孤児の成り上がり   作:雷光123

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精霊襲撃

 精霊の咆哮が聞こえる。肺の中から息が抜けていく。朝の風が体を冷やし体温を奪う。喉の奥が締まり、指先に血の気が引く。息を吸うたび、冷気が肺を刺した。風が顔を切るたびに、皮膚の毛穴が閉じるように感じた。

 

「闇市から出てきたら精霊襲撃ってどういうこと?」

「リリア、話はいいから走れ!」

 

 村の方から火の手が上がっている。煙の臭いが鼻を刺し、目の縁を焼いた。舌裏に焦げの苦味が貼りつき、木の粉が頬に降りかかった。 

 

「シュナイダー、俺は単独で精霊を狩る。お前は部隊を率いて精霊を殺せ」

 

 村のはずれが見える。精霊の姿が見えてきた。女精霊はポータルを周囲に展開し、子供精霊を百体生み出した。ポータルの縁は硝子の薄片のように光り、空気がそこだけ歪んで見える。中から湿った冷気が漏れ出し、鉄と血の匂いを薄く混ぜていた。 

 

「あれが精霊の繁殖力か」 

 

 子供精霊は周囲を見回し、こちらに突撃してくる。人の子供のようだが、目のくぼみは星のない夜を宿していた。

 

 不気味さにバトルエナジーを圧縮し、突撃させた。轟、と大きな音が村に響く。子供精霊が吹き飛び、その場に倒れる。耳鳴りが残り、後頭部が痺れた。

 

「お前が母親か」

 

 母親精霊がこちらを睨みうなる。ソウルボードを持たない母親精霊が男精霊と交わり、再びポータルを展開しようとする。

 

「させないぞ」

 

 男精霊の首に刀を突き刺し倒す。女精霊にも刀でのどを突いた。どちらも目を閉じ、寝るように動いていない。その無抵抗な静けさが、胸の中を冷たく切った。刃を引いた指が震えた。指先の温度が戻らない。心臓の鼓動が妙に遠く聞こえた。

 

「精霊の本隊はわかるか?」

(村の中心部にいるわね)

 

 セイランが答える。村の畑を歩いていく。マスケット銃を持つ村人と、素手で突撃する大量の精霊。両者がぶつかり合い、膨大な熱気を放つ。その熱気に足の動きを早くした。

 

「村人たち。死亡者はいないか?」

「すでに二十人死んだ。軍人さん、この精霊たちはどこから来たのですか?」

 

 顔を泥でそめた男が白目を剥き、隣の女は手で口を押さえて震えていた。足が膝を突いた者がいた。その様子に胸が痛む。

 

 精霊の隊列を横から突く。バトルエナジーを圧縮し、風のように駆ける。突撃する精霊の雄たけびが小さくなる。村人が正面で隊列を受け止め、軍人が横からマスケット銃を撃ち、精霊を減らす。精霊の数は半分に減った。 

 

 精霊は地面を揺らしながら、俺たちに背を向けて逃亡しようとする。

 

「ここにいる軍人は俺についてこい! 村人はここで待機だ!」

 

 逃げる精霊の背を追う。朝の光が低く射し、土の上で白く揺れる。その光は美しくない。裁く光だ。そう見えた。その光が、まるで刃のように地面を裂いた。

 

「包囲を展開! 北側、遮断線を張れ!」

 

 先に村に入っていたシュナイダーの声が鋼のように響く。マリアンヌの魔力陣が地に描かれ、淡い金線が走る。精霊たちがその光に触れた瞬間、ひとつ、またひとつと崩れ落ちた。

 

「……止まらないな」

 

 女精霊の死骸から、淡い光が立ち昇る。それは煙にも炎にもならず、空へ溶け、朝の陽を濁らせる。その光は暖かくない。計測器のように淡々と世界を測っているようだった。

 

(バトルエナジーが霧散しているわ。彼女も世界の一部になろうとしている)

 

 セイランの声。静かで、冷たい。

 

「それが“還る”ということか」

(痛みも記憶も残さず、ただ理に吸われる)

「だが、この光は痛みを覚えているように見える」

 

 子供精霊の残骸が微かに動いた。目はくぼみ、口の奥で何かを呟くように震えている。声にならない音が、喉の奥で弾けた。

 

 ——赦して。

 

 その一語に胸の中の炎が燃え上がる感触がした。子精霊の手の先には人間の子供がいる。頭が陥没し、子精霊は石を握っていた。奥歯が軋む。柄が汗で滑る。——赦し、だと? 理に則って動くのは嫌だが今回ばかりは正しいと思わせてしまう。 

 

「兄さん! 東の通り、突破される!」

 

 リリアの声。砲台を転回し、精霊群を正面から撃ち抜く。爆裂音。熱風が頬を打ち、光の粒が血煙の中で踊った。ユーリが避難者を導いて走る。二人の表情には焦燥が張り付いている。逃げ遅れた子供と老人が子精霊にのみ込まれる。伸ばした手が力なく垂れ下がる。

 

「橋を渡らせろ! 子供を先に!」

 

 老人たちは最後列で子供の渡河をサポートする。その様子に闘志が燃え上がる。俺は燃える木壁を蹴り、跳躍。刀を抜き放つ。刃が反射した光で目が眩む。鏡だ。その鏡の中に、焼け焦げた顔が映った——俺自身の。

 

「もういい。光ごと斬る」

 

 刃が閃き、精霊の胸を裂く。白い火花が散り、音のない衝撃が走る。倒れた精霊の手が俺の腕を掴む。

 

「……生きたい」

「お前が殺した子供や老人もそう思っていただろうな。死ね」

 

 子精霊の身勝手な言い分に目を吊り上げる。子精霊の伸ばした手を踏みつけ振り払った。

 

「負けた魂は結界魔法の元に還るだけだわ」

 

 セイランの声が再び響く。

 

「そうだとしても生きたい者がいる。弱いから死んだなど俺の前では認めない」

 

 自分の声が、喉の底から漏れる。

 

 砲声、悲鳴、熱風。朝の光が村全体を覆う。影が消え、境界が溶けていく。

 

 俺は手を伸ばした。掴んだのは、倒れた精霊の手だった。その掌が、まだ温かい温度が指先から腕へ伝わる。理の冷たさが、そこだけで溶けていった。

 

「撤退命令だ! アルト、下がれ!」

「まだ生きてる! ここで退くわけにはいかない!」

 

 シュナイダーの怒号が届く。だが、足は動かない。光の雨がまた降り始める。

 

(アルト、鏡が曇る前に戻って)

「今は、鏡を見てる暇はない」

 

 精霊の光が強くなり、世界が白く塗り潰された。音が消え、風が止まる。 

 

 ——その白の中で、影が一つだけ残った。人の形をして、俺の方を見ていた。俺はマスケット銃を撃ち影を倒す。

 

(光が裁くなら、影は証になる)

 

 そう呟き、俺はその影を抱き上げた。焼ける匂いの中で、影はゆっくりと息をした。朝が、燃えながら始まっていく。

 

 精霊たちを殺しながら村人の避難を手伝う。大きな足音が聞こえ、強大なバトルエナジーを感じた。破裂した瞬間、精霊の断末魔が村全体に響く。大地を揺らすような大声に思わず耳をふさいだ。

 

「誰だ?」

「おそらく大隊付きの勇者ですわね」

「シュナイダー、撤退命令を撤回だ。勇者の方にいくぞ」

 

 小隊を断末魔の方に向かわせる。整然とした足音が声の方へ歩みを進める。村は破壊されていた。建物が崩れ、土の道は穴だらけになっていた。石積みの井戸は崩れ、花は灰となっていた。井戸の縁に小さな靴が一つ、焦げて落ちていた。

 

 道中に転がる死体たち。子供を守り倒れた男や守るように手を広げて倒れる母とその後ろで倒れる子供に胸の中が刺されたような感触を覚えた。

 

「ひどい……」

「ユーリ、狙撃しろ。女精霊を殺せば敵の繁殖は止まる」

「わかった」

 

 ユーリは赤い瞳に怒りの炎を宿す。その赤さが、普段の彼女を飲み込んでいた。 

 

「シュナイダー。お前は主力を率いろ。第二分隊は俺についてこい」

「わかった。敵の弱点を突いてやる」

「第二分隊、了解!」

 

 壊れた建物が視界を広げる。精霊と人間の声が大きくなる。

 

「ユーリ、撃て!」

 

 マスケット銃を構える。母親と思しき精霊の頭を撃ち抜き沈黙させる。子供が人間の泣き声をまねて叫ぶ。だがシュナイダーが狙撃して子供を黙らせた。

 

 軍人たちは返事を返す。精霊たちは戦列を整えて突撃してくる。大半はソウルボードを持たず、銃弾一発で動けなくなる個体ばかりだ。

 

「全軍背面に展開だ!」

 

 シュナイダーの声が響く。精霊の隊列の後ろ側から攻撃し、精霊突撃の勢いが弱まる。精霊たちは後ろからの攻撃に悲鳴を上げる。勝利の気配に高揚する。

 

 ユーリのマスケット銃が火を吹く。さらにもう一人の母親の頭が撃ち抜かれた。さらに中隊が前進し、精霊軍を真正面から押し返す。左側面からは勇者が突撃し、戦列を食い破った。右側面から精霊の戦列に突入。母親を全員殺し、供給を止める。精霊たちは勢いを失い背を向けたが、背面に展開した部隊によって逃亡を阻止される。

 

 組織だった抵抗ができなくなった精霊部隊を撃破し無力化した。精霊たちは次々と投降し捕まった。

 

「死体を見分しろ」

「命じておきますわ」

 

 マリアンヌはこの村にいる分隊および俺の小隊に死体回収を命じる。

 

「俺は中隊に挨拶しに行く」

 

 中隊長の元へ向かった。子供精霊が恨み言をつぶやきながら連行されていく。抵抗しようとした男精霊の首をはねて転がす。母親精霊は子供精霊の首に爆弾を付けて反抗を抑制した。

 

「中隊長、ありがとうございます」

「近くを視察しにきたら精霊たちが襲撃していた。アルト小隊長、この村はしばらく我々も防衛する。精霊たちは奴隷にして連行しておくから貴官は後処理を頼みたい」

 

 中隊長の部隊は精霊たちの元へ寄っていく。彼らを縄で縛り、爆弾付き首輪をつけていく。反抗した子精霊が出たが、ソウルボードにカードを挿入して爆破した。

 

「よくも俺の妻と子供を」

「旦那様、やめましょう。こんなゴミ、旦那様が手を下す必要はありません」

「村人、やめろ! 金にならなくなるだろ」

 

 遠くで肉を打つ音がした。煙の向こうで光が揺れ、灰が舞う。誰も顔を向けなかった。

 

「アルト、村人全員を帰還させたよ」

「ありがとう。しばらくは動けないな」

「なんで精霊たちはここに襲撃しに来たんだろう。村を破壊なんてひどいよ」

 

 燃やされた精霊の灰を見る。その目には同情などなかった。犠牲者の中には子供も含まれていた以上、理に従えばかわいそうなどとは思えない。

 

「今第一分隊が拷問中だ。どうやら終わったようだが」

「アルト様、拷問ですがどうやら市民開拓村からの依頼だそうです」

 

 マリアンヌがやってくる。彼女の声にはとげが含まれていた。眉間にしわを寄せて左手のソウルボードをいじる。

 

「第一分隊が報告しました。依頼主は“ヘリオス”──市民開拓村です」

 

 数時間が経過する。まだ明るいが日は少しずつ傾こうとしているタイミングで、シュナイダーが改めてやってきた。彼は渋い顔をして報告書を見る。

 

「アルト、やはり市民開拓村からの依頼だそうだ。指揮官クラスを拷問したが全員同じことを言っていたよ」

「そうか。ならば明日市民開拓村を破壊する」

「手配しよう」

 

 シュナイダーは黙って部屋を出る。大きなため息が出る。

 

「犠牲者の中には市民開拓村の人間も含まれていた。彼らは圧政から抜け出してきて殺されたんだ」

「それがこの世界の理ですわ」

「無慈悲だよね……」

 

 マリアンヌは断言しユーリは伏し目がちに返す。

 

「行軍の準備をしろ。明日までに行けるようにな」

 

 2人は部屋を出た。

 

 夜明け前、灰の匂いが風に混じった。焚き火は消えかけ、地面の熱だけが残る。

シュナイダーの声が落ちた。

 

「行軍準備。目標は市民開拓村だ」

 

 革の匂いと金属の擦れる音。兵たちが無言で装備を整える。誰も顔を上げない。

 

 マリアンヌが地図に線を引く。白墨の粉が風に散り、夜気を白く曇らせた。

 

「中央を主力。南は迂回。北は囮で音を出す」

 

 彼女の声は機械のように正確だった。ユーリは砲を点検し、リリアは弾を数える。灰が指に貼りつき、払っても落ちない。

 

(理は線よ。引けば、命も従う)

 

 セイランの声が耳に響く。俺は刀の峰を叩き、冷たい音を聞いた。

 

 出発の号令。列が伸び、足音が砂利を噛む。空はまだ青くない。風が東に流れ、灰を運ぶ。

 

 街道の先、焼けた畑の支柱が倒れていた。そこに吊るされた布は黒く焦げ、形だけを残していた。

 

「見張り二。距離五十」

 

 斥候の合図。林の向こう、橋の手前に火が灯る。水面が光を返し、森を照らした。

 

「止まれ」

 

 俺たちは膝をつく。油の匂い。新しい車輪の跡。市民村の警戒は既に始まっている。

 

「マリアンヌ、合図を」

「了解」

 

 地図の線が現実と重なる。兵が左右に散り、砲口が上がる。風が止まり、灰が舞う。誰も息をしない。

 

 朝日の縁が橋の上に差し、通りを白く染めた。光は温かくない。ただ、裁くだけだ。

 

「これが理の行軍か」

 

 セイランの声が返る。

 

(それでも、人は息をしている)

 

 焼け跡の風が止まり、規則正しい足音が近づいた。市民軍の旗が土埃を切って立つ。先頭の男――アーデル・ヴァン=ヘリオスが一歩前へ出た。瞳は静かな確信で満ちている。

 

「ここが“正義”の名で焼かれた村か」

 

 彼はゆっくりと視線を這わせ、俺を見据えた。声に揺らぎはない。

 

「第3小隊隊長か。貴様らが我らの民を逃がし、資源を焼いた。報復だ」

 

 言葉は冷たく、誰かの死の算術のように軽い。射程が詰まり、空気が刃を帯びる。

 

「待て。争いで人員を消耗する愚は避けよう。私と一騎打ちだ」

 

 ヘリオスは一歩だけ前に出て、そっとソウルボードにデッキを差し込んだ。金属が擦れる小さな音。全員の息が固まる。

 

シュナイダーが低く言った。

 

「受けよう。無駄な損耗は避けたい」

 

 マリアンヌが前へ出る。肩に力が入り、唇が震える。彼女の目に決意が灯った。

 

「私にやらせてください。――アルト様、任せてください」

 

 俺は短くうなずいた。刃の重さが掌に戻る。風が旗を揺らし、決闘の針が静かに進んだ。

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