謙信「誰だそいつら」
ほら、私は今回、軍師だったじゃないですか。
だからですね。確実に勝つ散弾、もとい算段くらいはつけていたわけでして。
謙信だし、信玄と同じ死に様もいいかなって、散弾もちょっと考えましたが。
進軍してくるルートがわからないなど、ちょっと状況が色々と違いすぎるので断念しました。
「我に続けぃ!」
とか指揮官先頭で突撃でもしてくれたら、私が討ち取れる可能性も有りますが、なんか長政と同じく『弓矢無効』持ってそうですし。
相変わらず木砲禁止の縛りプレイは続行ですし。
かといって、火縄銃だと命中率が低い上に、有効射程がイマイチで使いづらい上に、そもそもあんまり持っていませんし。
投石器も、戦場が関ヶ原と違って開けた土地なので、バラけられたら効果が薄そうですし。
そんなわけで、散弾どころか、アウトレンジから叩くいつもの手段が、今回は使えないのですよ。
ですが軍神 上杉謙信に無策で挑むとか、ありえないわけで。
どうにか勝つ方法を、考えて実行していたわけです。
「ほう。それでワシが引く、となったので、こうなったというわけか。
…………いや、普通はならんだろう? 」
謙信の呼びかけ応えて、私物の蕎麦焼酎と清酒の樽を持参した、上杉軍中での飲み会。
10月末の秋風をさえぎる陣幕の中に、マットのように獣皮が敷き詰められていて。
各々の前に、梅干と塩と炙った干し肉のツマミが乗った、年季の入った膳が置かれています。
しかし良いですね、この膳は。
こうして戦のたびに野外で使われてきたのでしょう。漆が少しはげていたり、細かい傷があったりしますが、それが妙に味があるというか、野に合うというか。
欲しくはありますが、茶室には合わないし、野点でも平時では野の趣が不足。
未練はありますが、今、この時だけの一期一会が相応しいのでしょう。
『あとで『まさにワビサビであった』とか、魚屋さん(千利休)に自慢のお手紙をする程度で、ガマンしますか』
そんな風に、私と同じ事を考えていそうな武将が二人、そこにいるでしょう?
朝倉景鏡と、北畠具教です。
あと著名人なので、ついでにこの場まで呼ばれた、塚原卜伝と今川氏真くんもいます。
もちろん戦の当事者でもある諏訪勝頼さまと、その援軍に来た武田義信くんもいます。
謙信が『戦やめて帰るから、その前に集まって話そうぜ』って言うから、せっかくなので呼んでいた援軍の方々もご招待したんですよね。
いやあ、こうして集まってみると、謙信が『そうはならんやろ』と言い出すのも理解できる混沌っぷりです。
「これにて此度の戦は手仕舞い、という事でしたので。せっかく来て頂いたのに、何をする事も無く帰国する事になってしまった援軍の方々もお呼びした次第です」
「ぬぅ……」
いやぁ、謙信が『理解に苦しむ』という表情をしていますねえ。
まあ、北畠家はともかく。朝倉家はついこの間、というかまだ月も変わらぬ今月に、ほぼにらみ合いだけとは言え、、諏訪家と小競り合いをしていた間柄。
それが千人程度の中規模の集団とは言え、援軍に来るとか、普通は無いですよね。
『昨日の敵は、今日の友』とは言いますが、実際にやられると頭がおかしいようにしか見えなくて困ります。
いや、やらせたのは、私ですけども。
というのも、これが私の勝つ算段というわけでして。
兵器や戦術での勝算が立たないなら、兵の数を増やせばいいじゃない。
援軍、呼べるだけ呼んじゃえばいいじゃない。
そんな戦術です。いや、戦略かな?
まずは普通に甲斐の義信くんですね。
諏訪が荒らされたら、次は自分たち。近場なので影響も出ますし、他人事ではない。
おまけに義信くんと勝頼さまは兄弟で、同じく父親の信玄とは対立した同士。そういう意味でも他人事ではありません。
まあ、かつての武田家の中では、没交渉というか、仲が良い悪い以前にほぼ会った事がないみたいでしたが、今後もそのままでは隣国同士の付き合いとして困るので。
そういう意味でも、今回の事を奇貨とするべきなので、来てね。
そんな風に援軍の要請をしたわけですね。
国力的に厳しそうではありましたが、それでも腐っても甲斐。ここがメイン援軍です。
かつて諏訪でデカいツラして荒らした経験者が、通り道でいらん事をしそうではありますが、まあ、必要経費という事で。
コラテラルコラテラル。武田と関わる以上は、この程度はコラテラルダメージ。
次に若狭の統治が成り立ったけど、安定はしていない。そんな感じの北畠パイセンです。
『ここで一度、あえて隙を見せて、好機だと勘違いした者らを軽挙に走らせては? 粛清のいい機会になるかと』
そんな手紙を送ったのです。
手持ちに剣豪がいない、もしくはいても北畠パイセンたちに勝てないので、勝負に乗ってこなかったり。
剣豪同士の勝負で、物事の決着が付く、今の若狭の特殊ルールになじめていなかったり。
でもそれはそれとして、素直に従う事はないという、面倒な国人らを、強制的に勝負の場に立たせるチャンスですよ。
そんな具合に、そそのかしたわけですね。
勝負に乗ってこなかったら、普通に殲滅です。その場合、私が手伝う事になっていますね。
ええ。有力な敵ではなくて、一度に潰せるので、木砲解禁です。派手に行くぜ!
1つ2つ、そうやってツブしたら、他の勢力もワンチャンに賭けて剣豪勝負にも乗ってくるようになるんじゃないですかね。
そんな剣豪ワールドの成立を夢見て、北畠パイセンもこの戦に参加を決めてくれました。
でも同じ理由で、剣豪の皆さんを連れてくるな。
特に氏真くんは連れてきちゃダメでしょ。
武田軍の駿府包囲にも負けずに生き残って、今も陰の実力者やってる寿桂尼さまが、孫の氏真くんに万一があったらどう出るか。
あのお方、病床の夫に代わって今川家を10年以上に渡って仕切って、今川仮名目録を実際に作ったとも言われる凄い人なんですよ?
今川家を頼って駿河に来ていた公家衆って、中御門家の出の寿桂尼さまがツテだと思うんで、朝廷や公家との繋がりもバリバリあるからね?
史実で今川家が傾いて、その没落が止まらない中でも80半ばまで生きていたから、今世でもあと4~5年。
いっそ今川家が滅んでサッパリして、環境が良くなった今世ではまだ10年以上生きそうなんですからね?
そんな妖怪の恨みを買いそうなマネはやめて頂けますかねえ。
お前も妖怪だろう って? 向こうとはジャンルと年季が違いますよ。
あとさすがに老婆を暗殺は、人としてどうかと思います。
だから対立しないのが良いかなって。
そして最後は問題の朝倉家です。
ここを動かした言葉は、実は北畠家への最後の一押しにも使いました。
『軍神のクビを、取りたくはありませんか?』
この戦国の世で、最上級の手柄首ですからねえ。
『それに手が届くかも?』というだけで、生唾を飲み、喉から手が出る武士は、掃いて捨てるほどでしょう。
『なあに、大軍とまでは申しません。志願者だけでかまいません。少数の、しかし精鋭だけで。
そしてこちらと合流する必要も、指揮下に入る必要もございません。近くに身を潜め、じっくりと機会を伺ってくださいな。
好機があれば良し。斬り込んで下さい。これはどうも機会がないな。と思われれば、そのまま帰られればよろしい』
そんな風に口説いたら『ついこの前、攻め込んだ先で対立した諏訪家に援軍を出せとか、何を言ってんだ?』と困惑していた朝倉家の中で、露骨に動きが出ましてね。
現場で暴れるヤツらから、その暴力を操る武将まで。
一乗谷で公家や趣味人らが歌会をするご近所で、取ってきた一向宗の首級を数えるようなヤベー奴らが動き出してしまったのです。
しかも上記の4人のうち、山崎吉家以外は来ちゃったそうですよ。
それを景鏡さんから聞いた私の中で『あっ、さすがにその人は止められたんだ』と『いや充分オカしいメンツだろ』という思いが同時に湧き上がりました。
どんだけ魅力的なんだ、謙信のクビは。
氏真くんや、既に剣聖として名声を得ている塚原卜伝が来たのも、もしや剣豪ワールド成立よりも、そっち目当ての可能性もありますね。
え? 剣豪枠で富田勢源も来てる? このまま若狭に出張りたいとかワガママ言い出して困ってるって、知りませんよそこまで。
「いやあ、モテますね。
『もう終わった事だし、ええか…』と、盛大にネタばらしをする私にそう言われて、謙信はなぜか嬉しそうな顔をしました。
それまで難しい顔をして、にらみつけるように視線をぶつけていた手の中のカワラケ(素焼きの器)の中の酒を一気にあおり、笑顔さえ見せました。
「我に挑む者あり。実に良きかな」
そっかー。喜んじゃうのかー。
それでお酒も進んじゃうのかー。
ハイボールとかあったら、朝まで止まらねぇでしょうね。
確か天然の炭酸水は、福島県のどっかにあったような。まあ遠すぎるので無理ですね。
炭酸水の作り方も、何かで昔見ましたが、覚えてないんですよね。残念、現代知識チート不発です。まあ、こういう時もあります。
ツマミの梅干に手を出して、食べた後に種を割って、中の天神様(胚乳)まで食べては、また酒を飲み干していた謙信が、ふとこちらを向いて、こう聞きました。
「しかし、手の内を晒しすぎではないか? もしワシがここで言をひるがえして、戦となったらどうするつもりだ」
まあ、普通はそれを警戒しますよね。景鏡さんも心配していました。
他の武闘派な面々は、全然心配していませんでしたが。むしろ心配したのが極少数。
梅干の種の中身を食べて、それが青酸(シアン化水素)に変わるケースくらい少数です。
なおこの青酸は、かなりの量を摂取しなければ命には関わりませんが、めまいや頭痛を起こします。
なのでワンチャンかけて、毒性については謙信に忠告しないでおきますね。
「まず、これから戦を。というのなら、上杉家の方々が、そんなに飲まないでしょう?
自分たちは飲んだ振りをして、相手側にだけ飲ませて、だまし討ち。実に有効です。なにせ酔わせて討ち取るのは、神話のスサノオの時代からある古い戦術ですからね」
「なるほど。確かに皆、痛飲しておるな」
「いい酒ですからね」
「ああ。いい酒だからな。仕方が無いな」
その場の全員が頷きました。飲ん兵衛の理屈ですが、たぶんこれは時代を超えて共感を得られると思います。
いい酒があって、飲んでいいなら飲むしかないのです。
それがタダ酒なら、なおさら美味い。
「それに、そういう武士のウソは武略とは言いますが、軍神がそれをやってしまうと、軍神足りえなくなります。そうでしょう?」
回ってきた酒のせいか、少し口が軽くなりましたかねえ。
なんだか余計な事を言っている気がしてきました。
「あなたがあなたであるために。上杉不識庵謙信であるために。
それゆえにこその、信頼というものも。私は、私たちは、それを信じたから、こうしてノコノコと出てきて、こうしてのん気に酒をカッくらっているんですよ」
朝倉家の人たちも、そこのところを皮膚感覚だか直感だかで理解していました。
騙まし討ちを警戒して渋る景鏡さんを『ないない、それはない』と、引きずってきて、この飲み会に放り込んでいましたからねえ。
若狭の剣豪集団も同じく。あちらは武人としての感覚ですかね?
一方で景鏡さんが今回援軍に来たのって、もしかしなくても武闘派の面々のお目付け役という貧乏くじ引かされただけで、彼自身は謙信のクビとかどうでもよかった説。
「戦国乱世の終わりは近いですよ。きっと皆さんが思っているよりも、ずっと。そして応仁の乱から、そろそろ百年。
生まれた時から乱世のあなた方が、聞いた事はあっても見た事はない泰平の世がやってきます。
その泰平の世の生き方を ―――― あなた方は、知っていますか? 」
謙信との会話なので、回りの注目を集めていたのをいい事に、ついでにちょっとした告知をしておきました。
この先、世の中の仕組みが変わるので、ちょっと進路とか身のふり方を考えておいてね。
その程度の、軽い気持ちでした。
「泰平の世、か。泰平の世に、軍神の成すべき事など……」
だから、謙信がそんなつぶやきを、酒とともに飲み込んだのには、気付きもしませんでした。
カクヨム より あちゅ和尚 氏の
『骨を継ぐ地侍─51歳柔整師、戦国美濃で天下の仕組みを作る─』
を推してみる。少領の少年領主(親死亡直後)への憑依転生なので、オッサン主人公ではない。というか51歳で美濃の小さな領地からスタートだとどう考えても寿命が足りないw
文章は若干硬いものの、長文を避けているようで読みやすい。そして主人公も敵も、読みが深い。この事実は、こういう展開につながる、という予測をどっちも立てる。
主人公は接骨の人だったはずが、なんだこの老獪な軍師のようなムーブは。村と砦の修復の進め方の段取りと人と物資の割り振りと、イレギュラーや通りかかった隊商へのアドリブとと、普通なら詰んでる状況からの的確な行動で何とか生き残っていく綱渡り感がすごい。難易度が高いので、読んでるだけでクリアした時の達成感がある。
またそのクリア方法の説得力もある。
これはいい歴史小説。