孤児の成り上がり   作:雷光123

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炎の勝利、影の種

 敵兵士の頭を貫く。兵士は睨みつけたまま倒れた。敵兵の死体を越えて次の兵士へ。逃げる敵兵の背中を切っていく。

 

「アルト様、あちらを……」

「なんだ……」

 

 マリアンヌが指し示す方向を見る。思わず目を見開いた。カードショップアルカナ方面で赤光が石壁を舐め、火柱が天へと伸びていた。灼ける石壁が赤黒く揺らめき、煤煙が空を曇らせた。

 

「……中に入られたのか」

 

 胸の奥が沈む。選ぶ時間はない。ソウルボードで小隊長と連絡。返信が返ってくる。

 

「小隊長から援軍を連れてやってくるとのことだ」

 

 振り返る。彼女たちは無言でうなづいた。アルカナの方に駆け出し、足取りは速くなる。衝動を抑えながら目の前を見据える。

 

「これがカードショップ……。初めて見たよ」

 

 見える城壁が高くなっていく。周りを見渡すも梯子はない。天を突くほど高い城壁。城壁から侵入する隙間はない。ユーリは城壁に目を丸くして眺めている。アルカナは味方の拠点であり兵站の心臓だ。城壁は破壊されていない。にもかかわらず煙が立ちのぼる。精霊軍の特殊部隊か。城門を見る。木片が散らばる跡はない。中から開けられたか。

 

「アルト、どうする?」

 

 ユーリがマスケット銃を構えながら問う。震えはない。だが吐息が荒い。喉で刻まれるリズムが短く加速する。

 

「敵の略奪部隊かもしれない。放置すれば物資も人も焼き払われる」

 

 振り返れば、味方は前進中。勇者を討った反動で押し返しが効き始めている。だが、城が燃えれば戦場の意味が反転する。

 

「俺たちが行くしかない」

 

 言葉より先に脚が動いた。血と煙の匂いを割って、燃える城壁へ。

 

 ユーリは短く息を落とす。吐く、吸う、吐く。放たれた弾丸が眉間に命中し膝を折らせる。マリアンヌは顎を固く結び、剣の重みを掌で受け止めながら、何度も肩越しに炎を確かめる。遅れれば死者が増える。彼女の足音がわずかに速まる。

 

「間に合わないかもしれませんわ……」 

 

 マリアンヌの声がわずかに掠れた。胸の奥に溜めた息が揺れる。

 

「諦めたらもっと多くの人間が犠牲になる。軍人が足を止める暇はないと思え!」

 

 口では前を指す。脳裏では削る。人か物資か、優先順位を一つにしなければ。中から聞こえる人の声。声を頼りに人を探す。

 

「俺たちはこの城壁に入る! 腹をくくれ!」

 

 中から女性や子供の叫び声が聞こえる。天高く響く銃声。あちこちから爆発音や瓦礫が崩れる。炎の立ち上る城壁へ走り込む。靴底に焼けた粉塵が貼りつき、舌に金属の味が滲む。燃え上がる城壁を視界に入れたまま進む。だが目前に密集の壁。槍が柵のように突き出され、鉄の波頭が道を塞ぐ。 

 

「くそ……ここで止める気か」 

 

 列の背後で濃いバトルエナジーが揺れた。三つ。いや、四つ。勇者。アルカナに寄せないための栓として立ちはだかる。

 

「アルト様、時間が……!」

 

 マリアンヌの声が急く。胸鎖の下で鼓動が速まる。だが足は止めない。

 

「分かってる!」

 

 刀を抜きざま踏み込む。火花が散り、喉を狙う槍を腰で躱す。前列を裂いた瞬間、別の穂先が喉を狙う。腰を切って躱し、肋の下に斜めの線を刻む。喉に火薬の辛み。むせそうになるも口を固く閉ざして二撃目を繰り出す。

 

「頭を上げたー当てろ!」 

 

 ユーリの銃が勇者の兜を穿ち、金属片が飛び散る。彼女の息が一拍、乱れて戻る。狙いはぶれない。金縁の眼鏡を掛けた若い勇者の顔が見える。

 

 マリアンヌが踏み込み、槍を叩き落とす。白い指関節が剣柄に沈み、前腕が微かに震える。彼女を助けるように横から槍を踏み込む。敵勇者は体ごと槍を引いた。姿勢を崩した状態。とっさにマスケット銃を発砲。眼鏡の勇者の頭にヒットしライフを半分以上削る。刀を強く握る。

 

「勇者は俺が相手だ! 二人は兵を散らせ!」 

 

 鎧の刻印が赤く灼き、空気が重たく沈む。三人の勇者が前に出る。足裏に伝わる震えが変わった。圧が高まっていく。背で感じる炎は高まり、煤が視界を濁す。視界の縁が赤く揺れる。

 

「邪魔をするなら……全員倒すまでだ!」

 

 踏み込み。刃の軌道が三つに割れる。勇者三人が同時に剣を構えた。血の匂いと焼けた鉄の匂いが渦を巻く。肺が熱で軋む。恐怖で引きたくなったが踏みとどまる。先ほど銃弾を当てた勇者が隙をさらす。とっさに体ごと前へ進む。

 

「いまだ! 人間を殺せ!」

 

 隙をさらした勇者が叫ぶ。二人の勇者がマスケット銃を発砲。反射で瞼が落ち、鼓膜を殴る破砕音。後ろから召喚音。ソウルボードからモンスターが呼び出される。

 

「【カーネリアンウルフ】! 【シルトゴーレム】! アルトの盾になって!」

 

 ユーリが出していたモンスターが俺の前に出て銃弾を受ける。閉じた目を開ける。二体のモンスターが銃弾を受けたことで砕け散った。銃弾を防がれたことで呆気に取られた眼鏡の勇者を斬る。彼の顔は血色を失った。

 

 

「もう一人だ!」

「援護します!」

 

 後ろから乾いた破裂音。二人の銃弾が残りの勇者にヒットし一人死亡。もう一人の青年勇者は剣を振るう。刀でからめとり、敵の足を踏む。

 

「よくも!」

 

 敵は間抜けな声を上げる。相手の顎を殴る。衝撃で刀を落としそうになるが、指先に集中する。

 

「刺し殺せ!」

 

 マリアンヌはその場に落ちてた槍で勇者を後ろから突く。槍の攻撃で勇者のライフは尽きた。アルカナをふさぐ勇者を撃破した後、後ろから無数の足音が聞こえた。味方の銃列が追いつく。

 

 周囲の敵兵は目を見開き、唇を乾かし、手から武器を落とした。膝を打つ音。ばらける足音。味方の雄叫びが重なり、足音の波が前へ押し出す。

 

 なお戦場は荒れている。倒れた敵兵を踏み越え、煙の向こうに聳える城壁を見上げる。炎と黒煙はなお高い。 

 

「略奪を止めるんだ! 敵兵を一人でも多く殺せ!」

 

 声が飛ぶ。だが路地では散兵が時間を稼いでいた。

 

「俺が正面を行く! マリアンヌは後ろから切り込め! ユーリ、俺の後ろからマスケット銃を使え!」 

 

 5人の敵兵をまとめて相手にする。上から振り下ろされる槍。刀で受け止める。体の中からきしむ音が聞こえた。柄が折れるほど強く握り、押し返す。直後マリアンヌが敵兵を鎧ごと裂き、ユーリの銃弾が頭を貫通する。敵兵は二人の方に視線を移す。その隙に残り4人をまとめて吹き飛ばした。

 

 兵が地面に転がる。マリアンヌが倒れた敵兵の喉を裂き、兵を踏み越えて次へ。ユーリの銃弾が列の奥を穿ち、頭蓋を割る。彼女の息は短い。だが弦の返りに合わせ、呼吸が整っていく。呼吸が銃撃の一部になった。

 

「押し通せ!」

「中から女子供の声が聞こえる。応戦しているぞ!」

 

 斬り捨てながら押す。足裏が灰で滑り、肺が煙で焼ける。舌に苦み。視界の先で炎柱。砲声に紛れて、市街の悲鳴。女と子どもの声が、風を伝って刺さる。

 

「子どもが前で倒れている、止めるんだ!」

 

 ユーリが同意するように硝煙をばらまく。マリアンヌは女と子供の前に立ち敵の攻撃を防いだ。柄を握り直し、燃える城へ。城門を抜けた瞬間、焦げ臭さが喉を焼く。石畳を炎が舐め、煙が視界を曇らせる。窓の奥で火が跳ね、倒れた影が路地に積もる。ユーリは顔を青くする。

 

「いくら略奪が目的とはいえ、皆殺しなんて……」

 

 マリアンヌは平静を失い、目の前を発砲。敵兵士にあたらなかった。

 

「落ち着け、マリアンヌ! 焦っても当たらないぞ!」

 

 マリアンヌは息を止め、肩の震えを押し込む。照準が戻る。

 

「わかっていますわ! でも!」

 

 通りの先、略奪兵が笑っていた。髪を掴み引きずる女。子どもに銃口を押し当てる手。硝煙と血の匂いが混ざり、空気が重く腐る。深呼吸したが口から入ってきた空気にむせる。気を取り直して敵兵の方に突撃。4人の兵士を制圧した。

 

「撃て!」

 

 ユーリとマリアンヌの矢と銃弾が同時に飛び、頭蓋を割る。笑い声が途切れ、肉が積まれる。泥に倒れ、濡れた火縄を必死に擦る。火は点かない。

 

「こっちへ!」

 

 駆け寄り、斬り伏せ、背で庇う。子の泣き声が耳を揺らし、母の呼吸が荒く掠れる。震えた手が子を抱きしめ、肩で何度も空気を掴む。

 

「助かった……」

 

 声がほどける前に、別の家から悲鳴。炎が呑む。影が暴れる。間に合わない。──全ては救えない。だが、目の前は救える。

 

「二人とも、この家族を後方に連れていけ! 俺は残りを斬る!」

 

 振り返りざまに刃を構え、燃える路地へ踏み込む。足裏に砕けた瓦の感触。

 

 街道を抜けた先で後続と合流。皆、煤で黒い。息は荒い。頷き合い、城門の奥へ目を合わせる。 

 

 一斉射撃で正門を制圧する。怒号の波とともに雪崩れ込み、先陣に立つ。中は戦。正規兵の列は薄い。代わりにいるのは略奪する兵士たち。唇を噛む。

 

「略奪兵だけを落とせ——前衛、突入!」

 

叫んだあとに突撃。銃剣が肉を貫き、矢が背を射る。母親が銃を放ち敵を一人殺す。だが、屋根が崩れ声が火に飲まれる。

 

「……ちくしょう」

 

 喉奥に鉄の苦み。目前の敵を断つ。少なくとも、この数歩の範囲は守る。

 

「出口は二つ……だが片方は塞がれている!」

 

 右は倒壊、瓦礫。使えるのは左のみ。一点に兵と市民が殺到し、渋滞が波打つ。

 

「包囲の抜け道は一つしかない……! ここを押さえねば全員焼け死ぬぞ!」

 

 刀を掲げ、押し返す部位を指示。ユーリが矢で列頭を抜き、マリアンヌが刃で肩口を払う。二人の呼吸が近くで重なり、鼓動の速度が揃っていく。

 

 城内の通りを抜けるたび、死体が重なっていく。制圧だけでは足りない。心臓を止める。指揮点を潰す。

 

「アルト様、あちらです!」

 

 踏み固められた土の道を見通す。目の前には一層大きな炎の馬がいる。護衛の兵が突撃してくる。

 

「……総司令官か」

 

 胸に熱が走る。ここを断てば波は切り替わる。

 

「前へ押し入る! 周囲は任せた!」

「任せてください!」

 

 敵兵士は4人。二人を相手に立ち回る。炎馬の兵士は槍のリーチを生かして刀の届かないところから突いてくる。一糸乱れぬ動きで槍を突き近づく隙を与えない。ユーリに後ろから発砲させて一人を撃破。残り三人。決死の顔で槍を突く。一人の槍を踏みマリアンヌが後ろから突撃。敵兵士を切り裂き絶命させる。

 

「ここは任せる。俺は先に行く」

「倒してきてね」

 

 炎の路地に、槍を構えた女戦士が立ちはだかった。赤い瞳がまっすぐに俺を射抜く。

 

『我が名はシルク。族長シルヴァの娘にして、勇者シルヴァーンの妹だ。──貴様、兄上と戦ったな』

「ああ。だがなぜ人間界を襲撃した。特にアルカナを焼き払う理由はなんだ?」

 

 シルクは槍を振り上げ、切っ先を俺へ向ける。

 

『理由は一つ。神の命令だ。虹魚族を滅ぼせと。そして人間の領土を破壊せよと』

 

「神……」

 

 思わず歯が鳴る。

 

『人の都も、子どもも、すべては神の意志。兄上が必ず遂げる』

 

 槍を弾き、踏み込む。刃が胴を裂き、赤が散った。シルクは崩れ落ちる間際、血に濡れた唇で呟いた。

 

『兄上よ……復讐は託した……』

 

 首を触る。脈はもうない。

 

「この命令書、神から虹魚族と戦えと書かれているわ。ついでに人間の領土も破壊しろと」

「神だと証明する紋章はないか?」

「あったわ」

 

 神が干渉したことは決定的だ。セイランは神を示す検印があった箇所を見せる。神の関与が確定か。

 

「アルト、場内の敵軍は完全にせん滅したよ」

 

 遠くからユーリの声が聞こえる。土を蹴る音が徐々に大きくなっていく。

 

「セイラン、もう話すな」

「わかったわ」

 

 二人と合流した。ソウルボードには城壁に来いとの命令がある。急いで城壁の指定箇所に向かうと敵軍が城壁を背にして追い詰められていた。

 

「ここで結界魔法【竜の谷-ドラゴンキャニオン】を使えと書いてある」

「大丈夫なの? 以前はグランの残留バトルエナジーを使っていたけど」

「任せろ! 結界魔法【竜の谷-ドラゴンキャニオン】発動!」

 

 ソウルボードの結界魔法ゾーンにカードをセット。体内から力が失われる感覚。視界が暗くなり糸が切れたようにふらつくが足に力を入れて耐える。下を見ると大地が揺れて大きな穴が開く。城壁の左右に大きな谷間が出現。敵軍45万は城壁と谷間に囲まれ退路を失った。味方部隊の叫びが一層大きくなり戦列を突破する速度が上がる。

 

「勇者部隊、敵陣に突撃せよ!」

 

 勇者と思しき兵士が前に出る。彼らは一般兵が退避した後、風のような速度で敵の中に入り吹き飛ばした。他の兵士たちが吹き飛ばされた敵を踏みつぶし包囲を狭める。悲鳴が大きくなった。

 

「我々はこの城壁から敵に矢を射かける。撃て!」

「あれがグロイス連隊長ですわ」

 

 グロイスは脂ぎった手を天高く掲げて振り下ろす。その下にいる敵兵たちが続々と倒れる。指示を出したグロイスは俺たちの方へ歩いてくる。

 

「アルト分隊長。マリアンヌ上等兵。話がある」

「何でしょうか?」

 

 マリアンヌの前に立ち腕を広げる。グロイスはその脂ぎった顔をこちらに近づけてきた。

 

「マリアンヌ上等兵はリエーズ公爵の娘ではない。そいつは王族の娘だ」

「何を証拠に言っている」

 

 グロイスは王族記録を取り出す。そこにはマリアンヌの名前が書かれていたし、王族を証明する印も書いてあった。

 

「ばらされたくなければわかっているな?」

 

 俺を無視してマリアンヌの肩を触る。ユーリは動けず、マリアンヌは顔を青くする。頭が熱くなる。グロイスは下卑た目でマリアンヌを見る。気が付くと足が動いていた。グロイスを蹴り飛ばして城壁の上に転がす。

 

「クソ。邪魔しやがって」

「マリアンヌが嫌がっています。やめていただけませんか?」

 

 周りの兵士たちは城壁下の敵軍狩りでこちらを向いていない。一部の兵士は見ていたようだが見ないふりして残敵掃討にまい進している。

 

「お前よくもこの私を蹴ったな。勇者を10人殺してなければこの場で無礼討ちされていたと思え」

「俺は分隊長です。部下を守るのは当たり前でしょう」

 

 眉間にしわを寄せて答える。

 

「アルト分隊長。元帥閣下からの命令だ。貴様はこの時をもって小隊長に昇進する今の分隊のメンバーおよびわが連隊から合計50人を選抜しよう」

「承知しました」

「覚えておけ。昇進は命令だが、左遷も私の一存だ。しばらくの間このアルカナの復興作業に従事せよ。沙汰は後で下す」

 

 グロイスは去っていく。胸にしこりを抱えたまま、グロイスに敬礼した。

 敵を退けてもなお、胸に残るのは味方のはずのグロイスの影だった。

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