Fate/Sangoku Revenant【三国志×聖杯戦争】   作:司馬櫻

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4話 疑うらくはこれ天上の星かと

 

 雷の落ちた袋小路にほど近い邸の屋根。

 白煙の立ち昇る鳥銃(マスケット)を構えた烏鬼兵は、不愉快げに羽を震わせた。

 姜維は頬から滴った一筋の血を大雑把に拭いとり、怪音が轟いた先を睨め付ける。

 

 「奇襲か。味方の亡骸を囮にするとは……!」

 

 深く考えるよりも先に、彼は藤牌兵から奪い取った和弓の弓弦を引き絞った。

 

 マスケットはおろか火器の大半が未発達であるこの時代。

 聞きなれぬ砲声に姜維が色を失わなかったのは、荷電霊子砲たる霹靂車について聞き及んでいたがゆえか、南蛮攻めの趨勢を決した地雷火について知り得ていたがゆえか。

 

 獣の腱と角を組み合わせた幅広の弓幹とは異なり、反りの浅い細身の弓は手に馴染まない。

 だが、そのような逆境を嘆くことに意味はあるまい。時に人は、己の天稟だけに縋って戦わなければならないのだから。

 姜維は砲声の残響を頼りに甍を狙い澄まし、一心不乱に矢を放った。

 

 マスケットの有効射程はおおよそ46メートル。対する和弓の有効射程は約80メートルに及ぶ。

 渾身の一矢は、違わず烏鬼兵の喉元へ喰らい付いた。

 糸が切れたように甍から落下した異形の姿を顧みもせず、姜維は駆け出す。

 

 何処からか火の手が上がれば、皇帝の(おわ)す京師の中心は、瞬く間に地獄へと変貌するだろう。

 成都の夜闇に囂しく響く轟音こそ、この擾乱を引き起こした者の居場所。

 姜維は細い路地を抜け、ふたたび大路を走り出した。

 まるで、戦場こそが己の在処(ありか)とでも言うように。  

 

 

◇◆◇

 

 

 一陣の風が吹く。

 霧の立ち込めた京師を尻目に、二つの影は甍の上で対峙する。

 

 「円卓席次、番外。……参る」

 

 蒼金の剣の切先を翻したアサシンは、今宵一度も抜き放たれはしなかった黒鞘の剣の柄を握る。

 宝具を展開する気か。迷いのないその所作に、ライダーは不吉な影を見た。

 鯉口を切るその僅かな仕草ひとつで、濃密な魔力が迸る。

 

 「構わんな。龍碽」

 地の底から響くように重く、ライダーは問いかける。

 相対するアサシンが切り札を使うというのであれば、こちらも応じるほかあるまい。

 ライダーの命に従うように、金色の龍を象った大砲。その欠けた口が星の光に妖しく輝く。

 

 二人の武人──否。二騎の英霊によって、周囲の大源が貪婪(どんらん)に食い荒されていく。

 

 宝具───その本質は人理に刻まれた神秘の結晶、伝説にありし威光の顕現。

 互いに必殺を確信するがゆえに、出し惜しみなどありえない。英雄としての誇りが、この一撃以外で決着をつけることを許さない。

 滂沱たる魔力が第五架空要素(エーテル)で構成された五体に満ち、現実を喰い破らんばかりの神秘が発露する、その瞬間──!

 

 ……その足音を気取ったのはどちらが先か。

 雑把に結い上げられた黒髪を振り乱し、ひとりの若武者が霧の向こうから現れた。

 腰の佩剣の柄に手をかけ、強張った表情で辺りを見回すのは──誰あろう姜維伯約である。

 

 「何です、この有様は……!」

 

 霧の向こうからは窺い知れぬことであった。台風に遭ったように剥がれ落ちた瓦と砕けた塀の残骸は大路に散乱し、堂々たる門構えの屋敷には無惨にも大穴が開いている。

 

 「──興が醒めた。供も連れずに打って出るとは舐められたもんだ」

 

「っ、何者だ!」

 

 そのような惨状に見入る暇もなく、彼の視線は頭上の人影に縫い止められる。

 異様な風態に佩剣の鯉口を切る姜維とは反対に、騎士は冷ややかに姜維を見下ろすばかり。

 かわりに口を開いたのは騎士と相対する将帥だった。

 

 「令呪の担い手か。遣わした烏鬼兵が戻らなんだ時に覚悟していたが、まさかここまで辿り着くとはな」

 

 緑髪の将帥はため息を吐き、胸元まで伸びた髪を掻き揚げる。滲んだ血で赤く染まった包帯から覗く顔は傷だらけだった。

 

 波が引くように、滂沱たる魔力が綻んでいく。ただしそれは、両者の標的が渦中の若武者──姜維に切り替わったことに他ならない。

 

 金色の砲門が彼の側を向くと同時に。

 鎌首をもたげる蛇のように赤く濁った瞳ははっきりと──姜維を見据えた。

  

 「撃て、龍碽」

 

 全身が硬直する。

 砲声が轟くよりも速く、肺腑を抉られるような圧が迫る。  

 逃げられぬ──と悟ったが最後。空気を求めて萎む肺に連動して、引き攣る喉から乾いた喘鳴が抜ける。

 刹那が永遠に引き延ばされたような感覚に溺れて、姜維は迫り来る死をただ呆然と見つめた。

 

 ……二度とは逢えまい天水の父母の姿。上計掾(じょうけいえん)(郡国の会計)として訪れた洛陽の街並みの壮麗さ。秋風荒ぶ五丈原の北斗七星。趙牙門と語らった成都の入日。

 

 竹簡を手繰るように過日の記憶が去来する。

 ……ただ、その巻物には小刀で削られたかのような欠落がある。

 そこに在るべきはずの情景を思い出そうとして、姜維は深い水底に沈むような息苦しさを覚え──。

 

 彼は、九泉の淵に一条の流星が注ぐのを目にした。

 

「──"天罡の儀"の見届け人として、これ以上の横暴は見逃せません」

 

 鈴の音を思わせる澄んだ声。

 絹のように艶やかな白髪こそ見慣れぬものだった。しかし、馴染みある鶴氅の八卦衣を纏うその姿に、姜維は目を奪われる。

 姜維の眼前で炸裂したはずの砲弾は、彼方からの一射により、跡形もなく灼け落ちていた。

 

 「……そう。貴方が、最後の御主(マスター)なのね」

 

 片膝をついて立ち上がろうとする姜維を庇うように、白皙のかんばせの少女は二騎のサーヴァントの前に立ち塞がった。

 

 「私は諸葛果(しょかつか)。──ああ、貴方にとっては、"諸葛孔明の娘"と言った方が通りが良いでしょうか」

 

 「丞相殿の、娘御……!?」

 

 そんなはずはない、と言わんばかりに姜維は瞠目した。彼の知る諸葛亮の子息は、先年に病没した諸葛喬(しょかつきょう)と、未だ幼き諸葛瞻(しょかつせん)のただ二人だけである。

 

 「そう、聞かされていなかったの。……別に、構いません。私こそ、お父様の遺した"天罡の儀"の見届け人なのですから」

 

 超然とした振る舞いの裏に年頃の少女めいた不満の色を一瞬だけ浮かばせて、諸葛果は二騎のサーヴァントに向き直る。

 

 「朝真観の主の名を以て、ライダーとアサシンの御主(マスター)に命じます。疾く兵を引き、從者(サーヴァント)を霊体化させるように」

 

 蒼天を思わせる青い瞳が、二騎のサーヴァントを毅然と見据える。

 その背中に、姜維は亡き師の面影を見た。姿形はまるで異なるが、少女と孔明には確かに通ずるものがある。

 

 「……聖杯を守るお姫さんが相手か。ぞっとしねぇ」

 「潮時には違いないが、仕方あるまい」

 

 アサシンは蒼金の剣の柄を握り、ライダーは腰を落として棍を構える。同時に、辺りを埋め尽くすように現れた無数の異形。それを意に介することもなく諸葛果は言葉を続ける。

 

 「来なさい、開陽のアーチャー」

 

 大路に立ち込めた霧を晴らすように、風が逆巻く。 

 姜維が瞼を開けた時には、一人のサーヴァントの姿があった。

高く結い上げた銀の混じる黒髪が風にはためく。その弓は日蝕の冠によく似ていた。

 

 「ああ。おまえがそれを望むのならば」

 

 ──天罡の儀における最強の英雄が、ここに姿を顕した。

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