セフィに依頼の結果を説明した時はまだよかった。ふむ、と顎に手を当てたセフィは、そうなると王都のギルドに報告が必要かもしれませんね、と述べ、まあエミルさんのすることですからと笑っていた。
問題はここからだ。ギルドへ今回の顛末を説明すると、頭を抱えたような表情で少々お待ちくださいと奥に消えていく。それから暫くして、こちらの部屋でお待ちくださいと応接室に通された。
そのまま暫く待っていると、部屋扉を開けて入ってくる誰かが。
「って、何でお前らが」
「ギルドはここのところの騒動でこういう事態を丸投げするようになったみたいね」
俺の言葉にそう答えるのは月の大聖女。そしてその隣で毎回毎回面白いことをしてくれるわね、と笑っているのが傀儡人形で、まあエミルさんだから仕方ないと苦笑しているのが妖精姫だ。教国、王国、帝国に明確に所属が決まっている属性頂点、まあいつもの面子である。
そんな面々が、今回は俺達と対峙するように向かい側に座った。
「何か問題があったのか?」
「ギルド的には大分問題らしいっスね」
そう言って溜息を吐く妖精姫。そうしながら、説明はどうする、と月に大聖女や傀儡人形に視線を向けていた。
まあそれなら、と月の大聖女が手を上げる。教国には一応そういう事例もあるし、と言葉を続けた。
「今回のエミルくんのやったことがどういうことかは、分かっているわよね?」
「どういう、って。アローとオーテ、後コカトリスを見逃したことか?」
「そう。まあ本来冒険者としても、人に危害を加えなければ討伐する必要はない、と判断して見逃すのは間違いじゃないのだけれど」
問題は、その魔物が魔王級であることだ。野生の魔王級が群れを率いてそこにいる、というのは、人にとっては脅威となる。
「まあ、その辺は人を襲わない魔王級という区分で野放しになっている魔物も実際いるんで、問題ないといえばないんスけど」
妖精姫が月の大聖女の言葉を引き継ぐようにそう述べた。そうしながら、その場合の盟約をきちんと定める必要がある。そんなことを続けた。
「盟約? そんなもんあったのか」
「エミルくんの場合、魔王級を己のパーティーメンバーとすることが結果的に盟約になっているわ。だからこれまでは問題なかった」
「後特殊な事情としてはイゼルブね。あの魔物はエミル君が討伐を担当するということが決定していて、現状特に被害を出していないから放置されているだけ。だからあれは容認ではなくてよ」
仲間の三体については、イゼルブと関係が切れればそのまま容認の方向に持っていく可能性が高い、あるいは現状イゼルブが暴れるのを押さえるストッパーの役割を果たしているので擬似的な盟約となっている。そんなところらしいが、まあ基本その辺の盟約とは事情が違うのだとか。
「別にそんななあなあの連中がいるなら今回もそれでいいんじゃないのか?」
「そうね。以前までのギルドならばそれも出来たでしょう」
そう言って傀儡人形はクスクス笑う。それは、どういうことだ。今のギルドだとそういうのが厳しくなった、とか言われても、何でそんなことに。
「あ」
「そう。この間の不祥事で、ギルドの信用が落ちている。ここで曖昧な線引をしても、世間が納得しない」
またこの間みたいなことを起こす気か、と人々が騒ぎ始めるわけだ。いや、それ以前の問題として、そんなギルドなんか信用出来るか、となって、討伐しろという声が大きくなったりもして。
「そう。まあその時は貴方達に始末してもらうことになるけれど」
「それは」
「そうならないための盟約っス。きちんと手続きをとって、こちらが承認すれば問題ないんで、安心して欲しいっスよ」
フォローするように妖精姫が声を上げた。まあそもそもそれほど大変な手続きでもない、と微笑みながら言葉を続けた。
「実際問題、オルとアルだってそういう手続をして冒険者になってるんスから」
「成程」
「ただまあ、今回は少し事情が特殊よね」
そんな妖精姫のフォローを台無しにするような月の大聖女の言葉。妖精姫が少し睨んだが、だってしょうがないでしょうと月の大聖女は笑っていた。
「基本的に容認される魔王級は単体よ」
そう述べた傀儡人形が置かれていた紅茶を一口。そうしながら、この場合の単体とは部下を率いていないという意味になる、と言葉を追加する。
「これまでのなあなあの容認ですらそうだったのだから、今の手続きを行うような状態だとそれこそどう転ぶか分からない」
「……なんて、脅かしてみたけれど。まあエミルくんが大丈夫と言っているなら問題はないとわたくし達は思っているわ」
無言で傀儡人形が月の大聖女を見る。別に自分は無駄にまどろっこしい脅し方をするつもりなどなかった、と月の大聖女は傀儡人形の無言の抗議を受け流した。
「あら、なら最初から特殊な事情だなどと言わなくてもよかったのではなくて?」
「事情が特殊なのは事実でしょう? 脅したわけではなく、少し面倒だと言う説明のつもりだったわ」
「成程、自然な会話で彼を不安にさせたのね。勉強になるわ」
「だからわたくしは」
「ちょちょちょ。ストップストップ」
落ち着いて、と妖精姫が月の大聖女を宥めに掛かる。傀儡人形は平然と紅茶を飲んでいた。そんな二体を見て、妖精姫が疲れたように溜息を吐く。まあこの三体ならこうなるよな、みたいな会話が眼の前で繰り広げられて、俺も同じように溜息を吐いた。
で、だ。俺なら多分大丈夫だろうと思われているものの、それでも事情が特殊なものであることは間違いない。そういう手続をしないといけないわけなんだよな。
「まあ、そうなるっスね」
「どっちみち普段から面倒事にはよく遭遇してるんだから今更だ」
そう答えると、月の大聖女も傀儡人形も、そして妖精姫までも笑っていた。そうでなくては、なんて揃って俺を見ている。
なんか俺変なこと言ったか? そう思いスロウ達を見ると、こっちもこっちで同じような表情をしていた。なんでだよ。
「エミルはエミルだなって」
「わけ分からん」
もういいからその手続とやらをさっさと済ませようぜ。そう述べると、眼の前の三体はコクリと頷き一枚の書類を取り出した。とりあえずはここに記入をしてもらう。そう言われたので、分かったと書類に必要事項を書いていった。見る限り、魔王級の保証人みたいなもので、何かあった際の責任者になることを証明する署名のようだ。で、責任者は勿論俺エミル。対象者は。
「……これ、どうすればいいんだ?」
「だから言ったでしょう? 特殊だって」
アローとオーテ、後コカトリス。そしてハーピーの群れ。この場合、双子の群れかどうかとかその辺のチェックもしなきゃいけないのか。
そして、もし群れのハーピーが何かをした場合、討伐依頼の出されるようなことをしたならば。
「……これからあの街道のハーピー関係の依頼は全部俺持ちか?」
「そうなるわね。仕事が増えてよかったじゃない」
よくねえよ。傀儡人形の楽しそうな声に、俺はそう返した。
場所は変わってアローとオーテの縄張り。ギルドの処理班を連れて戻ってきた俺達は、ワームの解体の手伝いをしていた。ついでに群れのチェックもしている。基本的に協力的なので、双子の群れのハーピーにはリボンをしてもらうことにした。エミルからのプレゼント、とはしゃいでいるのでまあよしとしよう。
「クァ!」
「クェ!」
勿論コカトリスにも目印となるリボンを渡す。嬉しそうに首につけていたので、何だか俺も嬉しくなって頭を撫でた。
そんな感じの状態をギルドの面々にも見せたことで、第三者からもこちらから危害を加えない限り安全であるという証明をもらった。既に妖精姫達からの承認は受けているので、これで晴れてハーピー達は特殊事例の魔王級として認定されたわけである。
となると、残りはこのワームの処理だ。
「なあアロー、オーテ」
「どうしたの?」
「何かあった?」
「どのくらいか残して欲しい、とかそういう要望ってあるか?」
俺の言葉に、二体はむむむと考え込む。少しあれば群れの食事になるだろうけど、そこまではいらない。暫くして、そう答えを出した。
「別に自然回復の素材になるわけでもないし」
「たくさんあっても邪魔かな」
だから遠慮なく持っていっていいよ。そう述べるハーピー姉妹に分かったありがとうとお礼を述べ、処理班にそんな感じだと伝えた。処理班はそんな話を聞いて、こちらとしても素材が大量に手に入るので助かりますが、と苦笑する。
「流石に全部はいらないんですよね」
「だろうな」
全長だけならその辺のドラゴンよりデカいこれは、当然取れる素材も膨大だ。まあ膨大過ぎて余ってしまうというのが逆に問題になるわけで。
ハーピー達も、処理班も。結局こんなにいらない、に落ち着くわけである。
「普段であればそれなりに残すんですが」
処理班の一人がそう述べる。まあ普段より大量に持って行くとして、と試算をした結果、それでも三分の一位はここに置いていくことになった。
処理班がアローとオーテに声を掛ける。何々、と素直に話を聞いた二体をホッと安堵した表情で見た処理班はその辺りの旨を伝えていた。
「わたしたちも貰えるみたいですね、素材」
「使うかどうか分からないけどな」
ワームの鱗や甲殻など基本的な素材から牙とかの希少素材まで一通りは俺達にも分配されるらしく、売れば今回の依頼料なんか目じゃない値段になる。ただ、準魔王級の希少素材とかは売る以外にも何か用途はありそうなので取っておいてもいいかもしれない。とはいっても、もう装備は新調したし、これ以上何か必要ってこともないとは思うが。
手際よく解体され、素材となって運び出されていくワーム。それを見ながら、今度こそ本当に依頼終了だと伸びをした。
「そーいえば」
「ん?」
そんな様子を同じように見ていたスロウが、ふと思い出したように声を上げる。どうした、と問い掛けると、眼の前の解体されているワームを指差した。
「これ、どっから来たんでしょうか」
「確かに、この辺にワームなんかいたら大騒動だよな」
まあ王国にそう強いモンスターがいないかといえば答えは否で、この辺の森の奥にもコカトリスがいるくらいには危なっかしい箇所もあるわけだが。
それでも、こんな巨大なモンスターがそのへんを闊歩しているかと言われればそれも違う。ワーム自体は王国でもいることはいるが、もっと僻地の人の住んでいない場所だ。
「遠くから来たとか、その辺なのかなぁ……」
俺とスロウの会話で気になったのだろう、シトリーも参加してそんなことを述べる。同じく聞いていて考え込んだアリアも、その可能性は高いだろうと口にした。
「でも、そうなると。どうしてわざわざここに、という話よね」
元々の住処を追われた。と考えるのが一番妥当だろうか。縄張り争いに負けた、辺りが理由としてはありそうだが。
そうなると、こいつを叩きのめして追い出したであろう存在がどこかにいることになる。
「まあ、こっちに迷惑を掛けなきゃ何やってくれてもいいんだけど」
「既に迷惑掛けられたわよ」
「そーですね」
「うんうんうん……」
解体されたワームを見る。まあ、とはいえ、こいつがいなかったらアローとオーテはまだ群れに認められなかっただろうし、コカトリスも仲間にならなかった。そういう意味では手伝いをしてくれたと言えなくも。
いや、まあ迷惑は迷惑だな。
「まあそもそも縄張り争いに負けたって言うのも想像だしな」
「実際はただ気まぐれで下りてきただけって可能性もなくはないものね」
そう言いはしたが、アリアは違うだろうな、みたいな顔をしていた。俺もまあその辺には賛成だ。
それならばまだ、何かに命令されて縄張りを広げようとしていると考えたほうがしっくり来る。
「それ、縄張り争いに負けた、のほうがマシなやつですよ」
「ワームに命令できる何かがいるってことになるよぉ……」
そうなんだよな。準魔王級に命令出来るとなると、それこそ魔王級の何か。それもアローやオーテみたいなへっぽこじゃなくてもっと強大な奴だ。少なくともイゼルブ級はあるだろう。
そこまで考えて、ひょっとしてイゼルブなんじゃないか、と思い付いた。が、即座にそれはないか、と頭を振る。あいつは自分が集めるのは美女美少女とか変なこと抜かしてたからな。実はこのワームが美少女になれたとかじゃない限りはやつの可能性は低いだろう。
そもそもその場合ラミューなりイリスなりキララなりが割り込んでくるはずだ。彼女達は仲間を捨て駒みたいに扱うことはないし。というかイゼルブもせっかく仲間にした美少女を見捨てることもしないだろう。
というわけでイゼルブ説は無しだ。あいつくらいの強さを持った何かがひょっとしたらいるかもしれない、くらいは心に留めておこう。
「そうなると、目下の心配事はそれになるわね」
アリアがううむと唸る。いや、あくまでただの妄想だし、そうそう心配することもないだろう。そう返したが、アリアは表情を戻さない。
「実際にワームはこんな所まで来ているもの。調査くらいはした方がいいのかも」
「……まあ、その辺はギルドの仕事だろ」
「そーゆーこと言っちゃうと、依頼来ちゃいそうですけどね」
「ちょっと、心配かなぁ……」
そんなこと言われてもな。それこそ俺達より向いてる勇者級だっているんじゃないのか。知り合いの勇者級を思い出しながら反論してみたものの。
クロード達、バクス達、アイラさん達、それぞれにそういうイメージが湧かないので俺はそのまま口を噤んだ。