Fate/Sangoku Revenant【三国志×聖杯戦争】 作:司馬櫻
荒れ果てた大城の路地に、剣戟の音が一際鋭く響く。
容赦のない寒風が骨身に沁みて、魂ごと凍りつかせてしまうような夜だ。薄れゆく意識の中で、それでも姜維は眼前の死闘から目を離せずにいた。
深い夜闇に白刃の影が閃く。
絶え間なく降り注ぐ連撃を迎え撃つ魔力の奔流。激しさを増したランサーの槍技を、セイバーは紙一重で凌ぎ切る。
生粋の武人ではない彼の腕前では、圧倒的なリーチの差から繰り出される猛攻をどうにか捌くのが精一杯だろう。
もはや、何十合に渡って刃を交えたかも定かならない。
刃を交わすごとに冴え渡る趙雲の槍捌きを相手に、セイバーの剣筋は刻一刻と鈍っていく。
二騎のサーヴァントの技量はまさしく雲泥の差だ。セイバーはその身に宿した莫大な魔力を頼りに防戦一方。しかし逆境にあってなお、その瞳は未だ闘志を失っていなかった。
勝負を決するべく一気呵成に攻めかかるランサーを前に、セイバーは精一杯不敵な笑みを浮かべた。
チリ、と髪を掠める幅広の穂先。
半身を切って槍の一閃を躱したセイバーは、身を捩って後ろへ跳ぶ。
間髪を入れず追撃を繰り出す趙雲。しかし、足元に散乱した瓦礫のひとつがその踏み込みを阻んだ。
その好機を待っていたとばかりに、セイバーは地を蹴り出して趙雲へと打ちかかる。
獣めいた直感や戦闘感に裏打ちされた心眼ではあるまい、と趙雲は悟る。
技の起こりを鋭敏に読み取り、路傍の瓦礫を盾に転ずるその才覚は、まさしく天授の見識であろう。すなわちは、英雄個人の資質が具現化したスキルに違いない。
……惜しむらくは、その眼識に体捌きが追いついていないことか。
袈裟懸けに振り下ろされる一閃をランサーは軽くいなす。
必殺を期した一撃としてはあまりに手ぬるい。ぜえぜえと肩で息をする彼は、致命傷は負わずとも満身創痍といった様子だ。
「……弱いな。
「は!
セイバーの啖呵も届かぬ内に、霊核を狙った鋭い突きがその心臓に迫る。
斬撃、打撃と比してなお圧倒的な殺傷力を誇る刺突こそ、百兵の王と謳われる槍の本分。その無慈悲なまでの鋭さに、精彩を欠いた剣筋では立ち向かえるはずもない。……それも、相対する剣士が只人であれば、の話だが。
鈍い剣鳴。まさしく致命の威力で穿ち抜かれた一突きは、あえなく空を切った。
必殺を確信していたランサーは、その鉄面皮を崩して瞠目した。セイバーは刀身に魔力を纏わせて幅広の穂先を弾き、槍の軌道を逸らしたに違いない。
──やはり、
対峙する英霊の体捌きは喧嘩殺法の域を出ず、魔力放出に物を言わせた剣筋自体は覚束ない。
しかし、恐るべきはその眼識。刃が交錯する一瞬を狙い澄ました魔力の爆発に、槍の穂先が軋みをあげた。
三尺の蛇行剣に跳ね飛ばされた槍の勢いを、ランサーは咄嗟に柄を捻じ上げて殺す。
「チ、雑技団でもあるまいに。なんつう曲芸だ……!」
負けじと軽口を叩くセイバーだが、驚嘆の色は隠せようはずもなかった。剣を通して叩き込んだ魔力圧は、相手の利き腕を粉砕するに足る威力で炸裂したはずだ。しかし、相対するランサーの槍捌きに狂いはない。
槍は車輪の軸のような円を描いて、セイバーの一挙手一投足を牽制する。
「行くぞ、玉衡のランサー」
「来るがいい、揺光のセイバー」
槍の一閃は大気を穿ち抜いて衝撃波を引き起こし、剣から迸る魔力の奔流は旋風となって激突する。
尋常の戦いなどにあらず。颶風の如き暴威の具現に大気は唸りをあげ、剣閃槍光は真空を引き裂いて荒れ狂う。
ランサーの尋常ならざる技量に対して、セイバーの有するスキル『魔力放出』に物を言わせた無茶な鍔迫り合い。
凡百の英霊であれば、一息で魔力が枯渇するだろう。
星の息吹にも匹敵する出力を誇る"竜の炉心"をその身に宿すセイバーゆえの芸当である。
だが、分が悪い、とセイバーは内心歯噛みした。地力で劣る己にとって"魔力放出"はランサーに抗しうる唯一の武器だ。
だがその実、魔力転換の効率は極めて悪く、魔力を発露するごとに膨大な生命力……すなわち
その証拠に、漏出する魔力は雲霧の如く濛々と立ち込め、竜の炉心の過負荷に脆弱な霊基は軋みを上げる。
「まだまだ!」
「ぐ──うっ……!」
圧倒的な膂力の差。体勢を崩したセイバーの魔力放出が揺らいだ。
その隙を見逃すランサーではない。
刹那。幅広の穂先に跳ね上げられた剣は宙を舞う。追い討ちとばかりに叩き込まれた石突は、セイバーの顎を強かに打ち据えた。
「この一撃で、沈むがいい──!」
「が──はっ──!」
攻防は一瞬。
間髪入れず、彼はガラ空きになった胴に強烈な蹴りを叩き込む。
鎧袖一触。セイバーの身体は土埃を巻き上げて吹っ飛び、土塀に叩きつけられた。
しくじった。息が詰まるほどの痛みが脊髄を駆け抜け、視界が一瞬白く弾ける。
頼みの魔力は文字通り霧散し、愛剣に代わる武器もない。こうなれば、自慢の眼識も形無しだ。
セイバーは苦悶の声を押し殺し、崩れた土塀の瓦礫から上体を起こす。
満身創痍の体ひとつでこの窮地を乗り越えられると考えるほどの胆力は、あいにく持ち合わせていない。
だが、万に一つの勝機であれど、掴み取ってみせるのが我が本分。
息も絶え絶えに顔を上げたセイバーは、すぐ側に蹲るマスターに目を止める。
彼はその姿に息を呑み、我が意を得たりと微笑んだ。
「なんだ。お前さんも、相応に諦めを知らんと見えるな」
地面に深々と刻まれた幾条もの爪痕は、孤独な戦いの証だった。
古今無双の英傑による決戦の裏で、彼もまた苦痛に抗い、再び立ち上がろうと足掻いていたのだ。
「まだ、戦えるな。マスター」
セイバーの言葉に呼応するように、姜維の胸中に気力が湧き上がる。
士は己を知る者の為に死す、という。
その瞳に射竦められたのならば、今宵死んだとて構うまい。そう思わせる何かが、彼にはあった。
「──ああ」
「ならば、この
左手の甲に刻まれた令呪だけが、焼け付くように熱い。
倒れ伏したセイバーを庇うように、姜維はゆらりと趙雲の前に立ち塞がった。
「何──? まだ余力を残していたか」
ランサーが眉根を寄せたのも当然。先刻までの姜維はまさしく死に体だったはずだ。
事実、彼には今や剣を正眼に構える余裕もない。利き腕はだらりとぶらさがり、切先は重さに耐えかねて震えている。
それでも姜維は血管が浮き上がるほど強く柄を握りしめ、毅然とランサーを見据えた。
「趙将軍──いいえ、
「とうに迷いは捨てたか。ならば、こちらも容赦すまい」
寒空の下に対峙する両雄の姿は、歴史に刻まれた一騎打ちを思わせるには十分だった。ただひとつ、セイバーという