬼殺隊には多くの柱達がいる。
刃をふるい、傷癒やし、また刃を振るう。いつか鬼を滅するその日まで。