Fate/Sangoku Revenant【三国志×聖杯戦争】   作:司馬櫻

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 お久しぶりです。
 参考資料の見直しによってシナリオの大幅な改訂を余儀なくされたことにより、前話の過去回想以後からストーリーを変更して再開しました。拙作をお読みいただいている皆さまに関しましては大変申し訳ありません。
 詳しい経緯と今後の展望については活動報告の方に投稿しております。


8話 九天の銀河より落つるばかりに 

 

 「……はい。この姜維、身命を賭して陛下をお支えする覚悟です」

 

 かつての誓いが眼裏に鮮やかに蘇る。

 満身創痍の胸を焦がすのは、在りし日の誇り。

 逆袈裟に切り込む姜維の踏み込みを、ランサーは槍を捻って受け流す。

 ……あれほどに叩きのめされてなお立ち上がるか。退くわけにはいかない、とはよく言ったものだ。

 それでも、己には天罡を掴み取らねばならない由がある。

 

 「奥の手だ──受け切ってみせよ!」

 

 龍の逆鱗に触れたように激しさを増す槍捌き。

 これなるは趙雲子龍。ただ一騎で万軍を蹴散らし、主君を救った稀代の英傑。

 それでも、猛攻を耐え凌ぐ若武者の瞳に諦めの色は見えない。

 天罡にかける望みは掴めずとも、戦う意味はただひとつ。たとえ九泉より蘇った趙雲そのひとであろうとも、敬愛する英傑に弑虐の汚名を着せるなど──

 

 「させる、ものか……!」

   

 ひときわ大きく剣鳴が響き、姜維の剣が槍の穂先を撃ち落とす。

 ──獲った。

 とうに限界を超えた肉体に喝を入れ、姜維が剣を大上段に振りかぶったその時。赤黒い光が禍々しく迸る。

 それが趙雲の魔力だと悟った頃には、彼の身体は邸の屋根に撥ね飛ばされていた。

 

 「……勝敗は決したか」

 炯々たる眼光が失意に澱む。諦めの悪さこそ見上げたものだが、心意気だけで英霊に勝るものか。

 もはや立ち上がる力もなかろうと、姜維を追って(いらか)の上に現れた趙雲は──今度こそ、驚嘆に目を見開いた。

 

 「……天罡の誓約に従い、揺光の御主が命じる。──セイバー!!」 

 

 姜維の左手にある令呪が光を放つ。

 いつの間にやら、頭上には夜闇よりも深く翳る暗雲が垂れ込めていた。

 否。尋常の雲などに非ず。天飆(てんぴょう)のごとき魔力の奔流の只中にこそ──かの英傑は在った。

 

  「……待ち侘びたぜ、この乃公(オレ)を忘れてもらっちゃ困るってェもんだ!」

 

 相も変わらず満身創痍でありながら、セイバーは意気揚々と吠えた。

 細心を謳われた趙雲が彼を討つ絶好の機会を逃したのは、まさしく姜維との一騎打ちを前に逸ったためであろう。

 令呪の後押しによる宝具の解放。その好機を手繰り寄せるためには、なんとしてでもランサーの油断を誘うほかになかった。

 自分から捨て石になってその機会を掴み取ったマスターに報いるべく、セイバーは宝具を振りかざす。  

 

 これこそは天下を剋定せし神器。

 世に霊剣伝説は数あれど、この一振りに敵う神話の源流は他にない。

 荒れ狂う風にその威光を顕わにした剣は、天譴(てんけん)を下すべく哮り立つ。

 これこそが英霊の真髄たる宝具。サーヴァントの有する唯一無二の切り札である。

 絶え間なく吹き付ける強風によって真名解放こそ聞き取れずとも。姜維はその尊き光を仰ぎ見た。

 

 「……血気に逸ったのが災いしたか。まんまと誘き出されたものだ」

 

 もはや天災ともいうべき颶風に、ランサーは独り立ち向かう。

 高く張り巡らされた城壁を背に、一際遥かに聳える楼閣が闇夜に浮かぶ。

 かくなる上は、正面から迎え撃つほかに道はない。

 吹き荒ぶ風にさざめく黒鉄の袍鎧。雲間から差し込む星影に槍の穂先が閃いた。

 

 「天よ驚け、地よ惨め……!『涯角無對・鬼哭神嚎』!!」

 

 ──天地が戦慄いた。

 難攻不落の城塞を前にしたかのような重圧。荒れ狂う嵐すらも歪みゆく。

 兵を形すの極は無形に至る、という。

 まさしく、その宝具は無形であるがゆえに無窮であった。

 

 定軍山の空城の計。

 益州屈指の要衝である漢中を狙う蜀と魏による戦いの最中、味方の救援に駆けつけた趙雲は曹操率いる魏の精鋭に囲まれる。

 趙雲は知謀に長けた曹操を前にあえて城門を開け放ち、伏兵や罠を恐れて尻込みした魏軍を散々に蹴散らしたという。

 

 均衡は一瞬。竜の鼓動に塗り替えられた魔力の奔流が無色のマナに還ってゆく。

 宝具のキャンセル。荒れ狂う嵐を喰い破る大虚に潜む力の奔流は、強烈な逆襲(カウンター)を予感させた。

 

 蜀漢建国のキーマンともいえる将星を前にしては、いかに名の知れたセイバーであったとて旗色が悪い。

 事実、二騎の相性は最悪であった。

 竜の炉心と宝具を頼りにするほかないセイバーにとって、優れた技量と宝具への対抗策を備え持つランサーは天敵とさえ言えよう。

 莫大な魔力を秘めた嵐が消えゆくのを前に、セイバーが敗北を確信したその瞬間──!

 

 「水炁昏濛(すいきこんもう)(らい)乾坤黑暗(けんこんこくあん)日月不分(じつげつふぶん)

 

 まさしく賭けに違いない。

 姜維が唱えたのは単純な起霧の術式。一度ランサーに見せた手札である以上、即座に対応されることは必至である。 

 それでも、ランサーの注意が削がれる一瞬をこそ、セイバーは何よりも求めていた。

 

 「良くやった、マスター! ああ、舌を噛んでくれるなよッ、とぉ!」

 

 攻勢一転。  

 深い霧の奥から響く嬉々とした声に、セイバーが駆け寄ってきたと察した瞬間。姜維の身体は宙へと放り上げられていた。

 竜の鼓動に唸りをあげて逆巻く剣気。ありったけの魔力でカッ飛んだセイバーは、天高く聳える楼魯を駆け上がる。

 唐尺にして百尺(30メートル)あまりを超える張儀楼から望む壮大な夜景を顧みもせず、ふたりは夜空へと飛び込んだ。 

 

 「……逃したか」 

 

 煙幕のように立ち込める魔力の靄を槍の一薙ぎで霧散させ、ランサーは虚空を睨め付けた。己が弑虐の悲願を遂げようとするならば、あの二人は必ずや障壁となるだろう。

 

 「……どうかお待ちください、我が主。この趙子龍、必ずや貴方様の悲願を遂げて見せましょう」

 

 ランサーは決意を新たにする。それが、四百年(よほとせ)に芳しき御名に泥を塗る愚行であろうとも。

 

◇◆◇

 

 夜の海に沈むようだ。

 遥か頭上に広がる城邑(まち)の灯りは星々に似て。成都に息づく人々の光に姜維は目を奪われた。

 ひときわ明るく輝いているのは、宮殿や大邸宅の立ち並ぶ成都の中心。先ほどまでランサーと戦いを繰り広げていた大城だろう。その傍らに並び立つ少城のそこかしこにも、密かに商いを続ける妓楼や賭場の明かりが灯っている。それらも今は陶磁で作られた明器(ミニチュア)(身の回りの品を象った副葬品)のように小さいが。

 成都城のはずれに目を向ければ、京師(みやこ)を守るべく置かれた軍営の篝火や、夜も眠らない錦官城(きんかんじょう)(蜀錦を生産する官営の工房街)の光が煌めいている。

 吹き付ける烈風さえも心地よく、姜維は深く息を吐いてまぶたを閉じる。

 ゆるやかに意識を手放さんとした姜維を引き留めたのは、セイバーの思いがけない告白だった。

 

「いやあ、すまんなマスター。さっきの一発で乃公(オレ)の竜の炉心もすっからかんだ。悪いがおまえさんを抱えて飛べそうもない」 

 

 満面の笑みのまま、セイバーは全身をだらんと弛緩させる。見れば、指先から霊体化が始まっていた。

 

「ってなわけで──マスター、着地頼んだ!」

 

 言われるまでもない。こんなところで落下死など御免被る。しかし姜維の魔力もセイバー同様空っぽで、追加の魔術行使などとても望めない有様であった。

 

「そ、そのようなことは……もっと早く、言うべきではありませんか──!!」

 

 嘆いたとて何も始まらない。それでも、迫り来る地面を前に打てる手は何一つとして見つからなかった。

 せめて落下の衝撃を和げようと、姜維が覚悟を決めたその時──。

 

 肌に刻まれた紋様が浮かび上がる。

 それは天罡の導きか。それとも、死せる孔明の遺した秘策か。

 突如として励起した思想紋鍵によって賦活する魔力に、姜維はかつての師が背中を押してくれたような温かな錯覚を覚える。

 

「……能縮地脉(能く地脈を縮め)千里存在(千里の存在)目前宛然(目前に宛然たり)──放之復舒如舊也(放ちて之を舒ばせば復た舊のごとくなり)!」

 

 地脈を縮め千里を飛び越える。すなわちは仙人の用いる縮地の秘術。

 かの司馬懿を翻弄した丞相の御技には敵わずとも、死力を尽くして展開した術式に二人の姿は掻き消えた。

 

 こうして長い一夜は幕を下ろした。

 あらゆる悲願と切望が交錯する天罡の儀にありて、最後の御主と従者は此処に揃った。

 万能の願望機を巡る七人七騎の殺し合いの序章に──死命を告げる北斗の七星は、ただ輝いていた。

 

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