ソーマ・アルマンデルの幻想譚   作:虎威 狐

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ep.1 幻想入り

 某年某日、欧州のどこか。のどかな農村の広がる平野の外れに、こじんまりとした小屋があった。白く塗られた壁は塗りたてのように鮮やかで、朱い屋根にはところどころ藍色で装飾がなされている。かと思えば門前の柵は何年も放っておいたかのように錆びつき、屋根からは蔦状の草が生い茂っている。

 かなり昔からあるものの、その住人を未だかつて見たことがない、と近くに住む人々は言う。扉を開けて確認しようにも、厳重な鍵のようなものがかかっており、また小屋自体もかなり頑丈で、斧を思い切り叩き付けても逆に斧の刃がかけてしまう。いつしかその小屋には誰も寄り付かなくなり、永い年月を経て人々の心から忘れ去られていった。

 

 

そうしてその小屋は、中にいた一人の住人とともに幻想となった―――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 朝日が窓から入り込み、眩しさで目が覚める。魔法使いとなり、捨食・捨虫の術を会得して食事や睡眠がいらない体にはなったが、やはり美味いものは美味いし、睡眠が心地いいのにも変わりはない。微睡みの中、手探りでカーテンを閉じようとするが、どうしたものか、中々たどり着いてくれない。仕方がない、起きるか。

 

「ああ……寝なくてもいいというのにこの寝起きの眠さはどうにかならんもんかね」

 

 そんなことを独り言ちて、意識を完全に覚醒させる。土魔法で作った器に水魔法で水を満たし、顔を洗う。そして風魔法と火魔法を組み合わせて温風を出し乾かす。他の魔法使い(やつら)が見たら怒られそうなほど魔法の応用を無駄に使っているが、知ったこっちゃない。俺の魔法を俺がどう使おうと俺の勝手だ。しかし……常日頃から魔法は使っているので魔力量に問題はないが、いかんせん久しぶりに人間らしいことをしたせいで腹が減った。

 

「何か食べようか……いや、何かあったかな……?」

 

 キッチンへと向かい、何か食べるものがなかったかとそこら中を漁ってみるが……どれもこれも腐っている。まあ数十年、下手をしたら数百年ぶりに食事を摂ろうというのだ。家の中の物も腐っていて当たり前か。魔法使いとは言えども腐っているものを食べれば腹も壊す。仕方がない、何か外で食べ物を探すか……そう思い、もう何百年も仕事をしていないドアに手をかける。開かない。錆びているのと、どうやら外から何かを叩き付けたか何かして結界が少々歪んでしまっているようだ。まったく、人間というのは面倒なことをしてくれる。

 

「まあいい。壊すか」

 

 開かぬというのなら壊してしまえ。ドアなどまたいくらでも作ればいい。思考回路がぶっ飛んでいる?魔法使いなんてみんなそんなもんさ。そう思って極限まで圧縮した魔力を槍のように尖らせ、矛先をドアへと向ける。イメージするはあらゆる魔法を打ち消し貫く神の槍。しかしあくまで吹き飛ばすのはドアだけだ。それ以外は決して傷つけてはいけない。さあ、あとは魔法名を唱えるだけ―――

 

Gae Dearg(ゲイ・ジャルグ)

 

 そう呟くと同時、光の槍が奔流のように溢れ出て、ドアを、そしてドアを包む結界を破壊して突き進んでいく。数瞬の内に、目の前にはきれいな穴が開いていた。当初の予定通り、周りの壁に被害は一切ない。完璧である。だが、そう充足感に浸る間もなくある疑問が頭をよぎる。

 ”いくら何百年も外に出なかったとはいえ、あたり一帯で開拓が進み、畑が次々と出来、それなりに栄えていた町が鬱蒼と茂る森に成り得るのか。”もちろん、ないとは言い切れないだろう。しかし、感じていた限りでは大噴火や大地震などはなかったはず。では、一体何が―――?そして、もう一つの違和感に気づく。ここら一帯の空気に含まれる魔力の密度がかなり濃い(・・)。空気中の魔力の量が増えるには、魔法生物の繁栄が必須条件である。そうであるならば、この数百年の間にどこかの、しかしかなり強力な魔法使いが魔力をオーバーフローさせなければこんな短時間でここまで魔力は濃くならない。しかし、自分の住む拠点の近くに魔法使いはいないし……

 

「もしかして……ここは俺の住んでいた場所ではない?」

 

「ご名答、ですわ」

 

 自らの思考に没頭し、自問自答を繰り返していたはずが、突然聴覚が異常を訴えてきた。その音、右後方、距離はおよそ1メートル―――

 

Failnaught(フェイルノート)―――!」

 

 咄嗟に放つ魔法は無駄なしの弓、必中の矢。白く輝く矢はその声のある場所へ飛んでいき……突然姿を消した。魔力反応が消え、驚いて後ろを振り返ると、目の前には両端にリボンのついた紫色の空間。中では無数の目玉が蠢き、ギョロリとせわしなく視線を動かしている。少しするとその空間は消え、その向こうには金髪の女性が姿を現す。紫と白の東洋風のドレスを着て、屋内だというのに日傘をさしている。顔は十人中十人が美人というだろうが、胡散臭げに笑みを浮かべているのを見ると、中々いい性格をしているようだ。

 

「あら、いきなりだというのに物騒ですわね、魔法使いさん?」

 

「…………すまないね。なにせ数百年ぶりの客だ。どうももてなし方を忘れてしまっていたよ。俺はソーマ・アルマンデル。もしよろしければ名前をうかがっても?」

 

「いえいえ。別に大したことではありませんでしたから。私は八雲紫と申します。ここ”幻想郷”の管理人などをしておりますわ」

 

「幻想郷……聞いたことないね。しかし管理人の貴女がここにいるということは、俺は今幻想郷とやらに来ている訳かい?」

 

「察しがよくて助かりますわ。そう、あなたは今”外の世界”の人々から忘れ去られ幻想となり、ここ幻想郷に流れ着いた、というわけです」

 

 ……なるほど。そりゃあ数百年も引きこもってりゃあ忘れられもするか。しかし魔法使い仲間にまで忘れられるなんてことは…………そうか。俺も年を取ったものだな。

 

「成る程ね。で、管理人さん?貴女はこのイレギュラーへの対応はどうなさるおつもりで?」

 

 八雲のほうへ向きなおり、彼女の目を、彼女の見据えるものを見て問いかける。管理人、ということはもちろん異物の排除も行うはずだろう。万が一に備えて、ばれない様巧妙に隠しながら魔法の起動用意をしておく。

 

「……ふふ。警戒なさらずとも結構ですよ。ここは幻想郷。幻想郷は全てを受け入れますわ。それはそれは、残酷なほどに―――。ですから、管理人たる私もそれを破るつもりはございません。ようこそ幻想郷へ、ソーマ・アルマンデル。私たちは貴方の来訪を心から歓迎いたしますわ」

 

 胡散臭げに笑みを張り付けたまま八雲は歓迎の言葉を口にする。しかし、それ以上に俺の魔法が気づかれていたことに驚きを感じ、少しばかり自尊心を傷つけられた。これでも1000年ほど魔法使いとして生き、魔法に関しては誰よりも極めたという自負があったのだが……上には上がいるものだな。構築途中の魔法を中断し、隠蔽用の魔法も解除する。それにより一瞬見えた魔法陣が砕け、光の―――正確には魔力の粒子となって散らばっていく。

 

「……あら、まさかとは思いましたが、本当に魔法の用意をしているとは。まったく気づきませんでしたわ」

 

 ……どうやら先ほどの警告はこちらにわざと深読みさせるためのブラフだったらしい。

この女、なかなかの食わせ者である。




皆様初めまして。
虎威狐と申します。

 一応一話当たり3000文字を目安にやっていきたいと思っていますが、長い、短いなどございましたら、メッセージのほうでご意見お願いします。
 また、基本的に前書きはなし。あとがきのほうでこういった挨拶等をしていきたいと思っていますので、ご了承ください。

では、ここまで読んでいただきありがとうございました。

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