午前四時、携帯のアラートに起こされ嫌々身体を起こした。意識はぼんやりとしているけど身体は自然と動いていて着替えを始める。別にすぐシャーレに向かうわけはない。日課のランニングをするために着替えているだけ。洗面所で軽く顔を洗って歯を磨いて、鏡を見てもまだ眠たげな顔をしている。今までのような生気を失った仮面を着けた私はもういない。ボトルにスポーツドリンクを注いで携帯とイヤホンを持って玄関を出る。
今日はいつもより早く出たからまだ外は薄暗い。でも少し肌寒くなってきた季節には丁度いいかも。
軽くストレッチをしたら走り出し10kmのコースを走り出す。早朝の静寂と少し冷たい空気が心地いい。この時間に走る人は少なくて、たまに見かけるのはジョギングをしている人と新聞配達の人くらい。この時間帯だと車も通らないから安全だ。そうしてグルッと一周して何事もなく家に着く。
そうしたらようやく朝の支度が始められる。
シャワーを浴びて汗を流したら朝食を摂る。今日はパンとヨーグルト、それにサラダ、プロテインも少しだけ。手早く支度を済ませ、再び着替える。
クローゼットを開けると着慣れてヨレヨレのスーツがずらりと並んでる。でも今日はそのどれでもない、今まで使ってこなかった純白の制服に袖を通す。
鏡の前に立つと、そこにはもうかつての私ではない自分がいる。
あの日から生まれ変わり、今日もまた新しい一日が始まる。
「見ててね、先生」
行く前に入館証を掴んでじっと眺める。新しくなった私の顔写真にAge19と書かれ、連邦生徒会所属とも書かれている。ぎゅっと握りバッグのポケットの中にしまう。
玄関を出たらバイクに乗り込み、シャーレへ。街も目覚め始め、人も乗り物も準備を始める店もちらほらと見え始める。アスファルトの道をほどほどな速度で走っていく。
シャーレに着いていつものように駐車場に停める。そして入館証をかざしてゲートを通過するとちょうどエレベーターが到着したところなので扉が開いたら乗り込む。
「さ、アロナとプラナ。今日の仕事を始めるよ」
「はい、先生!」
「今日も一日頑張りましょう」
タブレットの見た目をした謎の端末から聞こえる二人の少女の声。パソコンを立ち上げたらすぐに仕事を始めていった。
会議室に連邦生徒会の子を集めて今日の予定について話し合ったり、オンライン上でリンちゃんと状況確認をしたり。次にこちらに回されてきた書類を軽くチェックしたり、各室長から上がって来た報告書に目を通したり。
そうやって午前中はあっという間に過ぎていった。
「……ちょっと待ち合わせがあるから、席外すね」
「はい、分かりました」
こちらに派遣されてきた連邦生徒会の子にそう告げてシャーレの外へ出る。待ち合わせ場所は徒歩だとまあまあ時間がかかるところで、動きづらい制服のコートを肩にかけながら歩く。
手すりを頼りに階段を何本も上り緩やかな坂を上ってようやく目的地に辿り着いた。
そこはシャーレ周辺が一望できる小高い丘で、ベンチや自動販売機があるだけの簡素な場所。でもここから見える景色は格別だ。
そして私のお願いで一つの石のモニュメントが置かれている。
「ミコト」
「待ったかな?」
「ううん、今来たとこ」
その石の前には同じ世界線のシロコが立って待っていた。ゆっくりと歩いて彼女の隣に立ったら二人で一緒にモニュメントを見つめる。
「文字隠してあるんだけど見た?」
「見てないけど、なんて書いてあるの?」
「ここ。『私たちの親愛なる大人へ』って」
モニュメントに刻まれた文字は私たちにとって特別で大切な言葉。
「先生のことだよね」
「うん、私たちの。もうここにはいないけど、遠いところで頑張っているはず」
さわやかな風に吹かれながら遠くの方を二人で見つめる。きっと先生は私たちには見えない遠い世界で再び青春をやり直している。私では辿り着けないであろうゴタゴタや小さな青春を解決して見知らぬ生徒たちとの絆を深めているはず。
「……先生、辞めなかったんだね」
横から声が聞こえる。
「うん、辞めなかった。……ちょっとだけ後悔してるよ」
結局私は離職届を出さなかった。ある意味、大人の責任に負けてしまったと言うべきか。でもこんなに繋がってしまったものを急に手放すことなんてできない。
「シャーレのオフィス行くと大量の書類積もってるし、各学園への出張予定もギッチギチ。辞めれば良かったと何度思ったことか。はあ……」
「ん、お疲れ様」
ため息をついて愚痴をこぼすとシロコ少しだけ微笑んで労ってくれた。
「私たちの先生もそうだった。いつも疲れた顔してた」
「そういうものだよね。……シロコ」
トーンを落として声をかけると『何?』とシロコが首を傾げた。
「私はあの先生のようになれない。でも、私らしく頑張ってみるよ」
「ん、応援してる。ミコトならきっとできる。……でもね」
「ん?」
シロコがじっと私の目を見て言葉を続ける。
「見て思う。ときどき先生の面影がミコトに重なって見える」
「え……?」
思ってもいなかった言葉に思わず変な声が出てしまった。
「確かにミコトは口下手だけど、誰かを思う気持ちは本当。無茶するところも身体を張るところも。……だから私はミコトに先生の面影を感じる」
呆気とられる私に対してシロコが続ける。
「大事なところはしっかりミコトに受け継がれてる。先生のようになれないと言っていたけど、ミコトはミコトなりに頑張ってる」
「そうかな……」
シロコがそう言うならそうかもしれない。彼女は先生を知る二人のうちの一人だから。
「……ミコト先生、こっち向いて」
「ん?」
ふと呼ばれてシロコの方へ向くと、彼女の顔が目の前に。
「ん、私とあっちむいてホイをやるべき」
「ええっ!? なんで急に?」
「晄輪大祭でやった時のこと。思い出して」
シロコの圧に押されながら記憶を呼び起こす。確かあの時は……。
"シロコは参加者じゃないでしょ、めっ"
あの時の先生を真似すると彼女は少しだけ驚いた顔をした。
「ん、そっくり」
そう言って二人で笑った。
ひとしきり笑ってから言葉を投げかけてみる。
「シロコ、お願いがあるの」
「なに?」
シロコが私を見る。その目を見て私は言葉を紡いだ。
「これからのアビドスをお願いしてもいい?」
「ん、どういうこと?」
「私は広いところに行っちゃった。アビドスから色んな学園へと渡り歩いて、生徒と触れ合って。この世界を守らなきゃいけなくなっちゃった。でも私は一つの学園だけ構ってあげられるほど器用じゃない。だからシロコにお願いしたい」
アビドスに私の席はもはやない。でも彼女なら私とは違うやり方で支え合っていけるはず。
「無理してアビドス高等学校の制服を着けろなんて言わない。ただ遠くから見守るだけでもいい。……お願いできるかな?」
シロコは私の言葉を聞いてしばらく黙っていた。少し経ってから口を開く。
「ミコトはどうするの?」
「私はここで頑張るよ。シャーレや連邦生徒会をね」
そう言って二人でモニュメントを見つめる。先生はここにはいないけど、この場所、この空の下できっと私たちを見守ってくれているはずだから。
「……ん、分かった」
少ししてからシロコがそう呟いた。
「ミコトの頼み、引き受ける」
「私の代わりにお願いね」
シロコの手を取ってしっかりと握る。言いたいことは全て言い切った。
次に肩にかけていた連邦生徒会のコートを広げて袖を通す。
「今までスーツを着ていたのに、なんで急に連邦生徒会の制服に?」
「心機一転、新しい一歩を踏み出すために」
そう答えながら襟などを整える。
「そろそろ行こう。シロコは今から何するの?」
「ここのシロコとサイクルレースで勝負する。今度は負けない」
「そっか。青春だね」
「……そうかも」
モニュメントに背をむけて歩き出す。一歩ずつ、前を向いて。
"二人とも、行ってらっしゃい。"
後ろから声がして一緒に振り返ってみるけど誰も居なかった。
「今、先生の声が聞こえた」
シロコも振り返ってそう呟いた。
「行ってきます」
でも二人揃ってそう返した。きっと先生は私たちを見守ってくれているから。
「じゃあね、シロコ」
「ん、また今度」
お互いに手を振って別々の方向へ歩き始めた。
今日も青空が果てまで広がっている。そんな中で沢山の出来事が起こって、どうでも良いことや悲しいことが沢山ある。でも、その一つ一つを大事にして前に進んでいかなきゃ。
全ては美しいのだから。
ありがとうございました。
どうか百人に一人、千人に一人、万人に一人にぶっ刺さる物語でありますように。
印象的な文章には「ここすき」を、
あと高評価や感想もいただけると苦労が報われますのでよろしくお願いします。