北宋、そして南宋帝国を通じての名君とされて来たのが、北宋第4代皇帝『仁宗』趙受益だった。
諡号(おくりな)の如く慈悲深い皇帝と伝えられ、良臣にも恵まれて太平で繁栄した治世を治めた、とされる。
1例を挙げれば、その「名君」が信任した良臣の1人が、後世の庶民にまで『包晴天』と呼ばれて伝説化された「名判官」包拯だった。
後世日本の『大岡政談』の類にまで「元ネタ」を与えたとされる程の「名判官」と伝えられる。
その包晴天と部下に成った侠客たちの活躍を描いた武侠小説『三侠五義』は、中華「本国」でなら『水滸伝』などと並ぶ古典的大衆小説だそうである。
繰り返しに成るが『大岡政談』の「元ネタ」の過半は『三侠五義』からだ、と言われている。
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だがしかし、どれ程の名君良臣の治世でも、天災は襲い来る。
結局の処、対策の的確度で、悪王奸臣との評価が分かれるのだろう。
その時、北宋帝国を襲った疫病に対して、仁宗と包青天は人事を尽くした。
その上で、天命を願った。
神仙の住まうとされる名山へと、使者が派遣された。
実を言えば、包青天の様な真艫(まとも)な良臣は、リアルな対策の陣頭に立っている。
“こんな”時と場合の役にしかたたない、しかし位だけはワケでも有って高い高官が派遣されたのだ。
結果として、流石の名判官にも、想像の斜め上を飛び去っていた様な事をしでかしてくれた。
名山山中の「伏魔殿」に封印されていた、魔王の封印を解いてしまったのである。
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『三侠五義』での「包青天」は、輪廻の世界の判官「文曲星君」が、人間界の不正を裁く目的で転生した、と設定されている。
その文曲星としての部下が、報告のために出現して、流石の名判官も唖然とした。
「それで?その魔王たちは、現世に災いをもたらすのか?」
「現世次第でありましょう」
「どう言う意味だ」
「彼らは、“人”としての転生を選んでおります。
人としての限界を超えることはありますまい」
「それで」
「人の世が、このまま治まっている限りは、ご心配には及びますまい」
「そうか」
「せいぜい、現世の星君の様な役職の、取り締まる程度に留まりましょう」
流石の名判官も、ホッとした。
「しかしながら、例えば漢末三国の如く乱れた世と成れば……」
「乱世ならば、どうだというのだ」
「三国の世を描いた様な如き講釈が、今1つ、後世に残るやも知れませぬな」
しばし、名判官は思案した。
「だが、彼らは「今から」現世に生まれて来る。
彼らが成長する頃には、私は文曲星に戻っている」
「御意。何れにせよ、人界の事は「人」次第にございます」
「だが、私も「今」は人だ。“この”人としての天命の限り、出来るだけの事はしよう。
そうだ……」
「少しでも、ましな時代を、後の世代に残せる様に」
中華「本国」での『三侠五義』の人気が『水滸伝』にも負けない、と言うのは本当らしいです。
『包晴天』も史実の人物ですし、『大岡政談』の元ネタなのも、以前から言われている事らしいです。
従いまして中華「本国」なら、もっと傑作な「コラボ小説」位、何方かが書いていそうです。