孤児の成り上がり   作:雷光123

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精霊軍、迫る影

 テントを設置した地点に戻ってきた。中央に焚き火を配置し、左右に一つずつテントが存在する。焚き火の付近には材木を並べて椅子のようにしたものが置いてあった。ユーリは材木の腰掛けに座って鍋をかき混ぜていた。

 

「おかえり。食事を用意してあるよ」

「ありがとう。それでシュナイダーたちはどこにいった?」

 

 周囲を見てもユーリを除くと誰もいない。同じ分隊に所属しているから近くにいるはずなんだが……。

 

「シュナイダー君ならまだ帰ってないよ。彼なら生きていると思うけど……」

「まあ、そうだよな」

 

 ユーリは俺の様子を見てシュナイダーについて補足してくれた。彼女は木のおわんにシチューを入れて配る。焚き火に照らされるユーリは赤い目に不安を募らせている。闇が重くのしかかってくるようだ。話を始めるものがいなく、世界から音が消えたようだ。

 

「小隊全体でどれくらい生き残った?」

「5割。結構少ないよ……」

 

 ユーリは目に涙を浮かべている。彼女の肩をたたき落ち着かせる。パンをシチューに浸して柔らかくする。メニューは石のように硬いパン、豆と塩漬け肉を入れたシチュー、漬物。ないよりマシ程度の食事だ。

 

「明日はどこに行くんだろう?」

「おそらく敵に占領された領土の奪還だ。ユーリ、戦利品は持ってるな?」

 

 彼女は頷き、俺たちに奪ったカードを見せた。グランの持っていた【黒騎士】や【反逆の騎士】は神話【建国の王】の【騎士】クラスタに入る。マリアンヌが持っていたカードも同じ系列だろう。他にシナジーのあるデッキはないか目を皿にして探しデッキを取り出す。

 

「マリアンヌ、カードの値段はわかるか?」

 

 手に持っていた【黒騎士】を見せる。レゾナンスモンスターはレゾネーターモンスターと非レゾネーターモンスターのレベルの合計で召喚できる。このカードは強力なカードだから金貨30枚で売れるだろう。

 

 マリアンヌはカードを手に取ると、すぐに値を言い切った。

 その口調は迷いがなく、公爵令嬢としての矜持すらにじんでいた。

 

「金貨三十枚程度ですわね。このカードは騎士カードが破壊されると正規召喚扱いで特殊召喚できるなんて強い効果がありますもの」

 

 彼女は自信満々に断言する。俺は胸をなでおろす。金銭感覚がまともなら、この部隊でもやっていけるだろう。

 

「ほかにもカードは拾っているよ。例えば【神の通告】とか、【無限沈黙】とか」

「へえ、強いカードじゃん。他に精霊が宿ったカードとかはないか?」

 

 弱小カテゴリに属する子供は汎用カードが入っていることが多い。前者のカードはライフを半分支払えばどんなカードも無効化できる逆印罠でどんなデッキにも入っている。マリアンヌの方を見ると目を輝かせながらカードの分別を行っている。

 

「他人のデッキから使えるカードを選別しろ。どんな時に使うか分からないからな」

「この【恒星風】とかどうですか? 魔法罠を発動時と除外時に1枚破壊できますわ」

 

 マリアンヌは左手でカードを3枚渡してくる。右手を見ると三枚のカードを持っている。恒星風を受け取りデッキに入れて作業を再開する。

 

「なんだこのカード。【炎馬シルヴァ】? 強いカードだな」

(フォント男爵領周辺に現れていた精霊らしいわ。この一帯で作物を燃やし続けて5年前に殺されたって)

(これ精霊が宿ったカードか。5年前となるとパックでも出てくるから価値が落ちそうだな)

 

 セイランが得意気に話しかける。大した価値にならなそうなカードだったが売ることにした。さらにデッキを見ると【炎馬】と書かれたカードが入っているデッキが複数見つかる。

 

「ユーリ、捕虜の親子からカードを取っていたのか?」

「子供の方は分からなかったけど、母親のおなかから出てきたカードだったよ」

「なるほど、ありがとう」

 

 ユーリは悲しげな顔をして見つめてくる。先ほどのは母親のデッキだったようだ。子供たちのデッキを見ていくと【炎馬】系列のレゾナンスモンスター、ノードモンスター、契魂モンスターなどシルヴァの家族と思しきモンスターたちが見つかった。

 

(族滅されてるわね)

(シルヴァが殺された後人間たちに報復されたのだろう。仔馬までいるぞ)

 

 人間たちの所業に眉をひそめたが、カードの分類は続けていく。あの炎馬家族は下級モンスターや魔法罠カードこそ共通のようだが、上級モンスターはそれぞれ異なるカードを持っていた。カードショップで売れば小金になるだろう。

 

「ユーリ、そっちの集計は終わったか?」

「うん、全部で金貨30枚だね」

 

 集めたデッキは三十個。新生児の持つデッキには強力な汎用カードも多い。ユーリは集めたカードを笑顔で眺めている。彼らには申し訳ないが、活用させてもらおう。カードの前で手を合わせる。

 

「アルト、今帰ったぞ」

「シュナイダー、お帰り」

 

 シュナイダーは馬に乗って帰ってきた。後ろで引いている車には大量のカードが入っている。

 

「何があった?」

「大量の敵を足止めだ。別れた後敵軍の追撃に参加して、2000人くらい足止めした。背中を向ける敵を5000人ほど討ち取った。これはその時に集めたカードたちだ」

 

 持ってきたデッキを見せる。見慣れないカテゴリのカードが多い。将校や佐官クラスの敵を大量に撃破したのだろうか? これをすべて売れば合計250金貨になるだろう。汎用カードしかないが、見たところ200人以上のデッキが集まっている。ユーリはデッキをまとめて受け取ろうとしたが倒れた。彼女が持っている袋を受け取って同じ袋に入れた。

 

「二人ともいいか?」

 

 マリアンヌとユーリに目を向ける。二人とも真剣な顔つきで俺の話を聞いている。

 

「今日は敵本営を襲撃し総司令官グランを殺害。その後結界魔法で敵の退路を遮断した」

「英雄的な活躍ですわね」

「ああ、だからこのあと小隊会議が開かれるだろう。2人もついてきてほしい。マリアンヌ、お前の立場が微妙なのは分かってるがここに置いときたくない」

 

 マリアンヌは頷く。シチューを食べ終えるとソウルボードに連絡がきた。21時から会議が始まるようだ。出発のために準備を整える。

 

 刀身に付いた血を布で拭き取り、光にかざす。反りを描いた刃が焚き火の炎を映し、鋭い光を放った。

 

「その剣……ずいぶん珍しい形ですわね」

 

 マリアンヌが隣に座り、興味深そうに目を細める。

 

「軍の支給品は直剣だけだ。だが俺には合わなかった。これは金貨百枚で買った刀という武器だ」

 

「存じていますわ。1000年前の灰返しで勇者が使っていた武器ですわね」

 

 彼女の顔を見る。嬉しそうな顔で刀を見ていた。

 

「よく知ってるな」

「父の書庫で戦史を読んだだけですわ。けれど、実際に使っている方を見るのは初めてです。初めて見たときは勇者の再来だと思いましたわ」

「伝説の英雄と一緒だなんて照れるな。だが、そうありたいと思っている」

 

 拭き終わり鞘に収める。ユーリの方を見ると銃を構えて立ち上がっていた。

 

「行くぞ」

「わかった」

 

 小隊会議が開かれるテントへ向かう。道中あった死体や残骸は片付けられていた。近くから精霊の遠吠えが聞こえ後ろから悲鳴が聞こえた。破裂音が響く。

 

「ここあたりは精霊が多いのか?」

「みたいだね。殺されないようにしないと」

(暴走精霊に殺される事件も珍しくないわ。カードバトルで撃退してくれてるといいけど)

 

 セイランが精霊の鳴き声に反応する。強力なカードには精霊が宿り暴走すると人間を殺し始める。陣地内で暴れられると混乱が広がるから救援に向かうか、足を止めてしまった。しばらくすると銃声が収まり事件は終わったようだ。

 

「失礼します。第3分隊隊長アルトです」

「入れ」

 

 中から声が聞こえてきた。入口の布を払い中に入る。

 

「これで全員そろったな」

 

 中には俺以外に二人の分隊長が座っていた。対面にいるのは髭を生やしたおっさん。他二人の分隊長と並んで座る。

 

「まずは各分隊。被害状況を報告」

「第三分隊は5人死亡です」

 

 第一分隊は6人死亡2人負傷、第二分隊は4人死亡3人負傷と被害が大きい。空気が重くなり沈黙が周囲をかける。

 

「明日からの予定を話す。近くにカードショップアルカナがあるからわが軍はそこで休憩および補給を受ける」

(でも入れるのかしら? 結局外で野営じゃない?)

(カードショップがある村は宿場町になっている。宿も整備されているから入れる可能性は高い)

 

 小隊長は言葉を区切り話を続ける。その声には緊張感が入り混じっている。背筋を伸ばし続く言葉に集中した。

 

「アルカナは西に逃げた敵軍の道中にある。今次会戦中に別働隊40万が奪還して敵軍を閉じ込めている」

「つまり、敵軍38万は全滅した可能性があるということですか」

「そうだが、近くに精霊軍の存在を確認したそうだ」

 

 精霊軍の言葉にテントの中はざわつく。後ろの方で小声で話すのが聞こえる。どれも戸惑いに満ち溢れていた。フォント男爵領の人口は50万近く。精霊軍が近づいてきたら総動員して耐えるしかないが民兵にどこまでできるか。手に汗がにじむ。

 

「精霊軍ですか? やつらは魔獣の群れじゃないんですかー?」

 

のんきそうな若い兵士が小隊長に質問する。小隊長は短く息を吐いて答えた。

 

「違う。やつらは国家の正規軍だ。モンスター型の暴走とは違い、指揮官や兵士を持つ。そしてやつらは一秒で100体を繁殖しこの世界に送り込んでくる」

「戦っているなんて証拠あるんですか?」

「これが証拠映像だ。ソウルボードに記録されている」

 

 ソウルボードに映し出された映像に、兵士たちが息をのむ。炎に包まれた馬の群れと、虹色のうろこが波のようにうねる魚の軍団が激突し、大地が赤と青で埋め尽くされていた。映像越しに熱気が伝わってくるようだ。何もない空間がゆがむ。歪みから1000体以上の精霊が補充され敵軍に突っ込んでいった。ユーリは顔を覆い、マリアンヌは青ざめながらも食い入るように見つめていた。

 

「精霊軍は会戦中だ。炎の馬族と虹の魚族が会戦を行っている。両軍はそれぞれ45万を超える大軍だ。上位部隊の連隊長の指示により戦闘を継続することが決まった」

「小隊長、よろしいでしょうか?」

 

 俺は手を挙げて発言の許可を求める。小隊長は首を縦に振った。

 

「我々の損耗率は前線部隊だけで3割を超えています。この状態で戦闘を続行するのでしょうか?」

「精霊軍はアルカナの周囲で戦っている。あそこはリエーズ公爵領の重要な経済拠点だ。リエーズ公の要請により我々は戦闘を行うことになった。諸君健闘を祈る。」

 

 小隊長はしぶしぶといった感じで無理やり話をきる。さらにざわめきが大きくなる。

 

「話は変わるがアルト軍曹。貴官には下士官昇進試験を受けてもらう。貴官はこの会戦で敵総司令官グランの殺害および敵軍18万の撃破を補助してくれた。貴官のおかげで少なくない敵軍をせん滅できた」

 

 小隊長は感謝の意を示す。そして下士官昇進への推薦状を渡してくれた。

 

「ありがとうございます! 下士官への昇進必ず達成します」

「その調子だ。やりとげろ。今日はこれで終わりだ。明日も戦闘だから休め」

 

 みんな席を立ち、テントから出ていく。不安な声が多いがそれでも戦うしかない。ユーリはその場でうずくまっていた。呼吸は荒く脂汗がにじんでいる。

 

「精霊軍、数の暴力で殺されるんじゃ……」

「精霊たちは奴隷にすると生まれ持ったデッキを燃やして自分たちのデッキに変えますわ。そのあとで子供を作らされるそうですわ。できるだけ早く救援に行かないと犠牲者が出てしまいますわ」

「始まる前からネガティブなことを言うな。精霊たちは強力なカードを使う。勝てば大量に金貨を得られると考えるんだ」

 

 ユーリの手を肩に回して立たせる。ゆっくりとだが、呼吸が落ち着いてきた。マリアンヌは精霊軍がいる方角を見据えて話す。

 

 小隊長会議の後は見張りだ。春の夜の中、温かい風が吹き抜ける。ふと上を見上げると夜空に星が輝いていた。弾頭ほどの大粒の星が、空の縫い目を縦横無人に動き回り、その周りを粒のような星々がついていく。

 

「空がきれいだな」

「ええ、今日も自由に動き回ってますわね」

 

 空を駆ける星々は人間界のことなど知らないように踊って見える。野営地の外周、焚き火から離れて暗闇に目を鳴らすとさらに鮮明に見えた。星々を見ていると体の中からエネルギーが湧いてくる。ユーリの方を見るとずっと下を向いていた。

 

「精霊軍におびえている暇はないぞ。見張りを始める」

 

 野営地の周辺を巡回する。夜闇の中、精霊の遠吠えが聞こえる。さきほども交戦していたが今日は精霊が多い。このあたりは草原だから草原の中に入り込み敵がいないか歩いて確認する。

 

「どうでしたか?」

「いや、怪しい奴はいなかったよ」

 

 普段こんなところに不審者がやってくることはないが、デスバトルを仕掛けるバカがいないとは限らない。視界いっぱいに広がる漆黒。誰か現れるのかどうか緊張するが後ろの二人のためにも態度を出さないようにする。マスケット銃のトリガーに指をかけていつでも撃てるようにしたまま歩き続ける。

 

 草むらで揺れ動く音がした。笛を鳴らしとっさに銃を向けて警告する。

 

「誰だ!」

 

 ユーリが短く息をのむ。手から汗が出る。目を細め、敵が姿を現すのを待つ。5秒経過。敵は出てこない。さらに5秒経つが草むらが動く気配がない。銃を下し、音を立てないように近づく。音がした場所を調べると何もなく小さな物体が動く気配だけがした。足跡を見ると小さな動物がいたようだ。

 

「アルト!」

 

 ユーリが駆け寄ってくる。だいぶ疲れているのか抱きついてきた。彼女の頭をなでて落ち着かせる。彼女の体温が伝わってくる。熱くなっている体から体温が移される感覚がした。ソウルボードを見ると交代の時間を過ぎていた。

 

「ここまでだ。今日は休もう」

「わかりましたわ」

 

 マリアンヌが前を歩く。その堂々とした姿は頼もしさすら覚える。マリアンヌが交代の兵士と会話した後、交代の兵士たちは出発した。二時間の見張りが終わりようやく寝ることができる。息を吐いて新たな空気を入れる。肩が軽くなり歩くペースも早くなった。抱きついてきたユーリの体温も下がっていく。彼女の呼吸が落ち着き始めて明かりが見えたことで一人でも歩けるようになった。

 

「明日は精霊軍との戦いですわね。みんなで生きて帰りますわ」

「ああ!」

 

 勢いよく答える。気持ちで負けるわけにはいかない。

 

「お休み」

 

 ユーリとマリアンヌは同じテントに入っていく。俺も隣のテントに入って就寝した。

 

 精霊軍との戦いも過酷になるだろう。握りこぶしを作りながら目を閉じた。

 

 

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