孤児の成り上がり   作:雷光123

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炎馬シルヴァーン

 起床ラッパが低く鳴り響いた。耳をつんざくような金属音に全身が反射的に反応し、寝袋の中で地面を蹴って起き上がる。まだ夜明けの冷たい空気がテントの端から吹き込み、頬を撫でていった。

 

「おい、ここの資源カードを持っていくんじゃねえ。ブール市の供出兵」

「軍隊所属だからって偉そうにするな!」

「お前ら、喧嘩をするようなら斬るぞ!」

 

 遠くの喧騒に耳を澄ますと、一触即発の空気が漂っているのがわかった。冷たい風に身震いしつつ、視線をやるとシュナイダーがあきれ顔で騒ぎの方を眺めていた。

 

「アルト、ユーリ死ぬなよ」

「生きて帰ってくるぞ。戦利品を楽しみにしてろ」

 

 彼と手を合わせて笑顔を作る。不安な顔をさせるとユーリの足を止めさせてしまう。分隊長である以上弱いところは見せられない。

 

 震えを押さえながら軍服の袖を通し、装具とカードの配置をひとつずつ確認する。銃は光を帯びた新品同然で、触れると油の匂いがかすかに漂った。今日はこれを血と灰に染めなければならない。

 

「アルト、朝食の用意をする。俺は後方で待機だ。お前は前を任されたんだ、気を抜くなよ」

「ああ、奪ったデッキの警護は頼んだ」

 

 奪ったデッキは荷台に積み込まれていた。布で覆われた木箱の隙間からカードの縁が覗く。触れれば微弱な魔力が指先に伝わり、まだ生きていることを示していた。確認を終える頃、焚き火の向こうから肉が焼ける匂いが鼻を突いた。

 

「朝食できたぞ」

「助かる」

 

 シュナイダーが並べたのは塩漬け肉、豆の濃いシチュー、歯が折れそうに硬いパン。戦場の朝には十分すぎる献立だった。噛み締めるほどに塩気が体に染み込む。硬くなった体がほぐれていく感触だ。

 

「昨日も言ったが、今日は精霊軍との会戦だ。カードショップ『アルカナ』まで三十キロ。俺たちは先行して偵察に入る」

「やるんだね……」

「俺がいる。問題は起きない」

 

 ユーリの目元が曇る。泣きそうな顔を見て、腹の奥がひりついた。彼女の手を握りやさしくなでる。少しずつ不安が和らいでいったのか表情が晴れていく。

 

 改めて書類を見る。敵軍は四十五万。命令書には「ポータル役を殺せ。奴らの補充を断つこと」とある。増援は一瞬で千体、これを止めなければ会戦は成立しない。マリアンヌが命令書を覗き込み、眉をひそめた。

 

「連隊クラスのポータルは一度に千人を転送可能。大隊以下は百人しか送れませんのね」

「その通りだ。奴らは旗を掲げているらしい。目印はある。仕留めれば敵は有限になる」

 

 朝の風が冷たく、書類を押さえていないとめくれてしまう。俺は歯を食いしばり、内容を頭に叩き込んだ。

 

「ねえ、敵軍も我々と同じ軍制なの? ここに連隊五千、師団二万ってあるけど」

「どうやらそうだ。ユーリ、三百メートル先から狙撃できるか? ポータル役や指揮官を撃てれば大きい」

 彼女は首を横に振った。精度が追いつかない。近づく手を考えるしかない。

 

「食事は終わりだ。行軍を開始する」

 

 テントを片付け、分隊が合流する。空気は刺すように冷たく、全員の背筋を伸ばさせた。緊張と期待の匂いが漂う。

 

「行くぞ! 俺たちの手でアルカナを取り戻すんだ!」

 

 土の道を進む。整備されていない悪路に足を取られながらも速度を落とさず、呼吸を整える。胸元のソウルボードが震え、ピコンという音を発した。画面に通知が浮かぶ。森の中の道を進んでいく。木々から抜けてくる風は冷たく体を冷やしている。

 

(神の分身から通知よ。カード効果が強すぎるため緊急変更を命ずと書いてあるわ)

(移行期間は?)

(今から)

 

 画面に文字が次々と浮かび、胸が締め付けられる。「装備したモンスターの攻撃力を半分上昇」「表霊導の調律師ハルミは手札から特殊召喚可能」……。理屈では有利になるのはわかる。だが急に世界のルールが変わる恐怖が背筋を凍らせた。まるで神が指先で自分たちの運命を弄んでいるように思えた。

 

(これ、手札の消費が少なくなるわね。特にカリナは手札からカードを捨てることができなくなったわ)

(手札が0になったら5枚引けるルールだと展開速度が遅くなるな)

 

 セイランが苦虫をかみつぶしたような顔をする。水色の髪を左手でいじる。彼女がイラついているのがわかった。全文を読み終える。疲れたような気分だ。

 

(ふざけるな……神は俺たちを玩具にしているのか)

(従わなければデッキ凍結。今すぐ受け入れるしかないわ)

 

 キレ気味なセイランの囁きに従い、承認ボタンを押す。神とデスバトルできない自分に歯がきしむ。だが隊長として冷静を保つしかない。空を見上げて睨んだ。

 

「ねえ、後ろ、誰もついてきてない……」

「この速度で進めと命令された」

 

 振り向くと後方は空白。三人だけで平原を駆ける風が響いていた。ソウルボードの表示は歩行距離二十キロ、経過時間二時間だ。顔を赤らめたユーリとマリアンヌは息を切らしている。まだまだ走れるが二人は地面に座って休んでいる。

 

「ここで休もう」

「二十分休めば大丈夫」

「先に着いた四十万と合流するまで、情報を持ち帰ることが全てだ」

 

 俺たちの師団は市民、司教、軍人の混合。昨日もグラン殺害の部隊配備で揉めた。いがみ合う三身分の融和など幻想にすぎない。休んでいると森の葉っぱを踏む音が聞こえた。

 

「誰だ!」

「私たちは精霊軍に奴隷にされたものです」

 

 マスケット銃を構える。ボロ布を着た空のソウルボードを持った女性30人が森から出てきた。身体検査をしたが身分を表すものはない。最前列の女性の目に恐怖の色が浮かぶ。彼女は俺をじっと見つめて話を切り出した。

 

 最前列の女は血の気の引いた顔で、必死に縋るように言った。

「お願いします……繁殖奴隷として生きたくありません。どうか、私と子を作って証明してください」

 

 震える手で俺の袖を掴み、目に涙をためていた。あまりに切実で、逆に言葉を失った。

 

「待ってくれ。順を追って説明しろ」

(精霊界では人間を拉致して自分のカテゴリのデッキの子をひたすら産ませる風習があるわ。おそらく精霊に捕まったのね)

「わかった。少し待っていろ」

 

 ユーリとマリアンヌの方に向かう。

 

「断ってね」

「そうじゃない。こいつらが敵軍かどうかの話をしているんだ」

 

 ユーリは笑顔で圧をかける。考えていると俺の手を握る力が徐々に強くなっていく。これから戦場に行くのに緊張が途切れた。顔をしかめそうになるが、手を強く握りネガティブな思考を振り払う。マリアンヌは話し合いから抜け出し一歩踏み出した。

 

「申し訳ありません。なんでこんなところにいるのですか? アルカナに逃げ込まなかったのでしょうか?」

 

 マリアンヌは逃げ道がない正論を叩きつける。この街道は敵軍が逃げた街道。敵である可能性が非常に高い。振り向いてマスケット銃を向けながら近づく。彼女たちの視線はばらばらだった。怯えて泣くものもいれば、計算高そうに笑う者、虚ろに立ち尽くす者もいた。助けるべきか見捨てるべきか、心が揺れる。

 

「アルト分隊長。その女性たちは?」

 

 後ろから馬が蹄を叩きながら近づく音が聞こえる。小隊長がサーベルを抜いてこちらに近づいてくる。鬼気迫る様子に女性たちは小さな悲鳴を上げた。

 

「小隊長、お疲れ様です。こちらは避難に遅れた女性だと思われます」

「だが身分を証明できない。コイツラが敵軍でない可能性を証明できないな」

 

 小隊長は女性たちを見ている。武器になるものはない。小隊長は脅威にならないと判断したのか武器を下ろす。

 

「本来敵軍の疑いがあるやつはソウルボードを破壊して奴隷にするのだが、今回は特別だ。お前たちは娼婦として我が小隊で預かる」

 

 小隊員が続々とやってくる。彼らは簡易陣地を築き彼女たちの身柄を確保した。女性たちは震えながらも、それぞれの表情で運命を受けて入れていく。

 

「アルト分隊長。貴官は昨日の戦いで活躍したと聞く。他の小隊員はとてもではないが戦える状況ではない。だから貴官が敵を偵察するんだ」

「了解しました」

 

 ユーリとマリアンヌが反論したげな雰囲気を出していたが制止して回答する。

 

 街道を外れ森の中に入っていく。アルカナは街道の先にあるが敵が街道を警戒している可能性を考えて森から接近する。

 

「お前ら、俺達の命令は偵察だが危ないと感じたら撤退する。いいな」

「うんうん」

 

 ユーリが笑みを見せ、マリアンヌも小さく頷く。水を分け合い、粗末な糧食を口にする。春風が草を揺らし、平和の幻を映すが、遠くから戦火の匂いが混ざっていた。悲痛な叫び声や炎や水の音が異常事態を知らせる。

 

「行くぞ!」

「ええ!」

 

 出発し、森の中へ踏み出した。森の中からは緊張が漂う。遠くから聞こえる銃撃音や炎音が鼓膜を刺激する。上から見られる視線を感じた。

 

(精霊の気配よ。止まって!)

 

 枝が折れる音。見上げると五体の魚型精霊が枝に立っていた。虹色の鱗が輝き、水流を叩きつけてくる。とっさに体ごと後ろに飛び跳ね水流を避ける。

 

「撃つよ!」

 

 ユーリの弾丸が一体の頭を撃ち抜いた。マリアンヌは剣で二体を切り裂き、俺は刀で一体を袈裟斬りにする。最後の一体も狙撃で仕留めた。圧勝だった。死体を隠し、武器を払う。

 

「負傷は?」

「ありませんわ」

 

 敵兵の懐から伝令書を発見。『本日、斥候部隊は西の林を巡回し、敵左翼の野営を確認せよ。補給隊との合流は明朝フォント街道。今夜の合言葉は“鷲”。』位置は把握できた。

 

「先に進むぞ。二部隊は待ち構えているかもしれない」

 

 森を抜けた先で、虹色の魚が人語で話す声が聞こえた。

 

「第一分隊の消息が不明だ。敵がいるのか?」

 

 ユーリに目配せする。

 

(ヘッドショットで仕留めろ)

(この状況で? 無理だよ)

(やるんだ。露見すれば全滅する)

 

 銃声が森を震わせ、一体が倒れる。混乱する敵の中、俺は刀で二人を切り伏せる。さらに奥、旗を掲げた大きな魚が立っていた。周囲に光の輪が展開し、精霊が出現する。ポータル役。距離は500m。背を向けて隙だらけだ。白いオーラが集まり再補充されるとゲートが開くようだ。先ほど倒した精霊から攻撃力4000の弓をユーリに渡す。

 

「ユーリ、あいつを撃ち抜け!」

 

 弓を渡し、狙わせる。放たれた矢は頭に突き刺さり、ポータル役は倒れた。敵の補充は止まった。

 

「逃げるぞ!」

 

 魚たちが追いかけてきた。彼らは水をまき散らし、土煙を立てながら進んできた。しかし右側から人間の部隊が足止めする。人間たちは精霊たちの戦列に食い込んでいく。

 

「もしかして別働隊か?」

 

 人間の部隊規模は1000人の大隊規模。もう一つの大隊も加勢し二方向から敵を撃破していく。戦場を見つめる。

 

「ユーリ、敵勇者を狙撃しろ」

「勇者を?」

 

 不安そうな顔をしているユーリに目でやれと命令する。ユーリは逡巡したが、覚悟を決めたように弓に矢をつがえる。勇者の位置をバトルエナジーから算出し伝えた。ユーリが空に向かって弓矢を放つ。兵士に当たりバトルエナジーが飛散した。

 

「成功だ」

 

 敵軍の後退は加速する。正面にいる虹色の魚は退却を開始した。魚たちは悲鳴を上げ、あるものは虹色の鱗を飛び散らせて倒れる。またあるものは味方部隊に突っ込んで倒された。

 

「俺たちも加勢する」

 

 味方戦列に加わろうとした時、熱風が吹いた。視界の端に馬をとらえる。

 

「……馬?」

 ユーリが小声でつぶやく。

 

 群れの中心に、一頭だけ異様に大きな影が立っていた。赤黒い鬣に火の刻印、燃える瞳。炎馬族の残り火――その若き精霊が俺を睨む。脂汗が噴き出る。動きを止めてしまったが、炎馬は味方大隊の方へと向かった。

 

「炎馬族……滅んだはずじゃないのか」

「敵が突っ込んでいきますわ!」

 

 マリアンヌが息をのむ。炎馬族は味方部隊に突入し、槍兵を弾き飛ばし、銃兵を炎に包み、瞬く間に数十人を灰に変えた。兵士たちの叫びと焦げ臭い匂いが戦場を満たす。

 

「こっちに来るぞ!」

 

 味方部隊は背を向けて逃走。戦場全体に悲鳴が上がる。さっきまで人間と虹色の魚が戦っていた場所は一人残りらず灰になっていた。炎馬が手を払い、俺たちの方に向いた。ユーリが短い悲鳴を上げて、その場に倒れた。マリアンヌはユーリの前に立ち、直剣を構える。

 

「馬に乗って逃げろ! 俺が時間を稼ぐ!」

 

 心臓が焼けるような恐怖。それでも刀を握る手を離さなかった。炎馬族の若き精霊は、炎をまとい俺へと突進してきた。炎馬が剣を振り下ろす。上から潰されるような重みが体に伝わってきた。歯を食いしばり刀を握る。

 

(戻ってくるわよ!)

(馬に乗る!)

 

 ソウルボードからアクセルバトル用デッキに変更。

 

「おい馬! 俺と一騎打ちだ!」

『貴様、我が父のカードを持っているな?』

 

 頭の内側から爆ぜるような音が聞こえる。精霊は俺の脳に声を届けた。

 

「父親? 誰のことを言っている!」

『シルヴァの子シルヴァーン。いざ勝負!』

 

 ソウルボードが結界魔法【アクセルワールド5】の起動を告げる。

 

「やるしかないのか。ユーリ、マリアンヌ逃げろよ」

 

 馬を2人とは反対の方向に向ける。

 

「「バトル!」」

 

震える手でカードを取り出す。その瞬間、シルヴァーンが放つ熱気で肺が焼けるような感覚に襲われた。世界が炎に呑まれる前触れのように、赤黒い鬣が視界を覆った。

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