河原で殴り合いからの大の字。みたいな二人になれたかも。

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遠雷

 

 

 夢を見た。

 夢なのだと思う。

 自信はあまりない。

 だから夢だと仮定する。

 前提を定めた。ならば断じよう。

 夢であるならば。

 夢でよかったと思った。

 夢じゃなければ。

 恥ずかしいから。

 

* * *

 

 いつだって荒れていた。

 いつだって飢えていた。

「くそっ……!」

 オラリオに来て間もない少年。獅子色の髪を揺らすドワーフの少年は、いつだって何かを渇望していた。

 バルドルとかいう名の神から恩恵を授かり、主神の足元に唾を吐き捨てて二ヶ月。

 想像していた未来とかけ離れた現実に荒れ、強さへの飢餓に支配された少年は今日も一人でダンジョンに潜り、上々の戦果を上げて地上への帰還を果たした後。

「なんなんだあいつらは……!」

 今日も一人で英雄の都に君臨している派閥の猛者たちに玩具にされ醜いボロ雑巾のようになり、英雄の都の隅っこの路地裏で大の字に寝転んで獅子色の髪を汚く染めながら、誰にも届かない憤りを弾けさせていた。

「あぁちくしょぅ……!」

 喉の奥から競り上がってくる声も掠れに掠れて酷く不恰好。その屈辱は癒えずともせめて傷だけでも癒さねばと、そこらの木端冒険者から毟り取った回復薬(ポーション)を身体全体に振り撒く。

「少し休んだらあの糞共にもう一度……!」

 刻まれた痛みも傷も消えていくのに、植え付けられた苛立ちと屈辱には宛ら燃料のように機能し、折れない心と飽くなき闘争心を備えた少年を再起動させるまでに然程の時間も要することはなさそうだった。

「あ……れぇ……!?」

 今や遅しと自らの身体の回復を急かす少年の耳を、間の抜けた声が撫でた。

「あぁ?」

 物取りか、それとも憐れみか。そんな手合いだろう。

 何れにしても、全てが不快。

 故に見過ごさない。

 少年は、自分を下に見る者全てを許さない。

 上半身を起こし、間抜けにも自分の前に姿を晒し続けている声の持ち主に目を向けた。

「ま、さっ、か…………まさか……!」

 少年の瞳に居場所を取った声の主は、少年と同年代の少年だった。

 肥溜めの様な裏路地でも明るく輝く白い髪。

 血の色に似て、しかし暴力の気配を感じさせない澄んだ深紅(ルベライト)の瞳。

「ここ……は……えっ? ゆ、夢……まさか…………ヘルメス様っぽく言うなら……またも混沌(カオス)さんがやんちゃを……!?」

 顔立ちこそ幼いが、構成しているパーツが特徴的な少年は、頻りに首を左右に振っては視線を迷子にさせていた。

 その様の実に鬱陶しいこと。

「……お前、なんだ?」

「へっ!?」

 少年に声を掛けられた白い少年は、大袈裟なくらいに身体を震わせ、少年の目を見た。

「俺を笑いに来たのか? それとも俺から奪おうとしているのか? それともこの俺に同情しようってか?」

「い! いやいやいやいや! 全部違います! しょ、正直それどころじゃないと言いますかこの状況を飲み込めていないと言いますかとっても困ってい」

「黙れ」

「はひっ!」

「なあお前、金はあるか?」

「へ?」

 こちらの気が抜けてしまいそうな腑抜けた声を聞きながら二本の足で立ち上がる。背格好は同程度らしい。

「金がないなら武器でもいい。あるか? あるよな?」

 少年の耳は聞き逃さなかった。この白いガキの背面で、金属の擦れる音が微かに鳴ったのを。

「や! いえいえ! 武器なんて何も」

「嘘吐きは泥棒の始まり。つまりお前は泥棒。だから俺に奪われたって殺されたって文句は言えねえ。正当防衛ってヤツだ。そうだろ?」

「何処がですかぁ!?」

「うるせえ叫ぶな。とりあえず潰す。てめぇの身包み、俺が上手いこと使ってやるよ」

「はぃぃぃいぃぃい!?」

 武器など不要と判断した少年は、今夜の食い扶持を稼ぐべく、動揺し倒す白い少年目掛けて飛び掛かった。

 ややあって。

「ぐっ、は……!」

 少年はまたも、大の字で寝転んでいた。

 口の端には血が滲み、胴体には痛烈な殴打を頂戴した痣がしっかりと残っていた。

「か、勝っちゃった……!」

 少年に勝ったことを誰より驚いている白い少年は、この後どうしたらいいのだろうと言わんばかりにその場であたふたするばかり。

「て、めぇ……」

「はっ、はいっ!?」

「冒険者……だよな……所属は? ゼウスか? ヘラか?」

「どっちでもありません…………っていうか……やっぱり本当に……」

「じゃあどこなんだ」

「い、言えませんっ!」

「はぁ?」

「それは言えないんです……! 言ったら大変なことになる……かもなので……!」

「何が大変なことになるって?」

「…………み……未来?」

 何を言っているんだ、このガキ。わけわかんねー。

 わかんねーのはこいつの強さもだ。

 強かった。右拳の初撃を左手一つに受け流された瞬間に全身の毛穴から汗が吹き出して、警戒レベルが最大限に跳ね上がったくらいだ。

 俺の知っているあの糞共には遠く及ばない。

 それでもこいつは今の俺より強い。それも遥かに。

 だからこそ少年は燃えた。怒った。潰すと吠え、殺すと叫んだ。

 こいつも踏み台にしてやると息巻いて、そこらに放っていた剣を手に取って全力で殺しに掛かった。

 完敗だった。手応えさえ感じられなかった。

 今の自分じゃ絶対に勝てない相手なのだと、理解してしまった。

 真新しい屈辱を得た少年の飢餓が、更に深まった。

「あ、あのぉ……怪我の具合とか……どうですか?」

「は?」

「どっ、どうやら僕は回復薬(ポーション)とか一つも持っていないみたいで……そうだ! こ、ここにいてください! 買ってきます!」

「はぁ?」

「直ぐに戻って」

「うるせえ喋んな」

「はいごめんなさいっ!」

「……なあ。何で勝ったてめぇが負けた俺のことなんて気にしてんだよ」

「…………」

「返事くらいしろ舐めてんのかてめぇは」

 喋っていいのか悪いのかどっちなのぉ……!?

 とぶつくさ言っているのが聞こえた。なんなんだこいつ。

「だ、だって……怪我してる人を放っておくなんて出来ないし……!」

 白い少年はあちこちに視線を迷わせながら、変なことを口にした。

「その怪我をさせたのが僕だから話がおかしくなってるんですよねごめんなさいっ……!」

「…………」

 ずりずりと地面を這い、壁に背中を預けた少年は、白い少年の目を見た。

 何だこいつ。

 変過ぎるだろ。

 こんなに強いのに全然強そうじゃないし。

 こんなに強いのに弱気だしお人好しだし。

 俺の知っている強いヤツらってのは大概頭がおかしくて、傲岸不遜で天上天下唯我独尊を地で行くイカれ野郎しかいねえのに。こいつは全然そんな感じがしねえ。

 それなのに、強いのか。

 あんな、人格か性格が終わってる化物たちとはまるで違う世界に生きてるようなガキでも、こんなに強くなれるものなのか。

「……いい」

「へ?」

回復薬(ポーション)はまだ何本かあるし寝てりゃ治る。だからもう気にすんな」

「でも」

「男のくせにいつまでもガタガタ抜かしてんじゃねーよ。キンタマ付いてんのかそれでも」

「キンっ!?」

 なんでこいつ顔赤くしてんだよ気持ちわりーな。

「それより聞かせろ」

「そのぉ……さっきも言いましたけどぉ……所属ファミリアの話は」

「それはもういい」

「……だったら何のお話を……」

「お前の強さが知りたい」

「つよ、さ……?」

「お前、歳は?」

「……十四です……」

 自分よりほんの少しだけ歳上だった。

「……どうしてお前は、そんなに強い?」

 だから尚更に気になる。

「お前の強さの源泉は、なんだ?」

 ほとんど歳も変わらないのにどうしてこうも違う。

 どうしたら、お前のように強くなれるのか。

 それが知りたい。

「たくさんの出会い」

 さっきまでのオドオドっぷりはなんなのだと言いたくなるくらい堂々と。白い少年は、そんな言葉を口にした。

「それが僕が強くなれた理由です。それ以外のことはありません」

「…………くだらねえ」

 少年は吐き捨てた。

「それだけで強くなれるわけねーだろ。てめぇの強さがそれだけで構成されたもんならてめぇには一欠片の才能もないってことだろうが」

「その通りです」

 白い少年は頷いていた。

 迷わず。思考よりも脊髄の反射がそうさせたのではないかと思うくらい早く、しっかりと頷いていた。

「僕には、冒険者の才能なんてないですから。それこそ、貴方に比べたら僕程度の才能なんてもう全然で」

「それやめろ」

「そ、それ? どれですか?」

「言葉遣い。お前の方が歳も強さも上。それなのにヘコヘコすんな。気持ちわりぃ」

「と言われましても……普段から歳上の方に囲まれているもので自然とこんな感じに」

「いいからやめろブン殴んぞ」

「はひっ!? じやっ、じゃあ…………あ。そ、そういうこと言うならだけど……もう少しだけでも年長のお兄さんへの言葉遣いとか」

「あぁ?」

「ごっ、ごめんなさい! あ! 間違えましたごめんっ!」

「……なんなんだお前……本当に……」

 通りを挟んだ向いの壁に背を預けて座り込んだ白い少年は、自分の力の根源を語った。

 愉快な祖父に育てられたこと。

 素敵な神様に出会えたこと。

 頼もしい仲間、家族に出会えたこと。

 厳しくも優しい師匠たちに出会えたこと。

 強大な好敵手たちに出会えたこと。

 本人がした努力を一切語らず、誰かとの出会いに生かされているのだと語り続ける白い少年の頬は、常に緩んでいた。

 散々話した。散々割って入って、何を言っているんだお前はと言ってやった。

 それでも白い少年は意見を変えない。

 話の中で白い少年は、粗野なドワーフの少年でも名前を耳にしたことのある、とある喜劇の言葉の一節を引用した。

 一人では何も出来ない。

 二人なら出来ることがある。

 三人ならもっと。

 みんなとなら、それこそなんでも。

「僕は、自分が弱いことを知ってる。今でこそ一人で出来ることは増えたけれど、それでもまだまだ至らないことだらけ。そんな僕を信じ、支え、肩を並べて共に前を向いてくれる人がいる。だから僕はここまで来れたし、これからも進んでいけるんだ」

 少し言葉の砕けてきた感のある白い少年は、笑いながら語った。

「……俺は……お前とは違う……」

 白い少年から一度も視線を逸らさないでいた少年が囁く。

「俺は……誰かと群れるなんて出来ない。けれど俺はそれでいい。俺は俺のままもっともっと強くなって、俺を見下すヤツ全員見返してやる! 嫌いなもの全てをぶっ飛ばしてやる!」

 そうしていつか。

 こんな自分でも、誰かに認められて……。

「糞が……!」

 勝手に脳内に湧き出た言葉に唾を吐き、ついでに背中を支えている壁にグーをぶつけた。ピシッと、亀裂が入った音がした。

「……それでいいんだと思う」

「あ?」

「あな…………君と僕とじゃ生い立ちが違う。種族も違うし、性格も違う」

「……てめぇ……なんでわかった……?」

 少年がこのような性格に至った起源に触れられいよいよ動揺を隠せなくなった少年の呟きに苦笑で返すだけの白い少年は、目の前の燃えるような苛立ちの塊から目を背けないまま、言葉を繋いだ。

「僕が偉そうに言えることじゃないし、未来のことなんか、やっぱりわからない。けれどこれだけは言える」

 白い少年は立ち上がった。

 そのままゆっくりと少年の前にまでやって来て、膝を折った。

「いつか。君のことを、世界が見つけてくれる」

 白い少年は、笑っていた。

「君は、立派な大人になる」

「はあ?」

「僕はそんな君を尊敬し、憧れる」

「お前……何言ってんだ?」

「わからないよね。でも僕にはわかる」

「何が?」

「君は、誰かの英雄になれる!」

 自分よりも幼く見られるだろう、それこそ何も知らない無垢なガキのような笑顔で、そいつは言った。

 英雄?

 そう言ったのか、この能天気は。

 馬鹿だとわかる。阿呆なのも言わずもがな。

 しかしまあ、ここまで突き抜けていやがるとは。呆れ返り過ぎて笑うことも出来やしねえ。

「あ……!」

「……おい……なんだそれは……!?」

 少年は思わず立ち上がっていた。

 白い少年の身体が、白く輝き始めた。

 それどころか、身体の一部が透明になっているようにも見える。

「今回は早いんだなあ……」

「何の話をしてやがる!?」

「僕には……あんまり時間がないみたい」

「……消える……みたいなことか?」

「そう……だね。そうなんだと思う。説明するのは難しいんだけど……」

「時間がない……のか?」

「うん」

「…………なら……構えろ」

 少年は、自分の傍に転がっていた武器に手を伸ばしていた。

「わけがわからねえが、この機を逃すなんてしてたまるか」

 手入れがイマイチな直剣の剣先を白い少年の鼻に触れる寸前にまで突き付けて。

「てめぇに残された時間。全部俺に寄越せ」

 少年は、不敵に笑った。

「……うん」

 微かな逡巡を経て。

「全部あげる」

 鼻先に触れそうな剣など意に介することなく、白い少年もまた、笑った。

「それでいい」

「ああ……こんなこと言うの初めてかも……」

「あん?」

「……さっきみたいな手加減、もうしないから」

「上等だ糞野郎っ……がっ……!?」

 少しでも肘を伸ばせば刺さるはずだった剣先から白い少年の姿が消え失せ、腹部に猛烈な痛みを感じた。これが合図。

 人気のない路地裏に意地と誇りと暴力の華が咲く。

 少年は、先の手合わせで力を抜かれていた屈辱に震えながら何度も飛び掛かり何度も弾き返され、何度もゴミの掃き溜めのような路面にキスをした。白い少年は余裕綽々といった具合で、少しも呼吸を乱していない。

 接近戦は不利と思い体制を立て直そうと危険圏から飛び退いたら。

「ファイアボルト!」

「なっ!? ぐぁ……!」

 詠唱無しの反則めいた魔法も使って来やがった。めちゃくちゃ痛えし熱い。しかもこれを連射しやがったし一発も外さなかなった。なんでもアリかこいつ。

 その多くを躱わすか凌ぐことで精一杯になっている間に距離を詰められ、左の脇腹に強烈な蹴りをもらって初めて、避ける方向を誘導されたと気が付いた。

 引き出しの数が違う。

 駆け引きの次元が違う。

 強さの桁が違い過ぎる。

「そうこなくっちゃなあ……!」

 それでも少年は折れない。

 鼻血を啜り、口の端から流れる血を舐めて、何度でも白い少年に飛び掛かった。

「そろそろか……」

 少年の剣と白い少年のナイフがぶつかり合った一瞬に、白い少年がそう呟くのが聞こえた。

 それの意味する所を考える時間すら惜しい少年は、猛り狂う獅子のように襲い掛かる。

「がっ……ぅ、ぁ……!」

 袈裟に切り下ろした少年の斬撃を左手に持ったナイフでいっそ優雅なまでに軌道を逸らしながら、グッと握り込んだ右拳を少年の頬にめり込ませ、間髪置かず腹部に強烈な蹴りを突き刺さすと、少年の身体は狭い路地の行き止まりの前にまで無様に転がった。

「ぐっ、ぁが……ごっ、ほ……!」

 歯が折れた。鼻が曲がった。口から塊のような血が溢れ出た。

「ぺっ……つ、つええなあ……てめぇ……!」

 折れた歯を吐き出し、曲がった鼻を無理矢理に戻し、傷んだ腹を抑えながら、ガクガク震える二本の足を殴り付けながら、少年は立ち上がる。

「ま、まだまだぁ……!」

 微塵も戦意を萎えさせていない少年の勝気な笑みが路地裏で輝く。

 歯が折れても鼻が折れても、心の方はまるで折れちゃいない。

「君は強いなあ……」

「あぁ!? 聞こえねーよ!」

「……もう僕に残された時間はない。だからこれが、最後の一撃だ」

 三半規管に損傷を受けたらしく、白い少年の声が聞き取り辛くなっていたが、彼の耳は土壇場でいい仕事をし、聞き逃してはならない部分は何一つとして取り零すことなく拾い上げていた。

「今の僕に出せる全力。君にぶつける……!」

 そう宣言した白い少年から、鐘の音が聞こえた。

 こんな掃き溜めには到底似合わない、何処までも清廉な音色だった。

 都市の全域にまで届いていそうな鐘の音は、白い光を放つ少年の右手から放たれているようだった。見れば、彼が放つ儚い輝きを上書きするような眩い輝きが、白い少年の右手に収斂されていた。

「おいおいなんだよそれぇ……!」

 何処かで聞いたような気がするその音を少年は酷く不快に感じ、同時に脅威と認めた。

 だからこそ逃げない。

 絶対に正面から叩き潰してやると決めた。

 不快なもの。自分を見下す者。この糞みたいな世界そのもの。

 その全てを標的にしているこの身がこんな程度の土壇場で逃げを選んで、この先何と戦えると言うのか。

「三十秒……!」

 三十秒の畜力(チャージ)

 それが、今の白い少年に残された猶予、そのギリギリだった。

 このスキルは、彼の切り札だった。

 そのスキルを発動させるには『憧憬』の存在が必要不可欠だった。

「いきます……」

 白い少年の思い浮かべた『憧憬』は。

 獅子色の髪を揺らす騎士。

 立派になったと誰もが誉めそやす、一人の教師。

 誰もが認める『現代の英雄』の姿だった。

「いくよ……!」

 白い少年の瞳が映すのは『未来の英雄』

 この広い下界で燦然と名を輝かせることになるだろう、次の時代の旗頭の一人。

「おう……!」

 ガクガクとみっともないほどに震える足は、少年の身体も戦意も前に運んでくれることはない。

「かかってこいやぁ!」

 それでも少年はまともに動かない腕に檄を飛ばして剣を掲げさせ、迫り来る輝きに挑む。

「ふっ……!」

 この一撃が、今の少年に何かを残せる一撃になると信じ、光の尾を揺らしながら駆け出す白い少年。

「はぁ!?」

 その白い少年が、左手にナイフを持ち替えた。

 狙いは単純。隠すつもりもないらしい。

 あの輝く右拳で、少年を殴る。

 脳の死んでいるような馬鹿な突撃。

 それ以外頭にない。

 あいつは今、そういうツラをしている。

「へへ……!」

 ああ。

 なんて気持ちのいい野郎だ!

 胸のすくような思いってこういうことを言うのか!

 ふざけやがって!

 虫も殺せねえようなツラしてやがるくせに、俺に負けず劣らずの大馬鹿野郎じゃねえかこいつは!

「だったら……!」

 俺に出来る全霊で!

 その右手も!

 てめぇの心意気も!

 まとめてぶった斬ってやる……!

「勝負だ……!」

 鐘の音を響かせながら今の自分に出来る全てを注ぎ込んだ右拳を振り上げる白い少年。

「こいこいこいこい……!」

 己の全ての経験、全ての力を一振りの剣に注ぐ少年。

「はあああああっ!」

「おおおおおおっ!」

 白く輝く拳と、白い輝きを反射する鉛色が、衝突した。

 いや。違う。

 衝突したと思っていた。

 拮抗など、発生しなかった。

「ああああああぁ!」

 拳に触れるより先に、拳を包む力場に瞬く間に砕かれる少年の刃。その破片に頬を切り裂かれながら。

「はは……!」

 少年は笑った。

「ぐうっ!?」

 笑いながら、自分の胸に繰り出された極大の一撃の味を噛み締めた。

「っが……ぁ……!」

 どごん。鈍い音が響き、少年の身体は行き止まりの石壁に突き刺さり、深く埋まっていた。

 衝撃の余波で周囲の家屋の多くに穴が空いて崩れる中。朦朧とする意識の中で、少年は見た。

「ごめんなさいごめんなさい本当にごめんなさい弁償を……あぁでも僕時間がなくて……! どうしようどうしよう……!」

 相変わらずピカピカと身体を輝かせたまま、あちこちに頭を下げて回っている、情けないガキの姿を。

「な……んな、だ、マじ……で……!」

 壁に埋まったまま吐き出された悪態と共に溢れる吐血の量は甚大で、このままでは間違いなく生き絶えることを少年は理解した。

「が……ぁ……!」

 そんな少年の身体が、多量に濡らされた。

「もうここまでだね」

 しれっと少年の荷物の中から回復薬(ポーション)を拝借したらしい白い少年がありったけを振り掛けているのだと、薄くしか開けなくなっている両目が教えてくれた。

「街の人には謝ったけど、君には謝らないよ?」

「あ、ヤまッ……ら…………こロ、ス……」

「だよね。しばらくすれば動けるようになるよ、君なら。君が頑丈なことはそれなりに知ってるつもりなんだ」

「ンだ、それ……」

「色々話したいけど……ごめん、やっぱり時間切れみたい。だから、最後に一つだけ」

 いつの間にか多くのギャラリーが集まっている中。白い少年は、血だらけになっている少年だけを見ながら。

「ご両親を大切にしてね」

 やっぱり少年にだけ笑みを残し。

 まるで、最初からその場に何もなかったかのように。

 どんな願いでも叶えてくれる流星のような白く輝く光の尾を残し、ここにはない何かを求め、次の冒険に飛び出していった。

「……っせぇ…………わかってんだよ……」

 口腔内で消える弱々しい独り言の外。

 頭部から流れている血と、頭から被せられた回復薬の滝の中。

「名前くらい教えろ…………糞……がぁ……!」

 一筋の雫が溢れ、少年の頬を撫でるように落ちていき、英雄の都に溶けていった。

 

* * *

 

「お前、なんかしたか?」

「何?」

「鐘の音が鳴ったと思ったら家屋の多くが崩れたって話を今し方聞いたんだが」

「私ではない」

「本当か?」

「諄い」

「わかったから怒んなって。でもそうか……お前じゃないのか……じゃあ誰が……」

「私が知るものか。もういいな。私は行く」

「何処へ?」

「答えるものか」

 振り返ることなく、女は歩き出した。

 男はその背中を、ただ見つめていた。

「今日は……」

「ん?」

「体調も機嫌も、頗るいいらしくてな」

「答えてるじゃねえか」

「煩いぞ、雑食」

「こっちのセリフだ、魔女」

 覇者と覇者の言葉の交換は、それで終い。

「あの子の好きな甘味でも揃えて……今夜は少し、長話でもしてみようか……」

 だからそれは、単なる独り言。

 道行く誰かにその瞬間を見られていたら、その者はこの女にこう問うていたかもしれない。

「今行くよ……メーテリア……」

 えらく上機嫌みたいだけれど、何かいいことでもあったのかい?

 

* * *

 

 夢か。幻か。現実か。

 こうも思い出せないのではやはり夢だったんじゃないかとどうしても思ってしまう。

 しかし夢だ幻だと言うには、あの痛みは忘れられたものじゃない。

 しかしまあ、あれ以上の理不尽を食らうことが日常になっていったもので、記憶は薄くなっていたかもしれない。

 人生という物差しに於いてたった一夜など刹那に過ぎないが故か、その時のことのほとんどが思い出せなくなっていた。

 彼はどんな型で戦っていた? 得物はなんだった? どんな話をした? どんな顔だった?

 思い出せないことばかり。

 しかし、彼の中に。

 誰かから貰った言葉の一部。ほんの一握りだけが、彼の何処か大切な所にぶら下がっていることに気が付けた。

「久し振り……」

 少年などと呼べない年齢、立場を得た彼は、両親に会いに行った。

 両親を置いて一人で生きる道を選んだこと。

 乱暴な振る舞いで何度も傷付けたこと。

 何度も泣かせてしまったことを。

 謝罪をした。頭を下げた。

 そして、感謝を告げた。

 かつていじめられていた自分を庇っていてくれていたこと。

 ただのドワーフでは持ち得ない、立派で頑丈な身体をくれたこと。

 こうして今、自分と目を合わせてくれていることを。

 この身が泣きながらこの世界に産み落とされた瞬間を知る母と父はゆっくりと相好を崩し、自分とそっくりな形をしている目元に浮かんだ涙もそのままに、二人一緒に、この身を抱き締めてくれた。

 恥ずかしかった。嬉しかった。

 少しだけ、泣いてしまった。

 どうだろう。

 いつか、誰かから聞いた言葉に応えることは出来たのだろうか。

 ご両親を大切にね。

 そう言ってくれた誰かに。

 自らの過ちに背を向けないことを教えてくれた誰かに。

 いつの日か、会いたいものだ。

 

* * *

 

 全てを吹き飛ばす鐘の音。

 そんな、お伽話の様な光景を。

 鐘の音を纏う英雄の背中を、この目が知っている。心に刻まれている。

 その女は、英雄だった。

 性格がアレ過ぎてどうしようもなかったが、誰もが認める英雄であった。

 しかし。

 英雄はいなくなった。

 英雄の喪失は暗い時代を招く引金となり、多くの命がその暗き波に飲み込まれて天に送られてしまった。

 そんな時代の中。

 叫び声を上げながら、新たな英雄が立ち上がった。

 その英雄たちを先頭に、英雄の都は暗い時代を乗り越えることができた。

 しかし。

 終末の時計を壊すには至れぬまま。

 終焉は近く、希望は遠く。

 数多の英雄の到来は叶わず。

 そんな世界に、英雄の雛が現れた。

 その雛はどうやらとても足が速いらしく、誰もが目を見張るような速度で英雄の階段をドタドタと、実に騒がしく駆け上がってきた。

 その雛が奏でるは鐘の音。

 何処かで聞いたものとは似て非なる、高く伸び行く大鐘楼の音色だった。

 何の冗談だと笑う。

 何の因果だとやはり笑う。

 その音に抱いた複雑な思いを抱いて、しかしこれでもかと笑う。

 なあ。この地を去った糞ったれな英雄共。

 なあ。鐘の音が似合う灰色の魔女さんよ。

 彼が見えるか?

 彼の音が聞こえているか?

 世界は。

 俺は。

「おはようございます! んー! いい天気! 絶好の野外調査(フィールドワーク)日和ですね! レオン先生!」

「ああ。おはよう、ベル」

 お前らみたいな偉大な糞ったれ共でも見つけられなかったものを。

 白く輝く希望を、見つけたんだ。

 

 




私は生意気なのであとがきを添えてしまうんです。

悪童時代のレオン少年とベルくんの絡みがみたい!

長く作品を拝見させて頂いていたダンまちのファンアートを描いていらっしゃる方にそう仰られたので、私なりに出力してみました。思い付きの行き当たりばったりでしたがすらすら書けました。本当に楽しかった。小難しいこと考えずノリと勢いで書いてる時が一番楽しい。

本当は投稿しないつもりだったのですが、折角なので投稿します。

リクエストありがとうございました!また遠慮なく仰ってください!お返し楽しみにしてますね!

と、個人宛のメッセージを添えてお別れです。

お疲れ様でした。

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