孤児の成り上がり   作:雷光123

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市民軍崩壊

  白炎の陣が開いた。地が裂け、光が昼のように広がる。アーデルの立つ場所だけが、世界の中心のように静かだった。彼のカードが掲げられ、理の光が降る。

 

「【浄化儀礼-白炎顕現】、発動。」

 

 声が空を焼いた。彼の血が儀式陣へ流れ、白炎が渦を巻く。現れたのは【理炎聖将ソル】。甲冑の縁に刻まれた印がひとつひとつ脈を打ち、足元の石が溶ける。

 

「灰は穢れだ。残すな。」

 

 白炎がひと息で世界を舐め、虚空の奥から破裂音が走る。マリアンヌは目を細めた。頬に熱が刺さる。彼女の手札は五枚。その一枚一枚を、まるで古い祈祷書を開くように並べた。

 

「――【王家の祭壇兵】、出陣。」

 

 金属の響き。白銀の兵士が一歩前に出た。背後で彼女が息を吸う。続けざまに光の環が重なり、カードが円環を描く。

 

「【契魂儀礼:ソレイユ降臨】。王家の血と黎明の勇者を、ここに――捧ぐ。」

 

 儀式陣が爆ぜ、炎の中から【黎明勇者ミソス=ソレイユ】が立ち上がった。剣を掲げるたび、灰が金色に舞い上がる。

 

 だが、アーデルの声が重なった。

 

「祈りは理の前では無力だ」

 

 【理炎聖将】の槍がひと閃。白炎がソレイユを貫き、光が砕け散る。マリアンヌは膝をつかず、ただ小さく呟いた。

 

「――まだ、灰は息をしている。」

 

 地を這う光が彼女の指を包む。【黎明の祭壇】が呼応し、手札の尽きた祈りに小さな火が灯る。その火が、彼女の次のターンを呼び起こした。

 

 アーデルの白炎が再び広がる。彼の血はもう半分も残っていない。それでも、彼は笑った。

 

「理は命を削っても完成する。」

 

 【理の浄化儀礼】が再度展開され、世界の輪郭が崩れる。白炎の槍が、マリアンヌの兵を焼いた。熱が肌を裂き、土が白く膨らむ。

 

 それでも彼女は立ち上がる。ドローの瞬間、指が光に染まった。

 

「……導霊灯。」

 

 灰の中から、灯りがふたつ浮かび上がる。その光が墓地の底を照らし、失われた勇者を呼び戻す。

 

「帰りなさい、ミソス=ソレイユ。」

 

 【勇者の遺詠】の詠唱が響く。燃え尽きたソレイユが再び立ち、白炎を押し返す。彼女の瞳が揺らめいた。

 

「理ではなく、人の側に立つ光を――」

 

 儀式陣が再び現れた。【契魂儀礼:ソレイユ降臨】。祈りが重なり、世界にもうひとつの太陽が昇る。【契魂覇導-ソレイユ・ルグラン】降臨。金の甲冑が白炎を割き、雷鳴のような音が空を裂いた。

 

「ソレイユルグラン、ソルを攻撃」

 

 白炎結界が砕け、【理炎聖将】が倒れる。アーデルの光がわずかに弱まる。彼はなお笑う。

 

「理は消えぬ。灰の中にさえある。」

 

 しかし、マリアンヌの声は静かだった。

 

「灰は祈りの形です。」

 

 【ソレイユ・ルグラン】が剣を振るい、白炎の盾を弾いた。アーデルの膝が折れ、光が低くうねる。だが、彼もまた立ち上がる。再び儀式陣が開き、【理炎聖将】が復活する。もはや彼の血は尽きかけ、唇が白く乾いていた。

 

「……ならば、君も焼け。」

 

 炎と光が衝突する。【理炎聖将】と【ソレイユ・ルグラン】――互いの剣が交差し、世界が一瞬、無音になる。両者が光に呑まれ、砂塵が押し寄せた。

 

 光が消え、残ったのは灰の野。マリアンヌは倒れた膝を支え、手のひらを掲げる。そこには伏せられた一枚の札――【黎明の誓灯】。彼女は小さく呟く。

 

「……灯よ、もう一度。」

 

 誓灯が閃き、墓地から光が蘇る。【契魂覇導-ソレイユ・ルグラン】、再臨。攻撃力など、もはや数ではなかった。その光は、理を超えた人の祈りだった。

 

 白炎の中で、アーデルが微笑む。

 

「光が……二つ、か。」

 

 そして静かに、彼は剣を下ろした。閃光。夜が裂け、白と金の光が重なり、空に昇る。風が戻り、世界が息を吹き返す。マリアンヌの声が、その光の中に溶けた。

 

「焼かずとも、人は灰の上に立てますわ。」

 

 灰が風に舞い、黎明が地平を染める。理は焼き、祈りは残った。その狭間にこそ、人が生きる居場所があった。

 

 マリアンヌが膝を折る。肩の焦げた布がはらりと落ち、【誓灯】が熱を宿す。俺はその横に立ち、無言のまま空を見上げた。レオンは明滅する信号灯を握り、命令を待つ。

 

 白炎の跡には何もない。黒く焼けた輪郭だけが散り、名札は残らない。それが市民軍だったもの──。シグルドが目を伏せ、帽の庇を下げた。

 

 逃げ出した者は撃たれた。命令書にはそう書いてあった。

 

「撤退兵は処理しろ」

 

 乾いた銃声が二度、三度。ユーリは耳を塞がず、数だけを数えた。

 

 投降者は両手を上げ、視線を落とす。背には【開拓村行き】の札。護送は俺の小隊の役目だ。レオンが名簿を読み、名前のない者は番号に変わる。

 

 命令に従えば平和が来る。──本当に、そうか。喉が乾き、焦げた匂いが抜けない。リリアは帳面を閉じ、視線を教会へ送った。

 

 マリアンヌが振り向く。白い息が光に融ける。

 

「あなたは……見ないのですね、アルト様」

「見る資格があるのかもわからない」

 

 言葉にすると、舌が少し重くなった。

 

 彼女はうなずき、静かに立つ。背筋はまだ戦場の線を保っている。その姿を見て思う。──これが勝利の光なら、夜は来ないはずだ。

 

 だが夜は来た。影が焼け跡を覆う。護送の列が動き、鎖が規則正しく鳴る。ユーリが列の最後尾に回り、足並みを合わせた。レオンは前方、シグルドは側面を守る。

 

 俺は銃を下ろし、空を見る。焦げた匂いの向こうに、淡い黎明の帯。その細い光だけが、まだ折れない。リリアが呟く。

 

「記録、残しとくね」

 

 風が、まだ焦げていた。焼けた草が靴底に絡む。俺たちは灰を踏み、丘を下った。開拓村が、沈黙の口を開けて待っていた。

 

「敵影、なし」

 

 斥候の声が乾く。銃を下ろす音が続き、心音だけが耳に残る。マリアンヌの裾が灰を引き、白が鈍る。

 

「ここが……焼かれた理の果て、ですわね」

 

 俺は記録簿を開く。

 

『占領完了』『抵抗なし』『遺民ゼロ』

 

 報告はそれで足りる。だが中央の教会だけが形を保っていた。

 

 扉が開き、風が香の名残を運ぶ。中は静かすぎる。皿が三つ、パンに灰。カーテンが揺れ、影が壁を滑る。ほんの少し前まで人がいた。

 

「彼らは逃げたのかしら?」

 

 マリアンヌの問いは、空気を選ばない。

 

「供述では“神聖同盟が焼いた”と」

 

 リリアが答え、視線は窓の煤を追う。

 

 机に手を置く。木の温度はまだ生きている。だが下には乾いた血。指で触れると崩れた。ユーリが外から叫ぶ。

 

 

「集団墓地、十数体!」

 

 帝国兵と民間が混じる。名札は少ない。

 

 俺は空を仰ぐ。白炎の方角は、もう暗い。残ったのは焼けた理と、静かな匂いだけ。マリアンヌが祈りの姿勢を取り、【誓灯】が微かに光る。

 

「ここも……誰かの祈りの跡ですわ」

 

 頷けなかった。祈りを焼いたのは、こちらの手かもしれない。それを言うには、風が冷たすぎる。レオンが短く敬礼し、伝令を呼んだ。

 

「占領完了、中央へ送信!」

 

 灰が一斉に舞い上がる。雪のように降る。列の先で鎖が鳴り、足音が地面に均される。シグルドが最後に帽へ手をやり、目を閉じた。

 

 俺は小さく呟く。

 

「……勝った、のか?」

 

 誰も答えない。風だけが、焼けた匂いを運び続けた。

 

 森の陰で聞いた罵声を、いまだ喉が覚えている。乾いた破裂音で、泣き声が雪のように途切れた夜だ。あのとき俺は、鏡の縁に立っていた。

 

 今、風は灰を運ぶ。白炎の名残が地表に貼りつき、足裏が鈍く冷える。鏡は割れ、映り込みは砂に埋まっている。

 

「なんだ、この村は——」

 

 あのとき小さく零した言葉が、今も舌に残る。磨かれた石畳と鎖の列。光はきれいに弧を描いた。

 

 今、石畳は煤で曇り、鎖だけが音を残す。列の先は沈黙で、窓は顔を返さない。反射の消えたガラスは、ただの冷たい板だ。

 

 森の湿気は皮膚に張りつき、喉へ焦げた麦の匂い。足は鉛のように重く、視線だけが先を急いだ。見なかったことにすれば楽になる──そう囁いた夜。

 

 今、息は浅い。見ないふりをすると、胸の奥が硬くなる。金属がはまる音がして、歩幅が揃ってしまう。

 

 マリアンヌは、以前の村でも歩みを止めなかった。鏡のような窓に自分を映し、境界を見比べていた。

「救う側が支配に変わる瞬間」を、彼女は知っている。

 

 今、彼女は灰の地に視線を落とす。砕けた【誓灯】を掌にのせ、灯芯の熱を確かめる。

 

「人の列を、数ではなく顔で覚えますわ」

 

 リリアは、以前、鎖の列を数えながら歯を噛んだ。王侯の帳簿のように整った搾取に、指が白くなった。

 

「これじゃ次も奴隷でしょ?」

 

と震える声が残る。

 

 今、彼女は油袋と杭を握り、橋の下を測る。目で距離を刻み、記録札に印を打つ。

 

「記録、残します。壊し方も、直し方も」

 

 ユーリは、以前、泥に落ちたレアカードを拾った。血と油の指紋が、札の縁に残っていた。手の震えを袖で隠し、視線だけが少年を追った。

 

 今、屋根の上で銃身をのぞき、自分の瞳を映す。鏡面は曇り、息で輪が広がる。

 

「合図が来たら、一発で眠らせる」

 

 シュナイダーは、以前、退路を固めた。腰の刀は重く、歩幅は機械のように狂いがない。

「境界を見失うな」と、視線の角度で告げた。

 

 今、彼は小枝で地図を描き、薄く顎を引く。街道、丘、集積場。線は簡潔で、迷いはない。

 

「三交代。俺が北、ユーリが屋根、リリアは橋下にいろ」

 

 セイランは、以前、俺の胸骨の裏で水のように囁いた。境界を越えれば焼かれる、と。選ぶのはあなた、と。

 

 今、彼女は同じ声で風向きを告げる。西から湿気、夜に霧。

 

「音が吸われるわ。弱い側へ時間を渡せる」

 

 俺は、以前の村で、敵の顔が自分に似て見えた。鏡は薄く、奪う側の影が表へにじんだ。報告書の末尾に“平和のための奴隷制度”と記した夜だ。

 

 今、その行は喉を焼く。鏡が割れ、破片が靴裏で鳴る。俺は書き直す言葉を、まだ見つけていない。

 

 以前の村では、産声すら資源に変えられた。母のカードから子のカードを抜き取り、炎で残りを消した。火の音が笑いより先に空気を裂いた。

 

 今も産声はある。だが俺たちは灯りを消し、包みを三つに分ける。泣き声を布で包み、音を削る術を配る。

 

「灯りは消して。荷は三つに」

 

 マリアンヌの声に、手の速さが伝染する。祈りは形を失っても、段取りへ移る。

 

「梟、一度で見張り排除、二度で突入」

 

 俺は指で合図を示す。三度目で撤収、遅れた者は森へ直接逃がす。

 

 以前は、鏡の境界が村の中心に立っていた。磨かれた窓と泥の列。反射と搾取が、同じ円を描いていた。

 

 今は、境界をこちらで引き直す。橋を落とし、道を曲げ、霧で距離を歪める。線は不規則でも、守りたいものははっきりしている。

 

 ユーリが小さく息を吐く。

 

「全員は無理か」

 

 赤い瞳が一度だけ揺れた。

 

 俺は頷く。できるだけ多く、しかし潰されない範囲で。数を言えば、心が固まる。

 

 リリアは縄の結び目を確かめる。手の甲が白く、指先が速い。

 

「道を落としたら、三十数えるまで待って」

 

 シュナイダーは尾根へ消え、戻らない。足音が二度、草を押しただけだ。ああいう背中は、夜でも揺れない。

 

 セイランが耳の奥で囁く。

 

(選ぶのは今夜よ)

 

 俺は刃を泥へ軽く差し込み、湿った音を聞く。

 

 以前、俺たちは“見る側”だった。鏡のこちらで、あちらを測った。足は重く、喉は鉄の味で満ちた。

 

 今、俺たちは“動かす側”に立つ。鏡の割れ目から、ひとびとを抜き出す。霧の粒が草の先で丸く重なり、虫の声が細くなる。

 

「アルト様」

 

 マリアンヌが隣に立つ。指先に【誓灯】の欠片。灯芯はもう冷たい。

 

「あなたは、どちらの境界を歩きますの」

「……歩幅を、こちらで決める」

 

 言葉が出た瞬間、胸の金属音が少し緩んだ。夜が口を開け、風向きが変わる。

 

 梟の口笛を、一度。屋根の影が崩れ、見張りが草へ沈む。レオンの合図灯が短く瞬き、尾根の線が静まった。

 

 二度目。橋の下で縄が切れ、道が落ちる。車軸の悲鳴が霧へ吸われ、荷が傾いた。

 

 三度目。俺たちは列へ入り、包みを替え、輪を入れ替える。鎖の重さは残るが、音は別の方向へ流れた。

 

 以前の村で、俺は鏡に映る自分を嫌悪した。今、鏡はない。あるのは泥の線と、霧の合図だ。

 

 誰かが俺の袖を掴む。小さな指だ。顔を上げると、布に包まれた泣き声が目だけで頷いた。その重さが、刃より確かだった。

 

「撤収」

 

 俺は低く言い、最後尾を森へ押し込む。夜気が一度、甘くなる。

 

 背後で、遅れて火が上がる。市民の怒声が風にほどけ、方向を失う。霧の幕が、地形を別の物語に書き換えた。

 

 以前は、境界が鏡だった。今は、境界が道具だ。選ぶたびに、音が変わる。

 

 森の入口で振り返る。村の灯りは薄く、梟の影だけが枝を渡る。俺は息を吐き、胸の金属音をひとつ外した。

 

「……今度は、見ているだけじゃない」

 

 夜の温度が、やっと血に馴染んだ。霧の中で、誰かの足音がひとつ増えた。それで十分だと、喉の奥がようやく緩んだ。

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