◇
「ほらよ、これ飲んで落ち着け」
「……うん、ありがとう」
久しぶりの再会を喜ぶ暇も無いような砂狼の様子からして、普通では無いことはすぐに分かった。
一先ず適当なベンチに座らせ、近くの自販機で飲み物を買い、手渡す。もっとも、渡した時にはある程度落ち着いている様子ではあったが。
「で、あんなに焦ってどうした?」
「……」
いつもなら自分の方から『暑いから飲み物買って』とかせがんでくる癖に、今日はやけに静かだ。
何かあったのは確実。気になるし、心配でもある。だが、こちらからはこれ以上話しかける必要はない。あちらから話すのを待つのが一番だ。
少しの距離を開けて、砂狼の隣に腰掛け、缶を開ける。
話し出す様子が無いことを見て、缶に口を付ける。そのまま一口。……イキってブラックになんてするんじゃなかった。
「……その」
心の中で後悔していれば、砂狼が口を開く。
「もう、目を覚ましてたんだね。お見舞い、行けなくて、ごめん」
「……? おう? まあ別に絶対行かなくちゃいけないって訳でもないし、良いんじゃねぇの?」
「その、行こうとは、思ってた。行きたいとも。けど、怖くて」
「怖い?」
「……最初。ユウリがまだ目を覚ましてない時、一回だけ様子を見に行った」
「……」
「本当に、今こうしてるのが信じられないくらい、ボロボロで。もしかしたら、もう……しっ、死んでるんじゃないかって、思っちゃって……!」
「砂狼……」
「こわ、かったの。もし、もしもう一回会いに行った時、ゆ、ユウリがっ、いなかったら、って、思ったら」
そう言いながら、砂狼は顔を手の平の中にしまう。覆った手の中で、彼女がどんな顔をしているかなんて、そのくぐもった声を聞けばすぐに分かった。
咄嗟に彼女の頭へと手を伸ばし、その後はゆっくりと、自分の胸へと抱き寄せる。
「……ぇっ」
「聞こえるだろ? 心臓の音」
「……きこ、える」
「安心しろ、砂狼。俺は生きてる。死んでなんかいない。ちゃんと、しっかり。お前の知ってる月島ユウリは生きてるんだ。だから、安心しろ」
「……うん」
「つーか、俺が死ぬわけ……。うん、し、死ぬわけねぇだろ。あんだけ色々巻き込まれてきて、それでもずっと生き残ってきたんだ。そう簡単に死ねるか」
「……うん」
「けど、ごめんな。心配かけたみたいで」
「……本当に、心配した」
「ははは、悪い悪い。……で、どうだ? 落ち着いたか?」
「うん、落ち着いた」
「よし、ならそろそろ離れろ。人に見られると誤解される」
そういって、彼女肩を優しく掴み、俺から離す。
……。
「あの、砂狼さん。そろそろマジで誤解されるんで」
「……やだ」
「やだ?」
「まだ離したくない」
「いや、とは言ってもだね。誤解されるとお互いに困るんじゃなかろうか?」
「……ん!」
そう言った直後、俺の胸にかかってくる重みが増す。
そっかぁ、離したくないかぁ。うんうん、後輩のたまに出る我儘……。たまに? ……いや、いつも通りの我儘か。うん、いつも通りの我儘は可愛い───訳あるかァ!?!?
「おぉい!! おまっ、誤解されるって言ってんだろうが! 離せこら、力入れんじゃねぇ!」
「……」
「無言!? っておい! 更に引っ付いてくるのやめろ! 腕を回すな! 聞いてんのかおい!」
「……」
「聞いてんのか!?!? いい加減離せって言ってんだろうが!!」
「……私に心配をかけた代償を支払うべき」
「それはマジですまん! けどそれとこれとは別な!? 早く離せ!!」
「ん!」
「力強ぇんだよお前さぁ!!!」
そんな格闘を続けること数分。漸く満足したのか、今度は砂狼の方からゆっくりと力を弱めていく。
くそ、やっぱ弱くなってるな。こいつの拘束を引き剥がせないとは……。昔はもっと簡単だったのに。
「はぁ……。満足か?」
「うん、今日はこれくらいで勘弁してあげる」
「今日ってお前な……。まあいっか。心配かけちまったのは事実だしな」
「ユウリはもっと自分を大事にするべき」
「ははは、よく言われる」
よく言われるが、どうもなぁ。気をつけようとは思っていても、いざその時が来たら身体が勝手に動いてしまう。こればっかりは仕方のないことだと思うわけよ、俺は。
「ん、一先ず、安心した」
「おう、そうか」
「……その腕だと、困ることは多いと思う。何かあったら相談して」
「ああ、まあ、そうだな」
「絶対に、相談して」
「お、おう。分かった分かった」
「絶対に!!」
「分かった、分かったって! なんかあったら言うから!」
「……なら良い」
くそ、急に顔近づけてくるの止めてくれ。心臓に悪いんだよ。こいつらはもっと自分の顔の良さを客観視するべきだと思う、真面目に。
少し恥ずかしくなり、目を逸らすように時計に目をやれば、もうすぐ帰らなくてはいけない時間になっていた。もし遅れたら、……そう考えるだけでも恐ろしい。一先ず、ここは帰るとしよう。砂狼も落ち着いている様だしな。
「よし、じゃそろそろ帰るわ」
「……もう?」
「悪いな。ああ、ただあれだ。俺今度から柴関でバイトすることになったから。夕方より前には上がるから学校がある日とかはキツいと思うが、休みの時とかなら気軽に会えると思うぜ」
「分かった、休みの日じゃなくても毎日行く」
「バカ言うな。学校は行け」
「むう……。ユウリは私と会いたくないの?」
「それとこれとは別」
「冗談。分かった。休みの時に行く。みんなも連れて」
「おう。あの子達にもよろしく言っといてくれ」
「うん。久しぶりに会えて嬉しかった。じゃあ、またね」
そう言ってくる砂狼に手を振りながら、病院までの帰り道を急ぎ足で歩く。思ったより話しちまった。間に合うかな……。
◆
その日は、寒かった。
凍えてしまうのではないかと思うほど、寒くて、空腹だった。
それこそ、目に入った人に襲いかかってしまうくらいには。
私には、記憶がなかった。通っていた学園も、自分の家も、全部。
……けど、たった二つだけ、覚えていたことがあった。
自分の名前と、自分は強いということ。
良くないってことは、何となく分かってた。けど、それしかない、それをしないと、死ぬ。そんな事の方が強く分かってたから、そうした。
強いから、大丈夫。
そんな思いで行ってしまった襲撃は、あっさりと退けられてしまった。
私が負けたのは、三人組。人数の不利なんてどうとでもなる、そんな慢心は、人数なんて関係なく、たった一人の男によって打ち砕かれた。
「どこの子だ? 見かけたことあるか? 小鳥遊」
「いや〜、見たことは無いねぇ。こんなに強いなら話くらいは聞こえてきてもおかしくないと思うけど、そういったのもないし」
「そりゃそうだよなぁ。十六夜の方は?」
「私も、すみません。見かけたことはありませんね」
「そうか……。君、名前は?」
「……シロコ。砂狼シロコ」
「砂狼ね。聞いとくが、ここで何してた? ボロッちぃけど、一応校舎なんだわ。ここ」
「ボロッちぃは余計じゃない?」
「事実だろ」
「は?」
「あん?」
「良いですよ、ユウリとは白黒ハッキリつけないと、と思っていたところですから」
「おいおい、口調崩れてんぞちみっ子。やっぱお前には梔子さんみたいな朗らか〜な雰囲気は無理なんだよ」
「殺す」
「やってみろや」
よく分からないけど、仲の良さそうに話したと思ったら急に離れたところで喧嘩を始めた。本当によく分からない。
「あはは……。あの二人はいつもああなので、あまり気にしないで下さい」
そんな二人を見ていたら、先程男の方に十六夜、と呼ばれていた人が話しかけてくる。
「それで、シロコちゃんでしたよね?」
「……ん」
「さっきユウリ先輩も聞いていましたが、どうしてこんなことを?」
「……このままじゃ、死ぬと思った」
「し、死ぬ?」
「目が覚めたら、ここに居て。何も分からなくて、何もできなかったから。こんなに寒いんじゃ、いつか死んじゃうって、そう思った」
「何も……って、つまり記憶喪失……!? ほ、本当に何も分からないんですか!? 通っている学園とか、メールアドレスとかも?」
その問いに、こくりと頷く。
「大変……! ちょっと待ってて下さいね!」
そう言って、彼女は離れて争っていた二人の方へと向かっていく。
知り合いとする様なものではない、と感覚で分かるような喧嘩をしていた二人だったが、彼女が声をかければそれをピタリと止め、先程までのが嘘の様に大人しく、三人でこちらへと向かってきた。
……もしかして、あの二人よりあっちの人の方が強いのかな。
「お待たせしてしまってすみません」
「……大丈夫」
私じゃ、あの二人には勝てない。そんな二人が大人しく従うこの人には、多分逆らわない方が良い、と思う。
「……? え、えーと、事情はさっきお話した通りなんですが、どうしますか? このまま放っておくわけにも……」
「う〜ん、そうだねぇ。一先ず、校舎の中に入れよっか。ここは冷えるしね」
「そうだな。このままってのは、流石にできない。ほら、砂狼。これでも羽織ってな」
そう言って、彼は着ていた上着を私にそっと掛けてくれた。
……暖かい。
寒いことしか知らない私に、その暖かさは信じられない程幸せな感覚だった。
「シロコちゃ〜ん、これもあげるよ。ユウリの上着だけじゃ寒いでしょ」
その上から、更にもう一つ暖かさが降ってきた。身体が暖かさで満たされる。思わず、泣いてしまうかと思うくらいに。
「ちょ、どうした? 大丈夫か?」
「え……?」
「いや、泣いてるぞ、お前」
どうやら、泣いてしまうではなく、泣いていたらしい。そして、それを自覚してしまえば、ダムが決壊したみたいに涙が溢れてしまう。
「あ〜、ユウリが泣かせた〜」
「は!? 絶対俺じゃねぇだろ!?」
「酷いですね〜、ユウリさんは」
「十六夜!? お前までそっち側か!? いやてか、こんなコントしてねぇで砂狼連れて早く校舎の中入るぞ!」
「っと、それもそうだね。立てる? シロコちゃん」
「……うん」
足に力を込めて立ち上がろうとするが、途中、上手く力が入らずよろけてしまう。
転ぶ、と思いぎゅっと目を瞑る。……が、いつまで経っても衝撃は来ない。その代わり、貰ったものよりも暖かい何かを感じていた。
「おいおい、全然大丈夫じゃねぇじゃん。無理すんなよ」
「そうそう。強がったりしなくて平気だからねぇ」
「そうですよ! 無理はしないで下さいね!」
見れば、三人が私の事を支えてくれていた。急いで支えたのか、むしろ転びそうになってしまっているが、それがこの人達が優しいことの証明でもあった。
もう、寒さは感じなかった。
「よーし、せっかくだしこのまま校舎内まで運ぶか」
「さんせーい。また転びそうになっても危ないしね〜」
「あはは……」
「ん!? ま、まって。一人で歩ける!」
支えてくれたこと自体は嬉しいが、それはそれとしてだ。このまま運ばれるのはどうにも恥ずかしすぎる。
「さっき転びそうになってたのに説得力ないよ〜。そら、さっさと運ぶよ〜」
「あいさー!」
「ごめんなさい、シロコちゃん。この二人はこうなったら聞かないので、諦めてください……」
「ん〜!?!?」
恥ずかしい。とても恥ずかしい。
……けれど、最初感じていた寒さよりは何倍も、何十倍も、何百倍もマシだ。
その日は、寒かった。けど、そんな寒さも感じなくなるくらいに、暖かった。
「……ん」
カーテンの隙間から射し込んでくる日差しの鬱陶しさから、思わず目を開ける。
……ずいぶん懐かしい夢を見た。私が、ユウリやホシノ先輩、ノノミと会った日のことだ。
多分、昨日久しぶりにユウリと会ったからだと思う。
……そう、昨日だ。私は昨日、ユウリと会った。……夢じゃ、なければ。
怖い。もしもあれが夢で、ユウリはまだ眠ってて、もし、そのまま─────。
そんな事を考えていた時、枕元のスマホから通知音が鳴る。
思わず目をやれば、ユウリからのメッセージだった。
ああ、良かった。夢じゃない。ちゃんと、生きてる。
安堵の息を漏らしながら、送られてきたメッセージを見る。
『一応今日からバイト始まっから、休みの日にでも遊びにこいよ。もちろん客としてな。じゃ、学校頑張れよ。絶対! 学校はサボんなよ!!』
「───ふふっ」
恐らく、昨日言ったことを気にしているのだろう。文末に添えられた言葉に思わず笑みが零れた。
もちろん、学校をズル休みするつもりはない。これまで学校を休みたいと思ったことはないし、これからもないだろう。それだけ、あそこでの日々は楽しい。
けれど、それと同じくらい、このメッセージを送ってきた彼も大切だ。
彼に会いたい、彼と話したい、彼を感じたい。そんな気持ちは今もこの胸の中で渦巻いている。
けど、そんな感情に身を任せた所で、彼を困らせるだけだ。だから、今は我慢する。
……今は、まだ。
「……よし、準備しなきゃ」
さて、彼との約束でもあるし、学校に行く準備をしよう。
窓から見えた空は、雲一つない青空。絶好のサイクリング日和だ。
なんとね、続きました。
初めての他視点は砂狼さんでしたね、はい。多分二度とかかないっす。
続きはあまり期待しないように……ね、お願いします。