「うわあ、ヴィランだヴィラン!ママ!アレテレビで見たことあるよ!」
「しっ、やめなさい!」
俺がまだガキもガキ、3歳だかその辺りで爺と共にパトロールの真似事をさせられた事があった。酒くせえ爺に担がれ町中を見回る。今ではその内容の9割は忘れたが今でも忘れられない記憶があった。
「ヴィラン」
俺は世間様に顔向けできない立場らしい。それ自体はどうでもいいことのはずなのになぜだか今でも脳にこびりついて離れない。
「おい甚爾」
その声を無視すれば俺の体はなぜだか地から離れ吹き飛んでいく。
(右頬が痛え…)
ああそうか、俺は今殴られたのか。
あまりの退屈さに今起きてる出来事すら忘れてしまっていた俺は空中でくるりと身を翻し着地するが、間髪入れずに蹴りを貰い壁に背面から着弾する。その脚には人外の力を感じ、何マジになってんだと呆れを含めた目線を向ければ怒気を返された。
「無視してんじゃあねえぞ糞。無個性のくせに抵抗すんじゃあねえぞ糞。俺の苛立ちを解放させろ!」
全身から呪力を立ち昇らせているであろうバカは拳を構えて俺に突貫してくる。殴る事しか頭にないその様は正にバカ。遅すぎる拳を躱して顎の下から一撃を入れれば歯が砕ける音ともにバカは天井に突き刺さる。
「つまらねえ」
天井を見上げながら羨ましく思う。虐めなんて下らないことに激情を燃やせる馬鹿に俺もなりたかった。そう思う程に禪院甚爾は退屈していた。
代々個性『呪術』を継承してきた禪院家に生まれてきた無個性。すなわち人にあらず。禪院甚爾はもはや猿扱いに慣れているほどに無能、ゴミとして生きてきていた。殴られ蹴られは当たり前。だがそれ自体はまったくもってどうでもいい。ただただ退屈。最近は慣れたはずのその立場がつまらなく、惰眠だけが甚爾を包んで離さない。
泥のようなため息が口からドロリ。ほんと嫌になるぜ。
「カカ、兄を殴り倒したか」
ドカドカと品性の欠片もない歩きで近づいてくる爺。元から盗み見されていたことには気づいていたが長兄を殴り倒した猿の俺に笑顔で接するとは思わなかった。いやこの爺は元からこうだったか。何が面白いのか酒もやっていないのに笑みを浮かべて俺に話しかけてくる。
「なんのようだ爺」
「いやなに、俺の暫定跡継ぎが吹き飛んだからな」
親父は白けた目で天井を見て、すぐに俺を目を向ける。過去から現在に至るまで爺の目線が親のそれなのを俺は見たことがない。爺は禪院家当主の目で俺を見る。
「上は弱く、下は未成熟。お前はマトモじゃないが一番強い。個性は無いがな。どうだ、前祝いに寿司でも食いに行くか」
「俺はヴィランにはならねえ」
齢14にしてトントンといとも容易く決まっていく俺の未来に、思わず口を衝く。爺は俺の発言に心底驚いたのか目を瞠っているが一番驚いているのは俺自身だった。「面倒」「退屈」より先に転がり落ちたのは「ヴィランになりたくない」。一般的なヒーロー志望が言うのならまだしも先ほど兄を吹き飛ばした俺が言うには似合わないにも程がある。
「なんだ甚爾、お前ヴィランが嫌いなのか」
爺に問われ、考える。いや考えずとも容易にその問いの返答はできた。何故ならその問いかけはまったくもって見当違い。俺はヴィランが嫌いだとかヴィランに恨みがあるだとか、典型例に挙げられるような不幸も背負っていない。むしろ人を殴っていいアウトローの役柄が大好きだ。ヒーローに必須な誰かを助けたい~なんて欲望は欠片もない。
だが俺はなぜだかヴィランにはなりたくなかった。コーラ飲むとか女抱くとかそんな上辺ではない、何か俺の根幹に関わる望みだった。
「…夕方には帰る」
「そうか。飯時には戻れよ。寿司を用意してやる」
だから跡は継がねえよ。そう言い残して俺はヒーローの監視が多い玄関から堂々と外に出た。
禪院家は指定ヴィラン団体だ。代々自警団兼暗殺業を営む一族。実質ゾルディック家である禪院家は黎明期からヒーロー台頭後に至るまでそれを続け、何時しか名前が売れ始め近年は裏の人間や名の知れた著名人の警護を生業にしている。
そして爺はその当主で、俺はその当主の息子。ヴィランになりたくないとは言ったが俺は生まれた瞬間からとっくにヴィランだった。
諦観。口ではなりたくないなりたくないと駄々を捏ねているが俺は性根からもうヴィランのそれだ。自覚があるからこそ、ヴィランならヴィランらしく暴れて今日も今日とてヴィラン生活を謳歌する。
「化け…物…」
俺が住むこの街に最近事務所を置いたらしい半グレ共を叩き潰し少しだけ胸の奥がすっとする。俺の苛つきが晴れる時は大抵人を殴った後だ。幸いにもこの世界は暴力が溢れて止まない混沌の世の中。星の数ほどヒーローが溢れている癖にゴキブリのようにヴィランが蔓延る世界だ。秩序が未だ追いついていない。俺が人を殴っても文句を言われない連中が吐いて捨てるほどいる。
だがそれは褒められたことじゃない。ヒーローでもない奴が令状もなしに人をぶん殴る。その行いもまたヴィランだ。
(俺が気にするところじゃねえけどな)
デスクを破壊しながら部屋を横断し、最奥の部屋にたどり着く。その部屋に繋がる扉は他のそれと違い意匠に凝っている。中には人の気配もありこの団体の頭でもいるのだろう。
扉を蹴破る。
「怪物があ!こっちに近寄るんじゃねえ!」
部屋の中には肥満体形の男がいた。唾を飛ばしながら叫ぶ男は拳銃を持っているが俺の暴力を見ているのだろう。その表情に余裕はなく拳銃の銃口を俺ではなく傍の別のものに向けている。
「このガキがどうなってもいいのか?!」
銃口は腕を縄で縛られた女のガキに向けられている。その表情は恐怖や絶望で顔面蒼白。大粒の涙が床に滴っている。
「助、けて…」
ヒーローなら、人質の為にここでバンザイでもして人質交渉でもするのだろうか。
俺は迷わずクラウチングスタートの構えを取る。人質だかなんだか知らないが俺には全くもって関係ない。撃たれようが死のうが、どうでもいい。ただ人を殴れれば、それで。
「ひーろー、助けて…」
だが。
か細い、聞き間違えかと思えるほど小さい呟きを甚爾の超人超えの聴覚は拾ってしまう。その言葉はまるで呪言のように甚爾を地に縛り付けた。ただそれは甚爾を害する能力とか呪いなどではない。甚爾自身の意思だった。
「…!」
何故だ。なんで俺は動けない。動かないんだ。馬鹿が、おい、動け、動け!
パンッ
クラウチングの姿勢から動かない甚爾を見て、男は好機と言わんばかりに銃口を甚爾に向け発砲する。この姿勢では避けられないと反射的に判断し拳で受け止めた。
グシャリ
久しい痛みが脳まで突き抜け死に際のように走馬灯が駆け巡る。幼少期の頃から殴られ、殴り返し、怪物に生傷を付けられ、…。
どうでもいい記憶が流れていく中、どうでもよくない記憶が二つ。爺の部屋で趣味のヒーローアニメを見せられ、実際にヒーローが人を救う現場を目撃する。
そして今更気づく。これが俺の、禪院甚爾のオリジン。
甚爾はヒーローになりたかったのだ。ガキの頃のみの理想とか荒唐無稽な妄想ではない。今に続く夢。
誰かを助けたいだとか他人の役に立ちたいだとかそんな殊勝な考えではない。人を殴ることが趣味で、性根も終わっていて、学もない。社会の三角コーナーに集ったゴミの塊のようなこんな自分でも活躍できそうな、誇り高き誉のある仕事。そして、幼いとはいえ自分のような者でも応援したくなるそんな英雄に甚爾はなりたかった。
まったくもって
…だが、今更の話を持ってきて俺は何をしているんだ。ここにきて利他の精神にでも目覚めたのか?いつまでヒーロー気取りだ。どこまで無様を晒すんだ。何故どこの誰とも知らんガキ一人を助けようとする。
拳を貫通し腕の中まで銃弾が突き刺さる。ジュルリと拳から夥しい量の血が流れ手首を曲げようとすると激しい痛みに襲われ思わず息が漏れる。
俺はヴィランだ。ヒーローじゃない。
「今度は、止まらねえ」
走馬灯から回帰し、悩むのを止める。どこかの主人公が持つ輝かしい心を黄金の精神と呼ぶのであればこの時甚爾の心は色の無い決心に満ちていた。
俺は人を殴って生きる。もう金輪際人を助けはしない。
その想いをぶつけるように、俺は足に力を込め…
「坊主!よく頑張ったな!」
解放、しようとしたところで甚爾の体が硬直する。
ここが震源となって直下型地震が起きたかのようにデカい声が部屋を揺らしていた。背中に張り手を貰ったかのような衝撃が体に走り直前の硬い意思を忘れて俺は後ろを振り向いた。
「…お前は」
「兎ヒーロー『ミルコ』!!ここに見参!!」
そこにはヒーローがいた。
このあとはミルコを師にしてそのままヒーロー直行させて緑谷視点見上げるべき憧れのヒーローにして雑に戦いに混ぜに行くもしくは雄英(準)主席、我が道を行きつつ原作では得られなかった仲間と共にヒーロー目指させようとしたのですが、ヒロアカ上辺でしか知らないのでここに投げます