おまけにそれが賽子であるとも限らない。
何故なら、<マスター>は剣を振るうものだ。
□一つの始まり
彼は
彼にとって
勿論、キャラクタービルドや設定の構築もまた、それらの楽しみに含まれる。
けれど比重としてはやはり、卓を囲んで得られるその一時にしかない楽しさが大きい。だからこそ、予定が合うならば遊びたいものだが――ここ暫くは嚙み合わせが悪くセッションを遊べていない。大抵誰かに急用が入るか、だいぶ間を開けて参加するような友人が多いからだ。
ならばなぜそんなメンツとつるむのか、などと言われるかもしれないが、それでも数年来の友人だった。それがインターネット上の友人だったとしても。
そうして、セッションまで間が開くと――やはり何もないと暇で、何かチャットの話題くらいは欲しくなる。肝心のシナリオは遊べなくとも、話題の種には事欠かない方が好ましい。
そう思い立つ度、あれやこれやと手を出していた訳だが。今回は――この2043年だけは、何かが違った。
その日から、ある広告があった。
ルイス・キャロルと名乗る人物が、そのゲームを発表した。
『――<
誰かが語る背景には、美麗な……と言うには足りないグラフィックで描かれた世界。
駆ける騎馬、廻る歯車、雄大に流れる川、砂漠を往くキャラバン、神秘的な森、釣り上げられた巨大魚。
そこには、空想があった。
――魅力的だ。
少し詳しく聞けば、それはVRゲームとして発売されるようだった。
VRゲーム、というジャンルそのものは、
だからこそ、何故発表出来たか不思議に思いつつも単純に魅力を感じた。興味を抱いた。これを遊べば、仲間内での話題にもなるかと思った。
無論失敗作であったならという懸念もあったものの、それは一旦脇に置く。価格などはどうあれ、まずは手に取ってみることを選択した。
公式サイトに掲載されている世界観は、勿論読み込んだけれど。
◇
そこは書斎のような環境だった。
ような、という呼び方は、ある意味では正確ではないだろう。その蔵書量がやけに多く、図書館をも思わせる為だ。
ようこそ、と眼前で喋る白い毛並みの猫――チェシャと名乗った――は衣服を纏った二足歩行の存在であり、童話に出てくるような
彼こそがこのゲームを管理するAIの一角である、と述べたことだ。要は運営サイド。一時的に自分を導いてくれる存在。
即ちこれから行われるのは、キャラクタークリエイト。
友人達と共にいくつかのシステムを遊んだ彼にとって、ビルドやクリエイトに際して重要だと捉えているものは、そのゲームに立脚する世界観やプレイ目的だった。
勿論、それ以外にも決めるべきことはあるだろう。
とはいえ、まずはひとつ投げかけた。方針を決めるにあたって、聞かねばならないことは多い。
「このゲームに、ロールプレイは必要か?」
その問いに対して、チェシャの考える素振りはない。
AIらしく思考が早いか、あるいは既知の問いだったのか。どうあれ答えが返ってくる。
「楽しみ方は
「否定する訳ではない、と」
「僕らは管理AIだからねー。遊び方を狭めるどころか推奨している側だし、プレイヤー……<マスター>それぞれに合うスタイルもあるはずだからー」
「なるほど」
「君の方こそ、何か考えてた感じー?」
「いや。生憎このゲームだと<マスター>は異邦人のようだから、まだイメージが掴めていない」
ロールそのものは否定されない。
しかし確かに、堅苦しいロールばかりでは息も詰まる。四六時中続けていては、長く遊べない。遊びの為のゲームなのだから、ある意味本末転倒だ。そう納得する。
一方でチェシャからの問いには、プレイヤーの呼び名を彼(?)に合わせて首を横に振ってそう答えれば、ふむ、とチェシャが考える。
「結構深く考えてるねー。君は別のゲームをやって来た人ー?」
「TRPGを少し……と言うには、ちょっと長いかな」
「あー、テーブルトークかー。納得ー」
だったらこの言葉は早めに贈っておこうかなー、と穏やかな声音でチェシャが語る。
曰く、このゲームでは
「英雄になるのも魔王になるのも、王になるのも奴隷になるのも、善人になるのも悪人になるのも、何かするのも何もしないのも……なんでもー」
「……なんでも、か」
真面目そうにさも語って、取ってつけたように語尾が伸びる。チェシャというAIは、少し読めなかった───が、考えるべきはそこではない。
選択肢。
それはTRPGにおいては、大抵の場合はゲームマスターが狭めて、プレイヤーへと与えられるものだ。
あるいは、意図的にそうしない選択肢を選び取ることもある。
時には、やろうとしたことが賽の目によって失敗することさえも。
しかし今から飛び込む世界は……全ての選択肢がプレイヤー任せだと、薄らと直感する。
「このゲームには、ゲームマスターはいないんだな」
「TRPG的なゲームマスターはいないねー。概ね君次第、かなー」
言わんとすることをチェシャが聡く受け取ると、そこだ、と頷く。ファジーに受け取り、解釈するものがない。
ある意味で自由が保障されていながら、物事が柔軟には進まない不自由さを抱えている。そう、思った。それがデメリットであるかは、人それぞれに捉えられそうだったけれど。
「最初はTRPGに似ているなと思ったけれど。随分違いそうだ」
「残念に思ったー?」
「いいや。寧ろ、それはそれで構わない……
「いいねー、チャレンジ精神ー。そういう人は好きだよー」
それじゃあ質問はないー?
そうチェシャが聞き取れば、一旦キャラクタークリエイトを進めていくことになった。
先ずは描画選択。これはリアルを選択した。
続けてプレイヤーネーム。一旦先延ばしにさせて貰う。
そして、容姿設定。……少し悩んで、リアル基準ながら少し年若く。概ね大学生程度に。勿論髪色や目の色も変え、顔付きも少し変更する。前に無口で少し顔が怖いと言われたからか、人懐こめにもした。
そうして、配布装備を貰う段階では注意事項と共にカバン型アイテムボックスと路銀
「次は武器か」
「一つだけ選べるよー」
「……買い直すことは?」
「初心者装備はスタート地点では売ってないねー」
「実質的にこの選択で初期のスタイルを決めるということ、か」
「そうかもー。でも他にも色々な要素があるから、あんまり悩まなくても大丈夫ー」
「確かにそれはそうかもしれないが」
彼は案外気にする性質だった。
正確には、拠って立つべき世界観の把握が十全でない上、ロールプレイをどうするかと決めかねているからこそ、初手を気にしていた。
失敗は別にしたってよいのは本人も自覚しているものの、そこはロールプレイヤーとしての性だ。職業病にも近い。
「……まあ、いいか。
TRPGと同じで、時にはノリでゆくのが一番手っ取り早いこともあるだろう。考えすぎも毒である。そう苦笑して、武器をカタログから選び取る。
節くれだったところもなく扱いやすい、長めの棒。扱った経験もない刃物は若干危なっかしく感じたのか、ひとまずそれにした。
「うん、いいねー。様になってきてるー」
「それはどうも」
「それじゃあ、最後は<エンブリオ>だねー」
「目玉のシステムだったな」
うん、とチェシャが頷くと、彼の左手の甲を示す。
いつの間にかそこに埋まっていたのは、卵のような形状をした宝石。淡く輝いているそれは、神秘性を窺わせていた。
「今は第0形態の
「ああ。
確か公式サイトに載っていた内容だ。
彼がそう思い出して挙げていけば、チェシャが微笑む。ひくひくと動く鬚は、満足げだ。
「おー、事前情報はばっちりみたいだねー。どれになるかは君次第ー」
「持ち主に合わせた変化……か。これはこれで、賽の目みたいなものでいい」
「サイコロ好きなのー?」
「ギャンブルはやらないが、変数は好きだよ。
がっかりして爆笑することまで体験である。
刹那的な遊びは、その一瞬の為に築くものがあってこそ。そう学んだのは友人たちとのゲームからだ。別にドミノを崩したい訳ではないのは、彼自身も認知するところだが。
「……なるほどー、それはいいことだねー」
「ああ。いい経験だ」
うん、と頷けば、そのまま<エンブリオ>に関する注意事項がチェシャから告げられる。孵化後は宝石のあった左手の甲に紋章が刻まれ、<エンブリオ>本体を格納することが出来る。だとか。
そうした注意点を聞きながら、最後に七つの国から所属国家を決めることになった。
アルター王国、ドライフ皇国、黄河帝国、天地、グランバロア、カルディナ、レジェンダリア。
それぞれ中世風、スチームパンク系、中華風、和風、洋上国家、都市国家、純ファンタジー風――とでも表すべきだろうか。
なるほど、どこも魅力的に見えるものだ。青年はそう思う。
純ファンタジーや中世風が特にホームグラウンドではあるものの、和風や中華風に興味がない訳でもない。強いて言うなら海が少し縁遠い程度だ。
少し悩ましさもあり、チェシャに問いが飛ぶ。
「質問だ。所属の変更は可能なのか?」
「勿論ー。そういうイベントもあるよー」
「……なら、まずはレジェンダリアから始めよう」
「おー。理由を聞いてもいいー? 軽いアンケートだよー」
「単純に、大陸の端から回れそうだから」
「旅志向ってことかなー?」
「まあ、そうなる。暫くはレジェンダリアに逗留することになりそうだが」
「そうだねー。旅だけするにしても自衛能力も必要だろうしー」
やはり自衛能力は必要になりそうだな、と思考しつつ、青年が頷く。
公式サイトにもあったが――モンスターもいる世界観では、戦闘力が問われるものだ。
そうして、これで概ね決まっただろうかと思いきや、チェシャが手を振る。
「あ、そうだー。プレイヤーネームを先延ばしにしてたけど、どうするー?」
「……そういえばそうだった。忘れていた」
抜けていたことを思い出すように青年が目を閉じると、数秒の間瞑目してから改めてチェシャを見据えた。
白い毛並みを射すくめる青い瞳は、風が吹き抜ける空や、それらを反射する水面を思わせる――そんな色だ。
「――シャルル。そうだな、シャルルだ」
「シャルルだねー。改めて、よろしくー」
ああ。そう返しながら、灰髪の青年――シャルルは頷く。そのままケープのフードを被りかけて、取りやめた。まだ、最初のログインは終わっていないのだ。
神妙に息を吐くチェシャに目線を合わせようと、片膝を突いた。きっとなにか、言いたいことがあるのだろうから。そうして口を開いたその管理AIは、先程までの間延びした口調とは真逆の、ハッキリとした言い切る形で言葉を紡ぐ。
「それじゃあ……君の目的は、何をしたっていい。これはさっきも言った通りだけど」
「君の手にある<エンブリオ>と同じだよ。これから始まるのは、
「<Infinite Dendrogram>へようこそ。“僕ら”は君の来訪を歓迎する」
――そう言い終えるが早いか、歓迎への返事を待つこともなく。
図書館を思わせるその空間は……瞬きすらも長いほどの刹那の間に、消失して。
先程までその場にあった
ごう、と耳元を通り抜ける風の音を聞いて、途方もなく広い大地を見渡せる中空に単身放り出されていることを。
落下開始から数秒経って漸く理解しながら、空から見渡す景色に対して子供のように目を輝かせていた。