Fate/Sangoku Revenant【三国志×聖杯戦争】   作:司馬櫻

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Requiemの描写に従って、前話のアサシンの戦闘描写を一部変更させていただきました。


3話 深淵に臨むが如し

 「──はあ、は……!」

 

 姜維は息を切らし、大城を北へと駆け抜ける。足の感覚は既に朦朧として、固く踏み固められた土の道を蹴り出すたびに走る痺れだけが、現実感を鋭く煽る。

 

 星々は無慈悲なまでに平等に、逃亡者と追跡者を白々と照らす。

 総身を覆う黒鉄の甲冑と幅広の斬馬刀。時代錯誤極まりない風体の追跡者の姿は、いかにも現実離れしている。

 

 姜維が振り返ったと同時に、人間をも両断してあまりある威力で、斬馬刀が振るわれた。

 風を切り裂いて鋼が唸る。

 神兵と恐れられた精兵の威名を知らぬ姜維ですら、即死はおろか両断を確信する確実な一撃。

 

 射干玉の黒髪が烏羽のように舞い散る。

 その光芒は──地面を割り砕いて深々と道に突き立った。

 間一髪、姜維は目前の地面に転がり込み、難を逃れたのだ。

 

 ざんばらに断ち切られた黒髪がはらはらと辺りに落ちる。姜維は腰に下げた玉玦(貴人が帯びた軟玉の装身具)の紐で大雑把に髻を結い直し、腰の佩剣を抜き放つ。

 地の利はこちらにあるとはいえ、敵の正体は定かならない。胡人(非漢族)であるにせよ、このような装いの部族は見たことがない。

 

 黒鉄の武者が大刀を引き抜き、幽鬼のように彼ににじりよったが先か。姜維は踵を返して側の細い路地に逃げ込んだ。

 

 星の光に導かれるように悠然と、鉄人は姜維の跡を追う。

 今や斥候としての絶対優位(アドバンテージ)を手に入れた烏鬼兵からの報告によって、敵が逃げ込んだ先の路地が袋小路であることは知り得ている。

 

 ──追い込み漁。曲がり角で奇襲を狙うほか、獲物には逆転の策はあるまい。だが、鉄人が大刀で振り払った塀の影に、人の姿はなかった。

 

 怖気付いたか。面頬(めんぼお)の奥でそう嘲笑ったであろう武者は、そのまま突き当たりまで辿り着いた。

 高い白壁に星の光が微かに注ぐ。獲物の姿は路地の何処にもない。

 

 冬の寒風に吹かれたのか、楡の葉が擦れ合って騒めいた。ふと、そちらを見上げた鉄人は、兜の奥で刮目したに違いない。

 路地に張り出した楡の梢。その狭間から、銀の光が閃いた。

 

 無防備になった鉄人の首元を狙い、姜維は頭上から飛び降りる。

 鋼と骨が擦れ合う鈍い音。直剣は違わず鉄人の喉頸を貫き、うなじを穿って柄まで通った。

 

 膝を払って立ち上がった姜維は、敵の身元を知るべくその面頬を引き剥がす。

 

 「な── やけに軽い、とは思ったが、これは……」

 

 姜維の視線は、その下に秘められた髑髏の眼窩とぶつかった。

 尋常ではあるまい。総身を鉄甲で装った骸骨の武者など、神変神怪の一切を記した山海経(せんがいきょう)にも載っているかどうか。

 塵と化して消えゆく骸骨武者の最後を見届けた姜維の耳に、二つの足音が迫る。

 

「っ、新手か!」

 

 剣に手をかけて振り返った姜維は、鉄人にも勝る異形の姿に言葉を失った。

 肉を引き裂いて余りある鋭い牙に、隆々としながらしなやかな筋骨。針金のような毛皮に包まれた上半身は、陰森凄幽とした山嶺に潜む虎のものに違いない。

 大きな爪を備えた手で構えた片刀の大刀と藤牌の盾だけが、我らは獣に非ざると言外に伝えていた。

 

 南蛮を平定した丞相に曰く、藤で編まれた装甲には剣も矢も通じず、ただ火を以てのみ破ることができたという。

 

 姜維は歯を鳴らす。 

 

 ──恐怖などではあるまい。

 敵が超常の神怪ならば、対峙する相手もまた只人に非ず。

 

開合(これよりはじめよ)

 

 肌に刻まれた紋様は、鍵に似ていた。

 姜維は両の人差し指と中指を立て、剣訣(手印)を結ぶ。

 

 「──思想鍵紋、励起」

 

 想起するのは光の剣。身の内より引き抜いたその刃を、掌に吹き込んで拳を握り込む。  

 半ば世界と混ざり合ったかのような至福の感覚に、姜維は天仙に至る道のりの遠さを思い知る。

 

 「炎光走電(えんこうそうでん)雷聲霹靂(らいせいへきれき)水部奉命(すいぶほうみょう)雷神聽勑(らいしんけいちょく)

 

 口訣(スペル)は囁きめいて。

 山沢と気脈を相通じ、口は大河の如くして、その精神を此処に結ぶ。我は瑯琊の天人の後継、思想魔術の担い手なり──!

 姜維が天へと放り投げるように拳を振るったと同時に──霧深き夜闇の静寂を破って、雷鳴が天地に轟き渡る。

 

 仕組みこそ小源(オド)大源(マナ)の相関による生体電流の増幅といった単純なものだが、掌心雷(しょうしんらい)……すなわち当世においては発達していない魔術系統たる雷法(らいほう)を応用している、という点において彼は異常だった。

 唐末五代に興起する雷法とは、雷の力を呪術的な源泉として神将を召喚し、駆邪を行う呪法である。

 元より思想魔術においては『』ないし根源の似姿である"盤"こそが重視され、魔術基盤に頼らない機構(システム)を構築してきたとはいえ、未来に成立する魔術系統を軸にした魔術理論の構築など前代未聞である。

 ……彼に雷法を伝授した稀代の軍師ならば、実際に未来をも垣間見ることができたのやもしれないが。

 

 夜霧の彼方にまで立ち込めた香りに雷の余韻を残して、冴え冴えとした静寂が夜を満たす。

 ……眩い光が収まった先には、焼け焦げた二つの亡骸が転がっていた。

 全身の経絡が焼けついたかのような痛みにしばし脱力する姜維。それでも、骸が塵と化す前にその正体を改めねばなるまい。

 このような化生が京師に跋扈しているなど、まさしく社稷の危機ではないか。

 羽搏きの音が密かに迫る。獣人の提げた見慣れぬ弓を検分する姜維を狙って──ぱぁん、と乾いた音が響いた。

 

 

◇◆◇

 

 

 時を同じくして、大城の南西に聳える屋敷の楼上。

 護国の鬼将・鄭成功は、地上の惨状を冷徹に見下ろしていた。

 

「なんだ。これじゃあピクトやサクソンを相手取ってた方が幾分かマシだな」

 

 黒鉄の刀身の血を払い、憮然と吐き捨てるアサシンの背後には、鉄人と藤牌兵の亡骸が堆く積み上がっている。

 ……とはいえ、伝説において最強を謳われた双剣の騎士に、これほどまでの大立ち回りを演じさせたのだから、彼らには賞賛が与えられるべきだろう。

 

 從者(サーヴァント)を維持するのは、そのもの御主(マスター)の魔力に他ならぬ。

 死して歴史に刻まれたサーヴァントを現世に繋ぎ止める要石こそが、今を生きるマスターの存在である。

 

 戦闘が長引くごとに、サーヴァントの魔力消費は増大する。敵がどれほどの規模で兵力を動かせるかは未だ未知数。

 ここで決着をつけるべきだろう、と決意したアサシンは、頭上のライダーを見据え、自嘲するように口を開く。

 

 「一騎打ちに名乗りを上げん、ってのは騎士としてどうかと思うがね」

 

 重い地響きが天を揺るがす。いや、地響きではあるまい、とライダーが悟った瞬刻の後。

 白銀の剣尖が、射線に飛び込んだ二体の烏鬼兵を貫いた。

 

 紙のように千切れ飛ぶ烏鬼兵のうち、一体でも間に滑り込むことが間に合わなければ、その鋭い刀身はライダーを抉り抜いていたことだろう。

 まさに危機一髪、ライダーはアサシンがほとんど飛来に近い形で屋敷の屋根の上まで突貫してきたことを悟る。

 

 息もつかせぬ間に──丹塗りの棍と蒼金の剣が交錯する。

 棍を滑る刀身に縛帯を巻いた指が断ち切られる寸前で、ライダーは手首を返して剣を弾いた。

 彼は腰を低く落とし、全身鎧の弱点である喉頸を狙う鋭い突きを繰り出す。

 

 大鐘を打ち鳴らすように重く、鋼が響いた。

 騎士は両手を十字に組み、交差した腕甲(ロウアー・カノン)で強烈な一撃を凌ぐ。

 棍が一閃する寸前。アサシンが咄嗟に後ろに体を蹴り出していたのが幸いした。だが、痛手こそ負わなかったものの、戦況は振り出しに戻った。

 ──かくなる上は、とアサシンは兜の奥で獰猛な笑みを浮かべる。

 これほどの英傑を前に真名を惜しむ道理はあるまい。英霊の真骨頂たる宝具を展開するに不足はないだろう。

 戦場の歓喜に打ち震えるアサシンを、ライダーは酷薄に睨め付ける。

 敵に向ける態度こそ正反対でありながら、二騎のサーヴァントの直感は奇妙にも一致していた。

 次なる一撃こそは、聖杯戦争の序戦を決する一手であろう、と。

 

 

 

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