歴史のひろい話   作:高島智明

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彼女の鼻は高かったか

「もしもクレオパトラの鼻が低かったら、歴史が変わっていただろう」などといわれる。

帝国を目前にしていた時代のローマの英雄を2人まで誑(たぶら)かした彼女は、そこまでの魅力の持ち主だったという訳だ。

 

だがしかし、ローマ只1人の天才とまで言われたガイウス・ユリウス・カエサルは色男としても百戦錬磨であり、既に壮年期までの人生経験を積んでいた。

カエサルにしてみれば、当時まだ10代だったクレオパトラを逆に誑かすなど、容易だっただろう。

そして、カエサルがクレオパトラ7世をエジプト女王とした選択には、ローマの独裁者としての政治的判断が在った。

決して、クレオパトラの弟に当たる少年王との対面の前夜、絨毯を巻き込んだ中に身を潜(ひそ)めて接近してきたクレオパトラの魅力に誑かされたから、という訳では無かったのだ。

 

カエサルのライバルでありローマ内乱の対戦者だったグナエウス・ポンペイウスは、カエサルとの決戦に敗れた後エジプト王国に身を寄せようとしたが、少年王の側近たちによって「騙し討ち」にされた。

 

エジプト側としては、これで厄介ごとを片付けたつもりだっただろうが、ローマの指導者であるカエサルにしてみれば、ローマ人がローマ人を殺した相手を認めるわけにもいかない。

ましてエジプト王家には、かつてクレオパトラ姉弟の父王がローマの有力者だったポンペイウスの援助で王位に返り咲いたというローマに対する恩義が在った。

ローマ人の考える義理人情や信義からすれば殺してしまっては「父殺し」も同然の恩人を、それも「騙し討ち」にしておいて、ローマの同盟国の王と認められるか。

これはもう、クレオパトラの鼻の高さや絨毯の中身以前の問題だった。

そして、この「騙し討ち」に関与していなかったエジプト王族は、この時点ではクレオパトラしか居なかったのだ。

 

確かに、後にカエサルはクレオパトラを愛人にして息子を生ませた。

だがしかし、カエサルが後継者に指名したのは、後のローマ帝国初代皇帝アウグストゥスだった。

この時、初めてクレオパトラはカエサルの本意を知ったのでは無かったか。

 

その後、まるでカエサルへの復讐の様に、後継者を争った有力者の1人マルクス・アントニウスと結婚した。

そして、まるで古代オリエントの王の様に彼を扱った。

今度こそは、真実の愛だったかも知れない。

 

だがしかし、アウグストゥスが自らのライバルを、ローマ国家と市民全ての敵とすることが出来たのは、クレオパトラ夫婦の諸行の結果だった。

その結果、アウグストゥスはローマ皇帝への途に立ち塞がる最後のライバルを倒し、更には「ナイルの恵みを受けた」豊饒なエジプトを皇帝私領とすることにも成功した………。

 

……。

 

…かくてエジプト王国は滅亡し、勝者による歴史が始まった。

その歴史に於いて、彼女の鼻の高さを云々するのは「歴史は夜作られる」といった類の偏見の結果かも知れない。




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