―――――どうして、こんなことになってしまったのだろう。
もしこの結末を知っていたら、どうするか――――幾度となく考えた問いへの答えはやはり、いつも同じで。………やり直したいなぁ。もう一回、もう一回チャンスがあればもうちょっと上手くやれそうなんだけどなぁ…。
「………あの、やっぱり“わたし”じゃないと……」
(いやどうしてそこで諦めるんだ、諦めんな! できるできる絶対できる! トレーナーはお菓子大好きだって! 甘いものとゴルフで攻めよう! な!)
「………トレーナーさんに、喜んでもらいたいの…!」
(いーやーだー! ……そう、こっちは走るの専門だから!)
「あなたじゃなきゃ、ダメなの……」
(お前じゃなきゃ
―――――――――――――――――――――
あれは、うだるような暑い夜だった。
「………本当に、こんな場所でいいの?」
(まあ、人目に付かないのが最低条件だからな)
トレセン学園において、人がいない時間帯というのはあまりに貴重だ。
朝一番から走ってる
謎のステルス性能を持っているスティルはそのへんかなり有能で、学園をこっそり抜け出しても誰にも気づかれない。が、“こっち”が走るとそういうわけにもいかない。
「――――…うん、“わたし”は凄いから……」
(そう。スティルインラブは凄い。“こっち”はまあ、スペック全部引き出した初心者救済モードみたいなものだから――――そっちも同じことができるようになるよ)
主導権を受け渡され、軽くその場で跳ねる。
心臓が力強く脈打ち、未知のパワーが血液とともに全身を巡っていることを知覚する。筋肉がしなり、羽のように軽い体躯は重力から解き放たれたかのように軽やかに大地を揺らす。
言うなれば、
無人島で三年間みっちり鍛え上げたくらいのスペックを持つ“スティルインラブ”の走りは、スキルがなくとも暴力的にすぎる。
一緒に走った子に大差をつけてぶっちぎり、激しいトラウマを植え付けて再起不能にするくらいには。アプリでも思ったけど、GⅠであの大差つけられたら2着の子たち泣くよね。
ついでに言うと自分でも分かるくらい作戦もクソもない能力頼りの走りなので手加減とかはできない。「??? そろそろ仕掛けないとまずいかな?」とか言って大差でぶっちぎるくらい。
一歩踏み出す。
タンッ、と蹄鉄とは思えない軽やかな音。スティルの身体に変な負荷をかけないよう脱力の仕方だけは細心の注意を払っている。
筋肉が躍動し、靭帯が連動して身体を運ぶ。前へ、前へ。
もっと速く。もっと先へ。もっと、もっと…!
風を切る。ごうごうと言う音が心地よく耳を撫でる。
蒸し暑い夜の空気を切り裂いて、夜の闇を塗り替える。
心地いい。
偶には走らないと、肝心なタイミングで走れないかもしれない――――あとスティルにお手本というか、身体の使い方を覚えて欲しい――――そんな思いでスティルに頼んで始めた夜間トレーニングだが、やはり自分も“本能”であるのか。ほぼサイレンススズカぐらいには走ることが好きな自覚はある。迷惑だろうからしないが本当は一晩中走っていたい。
「――――ふふっ」
多分、名だたる猛者が相手でも良い走りができるだろう。
変装して早朝にサイレンススズカと併走した時は最高だった。世界最強のエクレアと一緒に走れたら、さぞ楽しいだろう。
「――――あははっ」
脚の回転を速める。呼吸を深く、早く。
熱を持ち始めた四肢が、下手をすれば地面を蹴り砕くだろう破壊的な推進力を放ち。それを狂いなく地面にぶつける。跳ねるように、飛ぶように、夜の星空を翔けるように。
「―――――最ッ高!」
星空に包まれている感覚を味わいながら、視線をふと戻すと――――。
「あ……あの……」
人がいた。
若い男だ。胸元に輝く、ぴかぴかの中央トレセンのトレーナーバッジが眩しい。
「………やべ見つかった……見つかった!?」
ち、違うんですスティルちゃんは夜間徘徊とかしないいい子なんです!
いや待てよ、そう自分トレセン学園とは一切関係のない――――トレセン学園の制服だこれ!? コスプレ……コスプレしていたということにすればいけるか……!?
いや無理だなぁ!? い、いやだ補導は嫌だ停学も困るスティルちゃんがみゆぴー(仮)とイチャつくのを見るまでは負けるわけにはいかんのだ! やらせはせん! スティルの栄光やらせはせんぞぉ!
「君は―――――」
「イヤーーーッ!」
うおおおお当身ぃ!
「ぐはァッ!?」
―――――忍殺
「あっ、やべっ証拠隠滅ッ!」
(きゃああ!? だ、大丈夫ですか!?)
「すまない、手が滑った。一発だけなら誤チェストにごわす」
(ふざけていないで、すぐに手当てしてくださいっ!)
スティルちゃんがお怒りです…。正直すまんかった。
(おやつ抜きですから)
「うわああああマジすみません今すぐ運びます任せろ世界最速の証明…ッ! 真ん中に犬がカッター! どこまで行っても逃げてやる!」
―――――――――――――――――――――
―――――綺麗だった。
心底楽しそうに、星空の下を駆けるウマ娘。
ベールを羽のように靡かせて、見たことがないほどの速度で。
そう、それは新人トレーナーとして外部事業を手伝った帰り道。
なんとなく何かに呼ばれるようにして、誰もいないように思われる公園を訪れたことで出会ったのが、そのウマ娘で。
知らない子だった。
なのに、まるでGⅠレースを観ているかのような、圧倒的な躍動感―――速さ。金の卵なんてものではない、黄金の芸術品としか思えないほどの完成度。
トレーナーとして、知らないハズがない。海外のGⅠウマ娘?
だが、だが――――そのトレセン学園の制服を着た子が、まだ誰も見つけていない原石だとしたら?
トレーナーとしての本能が、震える。
感じてしまった。かつてない走りを、誰もみたことがない走りを、彼女となら――――!
目が合い、声を掛けようとして――――それで、どうなったんだっけ?
目が覚めると、玄関に倒れていた。
寝汗でびっしょりと濡れている……昨夜のことは、全て暑さと疲労が見せた幻だったのだろうか?
「……っ、痛……!」
思わず首を押さえる。鏡を見ると、首元に何か一撃喰らわされたような痕が――――。
『イヤーーーッ!』
衝動に突き動かされ、部屋を飛び出していた。
心臓がバクバクと鳴っている……それは驚き故か、あるいは―――。
(彼女を、探さなくては……!)
「あの……。」
頭の中から追い出すことなどできない、あの獰猛で、奔放で、楽しそうに駆ける姿。
その速さが、走りが、笑顔が――――。
(どうしても、忘れられない……!)
「あの……っ」
(たしかうちの制服を着ていた……なら――)
「あの……!!」
急に目の前に現れたウマ娘が、細い声を精一杯張り上げる。
その整った顔が急に目の前に来た事で、思わずのけぞるように驚いてしまった。
「うぇっ!?」
「……も、申し訳ございません……。驚かせる気は……ただその、申し訳なくて……大丈夫でしたか? ……その、昨日は……」
不意に重なる、紅い瞳。そよ風にさえ吹かれそうなほど儚く佇む目の前のウマ娘は、確かに“あの”彼女だった。
「君は、一体――――」
「スティル、です。……スティルインラブ――――」
(お前みゆぴーか!? ついに来たのかこの時が……くる、くるぞ……凄い勢いで、俺たちのトレウマナイトフィーバーが…―――キターッ!)
(―――――は・ん・せ・い、してますか?)
(ごめんなさい)