ばかどらごん建国記   作:竹馬噺

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遅くなってゴメンネ


『ばかどらごん、謎の人に絡まれる』

 遅めの朝食を摂ると、シャノンは家を出た。

 エブラナとラフシニーがセミの様にへばりついて構ってアピールをして来たが、断腸の思いで引き剥がした。ガスト・ミートへの集合の前に、思いついた人達に支援の話をしたかったのだ。

 シャノンは住宅街を抜けると、商業施設が並ぶ通りへと足を運んだ。本日が日曜日なせいか、昼間の居住区は人で賑わっていた。

 この通りでも、冬の祭日にちなんだ飾り付けが多く見かけられ、店には季節や祭日に合わせた商品が陳列されていた。バザーの様に露店も並んでいて、商品を手に取る者の中には、普段は居住区で見かけない人物を多く見かけられた。

 ターラー居住区の冬の祭日は、区外とは様式が違う。大まかにターラー式かヴィクトリア式かで分かれていて、街の雰囲気も別物だ。居住区では毎年、区外から訪れる観光客をターゲットにした商品を展開している。

 住民と観光客を見分ける方法は単純で、仕立ての良い服を着て、高価な時計やアーツロッドなどの貴重品を身に付けていたのなら、その人は区外からの観光客だ。

 これは文化の違いによる影響では無く、異文化に理解を示せる余裕がある純ヴィクトリア人と、富を築くのに障壁や制限があるターラー人との間には、大抵大きな経済格差が存在するというだけの話だ。初めて居住区に訪れた観光客の中には、ターラー文化以外にも、旧時代的な街並みに物珍しそうな目線を向ける者もいる程だ。

 通りを中程まで進んだ所で、シャノンの視界に特徴的なグレーシルクハットを被っている、礼服姿の紳士が映り込んだ。露店で商品を物珍しそうに眺めている様で、おそらく彼も観光客に違いないだろう。

 悲しい事に、あれ程の礼服を作れる店は居住区に存在せず、彼が眺めている物は、ターラー人の中でも一部の者しか好まないような品なのだ。

 彼が商品を眺める露店は、ターラー文化的な商品を多く取り扱っている店で、コテコテのターラー文化的な物は、最近ではターラー人にすら敬遠される場合がある。ターラー人差別を回避する為に、ヴィクトリア人へと順化しようとする者にとっては、ターラー文化とは隠したい汚点になる場合があるのだ。

 

「……あ」

 

 シャノンが通り過ぎようとした瞬間、商品を眺めていた彼と目が合った。彼は声を漏らし、明確にシャノンの方へと身体の向きを変えて手招きをした。

 

「──そこのボク、ちょっといいかな?」

 

 喧騒の中でもよく通る、中性的な声だった。振り返った彼は、ともすれば彼女かもしれないような容姿をしていた。

 目鼻立ちはよく整っていて、ほっそりとした顎のラインが、彼の輪郭を繊細に縁取っていた。長い睫毛が瞬きで揺れ、透明感のある青い瞳に視線が引き込まれる。シルクハットからはみ出る水色の髪が、暗い色の服装の中でよく目立っていた。

 身長はシャノンと同じ170センチ半ば程度だろう。体格は華奢だが、身体の曲線は上手く隠れていて、指もグローブに覆われて見る事が出来ない。頭や腰回りは布地に覆われ、種族的特徴が見られないようになっている。

 身を包む黒い礼服は、ヴィクトリア製軍服の特徴を盛り込まれたものだ。所々に精緻な作りの緑色の装飾があしらわれていて、黒の布地の冷ややかさを和らげていた。

 気品と謎を内包した不思議な雰囲気に、シャノンは少し尻込みしつつも歩み寄っていく。

 正直、今までに無いタイプの美人さんだった。

 

「何ですか、えーと……お姉さん?」

 

 シャノンはそうであって欲しいと思いながら、問いのような返事をした。

 

「ふふふ、お姉さんであってるよ……君はここの子かな?」

「そうだよ」

 

 シャノンが頷くと、彼、改め彼女は仄かに笑みを浮かべた。間違えなくて、少しホッとした。

 綺麗なお姉さんに話しかけられて、シャノンの尻尾がご機嫌に揺れる。

 

「私、ここには出張で来ていてね?祭日が明けたら帰る予定なんだけど、お土産に何を買えばいいのか分からなくて……よければ教えてくれるかな?」

「俺で良ければ!」

「ありがとう、助かるよ」

 

 彼女は礼を言うと、嬉しそうに空いている左手を差し出してきた。

 シャノンはその手を迷わず握る。グローブ越しに、彼女のほっそりとした指と、意外な力強さを感じた。

 

「私はアイン、しがない内政官だ……君は?」

「俺はシャノン。生まれも育ちも居住区の、普通のターラー人だ。どうぞよろしく」

 

 アインは「こちらこそ、よろしくね」と、パッと咲く様に、笑みを深くした。

 

「それじゃあ早速だけど、オススメのお土産を聞いてもいいかな?今の所、この戦士の彫り物が気になっているんだけど……」

 

 アインは握手を解くと、棚に並ぶ木製の彫り物の中から、一つの戦士の彫り物を指差した。

 シャノンはその彫り物に見覚えがあり、「ああ、これね」と苦笑を浮かべる。

 

「お、知ってるのかい?」

 

 シャノンはこくりと頷いた。

 

「知ってるも何も、家にあるぞ。しかも大量に」

 

 もっとも、あるといっても貰い物なのだが。

 

「毎年、居住区の仲が良いおっちゃん達がくれるんだ。俺がちびっ子の時にカッコいいって言ったのを覚えてるらしくて……」

「へぇ〜縁起物か何かなのかな?」

 

 アインが少し目を輝かせるが、シャノンは首を振って否定する。

 

「うんにゃ、全然。この彫り物のモデルのガストレルは、寧ろターラー滅亡と共に語られるくらいだし……お土産にする場合、人によってはややこしい事になるかも」

「……ガストレル?それは、鉄公爵の旗艦の名前じゃないのかい?あと、ややこしい?」

 

 アインは目を丸くして彫り物を見つめる。意外とあどけない表情をする人だ。

 確かに『ガストレル』は鉄公爵──シャノン達の領主である、ウェリントン公爵の旗艦の名前だ。かの四皇会戦を戦い抜き、かつて世界一の栄華を誇ったガリアの首都を滅ぼした高速戦艦。ヴィクトリア最強の英雄であるウェリントン公爵と共に伝説を築いた戦艦は、戦争から何十年も経った今でも、ヴィクトリア中にその勇名を轟かせている。

 シャノンはガストレルの彫り物を棚から取ると、鎧に走る亀裂を指で撫でた。

 

「普通のヴィクトリア人からすれば、ガストレルと言えば戦艦の名前だろうけど……実は俺たちターラー人にとって、ガストレルは滅亡の寸前でも王に忠誠を尽くした将軍の名前なんだよ。鎧に傷があるし、多分この彫り物は、ガストレルが反乱軍から王を守っているシーンだと思うよ」

「へぇ〜」

 

 これは、居住区のターラー人なら殆ど知っている事だ。ウェリントン公爵が居住区を治めているのもあって、彼の旗艦の名前の由来は居住区内の小学校で習うのだ。

 シャノンはアインが興味深そうにしているのを見て、言葉を続ける。

 

「ややこしいってのは……まぁ、ターラー人差別はヴィクトリア中にあって、だいぶ根深いだろ?ターラー人のかつての将軍の彫り物なんて、プレゼントされる方も嫌がるかもしれないし、そのプレゼントを見た別の人もイヤな気持ちになるかもしれない。だから、買うなら自分用にするのがオススメだよ」

「成る程、そういうことね」

 

 アインは得心がいったように息を吐き、難しそうな表情を浮かべた。

 自己紹介の通り、本当に内政官の職についているのなら、アインは政治に相当詳しいはずだ。ターラー人を対象とした、差別的な政策や制度の一つや二つ、直ぐに思い浮かぶだろう。居住区(ここ)でさえ、数年前は夜間の外出が制限されていたのだ。

 シャノンがアインを見つめていると、彼女は「うん」と頷き、シャノンの手と棚から、それぞれ彫り物を手に取った。

 

「じゃ、これ買おうかな。お土産用と、私用に」

「……大丈夫なのか?」

 

 シャノンが心配すると、アインは朗らかな笑みを浮かべた。

 

「大丈夫だよ。私がお土産を渡す人はターラー文化を嫌っていないし、ターラー文化が盛り込まれた演劇を鑑賞された事があるくらいだよ……そもそも、その人にかかれば周りの雑音は直ぐに一掃されるさ」

「え、なに?お偉いさんに渡すの?」

「そうだよ。ヴィクトリアの中でも、上から数える方が早いお貴族様に渡すんだ」

「はえー」

 

 シャノンは呆けた声を漏らした。

 アインの服装から、大分位の高い人との関わりがあると邪推していたが、思ってたよりも彼女の人脈は凄いらしい。貴族だの階級だのが飛び交う、複雑な世界で生きているアインが少し格好良く見えてきた。

 

「私用の方も、何も問題ないさ──私は家族も友達いないから、コレを見られる事はない」

「俺でよければ友達になろうか?」

 

 シャノンは悲しくなった。いい笑顔で何て悲痛なことを言うんだ。

 アインは首をゆるゆると振った。

 

「ありがとう、気持ちだけ貰っておくよ。強がりじゃないけど、各地を飛び回る都合上、友達がいても気を使うだけなんだ。強がりじゃないけど」

「じゃあ何で二回も言ったの……?」

「あと、よく話す人自体はいるんだ。それが上司……お土産を渡す人なんだけどね?前は上手なお酒の注ぎ方とか、パワハラの上手な受け流し方とか、相席の際に気を使うべき事とか、極東流謝罪の土下座とかを教えてくれたんだ……実体験でね」

「──やっぱり友達になろ?ね?俺はそんな事しないよ?怖くないよ?」

 

 シャノンは労るように言うと、アインは「へっ」と気丈に笑った。

 アインの声は少し震えていて、年下のシャノンにも庇護欲をうっすらと抱かせた。

 

「なに、大丈夫だよ。こう見えて私は36歳なんだ。三十路さ。友なし夫なし子なし家族なしの三十路メンタルの強さを舐めちゃあいけない。D32鋼も真っ青な硬さなんだからね」

「アインって俺の母さんと同い年なんだな」

「──かひゅっ」

 

 シャノンは思わず目を剥いた。アインが両手の彫り物を落として唐突に胸を抑え、過呼吸の様に息を乱し始めたのだ。

 

「え、ちょ、アイン!?」

「──ごめん、今、めちゃくちゃ死にたい」

「D32鋼メンタルはどこいったの!?」

「君が消し炭にした」

「してないよ!?」

「したよぉ!こののんでりどらごんめぇ!」

「えええええぇぇ……」

 

 ギロリと睨みを効かされ、シャノンはたじろいだ。美女の怒りは、二割り増しで迫力があった。

 一応、心当たりは本当に無かったのだが。

 

「こんなに酷い事を言われたのは生まれて初めてだよ……!よりにもよって『お母さんと一緒』!?ヴィクトリア公営の子供向けラジオじゃないんだからさぁ!」

「俺の時はウ・タンがメインパーソナリティだったなぁ」

「私はバウバウ」

「あ、母さんと同じだ」

「──ねぇ!もっと発言に気をつけようよ!?三十路のメンタルは半自然溶剤くらい軟いんだよ!?」

「ご、ごめん」

 

 思わず、尻尾を巻く。

 シャノンでも、今のは自分が悪いと分かった。

 

「この心の傷は、誰かが私と友達にならないと癒えないだろうねっ!あーあー!どこかに友達になってくれる優しい人はいないかなー!」

 

 最初の気品溢れる様子はどこへやら、アインは駄々っ子の様に地団駄を踏み始めた。

 礼服の観光客と地元の少年の騒ぎは、とても目を引く様で、だんだんと周囲の注目が集まってきた。

 早く解決した方が良いかもしれない。

 

(ていうか、友達なりたいんかい)

 

 シャノンは苦笑した。なら、最初に誘った時に頷けば良いものを。

 ちらちらと、アインの芝居がかった視線が肌に刺さる。彼女の求めることを察し、シャノンはゆっくりと両手を前に出した。

 

「えーと……じゃあ手を出して?」

「はい!」

 

 シャノンの前に、アインの左手が矢の様な速さで差し出された。

 シャノンは彼女の手を、両手で包む様に優しく握った。

 必殺のフレンド握手である。

 

「ほら、これで友達になったから、駄々っ子はやめような?」

「──え?本当に?撤回は聞かないよ?やっぱやめたは無しだよ?」

「撤回なんてしない。自分で言うのもアレだけど、俺の数少ない長所の一つは友達思いなところなんだぜ?」

 

 寧ろ、撤回したくなるくらいに構ってしまったら申し訳ないくらいだ。

 シャノンはくすりと笑うと、今になって怖気付いたアインの手を自分の胸の所まで引き込み、至近距離で彼女を見つめる。

 アインの瞳に、自分が映っているのが見えた。ごくりと、喉が鳴ったのが聞こえた。

 やはり美人だと、ぼんやりと思う。

 

「い、いいんだね?私は君と違ってお、おば、お、おばざんだよ?」

「君じゃなくて、ちゃんとシャノンって呼んでほしい」

「う“」

 

 シャノンが笑いかけると、アインは発作が起きた様にもう一度胸を押さえた。何故だ。

 

「た、多分、遠距離の関係になっちゃうよ?」

「手紙出すよ」

「私は国中を股にかける女だからね、手紙は届かないかも……」

「じゃあ、俺がアインを見つけて会いに行くから、待ってて?」

「う”」

 

 首を傾げると、今度は指が食い込むほどに押さえている。何故だ。

 

「じゃあ、これから一緒に街を回って買い食いしたりも……?」

「出来ちゃうんだな、それが」

「じゃあじゃあ、お揃いのペンダントとか買ったりも……?」

「出来ちゃうんだな、それが」

「じゃあじゃあじゃあ、手を繋いだりも……?」

「それは恥ずかしいからダメ」

「──なんですが!なんと、美味しいご飯を献上すると……!?」

「──出来ちゃうんだな、それが」

「一番高い店を教えてくれるかい?」

「あっち!」

 

 くいいじどらごんは振り返り、通りの奥を指差した。最近、美味しいローストビーフを出すお店がオープンしたのだ。

 高いかどうかは知らないが、奢ってくれるというのなら美味しいものを紹介したい。

 

「こ、これが若いツバメ……ってコトっ?見てろよクソババア、私のターンはここから始まるんだっ」

「え、なんて?」

 

 アインのぼそぼそとした声を聞き取れず、シャノンは思わず聞き返す。

 アインは「何でもないよ」と笑い、落としてしまった二つの彫り物を拾い上げた。

 

「さぁ、これを買ったら早速デー……一緒に街歩きしよう。予定は空いてるかい?」

 

 シャノンは「問題ない」と頷いた。

 

「ちょうど俺も、区内を回る理由があるからな」

 

 一応、支援者集めを忘れたつもりはない。

 

「それは良かった……お姉さんが全て払ったげるから、道中で欲しいのあったら言ってね?」

「マジで?」

「マジだよ。独身は金だけはあるからね、遠慮しないでおくれ」

 

 シャノンは嬉しげに尻尾を揺らした。アインの目がなんか少し怖いのは気になるが、思いがけず、楽しい街巡りになりそうだ。

 

 

 街巡りの最初の行き先は雑貨屋になった。

 シャノンが子供の頃から通っている店で、文房具や尻尾ブラシの品揃えが良いのが気に入っている。

 

「いい雰囲気だねぇ、暖かみがあって落ち着くよ。お店で流れてる曲はターラーの民謡かな?」

「せいかーい、ウチの居住区だと小学校で皆んな習うやつだな」

「しゃ、シャノンくんも歌えるのかな?」

「歌えるけど、下手だから歌いたくない……ところでアイン」

「どうかしたかい?」

「何でずっと尻尾を握ってるんだ?」

「──いきなり手はハードルが高いからね」

「……?分からんけど分かった」

 

 雑貨屋を後にすると、次は菓子屋に足を運んだ。

 シャノンがお菓子食べたさに、バイトに応募して落ちた店で、紅茶と合うお菓子が非常に美味い。

 

「うーん、中々いいラインナップじゃないか。高級感は無いけど、友人とつまむならどれも素晴らしいチョイスになりそうだ」

「ここは紅茶も一緒に売ってるんだ。美味い食べ方も教えてくれるぞ」

「し、シャノンくんのオススメは?」

「全部美味しいから、全部オススメだな。俺はアップルタルトが好きだけど」

「──店員さん、彼用にホールを三つ包んでくれるかい?紅茶もセットでよろしく頼むよ」

「え……一緒に食べないのか?」

「店員さん、ホールを一個追加。店内で食べるよ」

 

 アップルタルトに舌鼓を打った後は、楽器屋へ。

 ここはターラーの古楽器も置いていて試奏も出来る。シャノンがラフシニーを連れてよく訪れている店だ。

 

「──これがイーリアン・パイプスだ。俺は一切使えないけど、綺麗な音を出すんだぜ」

「お〜、これはバグパイプに似てるね。雑貨屋で聞いた音楽にも使われてるのかい?」

「あの曲はこっちのティン・ホイッスルとかフィドルじゃなかったっけ……『ピーーー♪』うん、これだな」

「……いい音色だね。シャノンくん、それ渡して」

「ん、はい」

「店員さん、これください」

「え」

 

 楽器店を出た後も服、家具、食事を挟み、工芸品、靴と街歩きは続いていった。途中で露店に立ち寄ったせいか、荷物は両手いっぱいにまで膨らんでいた。

 

「──時間的に、ここが最後になるかな?」

 

 くまなく商業通りを練り歩いた後、二人はやがて、最後の目的地へとたどり着いた。群衆の中で立ち止まったシャノンの前には、随分と年季が入った三階建ての建物があった。

 今まで巡ってきた店の中で一番大きく、立派な店だった。大きく開いた入り口からは頻繁に人が行き来し、その上には【ケルズ書店】と刻まれた大看板が取り付けられていて、一目で書店であると分かる様になっている。

 シャノンの隣に立つアインは書店を見上げ、「これは……」と感嘆の声を漏らした。

 

「随分と立派なお店じゃないか。この規模の書店は私も見た事がないよ」

「聞いたところ、居住区で一番古い店らしいぞ」

「一番?道理で……」

 

 アインは納得する様に頷いた。

 【ケルズ書店】は、かつてオークグローブ郡に『居住区』が存在する前から此処にあるらしく、区外を見てもこれ以上の歴史と規模の書店は存在しない。

 シャノンもエブラナとラフシニーをよく連れて来ており、また、シャノンもかつては両親に連れて来てもらっていた思い出の店だ。

 

「ターラー語の本とか詩集を探すなら、ここがヴィクトリアいちだ。ターラーらしいお土産選びにはピッタリ……まぁ、それ以外の古代ティェンゲ語の本とかのレア物もあるし、色々楽しめるぞ」

「古代ティェンゲ語……聞いた事がない言語だ。ふふふ、新しい発見ができそうだよ」

「アインは本が好きなのか?」

 

 シャノンは首を傾げる。

 

「大好きさ。何が良いって私を見限ら──「よし!入ろっか!俺も用事があるんだよなぁ!」」

 

 シャノンはアインの声を遮った。楽しい時に悲しい話は遠慮したい。

 シャノンは「ほら!入るよ!」と尻尾で彼女の手を巻き取り、店内に足を踏み入れる。

 すると、すぐに沢山の人の匂いと、それに負けない紙とインクの匂いが鼻腔をくすぐった。店内にはターラー民謡が流れていたが、雑貨屋の明るい曲調とは違い、しっとりと落ち着いた曲調が店の雰囲気をより深めている。照明の光量は控えめだが、暖かみのある色をしていて、木造の店内と本の装丁を艶やかに照らしていた。

 一階は新刊やロングセラー書籍、絵本や雑誌などが多く置かれていて、アインはしげしげと本棚に並ぶ本を眺め、満足そうな表情を浮かべた。

 

「『新装版・最後の騎士』『蒸気騎士英雄譚』『クリムゾン・オーダー』『復讐戦線(5)』『マリィの告白』。うん、新刊と人気どころもバッチリ揃ってるね」

「伊達にオークグローブいちの書店じゃないからな……あ、いた」

 

 シャノンは人々が思い思いに本を物色している店内を見渡し、一人の馴染みの男店員を見つけた。赤髪の店員は頭頂部の耳をピクリと動かすと、フェリーン特有の尻尾をピンと立て、シャノンの方を向いた。

 目が合ったシャノンが笑みを浮かべると、店員は同じ様に笑みを浮かべて近づいてくる。

 

「──これはこれは、どうもお久しぶりです、お客様」

 

 店員は胸に手を当て、恭しく礼をした。

 彼はシャノンの父と同年代で、顔には所々皺があった。

 

「うん、久しぶり。今、時間ある?」

「勿論で御座います……本日はどの様な用向きで?」

「友達の観光ガイドをしてるんだ」

 

 シャノンが尻尾でアインを指すと、「ご友人の」と言って店員は頷いた。アインは会釈すると、一歩前に出た。

 

「シャノンくんの友人のアインです。オークグローブ郡には仕事の出張で来ていて、今日は居住区の観光をしています」

「ご丁寧に痛み入ります。当店で店員を務めております、トラッグと申します」

 

 店員──トラッグは【ケルズ書店】の店主の息子だ。シャノンが十に満たない歳の頃からの知り合いで、本に対する見聞や知識は確かなものだ。

 トラッグはアインの服を眺めると「ここのターラー文化はかなり新鮮でいらっしゃるでしょう」と言った。

 

「ええ、ヴィクトリアでここまでターラー文化が公にされている都市は初めて見ました」

 

 アインの言葉に、トラッグはうんうんと深く頷いた。

 

「そうでしょう、そうでしょう。唯一と言っても良い程でしょう……当店の事はどれほどご存知でいらっしゃいますか?」

「シャノンくんから凡そは聞いています……ターラーの古書や、古代ティェンゲ語の本も置いてらっしゃるとか?」

「はい。少し値は張りますが、ご用意しております」

 

 そこで、シャノンはトラッグの目配せを受け、同じ様に目配せを返した。

 

「──アインさん、当店は少々広く御座います。私でよろしければ、ご案内いたします」

「本当ですか?是非、お願いします」

 

 アインは嬉しそうに微笑んだ。

 

「かしこまりました。よろしければ、お荷物もこちらで一旦お預かり出来ますが……」

「では、お言葉に甘えて」

 

 トラッグは頷くと、近くにいた他の店員を手招いた。近寄ってきた黒髪のフェリーンの女店員は、状況をすぐに察し、丁寧に荷物を受け取った。

 

「シャノン様はどうなさいますか?」

「俺は司書のおっちゃんか爺さんに話があるんだけど……今いる?」

「父は不在ですが、祖父は居ります。お会いになりますか?」

「うん、お願い」

「かしこまりました」

 

 トラッグが女店員を見やると、彼女はこくりと頷いた。

 

「こちらのエヴァにご案内させます」

「ありがとう。エヴァさん、よろしく」

 

 シャノンが笑い掛けると、女店員──エヴァは「はい、お任せください」と笑った。

 

「それじゃアイン、また後で」

「うん、また後で」

 

 シャノンが手を振ると、アインも笑顔で振り返した。

 ほんの少しだけ、別行動だ。

 

「人任せになっちゃってごめんな?」

「気にしてないさ。元々、シャノンくんに用事があったところに私がついて行ってるだけだからね」

「そう言ってくれると、助かる」

 

 アインはパチリとウインクをすると、トラッグの案内に続いて行った。出来る女である。

 シャノンは二階へと続く階段にアインの姿が消えて行ったのを見送ると、エヴァへと顔を向けた。

 

「じゃあ……俺たちも行こうか」

 

 エヴァは荷物を持ったまま、静かに、丁寧に礼をした。




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