オンパロス異聞録 カイザーに小さな灯火を   作:ハチハル

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第12話 エピローグ/暗澹たる手は奇跡を想う

 オンパロスの管理者、ライコスとの戦いはカイザー、ケリュドラの死後も長い時間をかけて続いていた。

 都市国家エイジリアよりやって来た督戦の聖女、キャストリスもまたその戦いに身を投じていた。そして恩人であるアグライアも含めて多くの人たちと死に別れ――決断の果て、『死』の神権を獲得し半神となるために、ある場所へと来ていた。

 

「……ここが、冥界なのでしょうか」

 

 空に浮かぶ割れた月と、一面に広がる花の海。キャストリスが想像していたよりも、そこは穏やかで静謐な世界だった。

 キャストリスは軽く深呼吸をして、歩き出す。

 いつか戻ってくる「救世主」のために、トリビーやセイレンスと共に道を作るという役目を果たすためには、『死』の神権が必要だ。

 ――その目的を果たすには、ある()()と会わなければならなかった。

 

「やっと……見つけました」

 

 視線の先に、車椅子に乗った少女の後ろ姿が見える。

 自分と同じような色合いの紫髪に、尖った耳。記憶に残っていないはずなのに、キャストリスにはどこか懐かしい感覚があった。

 

「思ってたより早く来てくれたんだね。――お姉ちゃん」

 

 少女は車椅子を器用に操りながら、振り返る。

 紫髪の下には、右目を覆った黒く硬い皮と閉ざされた左目があった。淑やかなドレスに身を包み、静謐な雰囲気を纏った少女の名を、キャストリスは呟く。

 

「……ボリュシア。貴女に、会いに来ました」

 

 キャストリスがその名を口にすると、ボリュシアは口を僅かに開き、左目の睫毛を一瞬震えさせた。

 ――ボリュシア。それは、かつての「再創紀」においてキャストリスと血を分けた双子の妹の名だった。そして同時に、目の前に佇む少女――『死』のタイタン、タナトスの人としての名でもあった。

 

「あたしのこと、覚えてるの?」

「――いえ。オロニクスの神託と、ある『実験』で貴女の名前と姿を見ました」

 

 そう告げると、ボリュシアは先ほどとはまた違った驚きの色を微かに浮かべていた。

 

「……そっか。やっぱりあの二人が言ってたことは、本当だったんだね。疑ってはいなかったけど」

「ボリュシア?」

「ごめん、こっちの話。あたしのことは、タナトスって呼んで。その方が楽だから」

 

 きっと、キャストリスが本当の意味で自分のことを覚えていないから、ボリュシアはそう告げたのだろう。キャストリスは意図を理解したものの、距離を取られてしまったような気がして、ほんの少しの寂しさが胸に去来する。

 そしてふと、かつてキュレネという少女から聞いたある話が脳裏を過った。遠くに視線を移していたキャストリスは、再びボリュシアを見つめる。

 

「――大事な話をする前に、少し、お時間を頂けますか? 聞いてもらいたい話……いえ、“物語”があるのです」

「あたしは構わないけど……どんな話なの?」

 

 首を傾げるボリュシアを見て、キャストリスは内心安堵する。拒まれたらどうしようかとも思ったが、杞憂だった。

 キャストリスはそっと息を吸って、語り始める。

 

「とある“つがい”の、愛のお話です」

「つがい……。恋人や夫婦の話ってこと?」

「ええ。長い長い輪廻の中で魂が深く結びつき合うこととなった、つがいのお話です。――()()()()()。……その、(わたくし)がこんなことを聞くのは少し、気恥ずかしいのですが。例え(わたくし)にかつての記憶が無かったとしても、貴女は(わたくし)のことは好きですか?」

「……えっ?」

 

 ボリュシアが、面食らったような反応をしていた。

 タナトスと呼んで欲しいと言った直後にボリュシアと呼ばれたり、自分のことは好きか、と問われたりしたらそんな反応にもなるだろう、とキャストリスは思う。それに加えて、自分のことが好きかどうか質問をしたのは記憶にある限り、ほとんど無い。生きてきた年数の割に慣れないことを聞いたせいで、キャストリスは段々と頬が熱くなってきていた。

 

「どう、なのですか?」

「……それは、うん。大好きだよ」

「……ありがとう、ございます。(わたくし)には記憶こそありませんが、やはり好意を向けられるのは嬉しいものですね……」

 

 その言葉にキャストリスは赤面しつつも、その胸はじわりと温かくなっていた。

 キュレネが語っていた“彼女”も、形は違えどきっと似たような気持ちになっていただろうとキャストリスは思う。

 

「ねえ、お姉ちゃん」

「何でしょう?」

「あたし、もしかするとお姉ちゃんが誰の話をしようとしているのか、分かっちゃったかもしれない」

「まさか、()()()()()()()()のですか?」

 

 キャストリスの問いに、ボリュシアは頷く。

 

「あるよ。カイザー、ケリュドラ。かつて、オクヘイマを率いてた君主……。お姉ちゃんが聞いたのは、その人の話だったんじゃない?」

「驚きました。まさに、その方の話をしようとしていたところでした。――ですが、死した魂がここを訪れていたこと自体は、よくよく考えると不思議な話ではありませんでしたね」

「うん。あたしは、『死』のタイタン、タナトスで、ここは死者たちが通る場所だからね」

「そうですね。……となると、ボリュシアは(わたくし)がどんな話をしようとしているのか、分かったのですか?」

「カイザーがここを訪れる直前に、リュスクスっていう人が一足先にやって来たの。彼女を待っている間、少しだけ話をしてくれたんだ。途方も無く膨大な時間の中で、例え相手が自分のことを覚えてなかったとしても、そのたった一人に寄り添い続けた話をね。だから分かっちゃった。でも、お姉ちゃんの口からちゃんと聞いてみたいな。お姉ちゃんの語り口は落ち着いていて、聞き心地がいいから」

 

 内容を知った上で、それでも話を聞きたいというボリュシアの気遣いに、キャストリスは微笑む。

 そしてボリュシアの要望通りに、語り始めた。かつてオクヘイマに君臨したカイザー、ケリュドラ。そして途方も無い輪廻を超えて彼女に寄り添い続けた青年、リュスクスの物語を――。

 

 

「――そして、カイザーは桃髪の少女との、彼の記憶を巡る旅でその顛末を見届けました。その輪廻において彼が、密かに自らへ想いを寄せていたこと。彼は今際で想いを伝えたことを彼女は知ることとなりました……。ですが、記憶はそこで終わりませんでした。カイザーのペンダント(記憶の精霊)となって、彼の長い旅が始まったのです。――彼の死後、カイザーもまた自分に惹かれていたことに喜びながら、彼女の最期を見届け……。途方も無く繰り返された膨大な輪廻の中で生きた、沢山のカイザーの生を傍で見守り続けました。徐々に深い眠りへと落ち、例え見守ることが出来なくなっても、そのペンダントは輪廻が繰り返される度にカイザーの手元に現れ――彼は解けていく意識の中で想い続けました。――あいしている、と」

 

 ケリュドラが経験した、かつての永劫回帰におけるケリュドラとリュスクスの長い物語を、キャストリスは静かに語り終えた。

 

「――聞かせてくれてありがとう、お姉ちゃん。あたしは、リュスクスから本当に少しだけ聞いただけだったから、詳しく聞けて良かったよ。……うん。すっごく、素敵なお話だった。ちょっと、憧れちゃうな」

 

 感嘆の溜め息を漏らしながら、ボリュシアは微笑んでいた。

 ただひたすら一人の女皇(カイザー)を密かに愛し続けた青年と、愛され続けた女皇(カイザー)の物語。その愛は膨大な時を超えて、ついに今回の輪廻における彼女へと届いた。

 その深い愛の物語を聞かされたときには、今のボリュシアと同じように溜め息を漏らしていたことを、キャストリスはふと思い出す。

 

「ええ。本当に奇跡的で……。(わたくし)も、そのお二人のことが羨ましいと思います」

 

 キャストリスも同調して、ボリュシアに相槌を返す。

 

「――ふふ。でもお姉ちゃん、その話にはちょっとだけ続きがあるんだ」

「続き、というと……。そういえばボリュシアは、お二方と会っていたんでしたね」

「うん。あたしが西風の向こうに行こうとしていた二人にそれぞれ声をかけて、引き合わせたんだ。二人は魂の結びつきがすごく強かったから、呼び止めるべきだって思ったの。そこで、聞いたんだ。お姉ちゃんが聞かせてくれた記憶の旅がきっかけで、リュスクスは意識を取り戻したこと。その後、『法』の神権を得るためにカイザーがその身を犠牲にしたとき、ペンダントも砕けて彼女の魂に吸収されたこと。二人が再会できたのも、その出来事がきっかけだったみたい」

 

 それは、キャストリスも聞いたことが無い話だった。いや、ボリュシアがいなければこうして知ることも無かった話だった、と言うべきかもしれない。

 

「そんなことがあったのですね……。お二人の様子はどうでしたか?」

「カイザーの方は、かなり驚いてたかな。でも、やっと会えたって気持ちもあったみたい。リュスクスの方も、嬉しそうにしてたっけ。――ただ……」

 

 ボリュシアは、話しているうちにどういうわけか徐々に頬を染めていった。いったい何があったのだろうかと思い、キャストリスは首を傾げる。

 

「ボリュシア? 大丈夫ですか?」

「う、うん。具合が悪いわけじゃないから……。ただ…………二人とも、あたしが傍にいるのを忘れて――――」

 

 ボリュシアは、何を思い出してしまったのだろうか。どんどん顔が赤くなっていく。

 ケリュドラが逝去したのはもう随分と昔のことだから、彼女がここに来たのもその時のはずだ。それなりの年月が過ぎていて尚、赤面するほど忘れ難いことなんだろう。

 いったいボリュシアは何を見たのだろうかと、キャストリスは疑問に思いつつも声をかける。

 

「あの、無理に言わなくてもいいのですよ?」

「――だ、大丈夫。その、二人があたしのすぐ傍ですごく甘い雰囲気になってた、っていうか……」

「非常に仲睦まじかった……ということでしょうか?」

「そ、そんな感じだった。あの時はほんとに驚いて、一瞬頭が真っ白になっちゃったな……」

 

 ボリュシアは、ついには熱そうに手で顔を仰ぎ始める。

 そんなに顔を火照らせることとはいったい何だったのか益々聞きたくなるが――ケリュドラとリュスクスの名誉のためにも聞かない方がいいかもしれない、とキャストリスは思った。

 

「貴女の様子からすると、お二人は結ばれた、ということでしょうか?」

「うん。二人とも、幸せそうにここを去っていったよ。特にカイザーは、あたしと話してたときは尊大だけど威厳のある女皇って感じだった。でも、リュスクスを前にしたら一人の女の子になってたっけ」

 

 話を深掘りすることまではせずにキャストリスが尋ねると、ボリュシアは顔に赤みを残したまま、そう応じた。

 

「リュスクス様の時を超えた愛が、カイザーに届いた……。ということなのでしょう。物語の終わりとしても、この上なく綺麗ですね」

「うん。ああいう恋の形も、あるんだね」

 

 率直な感想を述べるキャストリスに、ボリュシアも同意して応じる。

 恋愛の形は、人それぞれ。一目惚れから始まることもあれば、長い時間の積み重ねの上でようやく花開くことだってある。

 今回の輪廻のケリュドラからすれば、自分の知らない記憶越しに知った恋だったのだろう。しかし10年近く彼がペンダントとして傍に寄り添っていたことを知ったり、彼の人生の軌跡を見たり、彼の時を超えた愛情が目の前に現れたりしたこともあって、短い時間であっという間に惹かれていた。

 この話を聞いた誰かは、荒唐無稽だと言うのかもしれない。けれどキャストリスは、この恋の物語を否定したく無かった。きっと、ボリュシアも同じ気持ちだろう。

 

「――時を超える、と言えばですが」

 

 キャストリスは、二人の恋物語を踏まえた上で、ボリュシアを見る。

 

(わたくし)たちにも、似たようなことが言えると思うのです」

「あたしたちにも?」

 

 首を傾げるボリュシアに、キャストリスは頷く。

 

(わたくし)は、前の『再創紀』の記憶がありません。ですから妹のことも覚えていません。『実験』で見た記憶は知らないものばかりで、戸惑いもしました。――ですが同時に、嬉しいと感じられることもあったのです」

「……それって?」

(わたくし)もまた、貴女からの愛情を受け取っていたということ。どのような手段を使ったのかまでは分かりませんでしたが――多くの代償の果てに、(わたくし)たち姉妹もこうして再会出来ました。形は違えど、カイザーとリュスクス様のように」

 

 巡ってきた過程も愛情の形も違うが、キャストリスとボリュシアは、ケリュドラとリュスクスの二人との共通点があった。

 それは、“一つの愛情が時を超えて、例え相手の中に記憶が残っていなかったとしても、確かに届いたこと”。

 

「――ですから(わたくし)も、その愛情に応えたいのです。かつての記憶が残っていない(わたくし)のことを、今も姉と呼んでくれる貴女の愛情に」

 

 キャストリスは、ボリュシアの傍に一歩寄って、微笑みを浮かべた。

 ボリュシアが、僅かに息を呑む。

 

「お姉ちゃん……」

「『死』のタイタン、タナトス。それは、“神”としての名であることは理解しています。貴女がそう呼んで欲しいことも、理解しています。ですが、今この瞬間だけは“ボリュシア”と――“(わたくし)の妹”と、呼ばせて欲しいのです」

「――っ!」

 

 キャストリスの告げた核心に、ボリュシアの声は遂に揺れた。

 ボリュシアは溢れそうになる感情を堪えながら、それでも目尻に僅かな涙を浮かべる。

 

「もう、ずるいなあ、お姉ちゃん……。そう言われたら、断れないよ」

「すみません。我儘なことを言ってしまって。ですが、先ほどの言葉に嘘はありません」

「うん。分かってる。でも、()()()だからね?」

 

 目尻を拭いながら笑うボリュシアに、キャストリスも頷きで以って応じる。

 ここまで素直な気持ちを伝えられたのは、ケリュドラとリュスクスの物語を聞いたからなのだろう。それに加えて、キュレネから前回の輪廻において救世主()がとある事情からキャストリスに触れても死ななかった、という話を聞いた影響もあるのかもしれない。

 何にしても、目の前にいるのはかつての自分が愛していた妹だ。今ここにいる自分が、ボリュシアを愛したっていいだろうと、キャストリスは思えるようになっていた。残念なのは、彼らに感謝の念を伝える機会が無さそうということか。

 キャストリスは、ボリュシアが落ち着くのを待ちながら、割れた月の浮かぶ空を見上げる。

 

「カイザー、ケリュドラ様。それにリュスクス様。もし次の輪廻があったのなら――その時は、お二人が一緒に星々を渡りながら幸せな時間を送れるように、祈っています」

 

 静かな呟きが、風と共に運ばれ消えていく。

 ケリュドラにもリュスクスにも、この言葉は届くことが無いだろう。二人がどんな人物だったかは、直接の面識が無いキャストリスには分からないが――。それでも、彼らの幸せを願わずにはいられなかった。

 

 

 

《終》

 




高評価、お気に入り、ここすきなど、いつもありがとうございます。

今回で物語も終わりとなります。
実質的な最終回は前回で、今回はキャストリスとボリュシアのお話になりました。
ver3.6が始まるまでに終わらせられたら、と思っていましたが無事最終回を投稿出来ました。

彼らの旅と戦いはこれからも続いていくと思いますが、リュスクスとケリュドラの物語は、これで一区切りとさせていただきます。
短い期間でしたが、ここまで読んでいただきありがとうございました。

いつかまた、群星のどこかでお会いしましょう。
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