歴史のひろい話   作:高島智明

4 / 24
牛(べこ)の出征

「あの」戦争が戦われていた時代、おそらく日本の何処でも見られただろう光景が、何処にでもありそうな農村で見られた。

 

「万歳!」「万歳!」「万歳!」

日の丸の旗が波打ち、万歳三唱で送られる。

 

ただし、異なっている事が、少なくとも2つあった。

1つは、おそらく送られた「彼」は2度とは、この農村に返って来る事は無いだろう。

今1つは「彼」が“人”では無かった事だった。

 

「モォ~~」

 

当時の東北地方の農村では、牛は『べこ』と呼ばれ、家族に準ずる扱いを受けていた。

耕運機などは、普及していない時代である。

「犂(すき)」を引かせる牛は、農家の財産だった。

 

しかし、その財産にも「出征」が在り得る時代だった。

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

後年「この」時代の「新兵いじめ」が告発されるようになると「いじめ役」の古参兵の決まり文句として流布した科白がある。

「貴様らの価値は1銭5厘(召集令状の郵便代金)に過ぎない」

 

大嘘である。

新兵たちを委縮させ、古参兵の威厳(?)を保たせる為についた嘘に過ぎない。

 

徴兵制の兵士1人のコストが召集令状だけか、どうかなどとは、まともに戦略とか後方支援とかの知識があったら分かることだ。

 

何故なら兵士1人1人には軍服を着せ、戦闘訓練などという重労働のカロリーを補給するだけの食事を食べさせ(歩兵1個中隊(200余人)1日当り、米だけでも“最低”3~4俵以上を支給していた)兵士の人数分のベッドを設置した兵舎を建てなければならない。

 

これで衣食住の最低ラインだ。武器の補給はこれからの話。

 

さらに細かい事を言えば「歩」兵なら自分の足で歩くから、と言った処で、100人の歩兵を歩かせるためには、100足の軍靴を履かせなければならない。

 

合成繊維のクツに合成ゴムのクツ底などは、発明されていない時代だ。

したがって、軍靴100足分の革に相当する牛に「肉」になってもらう必要があった。

 

参考までに、第1次大戦における連合国が、軍靴の生産に使用した牛革で正方形をつくると1辺が1275mになる計算だった。

 

兵士1人にはこれだけのコストがかかっていた。

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

だから、ワザワザ記録に書き残す誰かが居なくても、日本の何処にでもあるような農村で、牛の「出征式」などという光景が見られた筈だった。

 

戦争とは、そういう時代なのである。




ご意見ご感想をお待ちしております。
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。