さらに中央へ進む。進めば進むほど戦列は厚く、漂うバトルエナジーの密度が増していく。重く圧し掛かる熱気が胸を押さえつけ、足取りすら鈍らせる。
場を変えて次の戦場へ。ユーリが弓を構え、大きなバトルエナジーが膨れ上がっている地点に矢を射掛ける。連続して放たれた矢が幾度も命中し、渦巻いていたエナジーは一瞬で霧散。大地を揺らす大声が途切れ、敵兵の絶叫が戦場に広がる。息を吸って腹に力を入れる。
「次だ。大隊には四人いたはず。他の勇者も殺すぞ!」
「あの部隊に続け! 俺たちは勝てるぞ!」
味方兵が色めき立つ。背を向けて逃げ出していた兵士までが奮い立ち、武器を握り直して戦列に戻る。森側をみれば、新たな味方部隊が続々と到着し、疲弊した兵と入れ替わって布陣を整えていた。炎馬の兵士たちに次々と斬りかかり倒していく。
空を見上げると、日が傾き始めている。橙色の光が戦場の血と灰を照らし出し、刻一刻と闇が迫っていた。その間に、ユーリは二人、俺とマリアンヌで二人の勇者を仕留めた。
「合計七人か。次だ」
敵戦列に穴が空き始めていた。逃げ遅れた勇者は一般兵に囲まれ、顔を青くして必死に抵抗する。しかし一人を斬り伏せる間に、別の兵士が背後から突き立て、勇者は膝を折った。かつては恐怖の象徴だった存在が、今は兵士の刃に沈む。
「一般兵でも勇者を倒せるんだね……」
「いくら勇者と言えど囲まれたらひとたまりもないってことか」
ユーリが恐る恐る言い出す。鉛のようにのしかかる怠さが消えつつある。もう少しだけ頑張ろうという気持ちになった。
周りを見る。戦場の空気が明らかに変わっていく。兵士たちの剣先は前を向き、叫びは後退から前進の響きに変わった。
「次行くぞ!」
声が自然と弾む。俺たちはさらに中央付近へ進む。敵主力と味方主力が激突する戦場。鉄と火の嵐が吹き荒れ、槍と剣が火花を散らす。叫びが絶え間なく木霊している。敵味方の勇者の影が色濃く重なり蠢いていた。
「勇者が互いに背を向けあって援護してますわね」
「敵中で孤立しても互いにカバーし合ってるのか。ユーリ撃て」
ユーリに弓矢を撃たせる。敵勇者の一人は呆けた顔で伏せる。均衡が崩れる音がする。兵士たちの声が一層大きくなり敵勇者は次々と槍や剣の餌食となる。勇者の恨み言が戦場に響いた。マリアンヌは青い瞳を輝かせて見つめてくる。
「いいぞ! もっと奥へ進め!」
「このままアルカナを救うんだ」
味方は歓声を上げる。先ほど救った味方部隊は側面へ回り込み、支援の突撃を繰り返していた。だが、別の敵勇者が進路に立ちふさがり、突撃の勢いを奪っていた。
「押し返されてるな。勇者を殺す。ついてこい」
動こうとした瞬間馬の嘶きが背後から響く。味方騎兵が再度突入を試みるが、炎を纏った敵勇者が前へ飛び出し、騎兵を焼き払った。突撃は散り散りになり、勢いが殺がれていく。
「暗殺する。援護しろ」
俺はセイランを呼び出し、地を蹴った。敵勇者は騎兵の前に立ちはだかり、大剣を振り回して馬を怯えさせている。その背後に滑り込み、刃を突き立てた。鋼が肉を割く感触と同時に、勇者の咆哮が戦場に響く。
「今だ、撃て!」
マリアンヌの銃声が響き、弾丸が勇者の胸を貫く。さらにユーリの矢が頬を裂き、わずかに体勢を崩した隙に、セイランの刀が首を薙いだ。落ちていた槍で敵を突き刺す。
勇者が血を吐いて倒れる。その瞬間、味方騎兵が鬨の声を上げて突撃した。炎の障壁を失った敵列は土煙に呑まれ、馬蹄で砕けた。
「一人突破した。次だ」
俺は硝煙の匂いが混じる風を吸い込み、標的を探す。前方には、なおも別の勇者が馬上で進路を塞ぎ、味方の突撃を止めようとしていた。喉は焼けつくように乾き、胃の奥から酸がせり上がる。胸骨の裏で鼓動が荒れ、血の味が口に広がった。
振り返ればユーリとマリアンヌがいる。怯めば二人が死ぬ。震える足裏に力を込め、視線を前へ突き出した。
「アルト様、まだいます!」
マリアンヌが指差す先に、槍を振るう勇者の影が揺れる。騎兵突撃を通すため、さらに敵の中央へと足を踏み入れた。
刃を振るうたび、腕が重くなる。だが怯めば背にいる仲間が灰になる。ためらう理由はない。俺が刈る。
「カードバトルで一気に倒す! デッキを燃やすぞ!」
ユーリとマリアンヌに目配せする。二人が同時に構え、胸のざわめきは霧のように消えた。
矢が唸りを上げ、炎槍の勇者の喉を貫く。冷たい警告音が大地を震わせ、数値が零へ落ちる。矢羽が震え、空気が一瞬沈んだ。
「残り三人、俺が抑える!」
三人が虚を突かれ、身を引いた。殴打で間合いを乱し、ソウルボードを投げ、間合いと視線を切る。若い勇者が反撃、踏み込みざまに剣を突き出す。頬を掠め、皮膚が裂ける熱が走る。だが止まらない。ここからは「人」を斬るのではない。被害を広げず戦線を抜くための動きだ――そう言い聞かせる。冷気が指先を奪い、セイランの気配が肩を支える。
「アルト様、援護しますわ!」
資源カードから油を具現化し、投げ放つ。光が走り、ユーリは迷いなく銃を構える。頬には確かな笑みがあった。
「【溶岩流】!」
マスケット銃から炎が放たれる。炎が油に燃え移り、三人のデッキは粉砕された。交換の暇もなく一騎打ちへ。
「卑怯者め! 正面から来い!」
「待て、交渉の余地は――」
「……いやだ、まだ引きたくない」
青年勇者は顎を上げ、姿勢を崩さない。策士は目を走らせ退路を探す。若い者は刃を握る手が汗で濡れていた。
「戦場は何でもありだ。ドローしろ」
ドローフェイズ。三十秒。指が震え、唇が乾く。策士勇者は舌を噛み、誇り高い勇者は歯を食いしばる。若者勇者は空のデッキに爪を立てる。音もなく時が切れた。
一人が膝から崩れ、眼球が白く反転する。
「神よ、時間を――」
「こんな終わりはいやだ!」
灰片に縋る指が砕け、三人は倒れた。マリアンヌとユーリが駆け寄り、掌を打ち合わせる音が短く響く。俺は三呼吸を数え、踵で地を確かめた。血の味が薄れ、胸のざわめきも引いていく。
その光景に兵の顔色が変わる。勇者を崇めるのではなく、狩る手順を知った部隊に戦慄が走った。だが同時に、勝ち筋の手触りが列に伝わる。
「カードで勝てば、奴らは落ちる!」
誰かの声が火種となり、側面からの突撃が背を裂いた。陣が波打ち、口のように割れて道が開く。
槍列が一歩揃い、盾が押し出される。鬨が地を震わせ、砂粒が兜の縁で跳ねた。その波に背を押され、列の隙間へ刃が滑り込む。
「行けるぞ! 押し込め!」
声が地を揺らし、中央が流れ出す。
俺たちは後方で荒い息を整えながら、その光景を見つめた。
「……中央はもつな」
「次に備えましょう」
マリアンヌが静かに言い、ユーリが頷く。膝を突きながらも、戦場の熱は胸の奥を焼き続けていた。
正面・側面・背面の圧が一点に収束し、敵兵が蜘蛛の子を散らすように逃げ出す。歩兵の槍、側面の矢と弾、騎兵の刃。抵抗は形を失い、刃を棄てる影が増える。渦に呑まれるように倒れ、勇者も足を取られて跪いた。
「……終わったな」
マリアンヌが呟き、ユーリが弓を下ろす。二人の肩が同時に震え、張り詰めていた気配が解ける。味方の旗が掲げられ、歓声が波のように広がった。勝利は決定的だ。
「よし……本陣に戻ろう。まだ戦は続く」
二人が頷き、疲労を抱えたまま歩を進める。背後では歓声が鳴り止まず響いていた。
「押し返せ! 布陣を完成させろ!」
指揮官の怒声が飛び交い、兵士たちは応えるように武器を掲げた。怯えていた顔に血の気が戻り、戦場に勝利の熱が広がる。
合図に合わせ、槍先が空へそろい、列の歪みが収まっていく。膝の抜けていた姿勢が立ち直り、刃の角度が揃った。旗の布が強くはためき、押す面の厚みが一段増す。
やがて味方の旗が三列に並び、敵の残党を押し込みながら確かな陣形を築いた。
「……やったな」
ユーリが弓を下ろし、マリアンヌが肩で息をしながらも微笑む。俺も刃を下げ、荒れ狂っていた鼓動が少しずつ静まっていくのを感じた。
戦場の中心には味方の布陣が完成し、もはや敵の反撃に揺らぐ様子はない。勝利の余韻が兵士たちの間に広がり、勢いづいた味方の攻撃によって敵軍は背中から討たれる。
夜の帳が戦場を覆った。敵と炎にまみれた大地には、まだ火薬の臭いが残っている。松明が点々と灯され、兵士たちは焚火の周りで短い眠りをむさぼっていた。負傷兵は神殿兵に担がれ、灰となった仲間の武具は一か所に積み上げられていく。静寂の中に断続的な呻き声と鉄の音が響き、勝利の余韻は既に消えていた。
「アルト、大活躍だったな」
「もう俺たちに意見するものはいなくなった」
「本陣でも噂になってたよ。一般兵が何人も勇者を葬ったてな」
シュナイダーが俺たちのテントの前で話しかける。材木椅子に腰をかけて豆シチューを食べた。
「アルト、今朝の娼婦の件だがわが部隊でカード生成の儀式を行うらしい」
「そうか。だがいつやるんだ?」
シュナイダーは小隊長と話をつけて俺に報告に来るように命じた。ユーリとマリアンヌはテントに入る。彼女たちの寝息が聞こえてきたころ、静かに移動を開始した。
「小隊長。アルトです」
「よくきた。ここに座りたまえ」
小隊長が案内した席は今朝の娼婦の隣だった。朝先頭にいた女性と友達は俺を指名したようだ。
「カード生成か。ついてこい」
今朝泣きついてきた女性は涙を流す。
「ええ」
数時間後カードが生成された。二人は涙を流しながら感謝してくれた。そして人間のカードも生成されるのだった。
女性と別れて俺たちのテントに戻る。あの後は十分に寝た。体が軽い。昨日の疲れが嘘のようだった。体を伸ばし朝ご飯を食べる。静かな食事だったが今にも走り出せそうな気分だった。やがて空が白み始める。露に濡れた陣地の地面は冷たく、吐息は白く曇る。ラッパが鳴り響き、兵士たちは次々と立ち上がった。
「起きろ! 本隊が到着した!」
伝令の声と共に、戦場に緊張が戻る。遠方から土煙が昇り、整然と進軍する味方の大部隊が姿を現した。
昨日は先発部隊と勇者狩りでの小競り合いにすぎなかった。だが今日からは違う。精霊軍とカルラディア星帝国軍第4587軍団第2軍が兵力を総動員し、両軍合わせて数十万規模の本格的な会戦が始まる。
旗が立ち並び、号令が飛ぶ。前衛、中衛、後衛が整えられ、砲兵が大地を揺らしながら配置につく。兵士たちの間に走るのは恐怖ではなく、嵐の前の静けさだった。
俺は剣を握り直し、二人に目をやった。ユーリは弓を構え、マリアンヌは銃の薬室を確かめる。どちらも顔に迷いはなく、ただ戦う覚悟が宿っていた。
「……いよいよ始まるな」
朝日が昇り、戦場を赤く染める。その光の下で、会戦の幕が切って落とされた。朝日が完全に昇ると同時に、戦場に轟音が走った。砲兵の一斉射撃だ。大地が揺れ、黒煙が立ち昇る。敵陣の前列は爆炎に呑まれ、灰と化して吹き飛んだ。次いで銃声の波が押し寄せ、両軍の前衛歩兵が互いに火を噴く。空気は火薬で満ち、耳は連続する轟音で塞がれる。だが視界の先では、敵兵が踏み潰され味方が前進を開始していた。
「始まったな……」
俺は息を整え、分隊を振り返る。
配置は側面。敵主力の注意を引く中央とは異なり、こちらは騎兵と共に機動し、突破口を狙う役割だ。旗手の合図と共に、側面全体が一斉に動き出す。その時、前方に強大なバトルエナジーが噴き上がった。視線を向ければ、敵の勇者が三人、味方の進軍を阻むように並び立っている。
「勇者か……俺が倒してここを進めということだな」
ユーリが矢をつがえ、マリアンヌが銃を構える。俺は剣を抜き、セイランを召喚した。矢が放たれ、一人の勇者の眉間に突き刺さる。輪郭がばらけ、灰雨だけが地面を叩いた。踵に積もる灰が冷たく、足場の沈みで勝敗が知れた。
「一人目!」
同時に残る二人と交錯する。刃の衝撃が骨を鳴らし、指先の感覚が薄れる。掌の汗が柄を湿らせ、呼吸だけを一定に保った。それでも一歩も退かず、互角に打ち合った。兵士たちはその光景に目を奪われ、恐怖に声を失う。勇者三人を同時に押し留める姿は、常識を超えていた。
「アルト様が……勇者を相手に!」
「負けてないぞ!」
味方の兵士が叫び、どよめきが広がる。恐怖は次第に熱へと変わり、兵士たちは剣を振るい直して敵列に飛び込んでいった。マリアンヌの銃弾が一人を穿ち、セイランの刃がもう一人を断つ。雄たけびが地を震わせ、砂粒が兜の縁で跳ねた。その波に背を押され、列の隙間へ刃の影が滑り込む。勇者の攻撃が胸にあたる。刀を強く握る。敵の首に刃を突き立て、ライフを0にする。敵勇者三人が灰へと崩れるのに時間はかからなかった。
戦場に広がるのは、恐怖から解き放たれた味方の歓声だった。側面は完全に押し上げられ、敵の大隊が大きく後退する。
「これで道は開けた。突撃だ!」
俺の声に合わせ、味方騎兵が駆け出した。側面は一気に崩れ、敵陣中央へと圧力を強めていく。突撃は波となり、敵を押し潰す。その中心で剣を握る手は、まだ震えていた。守るために斬る。そう言い聞かせても、血の匂いは消えない。――だが怯む暇はない。次を刈る。