灰色の魔法少女   作:ろじっく

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4話です。


モノクロームの朝

夜が明けても、澪の胸にはあの光景が焼きついていた。

迫りくる魔物の影。

その前に立ちはだかった自分の震える足。

そして、光を纏って降り立った“ヒーロー”の姿。

 

 

布団の中で目を開けたまま、何度もその場面が再生される。

──あれは、夢なんかじゃなかった。

 

 

階下に降りると、テレビからニュースキャスターの声が流れていた。

 

 

「昨日、市内にて小型魔物の出現が確認されました。幸い死傷者は出ず、現場に駆けつけた魔法少女〈暁星のリュミエール〉によって速やかに討伐されたとのことです──」

 

 

画面には、街路に残る破壊の跡と、取材に応じるリュミエールの映像。

あの穏やかな笑顔が、全国に放送されている。

 

 

「やっぱリュミエール様はすごいよね!」

 

妹の紗月が箸を握りしめて叫ぶ。

 

「一人で魔物を倒しちゃうなんて! しかも現場にいた人を守ったって!」

 

母も微笑みながらうなずいた。

 

「ほんと、あの子たちがいなかったらどうなってたか分からないわね。」

 

澪は味噌汁の湯気を見つめながら、無言で箸を進める。

その場に“いた”自分のことは、どこにも映っていなかった。

あたりまえだ。自分はただ震えていただけなのだから。

 

(...名前、リュミエールって言うんだ)

 

昨日、あれほど近くにいて、声をかけられて。

それなのに、名前を聞くことすら忘れていた。

ただ眩しさに呑まれ、何も返せないまま終わった。

 

家を出ると、通学路には昨夜の余韻が残っていた。

あちこちで「怖いね」とか「でも魔法少女がすぐ来てくれて助かった」といった声が交わされている。

それを聞くたび、澪の胸は重く沈んだ。

 

校門の前で待っていた凛音は、澪の顔を見るなり声を弾ませた。

 

「澪! 昨日のニュース見た!? やっぱリュミエール様すごいよね! あの人、ほんとに人類の希望って感じ!」

 

「......うん。」

 

 短く返す澪の声は、自分でも驚くほど小さかった。

 

凛音は気づかずに続ける。

 

「私、いつか直接見てみたいなぁ。生で戦うところとか。絶対感動するよ!」

 

──直接見たら、どうなるんだろう。

澪は喉の奥で言葉を押し込んだ。

あの恐怖も、光も、誰かに説明できる気がしなかった。

 

昼休みになれば、教室でも話題はリュミエール一色だった。

「ニュース見た?」「現場に居合わせた人羨ましい!」

クラス中が熱狂しているのを、澪はただ窓際で眺めていた。

 

(……羨ましい、か)

 

昨日の記憶は胸の奥をざらざらと擦り続けている。

自分は“守られる側”でしかなかった──その事実が、逃げ場のないほど重くのしかかっていた。

 

放課後、凛音と別れた帰り道。

夕暮れの街は再び灰色の雲に覆われ、街路灯が順々に灯り始めていた。

 澪は立ち止まり、ふと自分の手のひらを見つめる。

 

庇ったつもりで差し出した手。

けれど結局、震えていただけの手。

 

(...私、何がしたかったんだろ)

 

問いに答えるものはなく、ただチャイムの音がまた鳴り響いていた。

 

人の流れが途切れた道を、澪は一人で歩いていた。

 

夕暮れの色は淡く、しかし街全体を覆うのは不思議な灰色だった。

昨日と同じだ。空を見上げても、あの光はどこにもない。

 

家へ帰るには少し遠回りになる道を、澪は無意識に選んでいた。

人の声が少ないほうがいい。

褒め称える声を聞くたび、心臓の奥がひりつくから。

 

立ち止まったとき、胸の奥に冷たい風が吹き抜けた気がした。

リュミエールは自分を庇った少女を褒め、そして自分のことも「勇気がある」と称えた。

けれどその言葉は、まるで手触りを失った光の粒のように、澪の中をすり抜けていった。

 

「...勇気、なんて」

 

思わず声に出す。

夕闇の街に溶けて、誰にも届かない。

 

確かにあのとき、自分は手を伸ばした。

けれど──震えていただけだった。

守ったのは澪ではなく、最後にすべてを救ったのは魔法少女。

 

そう気づけば気づくほど、あの一瞬の「庇う」という行為が、どんどん薄っぺらに思えてくる。

 

澪は手のひらを見つめ、指先をぎゅっと丸め込んだ。

爪が掌に食い込んで、じわりと熱を帯びる。

 

「……なんで、あんなこと」

 

答えは出ない。

ただ空気は冷えていき、ビルの間に沈む空は夜の気配を濃くしていく。

 

遠くでまた、サイレンの音が鳴った。

その音が街に広がると、人々は一様に足を速める。

ざわめきと同時に、どこかで小さな子供の泣き声が混じる。

 

澪も歩き出そうとしたが、足は重く、一歩が遠かった。

昨日の焼きついた残像が、何度も瞼の裏をよぎる。

 

街路灯の明かりが、ふっと一瞬だけ揺れた。

 

胸の鼓動が跳ねる。

だがすぐに光は安定し、何事もなかったかのように夜が続いた。

 

澪は小さく息を吐き、歩き出す。

けれど、背後に伸びた自分の影が──どこか頼りなく揺れているように思えてならなかった。

 

 

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