放課後、学生たちは授業と言う退屈の檻から抜け出しあるものはこの9月だと言うのに茹だるような猛暑の中更に地獄の部活動へ、あるものは自分の青春のために奔走し、あるものはその豊富にある時間を無為な活動に消費するであろう時間。
そんな放課後に教室で僕と一人の生徒が向かい合って座っている。
先に僕の方から自己紹介をしようと思う。林田光男、徒亜高校2年2組担任で国語の教師をやっているものだ。そして一応生徒指導を任されているものでもある。
そして僕の目の前にいる女生徒、久留実田沙耶……彼女は何というか変わり者である。好きなものは星であるらしい。
「本日はお招きいただきありがとうございます」
「そうですね、招かれるような事が無いのが一番ですが」
「さて、僭越ながら私先生に呼ばれるようなことは12個ほどしか思いません故に本日いかように招かれたのか、その真意をご享受していただけると幸いと存じます」
この微妙に間違えている言葉使いと敬語と尊敬語を無表情で話す彼女に僕はとある用紙を机に置く。
「これは……私の読書感想文ですね?」
「はい。私も高校生に読書感想文を宿題として出すのはいかがなものかと思うのですが行政に押し切られまして……基本的に『面白かったです』とでも書いてくだされば点数をつけるのですが……」
「まあ、私の読書感想文に何か間違ったことがおありでしょうか?」
「私的には12個の心当たりのうちにこれが入っていないことが少々空恐ろしい事ではありますが……まずタイトルを呼んでもらって宜しいでしょうか?」
畏まりました。彼女は言うと深く息を吸い。
「プルルルルルルルルル」
リップロールを始めた。
「待ってください何ですか?」
「これはリップロールと言ってボイストレーニングの一種で――」
「すみません、聞き方を間違えましたね。私にはこの場でリップロールをする意味が分からないのですが……」
「先生に疑問なのですがリップロールのリップロとールはどんな意味なのでしょうか?」
「リップが唇でロールが巻くと言う意味です」
「なるほど、英語が苦手でして」
「毎回赤点ですからね、それで何故リップロールを?」
「万全な状態で先生に私の美声を聞き届けてあげようかと……これで好感度上昇間違いなしですね。きゃっ!」
「今私からの評価は突然唾をまき散らすヤバい人間になっていますよ」
仕方ないですね……とやれやれと言いたげに目を伏せて手を動かす彼女に視線で促す。
「私が書いた読書感想文のタイトルは『ボヘミアンラプソディは勇者であったか』です」
「……読書感想文ではないですよね」
「しかし先生?本と言うものは文字を紙に起こして想いを伝えるものです。歌詞と言えどそれには伝えたいメッセージが内包しておりそれに明確な基準は無いと思いますよ」
「詭弁ですがそれは良いでしょう。それで何故このタイトルから貴方の飼っているハムスターの観察日記になっているのかを教えてください」
「はい。それではまずボヘミアンラプソディを歌いましょうか」
「どうやらリップロールの意味はあったようですね」
「2階席~!」
「私一人しかいませんよ」
彼女は自分の座っていた椅子に片足を上げて大きく体をそらしながら歌った。中々に上手だったため僕は拍手を送った。
「ありがとうございました。ありがとうございました。2階席もありがとう!」
「時々貴方には実は見えていて私には見えていないんじゃないかと思いますね」
「それでは解説をはじめましょう。まず何故題材がボヘミアンラプソディになったか……ですね」
「そこから解説して頂けるのは有難いですね。何分歌詞で読書感想文を書いてきた生徒は初めてなので」
「まず私は最初『こころ』を題材にしようとしていました」
「成程、無難かつ分かり易い題材ですね。死と言う描写とそれを取り巻く人間関係の構図に主人公の罪悪感とエゴは書きやすい部類に入るでしょう。ボヘミアンラプソディよりはよっぽど」
「こころのどこから感想をひねり出そうとして私は『私』に冷評された男女の心情から感想を描こうと思ったのです」
「なるほど、『私』や『先生』、すこし捻ったところだと『奥さん(お嬢さん)』や『奥さん(お嬢さんの)』を題材に書いた生徒はいましたが40文字程度の描写しかないそこから攻めようとした人は初めて見ました」
「ええ、『西洋人』とも迷いましたが僅差で男女が勝利しました」
「何故少ない描写の方から感想を出そうと思うのでしょう?」
「チャレンジ精神を大事にしたいなと思っていまして」
「達成できれば良い心がけだと思います」
「しかしここで問題が発生したのです。書くのが意外と難しいことに」
「成程、自明でしたね」
「まさかの発見でした。3万文字までは書けたのですが……」
「驚きですね」
「そこで一旦そこまでの作文を全て白紙に戻して私はヨーツーベでネットサフィーンをしていました」
「ネットサーフィンですね。成程、そこで」
「はい。簡単に飼えるハムスターと言う動画を見つけました」
「おっと、そちらに行きついたのですか」
「しかし私は毎日の日記と自由研究がもう終わっています」
「今更ですが何故この学校は高校生にもなって日記や自由研究も課すんでしょうか、中学生と間違えていませんかね……待ってください日記が終わっていると言いましたか」
「そしてその端っこでボヘミアンラプソディを聞いていました」
「ようやく出てきましたね」
「ボヘミアンラプソディは果たしてどんな歌詞なのだろうと私は想いを馳せます。しかし問題が起こりました。歌詞の意味が解りません。私は英語が苦手だったのです」
「そういえば毎回赤点でしたね」
「故に私はきっとこういう歌詞であるのだろうと持ち前の頭脳を持って翻訳し始めます」
「ネットの海に大量に日本語訳が転がっていると思うのですが」
「英語の文を日本語に訳すとそれは翻訳者の主観が混じってしまうと持ち前の頭脳で考えまして」
「正しい認識ですね。英語翻訳出来ないのにそれをしようと思った判断を除いて」
「まずこの物語は勇者ボヘミアンの苦悩の物語です」
「ボヘミアンラプソディから一切聞いたことのない言葉ですね勇者ボヘミアン」
「ボヘミアンは王であるリアラフに魔王を打ち倒すように言われて旅立ちます」
「王道な展開ですね」
「旅の途中で様々な種族のはぐれ者を仲間に加えます。獣人のスカン、ニートのシンポ、ぶりの王様ブリキング」
「ただのニートが居ましたね」
「因みにニートは魔王戦でも何もしていませんでした」
「ただのニートですね」
「風の吹くままに気ままな旅を続ける一行でしたが勇者にピンチが訪れます」
「ピンチですか」
「なんと勇者の母親が敵幹部にさらわれてしまうのです」
「ママの部分は流石にわかったようで何よりです」
「ママ~!と叫ぶ主人公、彼は仲間の静止を振り切り単独で敵幹部の元へ向かいます。そしてそこには母親の頭部に銃口を向けた敵幹部の姿が」
「どうやら聞き取れたようで安心しました」
「彼の名前はガンヘッド、魔王軍幹部でも腕利きの殺し屋でした」
「ガンは銃、ヘッドは頭と言う意味ですよ」
「勇者は叫びましたママ~!と。そして勇者の剣がガンヘッドを襲います。しかし彼は腐っても魔王軍幹部、その巧みな足さばきでボヘミアンの攻撃はぬるぬると躱されて行きます」
「その擬音は果たして正しいのでしょうか」
「ガンヘッドはウナギの獣人でしたからね。彼の独特な回避と攻撃にボヘミアンは有効打を出せませんでしたがここに仲間が現れます。スカンとブリキングです」
「ニートはニートしているようで安心しました」
「ガンヘッドはブリキングの登場に一瞬気を取られてしまいます。そしてそこを見逃す勇者ではありません。彼の必殺技超火炎電撃煉獄殺によりその身を焦がします」
「恐ろしい名前ですね」
「はい。内部の水分子を一斉に振動させることにより摩擦熱を発生させて敵を内側から焼き殺す技です。ついでに巻き添えにボヘミアンのママも喰らってしまい命を落としてしまいました。ボヘミアンはいっそう高く叫びます。ママ~!」
「電子レンジですね。自らの手で母親を葬ってしまった主人公の悲しみは測り知れないでしょう」
「ガンヘッドは最後に故郷の湖に埋葬してくれと言い息絶えます。そしてその姿を見てしっぽの方が焦げているスカンは必ずと固く誓いながら涙を流したのでした」
「スカンは涙もろい戦士気質のような人物なのですね。あと地味に必殺技が掠っているんですね」
「スカンは実は湖のある村の出身でして、ガンヘッドと旧友だったのです。そして夕食のかば焼きを食べてほっとしたのもつかの間、外には小さく黒い人影が現れるではありませんか、稲妻と雷鳴が鳴り響く中で突如魔王が現れたのです」
「かば焼きの材料が気になりますね」
「何故この場所が分かったのかと疑問に思うボヘミアン一行、魔王は狼のような見た目をした獣人でした。彼は言います。余の旧友であり部下のガンヘッド……彼の匂いが消えたからだと」
「かば焼きになっていっそう香り立っていると思うのですが」
「かば焼きの隣にはウサギのまる焼きもあったので気がつなかったのでしょう。魔王の攻撃は苛烈でした。鉄程度では防ぐ以前に威力を弱める事すら敵わない強力なビームによりスカンは瀕死の重傷を負います」
「急にビームが出てきましたね。今更ですが」
「しかしスカンも負けじとビームで応戦、魔王を倒すことは敵わなくてもその右肩を打ち抜くことに成功します」
「こちらも平然とビームを使っていますね」
「スカンも魔王も同じ村で生まれた獣人ですからね」
「そういえばどちらもウナギと旧友でしたね」
「スカンが残した隙を無駄にはしないとボヘミアンは必殺技を放とうとしますがそれは魔王の誘いでした。魔王は勇者が向かって来ると認識すると即座にビームを放ったのです」
「中々にクレバーなやつですね」
「しかしボヘミアンには仲間がいます。ブリキングがその身をとしてボヘミアンを庇います。その鍛え抜かれた体はビームを通すことなくボヘミアンを完全に守り切りました」
「鉄でも防げないビームを防ぐとはなかなかですね」
「ブリキングは鉄よりも丈夫なブリキで出来ていましたから」
「そういえば電子レンジの攻撃を喰らっても一人だけ無傷でしたね」
「一人になったボヘミアンに対して魔王は言います。貴様は誰からも愛されない哀れな男だ。勇者になって仲間を得てそれでも何も出来ない哀れなままの男だと。ボヘミアンはその言葉に打ちひしがれてしまい心が折れてしまいます。しかしそのボヘミアンを救ったのもまた仲間たちだったのです。もう自由になりたいとすべてをなげうった彼は素直に魔王に首を差し出します」
「悔しいですが続きが気になりますね」
「魔王ラプソディはその顔を愉悦の表情で歪ませビームを放つのでした。死を待つばかりのボヘミアンは声を聴きます。これは先ほど自分の手で下した母の声でした。あなたは行かせない。生きて宿命を全うするのですと母は言います。ボヘミアンは僕をもう自由にしてくれよと叫びます。ママの元へ行ってはいけないのかと。僕を愛していないのかと。そこに仲間たちがやって来るのですブリキングは言いました君は君の赴くままに走ると言いさと。スカンが言いました君が魔王の横暴を見逃すはずがないよと」
「厳しくも温かい言葉ですね」
「ボヘミアンは勇気を振り絞って前を向きます。やって来るビームをその身のこなしでひらりと躱して左手に持つはスカンの残したビームライフル。早打ち勝負はボヘミアンの勝利でした。彼の放ったビームは見事ラプソディの左肩に命中しラプソディはついに銃を地面に落とします。そして必殺技を使いラプソディを滅ぼしたのでした」
「そういえば勇者は兎の獣人なのですね」
「しかし私は疑問に思いました。勇者ボヘミアンはその旅路で仲間を失いました。確かに彼は成長しましたがならば犠牲を超えた先に巨悪を倒した存在は真に勇者であると言えるのかと。そして果たしてラプソディは魔王であったのかと。彼もまた他の視点では勇者ではなかったのかと。と言う意味を込めてそのタイトルになったわけです」
「成程、ボヘミアンラプソディと言う歌と少々関連するところがあるのが小賢しいですがそれはまだ許します。問題はその話が全く出て来ずにハムスターの観察日記になっている点ですが」
「ニートのシンポがハムスターを飼っていまして」
「なるほどそこから攻めたわけですね」
「チャレンジ精神を大事にしたいと思いまして」
「どうやらそのチャレンジは失敗に終わったようですが」
「ところでいつハムスターは肉の星になるのでしょう?」
「ハムとスターの意味は知っているようで何よりです」
「星が好きなもので」
「どうやらハムも好きなようですね」