『デルタの城下』
某ギャグ漫画家のライフワークと言うべき長期連載に、江戸時代から幕末の歴史をパロディ化した作品がある。
その最初の方に、関ヶ原の後に敗者と成った者たちの運命を描いた処が在った。
例えば、毛利氏だが……
豊臣政権の大老だった毛利氏は、大きく領地を減じられ、広島から萩へと城下を移した。
さて、萩の現地に到着した後だが、現地が、洲、つまりは1本の川の中に作られた島だと知って嘆いた、と描かれていた。
まるで島流しだと嘆き、徳川への復讐を誓った、と描かれていたが、広島の在住者ならば、ちょっと待った、と言いたい処である。
広島も又「デルタの都」そう、川の中の島に造られた城と城下だったのだ。
むしろ、広島と同じ「デルタの城下」を、せめて選んだ、ということでは無かったか。
ギャグ漫画としての誇張だと言われれば其れまでだが、しかし広島の在住者ならば、ちょっと待った、と言いたい処である。
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『女好きだからこそ』
『三国志』の英雄たちの中で、曹操は女好きであったとも言われる。
「正史」ですら、13人の妻と25人の男子、女子にしては数知れず、を持っていたと記録されている。
これが『三国志演義』とも成れば、美女絡みのアレコレなエピソードに事欠かない。
だがしかし、曹操は此の時代の権力者としては女性を大事にした男でもあった。
例えば、最初の第1夫人とは、長男の戦死以降に擦れ違いの末に離婚しているが、その間の過程は時には冷酷とすらされる”あの”イメージとは遠い。
彼は、実家に帰った夫人を何度も説得に訪れている。
まるで、劉備が孔明を3度訪ねた様に。
けれども、夫人の方が曹操を無視し続けた。
それでも、呼び戻そうと努力した末に諦めたのである。
「3顧の礼」の例えといえば、曹操が司馬仲達を仕官させた時には、3度目には部下の雄将に命じて引っくくらせた、と伝えられる。
この男女での扱いの違いから見ても、曹操は女性に優しかった。
あるいは、女好きだからこそ、女性には優しかったのか。
英雄とは、多面性を持つものなのだろう。
「三国」の他の英雄、劉備や孫呉には、こうした女性とのエピソードは乏しい。
『三国志』を元にした創作で「ラブロマンス」をでっち上げるのに苦労する、あるいは勝手気ままに書き放題な位。
漢同士のエピソードには困らないのに。
『三国志』とは、漢たちのロマンなのである。
それは『西遊記』や『水滸伝』も変わらない。
『西遊記』といえば、出てくる女性は三蔵法師を誘惑しようとする女妖怪ばかり『水滸伝』に至っては108星の内105人が男である。
『四大奇書』と呼ばれる大衆文学の内、3つまでが漢たちのロマンなのだ。
残る『金瓶梅』が、ドロドロの男女の愛憎なのが奇妙な位。
そのせいか『金瓶梅』は、他の3つ程には日本では有名では無いかも知れない。