三日後。俺たちが指定された演習会場…郊外の巨大工業プラントに足を踏み入れた時、そこに広がっていたのは予想とは全く異なる光景だった。
血の匂いも、殺気立った怒号もない。
そこにあったのは、王子軍によって複数の試合リングが設営された公式の闘技場。そして、三大マフィアの組員たちが各々の陣地で静かに闘志を燃やす、肌を刺すようなピリピリとした緊張感だった。
「…こりゃ、思ったより本格的だな」
ガドがその空気に気圧されるように呟いた。
「殺気はねえが、全員ピリピリしてやがる。こいつは戦争じゃねえ…祭りの前の静けさってやつか」
「うむ」とドウセツ老師が隣で頷く。「これは互いの力を誇示し、序列を決めるための儀式。古来より続く、武人たちの『いくさ』そのものじゃ」
観客席は、明確に四つのエリアに分かれていた。屈強な肉体を持つ者が多いエイ=イ一家。痩身で知的な雰囲気の者が多いシュウ=ウ一家。どこか掴みどころのない奇妙な装いの者が多いシャ=ア一家。そして、その全てを監視するように陣取る、規律の取れた王子軍の兵士たち。彼らは言葉を交わさず、ただ静かにこれから始まるであろう戦いを見つめている。その視線の交錯が、見えない火花を散らしていた。
やがて、会場の中央に設けられた演壇にベンジャミン王子が姿を現した。その声は、マイクを通して会場の隅々まで響き渡る。
「これより、我が国の安寧を担う者たちの力を示す御前試合を執り行う! ルールはただ一つ、相手の戦闘続行を不可能にすること。殺害や再起不能に至らしめる行為は、我が名において断じて許さん。各組の代表者は、己が組織の誇りを懸け、正々堂々その力を示せ!」
くじ引きによって、第一試合の組み合わせが発表された。
シュウ=ウ一家の代表と、王子軍の兵士の一人。
ゴングが鳴り響き、静かな、しかし濃密な念の戦いが始まった。
王子軍の兵士は、教科書通りの美しい構えからオーラを纏わせた槍を繰り出す。対するシュウ=ウ一家の男は、ひらりひらりとそれを躱すだけで、一切攻撃しようとしない。
「どうした!攻撃してこないのか!」
兵士が苛立ちの声を上げるが、男は不気味な笑みを浮かべるだけだ。観客席がざわめき始める。
「おい、シュウ=ウの奴、何がしてえんだ?」
「さあな…だが、見ろよ。王子軍の兵士の動きが…」
観客の一人が指摘した通り、兵士の動きは明らかに精彩を欠いていた。槍の突きは的を外し、踏み込みはもつれる。まるで、自分の体が自分の言うことを聞かないかのように。
「まさか…!」
ガドがその能力の正体に気づいた。
シュウ=ウ一家の男の指先から、オーラでできたほとんど視認不可能なほどの細い糸が伸び、兵士の体中の関節に繋がっていたのだ。
能力名『傀儡の糸(マリオネットワイヤー)』。
オーラを糸状に変化させ、相手に付着させて操作する、変化系と操作系のハイブリッド能力。相手を完全に操るのではなく、その動きを僅かに、しかし確実に阻害し、自滅へと追い込む、陰湿で狡猾な戦い方だ。
「ああいうジメジメした戦い方、いかにもシュウ=ウの連中だぜ」
ガドが吐き捨てるように言った。
最後には、兵士は自分の槍に足を引っかけ、無様に転倒したところを糸で完全に拘束され、降参を宣言した。会場は、その派手さのない、しかしあまりにも一方的な勝利に、不気味な沈黙とどよめきに包まれた。
続く第二試合。
エイ=イ一家の筋骨隆々とした巨漢と、シャ=ア一家の痩せた軽業師のような男がリングに上がる。
ゴングと同時に、エイ=イ一家の男が咆哮と共に突進する。全身の筋肉をオーラで鋼鉄のように硬化させる、純粋な強化系の猛者だ。
対するシャ=ア一家の男は、その突進を軽やかにバックステップで躱すと、ニヤリと笑い、自らのオーラをネバネバとした琥珀色の粘液へと変化させた。
能力名『硬化樹脂(レジン・トラップ)』。
男は、その粘液をリングのあちこちに撒き散らす。粘液は、空気に触れると瞬時に鋼鉄のような硬度を持つ罠へと変わった。
「うおおおっ!」
エイ=イ一家の男は、罠をものともせず、その剛腕で樹脂を殴り砕きながら前進する。
「逃げてんじゃねえぞ、シャ=アのヒョロガキがぁ!」
「おっと、そう簡単には捕まりませんよ」
パワー対テクニック。会場のボルテージは、この分かりやすい構図に一気に引き上げられた。
「いけーっ! ロッコ! そのまま潰しちまえ!」と、エイ=イ一家の席から怒号が飛ぶ。
「馬鹿め、罠にかかったな」と、シャ=ア一家の席から嘲笑が漏れる。
激しい攻防の末、エイ=イの男が渾身の一撃でリングの床ごと樹脂の罠を粉砕し、シャ=アの男を捉えて勝負は決した。だが、シャ=アの男が見せたトリッキーな戦いぶりは、観客に強烈な印象を残した。
「ふむ」と老師が静かに呟く。「強化系の男は、ただの力押しではない。罠を破壊する際、常に最小限のオーラで最大限の効果を出すように動いておる。シャ=アの男も、相手の体力を削ることに徹しておった。どちらも、見事な戦いぶりじゃ」
老師の分析を聞きながら、俺は初めて見る多彩な念能力のデータを、一つ一つ目に焼き付けていった。こいつら全員が、俺の「経験値」であり、新たな「念具」の可能性なのだ。
トーナメントは進み、会場の興奮は最高潮に達していた。
そして、アナウンサーの声が次の対戦者をコールする。
「――続きまして第四試合! シュウ=ウ一家、ジーノ選手! 対しますは…王子軍特別協力者、カイ選手!」
その瞬間、それまでの喧騒が嘘のように、会場が静まり返った。
全ての視線が、俺一人に突き刺さる。
王子が連れてきた謎の少年。ビンセントを破ったという怪物。その戦いを、誰もが固唾を飲んで見守っていた。
「…へっ、ようやく主役のお出ましってわけか」
隣でガドがニヤリと笑う。
俺は静かに立ち上がり、リングへと向かった。
リングの中央では、既にジーノと名乗る男が待っていた。物静かな雰囲気の、知的な男。だが、その瞳の奥には、確かな実力者の光が宿っている。
俺たちがリングの中央で対峙する。
観客席が、固唾を飲んで俺たちを見つめている。
「あのジーノが出るのか…」「シュウ=ウ一家の頭脳が、王子軍の秘密兵器と激突か…!」
ゴングがまだ鳴らない。
だが、俺とジーノの戦いは既に始まっていた。
その視線の交錯だけで、互いのオーラが、力量が、そして覚悟が、火花を散らしているのが分かった。