【取扱注意】その英雄、勘違いにつき。   作:化け猫 いろは

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第十七話 完璧すぎる因果応報

神が沈黙する時、信者はその意味を問う。

我々の信仰が足りぬのか、と。

神が沈黙する時、為政者はその意図を測る。

嵐の前の静けさか、と。

神が沈黙する時、敵はその隙を突かんとする。

好機到来か、と。

 

だが、ここに一つの、あまりにも情けない、そして誰にも知られていない真実がある。

我らが神、カイ・シラヌイが沈黙する時。

その理由は、常にただ一つ。

──彼の貧弱な思考回路が、処理能力の限界を超えた情報量によって完全にフリーズしているだけである。

 

今、まさに、その瞬間が訪れていた。

旗艦「ネメシス」の第一艦橋。勝利の熱狂が嘘のように静まり返り、全ての視線が玉座に座す一人の男に注がれている。

彼の名は、カイ・シラヌイ。

そして彼の脳内では、観測史上最大級のけたたましいエラー音と、絶望のブルースクリーンが明滅していた。

 

(……え? なにこれ? バグ? 仕様? 新手のハッキング? いや、どっちでもいい! なんでいるんだよ、お前が! 俺の完璧な不幸のシナリオには、お前の出番など一ミリたりともなかったはずだ! 俺がどれだけ真摯に、お前の不幸を願ったと思ってるんだ! 宇宙怪獣に喰われろ、小惑星に衝突しろ、謎の宇宙風邪で苦しみ抜いて野垂れ死ね! 神社があったら百度参りするレベルで祈り続けた俺の純粋な願いを、そうやってピンポイントで裏切ってくるんだ、この物語の脚本家は!)

 

彼の視線の先、メインスクリーンに映し出されているのは絶望そのものであった。

煤に汚れ、憔悴しきってはいるが、その気高い光を瞳に宿した一人の美しい少女。

老婆が語っていた、時雨一家の「姫」。

彼が心の底から「どこかで野垂れ死んでいますように」と、人生で最も真摯な祈りを捧げた、その張本人。

時雨刹那が、そこにいた。

 

彼女の、あまりにも純粋で、あまりにも切実な問い。

その言葉が、まるで最終トリガーのようにカイの思考回路に最後の一撃を加えた。

 

彼は何も答えられない。

思考は完全に停止し、脳内では「どうしよう」「どうしよう」「もうダメだ」「詰んだ」「終わった」「いっそ殺せ」という、およそ英雄らしからぬ単語の群れが濁流となって渦巻いている。

 

(俺の平穏な生活が……! 俺の怠惰な毎日が……! 帰還許可を待つだけの、輝かしい未来が……! この女のせいで、全部、全部、ぶっ壊れるぅぅぅぅぅぅぅ!!! 今ここで通信をブチ切ったらどうなる!? いやダメだ、不自然すぎる! ならば海賊と誤認して撃沈は!? 無理だ、こっちから通信を開いておいてそれは通らない! くそっ、どうすればいい! どうすれば、この最悪の厄介事を、俺に一切の責任がない形で宇宙の彼方へ消し去ることができるんだ……!)

 

この男、決着はついているというのにまだ負けを認められないらしい。

そして、その因果の輪をさらに加速させる役者が、舞台袖からゆっくりと姿を現した。

 

カイがそのあまりにも重い沈黙(という名の思考停止)を破れずにいると、モニターの向こう、刹那の後ろに控えていた数名の屈強な男たちの中から、一人の男が、おずおずと、しかし確かな足取りで一歩前に進み出た。

その顔は、カイにとって悪夢の中ですら見たくないほど鮮明な見覚えがあった。

 

(……あ)

 

カイの脳内で一つのファイルが、嫌々ながらも強制的に開かれる。

ファイル名:【閲覧注意:俺を怖がらせた元囚人ランキング・トップ400】

それは、彼がタルタロスを掌握した際、自分に逆らわないよう恐怖心を植え付けるために作成した極秘の個人ファイルである。その数多の凶悪犯たちが鎬を削る激戦区において、中堅どころながらも、その特徴的な「常に何かを睨みつけているような三白眼」と「挨拶の声が、鼓膜を物理的に攻撃してくるほどデカい」という二つの理由で、堂々のランクインを果たしていた男。

 

そう、あれは忘れもしない、彼が初めて囚人たちの前に姿を現したあの日のことだ。カイが「私が、君たちの新しい支配者だ」と最大限のハッタリをかまして演説した直後、この男は最前列でそれを聞いていた。そして、カイが演説を終えた途端、感動のあまり叫んだのだ。「おお、我らが救世主よ!」と。その声は、拡声器を通したカイ自身の声量を遥かに凌駕する、物理的な衝撃波を伴うほどの爆音だった。カイは本気で鼓膜が破れたかと思い、危うくその場で失禁しかけたのである。

 

その恐怖体験から、カイは彼に特別なコードネームを与えていた。

 

(そうだ……思い出した……! “爆声”のゴードン! ランク98位! 恐怖ポイント65! 俺が「密偵」として、真っ先にアリズン星系の彼方へと放り投げた、歩く騒音公害発生装置の一人じゃないか!)

 

なぜ。

なぜ、お前がそこにいる。

俺の、完璧なる厄介払い計画はどうなったんだ。

お前は今頃、どこか遠い星系の酒場のカウンターで現地の海賊と腕相撲でもして、その爆声で店のグラスを全て叩き割り、叩き出されて、そのまま生涯を終えるはずだったじゃないか。

 

カイの声なき問い。

それに答えるかのように、その元囚人──ゴードンは、モニター越しにカイの神々しい(と彼には見えている)姿を認めると、次の瞬間、その巨体をまるで糸が切れたマリオネットのようにその場に崩れ落ちさせた。

ドゴォッ! という鈍い音。硬い金属の床に、彼の額が叩きつけられた音だ。

そして、男は号泣した。

それも、ただの号泣ではない。

ダムが決壊し、濁流が全てを飲み込むかのような、凄まじいまでの漢泣き。

 

「おお……! おおおおおおおおおっ……!!」

 

そのあまりにも汚く、そしてあまりにも熱い嗚咽が、通信回線を通じてネメシスの艦橋に響き渡る。

クルーたちは、その異様な光景に息を呑んだ。

 

「我らが、神よッ……!」

 

ゴードンは、涙と鼻水でぐしゃぐしゃになった顔を上げた。その三白眼は狂信的なまでの光で爛々と輝き、もはや正気のそれではない。

 

「やはり、あなた様は……! この、罪深く、そしてどこまでも愚かなる我らを、お見捨てにはならなかったのですね……ッ!!」

 

そのあまりにも荘厳で、あまりにも場違いな第一声。

カイはもはや何も考えられなかった。ただ、目の前で繰り広げられるシュールで悪夢のような光景を、呆然と見つめることしかできない。

 

「このゴードン! 神の御前に再びまみえることができ、感涙の極みにございますッ! このご恩、この命に代えましても、必ずや……!」

 

(やめてくれ……! その、エクスタシーを感じたみたいな顔で俺を見るんじゃあない! 頼むから俺のために命とか捧げないでくれ! 重い! 重すぎるんだよ、お前らの忠誠心は! というか、なんで俺がお前らを見捨てない前提なんだ! 見捨ててるんだよ! 完璧に、完全にお前らのことなんか忘却の彼方に葬り去ってたんだよ!)

 

カイの内心の絶叫も虚しく、ゴードンの涙ながらの独白はさらに熱を帯びていく。

そして、彼の口から、この奇跡的な出会いの、あまりにも皮肉で、あまりにもカイにとっては都合の悪い完璧な真相が語られ始めたのだ。

 

「おお、神よ! お聞きください! 我ら四百の先遣隊は、貴方様の神託『この星系の混沌を調査せよ』との御言葉を胸に、このアリズン星系へとその身を投じました! ですが、我らの信仰心がまだ足りていなかったのでしょう……! 我が隊は任務の途中で不運にも所属不明の海賊の奇襲を受け、乗っていた船が航行不能に陥ってしまったのでございます……!」

 

(ほう? ほうほう? それは、実に素晴らしいニュースじゃないか!)

 

カイの心に、ほんのわずかな、しかし確かな希望の光が差し込んだ。

そうだ、その調子だ。そのまま宇宙の藻屑となって、俺の知らないところで静かに朽ち果ててくれれば、それが一番だ。

 

『ずいぶんと嬉しそうだね、カイ。部下の不幸は蜜の味、ってやつかい?』

 

シロのツッコミが、カイの思考を遮る。

 

(うるさい! これは彼らにとっての栄誉ある殉職だ! 神のために命を捧げた気高い魂なのだ! 俺は、その自己犠牲の精神に深く、深く感動しているのだ! 決して厄介者がいなくなって清々したとか、そんな下劣なことは一ミリたりとも考えていない! 断じてだ!)

 

──この男、自分の下劣な本心を壮大な美談にすり替える能力にかけては、やはり天賦の才があるらしい。実に迷惑な話である。

 

だが、ゴードンの話はカイのそんな淡い期待を木っ端微塵に粉砕する、最悪の展開へと突き進んでいく。

 

「我らは通信手段も断たれ、もはやこれまでかと死を覚悟いたしました……。ですが、その絶望の淵で! 我らを救ってくださったのが、この、時雨一家の皆様だったのでございます!」

 

(………………は?)

 

カイの思考が再びフリーズした。

なんだ、それは。聞いてないぞ。

そんな都合のいい偶然があってたまるか。

 

ゴードンはまるで英雄譚を語る吟遊詩人のように、その熱に浮かされた独白を続けた。

 

「偶然、我々の遭難信号をキャッチしてくださった刹那様と、その配下の皆様は、自らの危険も顧みず我らを救助してくださいました! ああ、なんという慈悲! なんという仁義! これぞ、我らが神の御教え、『弱きを助けよ』の尊き実践ではございませんか!」

 

(違う! 俺はそんな高尚なこと、一言も言った覚えはない! 俺が言ったのは「面倒事は避けろ」だ! 真逆じゃないか! なんで俺の部下は俺の言葉を正しく理解できないんだ! 全員、国語の成績は1だったのか!?)

 

「我らは、助けていただいたご恩に報いるため、そして、この絶望の宙域で希望を失いかけていた皆様のその魂を救うため、我らが知る、唯一にして絶対の『真実』を、お伝えせずにはいられませんでした!」

 

ゴードンの瞳が、カッと見開かれた。

その瞳の奥に宿る狂信の炎が、さらに勢いを増して燃え上がる。

 

「そう! 我らが神、カイ・シラヌイ様の偉大なる伝説を! タルタロスという名の地獄の底から、我ら罪深き魂を救い上げられた、あの奇跡の御業の数々を! 我らは、ただ、ひたすらに、語り続けたのでございますッ!」

 

そのあまりにも嫌な、そしてあまりにも分かりやすい展開。

カイはもはやその先の言葉を聞くまでもなく、全てを悟ってしまった。

 

(やめろ……! それ以上、言うな……! 頼むから……! お前が語る俺の伝説なんぞ、百害あって一利なしの最悪の風評被害なんだよ!)

 

だが、ゴードンの暴走は誰にも止められない。

彼はまるでこの瞬間のために生きてきたかのように、その全てを吐き出し始めた。

 

「我らは語りました! 神が、いかにして天より『歌』を降らせ、我らを蝕む怪物を鎮められたかを!」

 

(あれはただのゲームの隠しコマンドだ! しかも周波数を間違えかけたヤケクソの産物だ! 誰が聖歌にしていいと言った! なんで俺の黒歴史がそんな神々しいエピソードに昇華されてるんだよ!)

 

「我らは語りました! 神が、いかにして悪しきAIの支配を、ただ一言の神託で打ち破られたかを!」

 

(だから、あれもただのゲームのパスワードなんだってば! しかも声に出すつもりもなかった、ただのうわごとだ! なんで俺のうわごとが世界を救う神託になるんだ! この世界の誤変換機能は優秀すぎるだろ!)

 

「我らは語りました! 神が、いかにして我ら罪人に、生きる意味と誇りを与えてくださったかを!」

 

(与えた覚えはない! 俺がお前らに与えたのは、ただの厄介払いのための片道切符の地獄への招待状だけだ! それをお前らが勝手に、栄光への片道切符と誤読しただけだろうが!いい加減にしろ!)

 

ゴードンの口から紡がれる言葉は、カイがタルタロスで行った全ての自己中心的で怠惰で、そして下劣な悪事の数々を、ことごとく最も崇高で、最も慈悲深く、そして最も神々しい「聖なる御業」へと完璧に誤訳し、再構築していく。

それはもはや解釈の域を超えていた。

完璧なまでの歴史の捏造。

そして、その捏造された歴史を、この男は心の底から微塵の疑いもなく信じきっているのだ。

 

「最初は、時雨一家の皆様も我らの話を信じてはくださらなかった……。無理もございません。絶望の淵にいた彼らにとって、我らの語る神の伝説はあまりに光が強すぎたのでしょう。ですが、我らは諦めなかった! 毎夜、船の食堂に皆様を集め『カイ様聖譚詠唱会』を開き、涙ながらに神の偉大さを訴え続けたのでございます! 疑う者にはこう言ってやりました! 『神を疑うのか! 神の奇跡を、人の矮小な物差しで測るでない!』と!」

 

(おい! それ、ほとんど脅迫じゃないか! 完全にカルト宗教の勧誘の手口だぞ! しかも俺の名前を勝手に使って! 肖像権の侵害で訴えてやる!)

 

ツッコミどころはそこなのか?さすがは囚人の神様だ。

カイは戦慄した。

自分の悪事がここまで完璧に美談へと変換され、当事者本人から涙ながらに感謝と共に語られる。

その光景はもはや恐怖を通り越して、何か冒涜的な、宇宙の真理に触れてしまったかのような神聖な戦慄すら感じさせた。

 

(……おかしい、やっぱりおかしいぞ……。ここはコズミックホラーの世界だったのか……?)

 

──大丈夫だ、神はお前しかいない。

 

ゴードンは興奮のあまりもはや言葉を続けられなくなったようだった。ぜえぜえと荒い息をつき、感涙にむせびながら再び床に額をこすりつけている。

カイは、その隙にほんの少しだけ安堵のため息をついた。

 

(……よし、なんとかこの狂人の独白は終わったらしい。あとは、この姫君とやらが『そんな与太話、信じられるわけないでしょう』と、まともな反応をしてくれれば……!)

 

だが、その最後の、本当に最後のささやかな希望の糸。

それを無慈悲に断ち切ったのは、他ならぬその姫君、時雨刹那自身だった。

彼女は、興奮のあまり言葉を続けられなくなったゴードンの横に、静かに、しかし凛とした佇まいで進み出ると、その透き通るような声で、静かに、しかし有無を言わせぬ響きで告げた。

 

「──ゴードン殿の話は、当初、我々にはにわかには信じがたいものでした」

 

(そうだ! そうだ、その調子だ! いいぞ、お嬢様! さすがは極道の姫、見る目がある! そうだ、こいつはただのイカれた狂信者だ! さっさと追い返して、二度と関わらないように……!)

 

カイの内心の必死の応援。

だが、刹那の次の言葉は、その応援を絶望の悲鳴へと変えるには十分すぎるほどの破壊力を持っていた。

 

「父を殺され、故郷を追われ、頼るべき仲間も次々と倒れていく。私たちは、ただ宇宙の闇に消えるのを待つだけの存在でした。そんな時、ゴードン殿たちが語る『カイ・シラヌイ』という救世主の物語は……あまりにも荒唐無稽で、しかし……あまりにも眩しい希望に満ちていました」

 

彼女はそこで一度言葉を切る。

その気高い瞳が、カイの姿を真っ直ぐに射抜く。

その瞳にはもはや疑いの色はない。

あるのはただ絶対的な確信と、そしてそれを遥かに上回る燃えるような希望の光だけだった。

 

「ですが、その与太話に藁にもすがる思いで一縷の望みを託し、我らが故郷のコロニーへと万死を覚悟で舞い戻ってきた、その瞬間に」

 

彼女は再び言葉を切った。

その場の誰もが息を呑むような荘厳な響きで、告げた。

 

「──私たちは、見たのです」

「目の前で、父の仇であるあの憎き連合の艦隊が……」

「あなた様の神の軍勢によって、まるで天罰が下ったかのように跡形もなく滅ぼされていく、その光景を」

「この目で、確かに、目撃したのです」

 

それは神の裁きの光でした、と彼女は言った。

嵐を切り裂く無数のレーザーは、我々の絶望を焼き尽くす浄化の光に見えた、と。

轟音と共に散っていく敵艦の残骸は、父の、そして仲間たちの無念を弔う鎮魂の花火に見えた、と。

そして、その神罰の中心にまるで不動の星のように鎮座する、あなたの艦隊の威容を。

 

その、あまりにも完璧な、そしてカイにとってはこれ以上ないほどに最悪のタイミングでの奇跡の目撃証言。

それが艦橋にいた全ての者の、最後の理性のタガを完全に、そして完璧に吹き飛ばした。

 

「おお……!」

リーゼロッテが感極まった声で呟く。

「なんという……! なんという奇跡……! やはり、閣下は我らの知らぬところでも常に救いの手を差し伸べておられたのだ…!」

 

「神は、この出会いすらも全てお見通しだったというのか!」

ハンスがその無骨な顔を手で覆い、天を仰いでいる。

 

「この出会いこそ、神が我々に与えたもうた新たな試練、そして祝福……!」

クルーたちの、すでに勝利を確信した声。

 

そして、我らが英雄、カイ・シラヌイは。

もはや何も言えなかった。

何も、考えられなかった。

 

自分が、ただの厄介払いのために適当に宇宙の彼方へと放り投げた、一個のちっぽけな石ころ。

それが巡り巡って巨大な雪崩を引き起こし、そして最も面倒で最も厄介な巨大な岩塊となって、自分自身の頭上へと完璧なタイミングで降り注いできた。

 

その、あまりにも美しく、あまりにも皮肉で、そしてどこまでも完璧な、勘違いのループ。

その、アリ地獄のような光景を前にして、彼はただ呆然と立ち尽くすことしか、できなかった。

 

彼の脳内で、シロの声が、まるで壮大な物語のエピローグを詠むかのように静かに、そしてどこか物悲しく響き渡った。

 

『……どうやら、君が蒔いた種は、君が思っているより、ずっと、ずっと大きな花を咲かせてしまったみたいだね』

『おめでとう、カイ。君は自分の手で、自分の墓穴を、銀河で最も深く、そして最も豪華に掘り上げてしまったわけだ』

『さあ、どうする? この、完璧すぎる因果応報の舞台の上で、君はこれからどんな道化を演じるんだい?』

 

物語は、いつだって作り手の意図を最も残酷な形で裏切るものである。

そして、その裏切りの先に本当の地獄が待っていることを、彼は今、骨の髄まで思い知らされたのであった。





あとがき、あるいは蛇足


──────


カイ:「なあ、シロ……。もしも、俺があの時、あいつらを密偵として放り出さずに、タルタロスの隅っこで大人しくさせておいたら……こんなことには、ならなかったんだろうか……」

シロ:「シミュレーションしてみようか。仮説A:彼らをタルタロスに留め置いた場合。彼らは君への狂信をさらに募らせ、いずれ『カイ様親衛隊』を結成。君の私生活に24時間体制で介入し、君の怠惰な生活は別の形で崩壊していただろうね。監視カメラの数は、今の三倍になっていたはずだ」

カイ:「うっ……地獄だ……。じゃ、じゃあ、もっと遠く! 銀河の果てのブラックホールにでも、こう、ポイっと捨ててくれば……!」

シロ:「仮説B:ブラックホールに投棄した場合。彼らはその特異点の中で謎の進化を遂げ、時空を超えた存在『カイを崇める高次元生命体』として、精神世界から君に語りかけてくるようになる。プライバシーは、完全に消滅するだろうね。確率は3.14%ほどかな」

カイ:「なんで確率が円周率なんだよ! どっちにしろダメじゃないか! 詰んでるじゃないか!」

シロ:「その通り。君があの狂信者たちと関わった時点で、どのルートを選んでも結末は『君の平穏の終わり』に収束する。いわゆる運命というやつさ。さて、本編で君が選んでしまったこの『最悪のルート』が、一体どこへ続いていくのか。次の話も、楽しみにしていようじゃないか、カイ」
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