「おはよう。師匠…。」
「おはようございます。ネム。ご飯はできてますよ。」
「いただく…。」
ネムは食事も取れる特別な傀儡だ。朝ごはんを食べ終わったところで、ヘレネは話を切り出した。
「ネム。このペルス島近くの海域に、魔王級のヤマクジラが発見されました。ドラゴン級のモンスターも4体以上確認されています。」
「私とワラキアの出番だね。師匠。」
「いえ、このペルス島で迎え撃ちます。」
「…正気?陸地があるとはいえ、嵐の中で戦うようなものだよ。」
魔王級のヤマクジラともなると、天候を雨にしつつ雷を降らせて攻撃してくる。風は吹きすさび、水温は下がるし衣服は濡れる。視界だって大雨でまともに見えない。ネムと黒騎士であればその影響は無視できるが、他の冒険者が耐えれるとは思えなかった。
「軍の魔術師が魔法を使います。結界で島を囲み、天候を緩和させるとのことです。」
「さすがはエルガンの王国軍。これなら楽勝かな。」
「また、群れの対策に魔王級冒険者を島の8方面に分けます。ネム、あなたは地図で言うところの南東のエリアに常駐してください。」
「わかった。行くよ、ワラキア。」
黒騎士は頷いた。
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南東部まで黒騎士におぶさり移動する。ペルス島は年を通して温暖であり、果物などが実っている。人の居住地については、港以外だと一つ二つ街があるくらいだ。4時間ほど疾走すると、南東部のベリノア町に着いた。
ベリノア町近くには特産モンスターであるスライムがいて、それを食べて暮らしているようだ。餅のような食感で、ココナッツの味がするらしい。
街の中心へ歩いていくと、海賊魔神を見つけた。屋台でスライム餅を売っているようだ。結構繁盛している。
「海賊魔神。こんなところで働いてるんだ。」
「……ええと。ごめんなさい。その、昨日のことは謝ります。」
海賊魔神としての行動をやましいものだと思っているようだ。
「家の手伝い?頑張ってね。」
「え、ああ…はい。」
邪魔するのも悪いので、簡単な挨拶程度にしておいた。
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ネムはヘレネから、ベリノア町にもう1人魔王級冒険者が配属されているので、話し合っておけと言われていた。指定されている料理店へと入る。
「…あ、おーい!こっちでーす!」
「待たせた?」
「いえいえ!自己紹介をさせてください。僕はレギーナ=ルイ。魔王級冒険者です。【薔薇剣のレギーナ】とも呼ばれております。」
魔王級冒険者レギーナは、背が少し低い(それでもネムよりは大きいが)幼なげな青年だった。腰に秘めたレイピアは【バイオレット】という名で、刺された者は生きたまま薔薇と化してしまうらしい。
「私は【黒騎士の繰り手】黄昏ネム。こっちはからくりのワラキア。よろしくね。」
「ええ、よろしくお願いします。」
それから少し、お互いの特性について話し合った。レギーナは多数の相手は苦手らしいので、そこはネムが代わりに受け持つということで話が決まる。
「ところで住居の方は大丈夫ですか?軍から当てがわれた部屋がありますので、案内しますよ。」
「お世話になろうかな。」
師匠が金貨100枚を取ってってしまったので、ネムは金欠気味である。軍の懐に感謝だ。
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移動中の出来事。住居はベリノア町の海岸近くにあるらしい。
「ネムさんはどうして冒険者に?」
「生きていくためにお金がかかるからかな。」
「からくり士というのであれば相当稼いでいそうですが、足らないのですね。」
「うん。この子…ワラキアのためにも必要なんだ。レギーナはどうして?」
「僕の家は剣術道場をやっていたんです。巨流を教えていました。」
この世界の武道は、巨大な魔物を倒す【巨流】、人を倒す【殺法】、それらの中間を教える【流法】がある。
「僕は見ての通り細身で、強化魔法の資質もなく…巨流の道場を継げなくて、それで思い切って冒険者になってみたんです。」
巨大な魔物を倒すなら、強力な力が必要だ。レギーナは小柄ながらも巨大な敵を倒す技を修めていたが、師範代としてはイレギュラーな人物だった。
「興味深いね。どうやって魔王級になったの?」
「省略しますが、魔王級モンスター、【紫の大樹】を乾燥させて火をつけたら、そのまま倒せちゃいましてね。討伐軍のみんなから推薦を受けて、この地位に。」
紫の大樹は小さな種子を常にばら撒き、生物の体内で成長させ、何もかもを侵食してしまう。発生した地域は数年ほど放棄され、困っていたところにレギーナの一団が現れ、結界で常に晴れにした上で川の流れを変えたり地下水脈を枯らしたりして水源を奪い、徹底的に乾燥させたところで火をつけて退治したそうだ。
「このバイオレットは、地下水源を枯らす時に邪魔しに来た紫の大樹の端末から作ったものなんです。」
「面白かった。ありがとう、レギーナ。」
「なによりです。ネムさんはどうやって?」
「ワラキアと一緒に地道に魔王級やドラゴン級を倒してたら、勝手になってた。」
「それは…頼もしい限りです!
「うん。また。」
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すっかり日が暮れた後のこと。黄昏ネムと黒騎士は、部屋にて眠っていた。黒騎士は何かの気配を感じ取る。
「……ネム…。」
「…う…。」
「ネム、敵襲だ。悪いが"起きる"ぞ。」
黒騎士は起き上がり、ネムを抱えた。
「…眠りが深いようだな。」
そのまま部屋を抜け出して、海岸へ。
浜辺近くを周遊するのは、デーモン級のフィッシュソルジャー8体、ドラゴン級の大王鮫3体…。それ以外はよく見えない。
軽く雨が降っている。このまま放置すれば嵐になり、この街を破壊するだろう。
「大した数ではないが…始めるとしよう。ネム。」
「……。」
黒騎士は背中の糸からネムを操り、魔法を使わせる。水魔法で大きな水球を作った。
これを海面にぶつけることで、海流は一時的に乱れ、魔物達は海面まで押し上げられる───。
「首切り。」
それを───一閃!傀儡の如く機械的な高速行動で首を断ち、フィッシュソルジャー達は全滅する。
残りは大王鮫。
「ネム。頼む!」
黒騎士は魔力をネムへ回す。
意識がないネムは魔力を受け取ると、その手を縦横無尽に動かした。黒騎士の思い通りに、黒騎士を動かす───!
「───ウ…オ…オオオオオッ!!」
水棲のモンスターが到達する極地…それは流れの支配。水流を操り、獲物の自由を奪い、自らは自由を得る───故にこそ、力技に弱い。シーサーペント討伐の時のように、黒騎士は回転しながら流れを己に引き込む…ッ!!
大王鮫は強く流れに引き込まれたッ!必死に逃げる…流れを三匹で操りながらッ!が、無力…!
「アアァ…アアアッ!!」
ミキサーの如き回転で、粉微塵に変わる大王鮫。雨が晴れ始め、黒騎士は戦闘の終わりを悟った。糸に引かれて陸に戻る。
「…一仕事、終わりだ。」
「…。」
「ネム、お疲れ様。…すっかり濡れてしまったな。ネム、熱風を頼む。」
「…いいように、使い過ぎ…。グゥ…。」
「……。」
「…いつも、頼って…。」
俺達は意識のスペースを共有している。
俺が起きれば、ネムは寝る。俺が寝れば、ネムは起きる…。
…こんな歪なことになってしまったのに、彼女は…どこまでも優しい。
「…ありがとう。ネム…。」
身体を乾かしながら、部屋へと戻る。
暗闇での戦いは終息した。