Fate/Sangoku Revenant【三国志×聖杯戦争】   作:司馬櫻

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2話 怪力乱神を語りき

 

 静かな夜道にかすかに響く靴音。

 月のない夜に風は冷たく、白い息も次第に闇に消えていく。

 せめて牛車を出す、という趙広の提案も断って、姜維は一人、壮麗な(やしき)の並ぶ大路を歩いていた。

 

 霧や曇天の多い蜀漢の風土を皮肉って"蜀犬日に吼ゆ"とも言うが、深い闇夜には、野犬の遠吠えの一つも聞こえない。

 ここ成都に限らず、城郭(城壁に囲まれた都市)の門を夜間通行することは重罪である。趙広の邸宅と姜維の私邸は同じ城内に位置するとはいえ、吏に睨まれるのは避けたいところだ。  

 

 ……故国である魏から蜀に降ってはや幾年。大恩ある丞相を亡くし、労して築いたはずの立場も失いかけている。

 事ここに至って、己が自棄になっているのだと気づいた姜維は、遣る瀬なげに自嘲する。

 

「まるで、死に臨むようではないか。これでは、趙牙門に気を揉ませるのも仕方がない」

 

 丞相の恩に報い、社稷(国家)を守らんとするならば、知己の情けに縋り、政敵の前に(こうべ)を垂れてでも再起を図るべきだろう。

 権謀術数の類は好かない。己がその道を選ばなかったのは、ひとえに恐れたからではないのか。謀略の渦巻く修羅の道行きを。

 

 物思いに耽る姜維は、ふと顔を上げて手燭を掲げた。

 ……いつのまにか霧が出ている。

 錦江の跨る成都において、さして珍しくもない光景である。しかし、霧の境界はいっそ外界を拒絶するかのように、あちらとこちらを隔てていた。

 

 姜維はその様を物珍しく眺めつつ、私邸に向かう十字路を曲がろうとして──はたと足を止めた。

 

 霧の彼方には闇が広がっている。ただ、黒滔々たる闇が。

 

 ……成都の中心地たる大城に、一切の灯りがないというのはあり得まい。

 思わず背後を振り返った姜維の眼前に広がるのは、平穏を謳歌する家々の灯り。彼はその光にひとまず安堵し──遅れて背筋が凍るほどの怖気を覚える。

 まごうことなく、霧の向こうでは尋常ならざる事態が起こっている。

 

 ……かの曹操(そうそう)を翻弄し、孫策(そんさく)を祟り殺したという超常の術が、三国の世にはいまだ残っている。

 ──すなわち、魔術。

 遥か夏王朝より連なる仙界の技術は今なお遺り、山嶺の羽人の巡らす盤は未だ星から剥がれ切ってはいない。

 

 霧の向こうから、かすかな剣戟が聞こえる。

 

 ──慣れ親しんだ戦場の気配に、姜維は弾かれたように走り出した。

 

 

◇◆◇

 

 

 天府の地と称される益州(現在の四川省)の京師。宮殿や官衙(かんが)が立ち並ぶ成都大城の中心は──重く立ち込める霧の深くに沈黙していた。

 

 その只中である。堂々たる威容で闇夜に聳える官衙(かんが)の楼上に、二人の武人が対峙していた。

 

 かたや、丹塗りの棍を構えた威風堂々たる出で立ちの将帥。対するは、双剣を帯びた赤鎧の騎士。

 

 「一切の気配なき踏み込み、か。剣士(セイバー)の類ではあるまい。察するに、"天璇(てんせん)"──暗殺者(アサシン)階梯(クラス)だろう」

 

 口を開いたのは、緑髪を結い上げた将帥が先だった。

 片目を覆う縛帯の下から覗く顔立ちは男伊達と言えようが、真一文字に引き裂かれた古傷と射殺すような朱殷の眼光が、その印象を厳しいものにしている。

 

 「なぁに。こんなに(つわもの)ばかし呼び寄せて、戦でも始めようってのか。なぁ、"天権(てんけん)"の騎兵(ライダー)さんよ」

 

 相対する騎士は眼下に広がる大城の街を見下ろし、そう吐き捨てる。

 騎士の視線の先には、大路を埋め尽くすように異形の兵士らが闊歩していた。

 高く張り巡らされた塀の上には鳥銃(マスケット)を掲げ持つ烏の(ばけもの)が陣取り、黒鉄の鎧で総身を覆う武者らも、その正体は定かならない。

 片刃の大刀を掲げ持ち、藤牌(とうばい)の盾を備えた戦士の数々は、頭から上半身にかけて、鋭い爪と炯々たる眼光を備えた虎へと変じている。

 

 中華にはあり得ざる意匠の全身鎧(フルプレートアーマー)を纏う騎士は相対する将帥に視線を移し、蒼金の装飾が施された剣の(ヒルト)手甲(ガントレット)をかける。

 

 鬼霊の兵を率いる将帥も、異形の騎士も尋常の人間ではあるまい。

 彼らこそ、遥けき過去から遠い未来に渡って歴史に刻まれた、英霊豪傑の霊魂。

 ……即ち英霊がその身を顕した、從者(サーヴァント)である。

 

 問答も裂帛もなく、殺し合いは始まった。アサシンと呼ばれた騎士が腰の剣を抜き放ったのが先か、ライダーと称された将帥がその背後に砲門を顕現したが先か。

 

 前動作は無く。板張りの床を粉々に砕く踏み込みから、アサシンが射出というべき勢いでライダーの懐めがけて飛来する。

 赤鎧の騎士の剣がライダーの首を断つに先んじて──砲声が轟いた。

 

 雷霆の一撃を思わせる轟音。

 精緻な刻印の瓦は砕け散り、楼閣の屋根が崩れ去る。

 楼閣が崩壊する前に官衙の屋根に退いたライダーは、その災禍を引き起こした金色の砲門に目を向ける。

 

 「……外したか。なに、ものは試しだ。構わんさ」

 

 濛々と立ち込める土煙。崩れ去った楼閣の残骸から影が伸びる。

 

 ──赤銅の全身鎧。

 その不吉な影に、ライダーは腰を落として改めて棍を構えた。

 

 

◇◆◇

 

 

 深い夜闇に鋼が弾け、烈風に瓦が巻き上がる。剣閃が高らかに鳴り、二つの影が甍の波を走り抜けていく。

 

 静謐なる大城では、まさしく超常の決戦が繰り広げられていた。

 技量において遥かに勝るアサシンの剣捌きを、ライダーは愚直かつ地道にあしらい続ける。

 棍の扱いもさるものながら、恐るべきはその砲門。

 蒼金の意匠が施された白銀の剣を振るうアサシンが必殺を確信して踏み込むたび、呼応するように砲声が轟く。

 

 轟音と共に、アサシンが先程まで疾駆していた屋根は無惨にも砕け散る。

 騎士として鏡たらんとするならば、住民の無事を祈るべきだろうか。

 足場を失い地上に降り立ったアサシンを、異形の軍勢が取り囲む。

 

 にわかに殺気立つ鬼霊らを気に留めず、アサシンはライダーを鋭く睨め付ける。

 金色の砲門に異形の軍勢。察するまでもなく、どちらも宝具に違いない。

 宝具とは、英霊を英霊たらしめる尊き幻想(ノウブルファンタズム)。不朽にして無敵、一撃にして必殺がその本懐である。

 なればこそ。ライダーの宝具はその真価を未だ発揮していないのだろう。

 ──もっとも、それはこちらも同じことだが。アサシンは優美なる装飾を備えた黒鞘の剣に目を遣った。

 

 アサシンを睥睨するライダーに、烏のように静かな羽搏きが迫る。

 烏の鬼の如き異形の兵が、急報を伝えるべく彼のそばに侍る。

 

 「……何、闖入者のお出ましか。人払いの結界は破られていないはずだがな」

 

 ライダーは、自らの御主(マスター)の不甲斐ない姿を脳裏に浮かべて嘆息する。

 その容貌と射撃の腕から烏鬼兵と謳われたフォルモサの銃兵は、主君に従い使い魔として召喚されるにあたり、その姿を烏めいた異形へと変じさせていた。

 

 「成程。手の甲の痣か。まだ見ぬ英霊の御主(マスター)やもしれん。藤牌兵と……そうだな、鉄人を遣わせてくれ」

 

 重ねて伝令を続ける烏鬼兵に、ライダーは何くれとなく命を授ける。

 

 「延平王の名を以て命ず。──誅せ。血の一滴たりとも残すことは許さんとも」

 

 まだ見ぬ敵の姿を眼裏に浮かべて、亡国の鬼将・鄭成功(ていせいこう)はそう酷薄に微笑んだ。

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