Fate/Sangoku Revenant【三国志×聖杯戦争】   作:司馬櫻

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幕間 哀しみて傷らず

 

 天高く聳える西嶺に沈む夕陽が、成都の城邑(まち)を茜色に染めていた。

 大路に面した飾り窓からも、冬の成都には珍しい夕映えの光が射し込んでいる。

 

 「貴殿とは、いずれ(くつわ)を並べて戦うものとばかり思っていたが……これも天命に違いない」

 

 古木のように痩せさらばえた身体は痛々しく、積年の労苦が刻まれた皺面に、かつての意気は見る影もない。ただ、白い睫毛に重く縁取られた双眸だけが、戦場と同じ気迫を秘めていた。

 

 「()の人にして()(やまい)あり、と申します。まさか、このような形で趙将軍にお目にかかろうとは夢にも思いませんでした」 

 「いいや、そう畏まる必要もないだろう。天を怨みず人を咎めず、と云う。貴殿のように未来ある若人が心を砕く相手は、私ではなかろうよ」

 

 趙雲はふっと苦笑して、眼前の若武者に向き直った。──これが、最後に言葉を交わす機会になるのだと、どこかで覚悟したように。

 

◇◆◇

 

 時は健興五年(二二九年)冬。

 北伐に捲土重来を期す蜀漢が、ただでは終わるはずがない──という魏の読み通り、孔明は二度目の征伐を敢行しようとしていた。

 にもかかわらず、二人は戦場から遠く離れた成都の邸で対面していた。孔明の命によって京師(みやこ)に遣わされた姜維は、病に倒れた老将の邸を訪れていたのだ。

 この国を統べる年若い皇帝・劉禅に、魏の降将が拝謁することは、すぐさま成都の民の耳目を集めた。 

 

 「なに。孔明殿が貴殿を京師に遣わした由は聞き及んでいる。……次なる北伐を前に、かの御仁も抜かりないものだ」   

 「はい。僕のような若輩が陛下への謁見を許されるなど、願ってもない光栄でした」

 

 孔明殿が僕に施してくださった恩徳は、彼の君と蜀漢に報いるべくあるのだ、と──。そう懐かしむ彼の瞳には、隠しきれない誇らしさが浮かんでいる。

 

 ……なるほど、孔明殿が彼にいたく期待を寄せるのも無理はない。と趙雲は思った。

 長板にてお救いした若子様は、蜀を興した我が君……劉玄徳の跡目を継ぎ、若くして即位なさった。

 私があの御方の治世を見届けることは叶うまい。それでも、彼のような若者が国の柱となり得るのなら、病み衰えた身とて捨てたものではない。

 

 「貴殿のような俊英を得たことは、我らにとって大きな喜びであった。……蜀の行く末は、若い貴殿らの双肩に懸かっている」

 

 いつしか趙雲の言葉には熱が籠っていた。

 その熱い想いは決して大袈裟なものでなく、その真摯な言葉に姜維は胸打たれた。

 

 だからこそ、彼は問いかけるほかなかった。──あるいはそれは、ずっと胸のうちにわだかまっていた引け目かもしれなかった。

 

 「……なにゆえ、節義を違えた僕のような者に、それほどまでに信を置いてくださるのです」

 

 魏の太守に裏切られて路頭に迷った姜維らに手を差し伸べたのは、蜀漢の丞相たる孔明であった。

 その恩に報いるべく、蜀漢に尽くす覚悟に迷いはない。それでも魏に残していったものを想うたび、若武者の胸に重くのしかかる負い目があった。

 

 おずおずとした姜維の言葉を最後に、室に沈黙が流れた。

 西嶺に傾く夕陽が、燎原の火のように室を朱に染める。

 趙雲は短く息を吐いて、力強く微笑んだ。

 

 「知れたこと。私もまた貴殿の心意気を買っている、というだけの話だ。……貴殿を大丈夫(だいじょうふ)たるものと見込んで頼みたい ──どうか、あの御方をお支えしてくれ。」

 

 姜維の胸に迸るような気持ちが込み上げる。その瞳には確かな決意と覚悟が宿っていた。

 

 「……はい。この姜維、身命を賭して陛下をお支えする覚悟です」

 

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