大甘菜は真冬の空に咲き誇る   作:百合って良いよねって思う

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逃げ続ける天才少女が、少しだけ現実と向き合うお話


手繰り寄せる言葉に想いと贖罪を

……甘菜が、また吐いてる。

 

セカイでなら甘菜も少しは楽に書けるのに、甘菜は「大丈夫」って言って向こうで書く。

 

私は甘菜が何に苦しんでるのかを知っている。全部セカイに()()として残ってるから。甘菜がどこから来たのかも、このセカイのある程度の行く先も。

 

私に、甘菜は救えない。

 

(……まふゆ……奏)

 

あの子の大切な子と、あの子を必要としてくれた子。甘菜の、大切な子達。

 

(お願い……甘菜を、独りにしないであげて)

 

私はその願いを伝えられない。あっちのミクと違ってあまり干渉力がないから、『Untitled』が入ってる甘菜のスマホから出るくらいしかできない。だから、今は祈ろう。枯れた桜の樹の下で、みんなが救われますようにと――。

 

 

***

 

「……できた」

 

歌詞を書き始めて数日、奏の作曲スピードが速すぎて授業中もやらなきゃ間に合わなかったから大変だった。主に授業中の吐き気に耐えるのが。

 

「ミク」

 

スマホに語り掛ければ、すぐに私のセカイのミクがホログラムとして出てくる。

 

『[甘菜、どうかした?]』

「歌詞ができたから、歌ってほしい」

 

私のセカイのミクは話せないし当然歌えないけど、VOCALOIDの音楽ソフトを使ってその中のミクに歌わせることならできる。私が使うよりも断然早くできる上に、調声もあまりしなくていいから今では専らミク専用ソフトになっている。昔奏の曲をアレンジした時には、同じ方法でミクに歌ってもらった。

 

『[甘菜は、歌わないの?]』

「……歌えないから。歌ったら、全部台無しになる気がする」

『[わかった……まふゆに、会いに行くの?]』

 

当然だ。行かなくちゃ。見届けなきゃ。原作だからとか関係なしに、行かなきゃいけない。

 

『K、かんな!曲できたってほんと!?』

 

Amiaの声がパソコンから聞こえる。ナイトコード繋ぎっぱなしにしてたの忘れてた……ミュートにしてたから大丈夫だけど、気を付けないとな。

 

『それでそれで、どんな曲ができたの?』

『かんなの歌詞を入れて完成なんだけど……』

「ごめんごめん……今送るね」

 

先ほど録音したミクの歌、それを少し調声してナイトコードにファイルを投げる。調声はほとんどしてないとは言え、元の素材がいいから大きな問題はないはずだ。

 

『これ……ミクに歌わせたの?』

「うん。ミクが歌ってるなら……まふゆも、少しは聞いてくれるかなっていう願掛け」

 

私の歌は、まふゆに届かない。けど、まふゆはセカイでよくミクに歌ってもらってるからミクの歌声ならもしかしたらって思った。

 

『それじゃあ――会いに行こう、雪に』

「……うん」

 

数日しか空いてないはずなのに、ひどく久しぶりに誰もいないセカイへ行く気がする。慣れた手つきで『Untitled』を押す。……帰ってくる頃には、『悔やむと書いてミライ』になっているといいな。

 

 

***

 

「もう……いいよね」

「違う……!」

 

「嫌な予感がする」と奏が言ったから急いでまふゆを探して数分、意外と近い位置に出てきたみたいですぐに見つかった。まふゆとミクが一緒にいて、まふゆの目には光がない。多分シンセを捨てられそうになったんだろう。ミクとの雰囲気も悪そうだ。

 

「雪……」

「よかった、いた!」

「……やっぱり、来たんだ。……なんで、また来たの。私は、ひとりにさせてって言ったでしょう?」

 

私のことを一瞥して、納得したようにするまふゆ。彼女からの拒絶を受けても、奏は目を逸らさない。やっぱり、私とは大違いだ。この先の展開は知っているはずなのに、不安で仕方がない私とは。

 

「わたし達の曲を聴いてほしい。だから、会いに来た」

「……曲?」

「わたしの曲じゃ足りなかったって、雪は言ってた。だから、もう一度作ったの。今度こそ、ちゃんと雪を救える曲を。甘菜と一緒に」

「…………もう、必要ない」

「雪」

「しつこい。ミク、追い出して」

 

まふゆが拒絶しても、ミクは私達を追い出さない。むしろ「聴いて」と言う。

 

「お願い、雪」

「……うるさい!私はひとりで消えたいの!もう放っておいて!こんなの……いらない!!」

 

カタンと、まふゆの叫び声と共に奏のスマホが地面に落ちる。

 

「……出てってよ。私のことなんて何もわからないくせに、勝手に入ってこないでよ!!」

「まふゆ……」

 

慟哭だった。まふゆの、心からの叫びがセカイに虚しく響いてく。

 

「……わかるよ。雪、わたし達に言ったよね。本当は消えたいんでしょって。そうだよ。わたしも、本当は消えたくて仕方がない。わたしは自分の曲で――一番大切な人を不幸にしたから」

「え……?」

 

奏は、私と似てる。才能で人を傷つけて、それをずっと引きずってる。

でも奏は私と違って、強い。奏の曲がお父さんを追い詰めたのに、奏は今も曲を作り続けてる。「救わなきゃ」って。……私には、できなかった。多分同じ状況になったら私は逃げるだろう。曲を作ると気持ち悪くなるとか、言い訳をして正当化して。

 

「誰かを救う曲を作り続けなくちゃいけないって思って、生きてる。どれだけ絶望している人でも救える曲を、消えたくても作り続けなくちゃいけないって」

「…………」

「だから……わかるよ。雪の気持ち。雪と、少しは違うかもしれないけど」

「…………そう。Kは、お父さんに呪われてるんだね」

 

……言い得て妙だと思う。奏のお父さんの言葉は奏に対する呪いだったけど――それと同時に生かす言葉でもあったはずだ。多分、お父さんの言葉がなかったら奏はもう消えているだろう。

皮肉だと思う。呪いの言葉が、結果的に奏を生かすことになるなんて。

 

「消せない呪いがあるなんて、かわいそう。でも私は、Kの呪いなんてどうでもいい。そんなものに、私を巻き込まないで。Kは、自分が救われたいから、私を救おうとしてるだけ。必死になって悪あがきしてるだけ。……そんなの、お互い苦しいだけじゃない。Kだって本当は……消えたいんだから」

「……そうかもしれない。でも……。雪に、わたしの曲が届いていたって知ったから。だからわたしは……わたしの曲で雪を救いたい。まだ可能性が残されてるなら、絶対に救いたい。例えそれが、呪いだとしても」

「呪いだとしても、私を救いたい……?ふふ。認めるなんて、潔いね。でも、もしその曲を聴いても、きっと変わらない。少し救われて……また、消えたいって想いが強くなるだけ。だからもういいの。放っておいて」

 

「ふざけないでよ!!」

 

まふゆを否定するように絵名の声が響き渡る。「行かない」と頑なに意見を変えなかった絵名の登場に私以外のふたりは驚いていた。

 

「なんなのあんた?なんであんたは、私の欲しいもの持ってるくせに、消えたいとか平気で言えるわけ?」

「……何、言ってるの?私は何も持ってない、ずっと」

「……何もない?私にとってはそうじゃないって言ってんの!!あんたは持ってる!あんなにすごい作品が作れる。あんたの作品を待ってて、期待してる人だってたくさんいる!!腹立つぐらい才能がある……!!私が……私が、欲しくてたまらないものを、あんたは持ってる……」

「…………」

「あんたの曲が頭から離れないの!あんたみたいな勝手なヤツ大嫌いなのに、あんたの曲はもっと……もっと聴きたいって思ってる!!嫌いなのに、嫌いなのに……!心のどこかで、雪に消えてほしくないって……もっと雪の曲が聴きたいって思ってる……!!だから……消えないで……作りなさいよ……っ。才能があるなら、才能がない人の分まで苦しんで、作りなさいよ!!消えるなんて……絶対に、許さない!!」

 

刺さるなぁ、絵名の言葉は。

 

――もう……作らない……っ。みんなを傷つける作品なんて……いらないっ!!

 

私にも、その責任があるのだろうか。才能のない人の分まで苦しんで作り続ける責任が。

 

……そんなわけない。傷つけるだけの作品を作り続ける意味なんて、ない。

 

「ボクは雪の気持ちちょっとわかるな~。ほら、天才だろーがお金持ちだろーがカワイイ子だろーが、キツいことってあるし?雪がどれだけすごい曲作れても、一番欲しいものが手に入らないなら、雪にとっては意味ないと思うんだよね~。だからボクは、雪が消えたいなら好きにすればいいと思うよ。ボク達が色々言ったところで、雪の問題は雪にしかわかんないんだからさ。」

「……なら」

「でもさ、なんとなく、ボク達って似てるような気がしたんだ。周りに少しずつ自分の形を変えられそうになってるところとかさ。それに抵抗したり、受け入れたりして――そうやって必死になってるうちに、全部どうでもよくなっちゃう。……そんな感じが、似てるなって。あんまり、この気持ちわかってくれる相手っていないからさ。だからボクは……雪がいなくなったら、ただ寂しいって思うよ。ね、甘菜?」

 

まふゆの目が私の方を向く。その目は錯覚かもしれないけど、私達に怒って責めているような、癇癪を起した子どものように見えた。

 

……怖いけど、私の気持ちは伝えなきゃって思う。

 

「……私は、まふゆが何を選択しても、それを尊重する。消えるとしても、私に止める資格なんてないと思うから。あの日、まふゆの手を握れなかった私に。約束を守れなかった私が何かを言うなんて、烏滸がましいにもほどがある」

 

『うそつき』と言われても。

 

『嫌い』だと罵られても。

 

身を引くのがみんなのためだとしても。

 

――この気持ちに、嘘は吐きたくない。

 

「それでも……本音を、伝えていいのなら。私は……まふゆに、救われてほしい。生きて、幸せになってほしい。それを望むのは身勝手だってわかってる。嫌われてる私が願っても傍迷惑なのもわかってる。……でも、祈るくらいは……許してほしい」

 

「…………勝手なことばっかり……。勝手に嫉妬して、勝手に共感して、勝手に救おうとして……勝手に離れたくせに勝手に祈って……。やめてよ……もう、十分でしょ。私は、消えたい。それが私の本当の想いなの」

「……雪」

「もう疲れたの……!希望があるかもって……まだ、見つかるかもって思うのが。だったら、最初から見つからないって思えてた方が楽だった。だから、もう……もう……!もう、救われるかもなんて、思いたくない!!もう疲れたの!!探しても、探しても、探しても探しても探しても!!見つからなくって……っ、また探して、違うって、絶望して…………。甘菜と一緒にいた時のことを思い出しても、全然見つからなくて……。

――もう、これ以上……どうしようもないじゃない……っ」

 

「わたしが作り続ける」

 

まふゆの慟哭に静かに、けれど確かな意志を持って奏が宣言する。「作り続ける」と。例え救えなくとも、救えるまで何度でも作り続ける。それが呪いでも構わないと。

 

「……どうして……そこまで」

「わたしの、ただのエゴだよ。どの道わたしは、ずっと曲を作り続けなくちゃいけない。だから、雪の分が増えたってなんでもないよ」

 

――あぁ、かっこいいなぁ。

 

「……わからない。見つかるまで、どれだけかかるかもわからない。見つからないまま終わるかもしれない。それでも………………本当に、やるの?」

「うん」

「…………。はは。そんなに必死になって馬鹿みたい……。…………はは…………ははは…………はぁ…………。なら、もう少しだけ……探してみるよ……」

 

私の祈り、少しは届いてくれたかな。……届いてくれたら、いいな。

 

 

***

 

「……はぁ。なんとかなったのかな。それにしても、ほんとめんどくさいヤツ」

「ま〜ま〜。でも、良かった。えななんも、かんなも、そう思うでしょ?」

「…………さあね」

「も〜。えななんってば、素直じゃないんだから〜」

「うるさい」

「かんなもそう思うよね?……かんな?」

 

「……まふゆ」

 

絵名と瑞希の掛け合いをスルーして、まふゆに声を掛ける。私からしたら、ここからが本番だ。

 

 

 

私は、まふゆに謝らないといけない。

 

ずっと、逃げ続けてきた。

 

嫌われたことを免罪符に、ずっと。

 

謝る機会は沢山あった。

ナイトコードですればよかった。

シブヤに帰ってきた時に、まふゆの家を訪ねればよかった。

この街にいるのだから、どこかのタイミングで会えばよかった。通ってる高校も、家も、場所は知っていたのに。

 

機会はあった。でも、逃げ続けて。

 

その結果、ここまでずるずる引きずって。先延ばしにし続けた。

 

……私は、このセカイの異物だ。もしも奏がいなかったら……奏のお父さんが無事で、奏が幸せだったら、私が代わりを務めなければならなかった。

 

でも、奏がまふゆを救ってくれると言ってくれたから、私が消えても大丈夫。

 

まふゆを救うのに、私はきっと必要ない。

 

「甘菜……」

「その、えっと……」

 

切り出そう、嫌われたままでも謝ろう。そう思ってたのに、喉に張り付いたように声が出ない。私の口からは音が出なくて、セカイが遠ざかるような感覚がする。

 

怖い。覚悟はできてたはずなのに、前に踏み出せない。

 

――あぁ、私って……弱いな。

 

 

 

 

 

「…………ごめん」

 

声を出そうと必死になっていると、目の前からそう聞こえた。その声が聞こえた瞬間、頭の中は何も考えられなくなって、ただ呆然とすることしかできなかった。

 

まふゆが謝ったことが、理解できなかった。なんでまふゆが、何度もその考えが頭をよぎっては消えていく。

 

「え……」

「あの時『うそつき』って言って……『嫌い』なんて言って、ごめん。本当は、謝りたかった。ずっと、また会えたら仲直りしたいって……思ってたこと、思い出した」

 

――あぁ、私は馬鹿だ。逃げ続けて、目の前で言い淀んだ上に先に謝られて。挙句ずっと勘違いしてた。

まふゆは、私のことが嫌いになってない。

まふゆの本質は優しい子なのだからそんなこと、少し考えればわかったはずなのに。

可能性なんてないに等しいものだったのに。

……でも、まふゆが私を嫌いになってないという事実が、それだけで涙が出そうだ。

 

「……ごめんっ……なさいっ!」

「甘菜……?」

 

さっきまで言い淀んでたくせに、自然とそう口から言葉が紡がれた。

 

声が震える。勝手に涙が出る。嬉しさと後悔が混ざって、思考がぐちゃぐちゃになる。

 

「私も、ずっと……後悔してたっ!まふゆに伝えなかったことも、約束を守れなかったことも、手を握れなかったことも……全部、ずっと。『仲直りしたい』って思ってたのに、ほんとはちゃんとぶつからなきゃいけなかったのに……『嫌い』って言われたことを免罪符に、逃げ続けて……っ」

 

ずっとそうだ。私は向き合わなきゃいけないことから逃げ続けてる。今も、昔も。

 

「……甘菜……仲直り、しよ」

 

だからまふゆがそう言ってくれるのが、酷く嬉しい。臆病な私を救ってくれるみたいで。あの日みたいに、手を差し伸べてくれるみたいで。

 

「私っ……また、まふゆと一緒にいていいの……?」

「当たり前でしょ……それに、甘菜がニーゴにいてくれないと……曲が作れない」

「…………っ!」

 

怖かった。まふゆに嫌われることも、不要な私がニーゴから追い出されるのも。そのくらい、私は毒されてた。可能性としは、限りなく0に近いなんてわかりきってた。でも、一回でもその考えが頭によぎったら、その考えがずっと消えなかった。

 

だから、まふゆが私を必要としてくれたのが、酷く嬉しいのだ。

 

昔したみたいに、まふゆに抱き着く。昔と比べてふたりとも大きくなったけど、暖かさは昔と全然変わらなくて。胸に縋って私は壊れたように「ごめんなさい」と懺悔を繰り返した。まふゆはそれに「いいよ。……私も、ごめん」って返し続けてくれた。

 

 

「甘菜……よかった」

「なんか……意外かも。甘菜って結構大人びてて悩んでることなんてなさそうな印象だったから」

「抱え込むタイプなのかもね〜。えななんと違って愚痴なんて一回も聞いたことないし」

「はぁ!?なにその言い方、悪意ない?」

「べっつに〜♪」

 

奏達がそんな会話をしながら私のことを見守っていたのを知るのは、泣き止んで恥ずかしさが込み上げてきた後のことだった――。

 

 

 

 

「なるほど。雪とあんたは幼馴染で、約束を破ったことを負い目に感じてたってわけね。それでこのセカイで雪と会ったあの日、あんなにテンションが低かったの」

「はい……その通りです」

 

私が泣き止んで、落ち着き始めた頃。私は絵名と瑞希の尋問(と言っても瑞希は絵名の後ろでにやにやしてるだけだったが)によって洗いざらい事情を吐かされていた。

まふゆと幼馴染なこと、「ずっと一緒にいよう」って約束をして、私がそれを破ったこと、引っ越しの日にまふゆと約束できなくて「嫌い」って言われたことを引きずってたこと、全部。その間私はいたたまれなくて、正座をして目を逸らすことでなんとか心の安寧を保っていた。

 

「……ま、なんにせよ良かったわね。仲直りできて」

 

こういうところ、本当にお姉さんだよなぁ。プロセカ組最年長なだけはある。

 

「甘菜」

「うん?……なにかな、まふゆ」

「改めて、よろしく」

「っ!…………うん!!」

 

やっぱり、まふゆと仲直りできるのは嬉しい。ずっと一緒にいれるかはまだわからないけど、この瞬間を大切にしたいな。

 

「……よかった。本当の想いを見つけられたんだね。これでやっと、一緒に歌えるね」

 

まふゆの様子を見て嬉しそなミクが近づいてきて、そんなことを言う。本当の想いから歌が生まれる……原理はわからないけど、ミクが言った瞬間小さかった歌が段々大きくなってきていた。

 

「一緒に、歌おう」

「…………ミク」

「?」

「……ありがとう」

 

微笑ましい空間だ。穏やかな空気が流れてる。

 

「さぁ、6人で歌おう」

「え?なんで私達まで……」

「本当の想いは、あなた達がいなければ見つけることができなかった。4人とも、ここに来てくれて、ありがとう」

「べ……別に私は、雪に文句言いに来ただけで……」

「来てくれてありがとね〜えななんっ♪」

「Amiaに言われるとイラッとくるんだけど」

「えー!?ひっどーい!!」

 

私は、ちゃんと歌えるかな。今まで録音ならなんとか歌えてるけど、この状況で吐かずに歌えるだろうか……。

 

「甘菜も、一緒に歌おう」

 

不安に思っていると、目の前からまふゆの声。手も差し伸べてくれている。

 

……そうされると、選択肢はひとつしかないじゃん。まふゆは狡いね。

 

「……うん、歌おう」

 

まふゆの手を握る。あの日できなかったその行為が、今は自然とできた。

いい感じに歌えそうだ。昔のようにはいかないけれど、できる範囲で、精一杯歌おう。

 

 

――そうか、わたし。見つけてほしかったんだね、ミク

 

 

歌っている時ふと、そんな幻聴が聴こえた気がした。

 

 

***

 

無事に『Untitled』が『悔やむ書いてミライ』に変わって、いつも通りのニーゴが戻ってきてから数日。

 

「ね、あの子可愛くない?」

「だよね。あの制服……神高かな?誰か待ってる?」

「さぁ、どうなんだろ」

 

私は今、宮女の校門でまふゆを待っていた。瑞希の提案で今日はニーゴで初のオフ会をする日で、集合場所のファミレスまでせっかくだから一緒に行こうと思ってまふゆを誘ったら快くOKを貰えたのでここで待機しているというわけだ。

 

「甘菜、お待たせ」

 

少し高めの、優等生のまふゆの声が聞こえてきたので顔を上げると、綺麗な笑顔のまふゆがいた。HRが長引いていたらしく急いできたのか、僅かに息が上がっている。

 

「全然待ってないよ。行こっか」

「うん、わかった」

 

今のまふゆは優等生の姿をキープするのに疲れているだろうから早めに離れようとそう提案する。ぶっちゃけ私も目立ってたから早く離れたかった。

 

移動中は他愛も話をした。部活の話とか、私が喋ってまふゆがたまに相槌を返して。昔に戻れたみたいですごく楽しかった。詳細は省くが、宮女から離れたらどんどん顔が能面みたいになっていくのが少し面白かったと記録しておく。

 

 

集合場所のファミレスに入れば、瑞希と絵名が言い合ってる声が聞こえてきた。うるさいという訳ではないが、声がいいから結構よく聞こえる。

 

「遅れてごめん、みんな」

「……ごめん、お待たせ」

「あ……」

「雪、甘菜……」

「大丈夫、全然待ってないよ!みんな、まだ注文もしてないし」

「そう、よかった」

 

奏の隣が空いていて、まふゆが詰めるように座ったので私も奏側の席に座る。席順で言えば絵名と瑞希が隣同士、通路から私、まふゆ、奏の順で座ってるという形だ。

 

「それじゃあまずは、自己紹介タイムからいってみよ〜!ボクは暁山瑞希だよ♪瑞希って呼んでね!はい、次えななん」

「はいはい。東雲絵名。……なんか、改まって名乗ると変な感じだね」

「あ、名前知ったあとも、そっちで呼んでなかったしねー。これからは名前で呼んじゃおっと♪じゃあ次は……」

「宵崎奏。……雪は?」

「…………朝比奈まふゆ」

「まふゆ……。だから……雪って名前だったんだね。これからもよろしく、まふゆ」

「……うん。迷惑かけて、ごめん」

 

流れるようにみんなが自己紹介してまふゆが謝るから私の番が来る流れがなくなった……いいもん。みんな私の名前は知ってるわけだし。

 

「……ねぇ。それ、ほんとに悪いと思ってるわけ?」

「……どうなのかな。自分でもよくわからなくて」

「何それ?散々振り回したんだから、もうちょっと反省してほしいんだけど?」

「たぶん、反省してると思うよ」

「あんた……もしかしてこれからずっとこんな感じなの……?」

「あー、はいはい!次、かんなの番!」

「……ふふっ。改めまして、大暮甘菜です。下の名前で呼んでくれると嬉しいな」

 

絵名とまふゆの会話面白くて少しだけ笑いながら自己紹介をする。……ちゃんと、戻ってきたって感じがするな。

 

「じゃ、注文しよ注文!ボクもうお腹ペコペコ~。ほら、絵名は何にする?」

「……私、お昼遅かったからチーズケーキとアイスティー」

「私は……なんでもいいかな」

「なんでもよくても決めて!ねっ、まふゆ!」

 

まふゆはやっぱり味がわからないみたいだった。ちょっと前に遠回しに聞いたから確かだ。

 

「……甘菜は、どうするの?」

 

原作だと奏に振っていたことを私に振ってくる……予想外なことは心臓に悪いからやめてほしい。

 

「うーん……あ、マルゲリータピザにしようかな。あと、アイスコーヒー」

「じゃあ、それと同じで」

「奏はどうするの?」

「このワンタン麺にする。それと、ウーロン茶」

「じゃ、決まりだね!注文して、乾杯しよ!」

「え、乾杯ってなんの?」

「ニーゴの初オフ会記念に決まってんじゃん!そのためにみんなに集まってもらったんだし♪」

 

瑞希のテンションは高いけど、このセカイなら絵名だけじゃなくて私もいるし結構盛り上がる場面は多そう。それに……奏とまふゆも、居心地は悪くなさそうだし。私も瑞希のテンションに合わせようかな。

 

少し経って注文が届けば、瑞希が乾杯の音頭を取る。

 

「それじゃあ、ニーゴ初オフ会を祝して……かんぱーいっ!」

「かんぱーいっ!」

「乾杯……って、ふたりともテンション高すぎでしょ、もう」

 

乾杯は予想通り私と(控え目に)絵名しか声に出さなかったけど、みんなでグラスをカツンと合わせる。瑞希も絵名も楽しそうで、奏も少し笑ってて……まふゆも、心なしか穏やかな雰囲気だ。

 

「あ、甘菜。ピザ貰っていい?ボクのポテトと交換で」

「ダメ。私のマルゲリータピザは渡さないよ」

「え~!?」

「……私のピザ、食べる?」

「まふゆありがと~」

「甘菜……ピザ、好きなんだね」

 

(……この平和が、未来でもずっと続けばいいな)

 

その未来に私がいるかはわからないけど……みんなには、こんな幸せがずっと続いてほしい。

 

 

***

 

「……楽しかったね、まふゆ」

「楽しい……そう、なのかな」

 

瑞希と絵名、奏と別れた帰り道。せっかくだから家の方面は違うけどまふゆと帰ることにした。

少し茜色が差し始めた宮益坂通りをふたり並んで歩く。ふと目に入ったお店に、昔できなかった約束を思い出した。

 

「ね、門限は大丈夫?」

「……まだ、少し余裕はあるけど」

「じゃあさ、あそこでちょっと遊ぼうよ」

 

私が指を指した先には、ゲームセンターがあった。少しこじんまりしてるけどゲームの種類は中々豊富そう。まふゆは悩んでいるのか、私の誘いに乗り気ではなさそうな雰囲気だ。

 

「ね、お願い!門限までには解散するから!」

「……はぁ。30分だけね」

「!!――うんっ!!」

 

今はまだ余裕がある。限界じゃないから、まふゆ達を見守っていける。

 

昔のようにはできないけど、今は今で……楽しいって、思えてるから。

 

だからまだ、大丈夫――――。

 

 

***

 

「……ミク」

[甘菜、どうかしたの?]

 

まふゆと別れて家に帰った私は、私のセカイに来ていた。枯れた桜の樹がそびえ立つ草むらでミクに声をかける。相変わらず私のミクは声がでないようで、筆談でしか話せないけれど。

 

「……私の想いも、いつか見つかるのかな」

[……甘菜]

 

ずっと、考えてた。このセカイに来る時に再生するのは『Untitled』。つまり私の本当の想いは未だに見つかっていないということだ。

 

……そもそも、私にセカイを作れるほどの想いがあるというのが驚きだが。

 

だから、雪が想いを見つけて歌が生まれた時にふと気になったのだ。私の本当の想いは見つかるのか。私の想いからはどんな歌が生まれるのか。

 

[見つかるよ、絶対]

 

確信したような顔で書いた字を見せてくるミク。その姿が少し愛らしくて、つい頭をなでた。ミクはなんでなでるのかかわからなそうな表情だったけど。

 

「……私が、消えるまでに?」

[消えない。甘菜は、消えないよ]

 

そんなの、わからないじゃないか。私の未来は誰にもわからない。当然、ミクにだって。なのに、なんでそんな風に断言できるのかな。

 

「そっか。……じゃあ、もう少し頑張ってみようかな」

 

曖昧な表情で、曖昧な言葉で。今日も私は、私を騙(見えないふりを)し続ける。




少し前に気が付いたことなんですが、まふゆ&甘菜と類&寧々……幼馴染組のカラーリングが紫と緑で揃ってますね(たまたま)

甘菜の好物はマルゲリータピザ、嫌いな物は酢を使った料理全般(漬物や酢飯など)です



前話に引き続き、今回は現時点で取得可能な甘菜のキズナ称号を下記します。

〈宵崎奏〉
『絶望の底の出会い』
『救われてほしい人』
『画面の前の貴女へ』

〈朝比奈まふゆ〉
『元はお隣さん』
『遠い昔の約束』
『昔のように、抱きしめて』

〈東雲絵名〉
『絵描きと元絵描き』
『隠しきれない秘め事』
『いつか追い抜かすから』

〈暁山瑞希〉
『見守る優しさ』
『なにも聞いてない』
『仲間と歩む勇気を胸に』



マリオネットは2話構成になりそうです。次話は少し中だるみかも
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総合評価:1706/評価:8.19/連載:9話/更新日時:2026年05月24日(日) 18:30 小説情報

ミレニアムムジカクテンセイシャ(作者:二重アゴ)(原作:ブルーアーカイブ)

外の世界の神秘を抱えて生まれた少女がミレニアムに入ってネルに喧嘩を売って先生と会うだけのストーリーと思いきや。▼"夢"で勝つため強くなりつつキヴォトスに馴染んでいくだけのお話。▼完結から連載(連載中)に変更、頂いたネタフリも考慮しながら順次手直し後投稿していきます。▼


総合評価:2470/評価:7.86/連載:16話/更新日時:2025年05月05日(月) 09:00 小説情報


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