「先行は俺からだ!」
息を吸い、指先に力を集める。カードを叩きつけた瞬間、霊気が走る。【表霊導の合流】によって青白い陣が床に浮かび、金属音が下水道に響いた。セイランは陣より現れ手札は光り場に2体目のモンスターが現れる。
「このターン、二度特殊召喚──連術魔法【灰燼の祈祷書】を発動!」
【表霊導の合流】のコストにしたカードをデッキに戻しデッキからカードを一枚引く。先ほど手札に加えた【裏霊導竜ヴァレナ】を除外。
「何を始める気だ」
「黙ってみてろ。手札より【交霊】」
セイランとギアワーカーの胸から光が抜けた。螺旋が空に伸び、鉄と魂が溶け合う。セイランの胸の紋章が光り、鋼の羽が生えた。
「機構よ、我が魂と響け。歯車よ、秩序を刻め!理を護る鋼の剣、今ここに──交霊召喚!鋼導姫セイラン=アームド・エクスプローラー!」
機械を身にまとったセイランの青い髪が風になびく。彼女は虚空よりヴァレナを呼び出しその上に乗った。大きな声を出してターン終了を宣言。
「お前のターンだ」
黒の外套を着た男がカードを引く。【暗闇の密偵】が出てきて、さらに【暗闇の暗殺者】が手札より出てきた。
「オーバーレイ召喚【黒衣の暗殺者】!」
「いきなり大型モンスターか!」
「黒衣の暗殺者はオーバーレイ素材を消費することで敵プレイヤーにダイレクトアタックできる。死ね!」
暗殺者が近づいてくる。暗殺者は短剣を持ちのどをついた。喉の奥で何かが弾け、熱が胸に広がった。息を吐くたび、鉄の味が滲んだ。さらに黒衣の暗殺者は手元に契具魔法【アサシンブレード】を装備。ソウルボードを見ると2000から4000へ攻撃力が上昇。暗殺者は纏う光球を握り潰す。光が爆発し目を閉じた。刃が喉を掠め、熱が胸に広がる。鉄の味が舌に滲み、息が途切れる。
「【アサシンブレード】は毒を付与する。このカードを破壊することでさらに1000ダメージだ」
膝が沈みそうになる。それでも歯を食いしばり、体を立たせた。
残りの力を確かめるように、セイランがこちらを振り向いた。金色の瞳が、薄闇の中で揺れる。俺はかすかに笑う。
「セイラン、勝つぞ!」
「任せて!」
セイランから力強い声が返ってくる。敵はターンを終了させる。デッキを信じて俺はカードを5枚引く。ドローフェイズで追加の一枚を手札に加える。
「ここからが反撃の一歩だ! 手札より【交霊】! 【鋼導姫セイラン=アームド・エクスプローラー】と【裏霊導竜ヴァレナ】を交霊!」
衝撃が走る。光が壁を焼き、鉄の羽が咆哮を上げる。
「鋼よ、竜と響け──理と魂を繋ぐ双導の回路、いま臨界に達す。交霊召喚──【機装竜姫セイラン=デュアル・リンクス】!」
「さらに進化だと!」
敵は初めて大声を上げた。黒い外套の下の表情は不明だが、焦っているのだろう。セイランは墓地よりギアワーカーを装備。さらに【影纏う霊導核】を装備。ひんやりとした核がセイランの周りを動き回る。
「セイラン!」
彼女は黒衣の暗殺者を攻撃。暗殺者は抵抗したが、セイランの剣の前に吹き飛ばされた。風が下水道全体に吹き荒れ、臭気を消し飛ばす。
「さらに【表霊導の結界】と【冥界導霊転送】」
セイランに青い結界が張られる。二つ目のカードによって、ヴァレナは除外ゾーンへと白い光に引っ張られながら送られた。その後ヴァレナを守備表示で場に戻す。
「カードを1枚伏せて終了だ」
「ここで死ぬわけにはいかない」
敵が展開を開始。レゾナンス召喚で出たモンスターを【虚無への導霊結晶】で破壊。ヴァレナが虚空に消えると同時に敵モンスターはヒビが入り徐々に亀裂を拡大させながら消えていった。
「なんだと……」
「あきらめろ。もう勝てない。だから情報を吐け」
ターンがこちらに回ってくる。デッキからカードを引く。繊維がこすれる感覚が手に伝わる。
「ならば……」
「……! あいつを止めろ!」
黒衣の男が崩れ落ちた。
硫黄と血の混じった匂いが鼻を刺す。息が荒く、喉の痛みがまだ残っていた。
「……終わったな」
止められなかった。銃声の代わりに、遠くの排水口が滴を落とす音が響いていた。
床に散らばったカードの束が、湿った空気を吸って波打っている。
俺は一枚を拾い上げた。角に奇妙な刻印が見える。触っていると世界が開く感覚がした。違和感を覚えながらもカードを見ていく。
「見たことのない術式印だな……」
「やめろ、触るな!」
シュナイダーの声が鋭く響いた。彼は俺の手からカードを奪い、その場に落とした。力が強い。普段は無駄な力を見せない男だ。
「なにを――」
「そのカード、見ろ。文字列が逆回転してる。俺たちの規格じゃない」
カードの縁が青黒く脈打っていた。細い光が内部を走り、心臓の鼓動と同じリズムで震える。まるで、生きているように。
「これは……」
「やめておけ。検分班を待つより、確実な方法がある」
彼は油壺を開け、ためらいなくカードにかけた。黒い液体がじわりと広がり、紙質が変色する。次の瞬間、青い炎が立ち上がった。硫黄と機械油の臭いが混ざり、喉の奥が焼ける。
「燃やすのか……」
「危険すぎる。記号が反転している。これは――外の規格だ。異なる“理”の書式を持つカードだ」
炎が紙を貫き、最後に低い音を立てて消えた。残ったのは黒い灰だけ。灰は静かに崩れ、指先に触れる前に霧散した。
「証拠は?」
「残さないほうがいい。これは報告書に書くな。……上に伝える。お前は隊をまとめろ」
シュナイダーの声が、妙に低かった。彼が何かを恐れているのが、声の震えでわかり生唾を飲んだ。
下水の風が、焦げた臭いを遠くへ運んでいった。灰は消えたはずなのに、胸の奥に熱が残る。
――まるで、この場所のどこかにまだ燃え続けているように。
嫌な予感がした。カードを取れば世界の根底が変わるような違和感。それが後になって襲ってきた。身体が震える。
灰が消えた瞬間、空気が震えた。水面が泡立ち、排水溝の奥から低い唸りが響く。風が吹いていないのに、灰が逆流するように舞い上がった。
「……聞こえるか、アルト」
シュナイダーの声が濁っていた。耳鳴りのような音が遠くから近づき、鼓膜の内側を叩く。最初は風の音かと思った。だが違う。
――それは、精霊の声だった。
鳴いていた。人でも獣でもない何かが、壁の内側で軋むように鳴いている。金属をこすったような高音と、喉を裂く低音が混ざり合い、下水道の狭い空間を震わせた。
「退け、ここは――」
言葉の途中で、悲鳴が重なった。上層から落ちてくるような声。水路の奥にいた清掃兵たちが、頭を押さえて暴れている。ひとりが壁に拳を叩きつけ、爪で皮膚を裂いた。目は焦点を失い、口から泡がこぼれる。
「精神汚染か……!?」
「もっと根が深い。誰かから干渉されている」
シュナイダーが光精霊灯を投げた。灯が床に転がり、青白い光が拡散する。その光の中、壁の検印札がひとつ、またひとつと剥がれ落ちた。印の裏から、黒い模様が滲み出している。
匂いが変わった。焦げた油と血の臭いに、どこか甘い花の香りが混ざる。生暖かい風が頬を撫で、呼吸が重くなる。視界がぼやけ、輪郭が揺らいだ。
「アルト、目を閉じろ。見るな!」
その警告が遅れた。視界の端に、灰の中から“顔”が浮かび上がった。人ではない。焼けた精霊の残骸が、形を取り戻そうとしていた。声なき咆哮が空気を震わせ、燃えた灰が逆流する。
――燃やして終わりではなかった。
床の水が一斉に逆流した。赤黒い泡が吹き上がり、何かが蠢く。腕のような、尾のような影が水面を割り、逃げた兵士の脚を掴んだ。
悲鳴。銃声。火花。
「撃て! 撃てぇッ!」
分隊員が銃を放つ。銃声が響き、弾丸が闇を裂いた。だが影は散らず、溶けるように消えた。その代わりに、無数の声が重なった。
泣き声、笑い声、祈り、怒号。
精霊も人間も、同じ音程で叫んでいた。
世界が歪む音がした。足元の水が白く濁り、光がひとつ、ふたつと消える。暗闇の中、俺とシュナイダーは背中を合わせた。
「……このカード、本当に“異界規格”だったようだな」
「ああ。燃やして正解だった。だが、ここから先は……地上まで響くかもしれん」
言葉が終わる前に、上方の排水口から眩い光が差し込んだ。水滴が蒸発し、霧が立ち上る。その奥で、誰かがゆっくりと歩いてきた。
灰と光の境界から、影が一歩、踏み出した。
下層からの撤退命令を出した。
階段の上から銃声が鳴った。反響する轟きの中、第一分隊長レオン・ハルトが部下を率いて現れた。
背に結界灯を背負い、焦げた空気を押し返すように進み出る。
「撤退命令は確認済みです。残存兵を収容、下層通路を封鎖します!」
命令は短く、迷いがなかった。
彼の声に呼応して、分隊員たちが弾薬を回収し、倒れた仲間を担ぎ上げる。
水面に映る灯が揺れ、油膜が虹色に滲む。
「……異常反応は収束していません。精霊兵三体、灰化確認。人間側、十二名が意識混濁」
報告の調子は冷静だったが、その眼は鋭く光っていた。
シュナイダーが短く頷く。
「よくやった。地上までの経路を確保しろ」
「了解。全員、上へ!」
レオンは部下を導きながら、最後にこちらへ視線を向けた。
焦げ跡を見つめるその眼に、わずかな疑念の影が宿っていた。
まるで、焼かれたカードが何かを“残して”いったのではないかとでもいうように。
階段を駆け上がりながら、胸の奥に鈍い違和感が広がっていく。
さっき燃えたカードの光景が、まだ瞼の裏に焼き付いて離れない。
手のひらに感じた微かな鼓動――あれは錯覚だったのか。
地上に出た。夜風が冷たく、肺の奥まで空気が流れ込む。
それでも呼吸が浅い。何かが胸の奥でざわついていた。
シュナイダーが隣で深く息を吐く。
「アルト、無理はするな。お前の感覚は当てになる。……だが今は報告を優先だ」
「わかってます。ただ……あのカード、燃えたのに、まだ何か残っている気がするんです」
「そうかもしれん。だが理屈の外側に踏み込むと、引きずられる。忘れることも任務のうちだ」
レオンが通路の奥で部下に指示を出している声が聞こえる。
その規律ある声が、かろうじて現実へと引き戻してくれる。
――だが、灰の中で鳴いていた声は、まだ耳の奥にこびりついていた。
焼かれたカード。反転した文字列。あの冷たい光。
思えば、この世界のカードも、かつては誰かの魂が燃えた灰なのだ。
ならば、あれを焼いたとき、俺たちは――またひとつ、知らない命を殺したのかもしれない。
風が吹いた。灰混じりの冷気が夜を撫で、街灯の光が滲む。
遠くで鐘の音が鳴る。帝都の夜は静まり返っている。
だがその静けさこそが、不気味なほどに不自然だった。
分隊員と共に水路を駆け上がりながら、焦げた臭いと絶叫が背中を追ってきた。精霊の鳴き声が遠のくほど、肺の奥が痛んだ。
地上に出ると、夜風が冷たかった。灰混じりの風が頬を打ち、現実に引き戻される。
宿に戻ると、中隊長が机に書類を広げていた。俺とシュナイダーは敬礼し、簡潔に報告を始める。
「……敵は排除。だが、焼却後に異常反応を確認。下層の精霊が暴走し、住民多数が発狂。原因は不明ですが、異界規格のカードが関係していると考えられます」
中隊長は沈黙したまま、ペン先を机に打ち付けた。
火の消えたランプが、彼の瞳に淡い影を作っている。
「報告には記すな。帝都では“異界”の語は禁句だ。これは上層の案件だ、我々の手を離れる」
「しかし被害が――」
「黙れ。命令だ」
反論しかけた声を、彼の眼が封じた。命令の重さが胸に沈む。夜警の鐘が遠くで鳴っていた。
宿の窓から見下ろす帝都は、静かに眠っているように見えた。だがあの下層の闇は、今もどこかで鳴いている気がした。
報告を終え、部屋に戻る。ランプの光が壁に滲む。テーブルの水が揺れ、波紋がゆっくりと広がった。
「……あれは、本当に“カード”だったのか?」
「形はそうだ。だが、あの刻印は理の外にある」
沈黙。風が軋み、灰の匂いが戻ってきた。
「燃やして正解だったが……同時に、なにかを封じた気もする」
窓の外、下層の方角に青い光が瞬いた。焦げた油と湿った土の匂い。その奥で、あの“声”がまだ鳴いている気がした。
「……これで終わりじゃないな」
「ああ。だが今は休め。明日になれば、また何かが動く」
シュナイダーは短く言い残し、寝台に腰を下ろした。俺は灯を落とす。闇の中で瞼を閉じても、あの声だけは耳から離れなかった。