「馬鹿みてえに暴れる奴が多いから腹を減らしてる奴も多い。食い物は大概売れるぞ。ただ、客と呼べる奴が来るかは五分五分だ」
「食い方は汚えし食う時も食った後も挨拶しねえのはざらにある。連中に飯を出す側は悲惨だな」
「ゲヘナはクソだ。もしゲヘナで商売したいなら風紀委員の建物の近くにしな。多少はマシだ」
「ようやく仕事が一段落ついたわね。残りは明日にして、一度帰りましょうか」
ゲヘナ学園風紀委員長、空崎ヒナはそう呟くと帰り支度を始める。
空崎ヒナの朝は早く、夜は遅い。時刻は既に深夜0時を過ぎており、そんな時間まで残業をこなしても仕事が完全に終わらず、一段落にしかなっていない事実が哀愁を誘う。おまけに明日と言っているが、日付で言えばもう今日になっている。頭もあまり働かなくなっているようだ。
「あ……晩御飯どうしようかしら……」
帰ろうとした矢先に胃袋が空腹を訴え始め、食事をとるか否かしばし考えるヒナ。夕方に緊急出動とその後始末の書類を書いていたため、夕飯を食べ損ねていたのだ。
「……帰ってから作るのもめんどうくさい。水でも飲んで誤魔化せばいいわ」
他の風紀委員が聞いたら泣きたくなるような、なんとも悲しくなる結論に至った彼女はさっさと家に帰って寝ようと早足で帰りだす。そして風紀委員の本部の門から出たところで、淡い光を見つけた。
「……あ、屋台がやってる……ちょうどよかった」
早くて安くて普通の料理を出す店主の屋台は、常に時間が足りていない生活を送るヒナにとってはありがたい場所だった。
「おじさん、こんばんは」
「らっしゃい」
屋台に吸い込まれるように入って席に座ったヒナは、言葉少なに店主と挨拶を交わして張り紙のメニューに目を通す。いつもメニューは一品しかないが、料理は日によって違っている。
「お茶漬け150円……あ、でも味に種類があるのね。おじさん、梅のお茶漬けをちょうだい」
「あいよ」
店主は丼に白ご飯をよそい、市販のお茶漬けの素(梅)をふりかけて電気ポットのお湯をかけた。冷蔵庫の中からきゅうりの漬物を小皿に取り分けて、お茶漬けと一緒にヒナの前へ出すと、ヒナは目を丸くした。
「あら、今夜はお漬物もあるのね」
「無人販売所のきゅうりが安かったからな」
「えっ嘘……キヴォトスに無人販売所を設置できるような治安の良い場所があったの……!?」
普段からゲヘナの問題児達に手を焼かされているヒナからすれば、絶句するのも無理はない。ゲヘナに限らず、キヴォトスでは銃撃戦による破壊行為が毎日のように行われているからだ。
そのエデンのような場所に心惹かれるヒナではあるが、今は腹を満たすのが先決だ。冷えた漬物をぽりぽり齧りながら、お茶漬けを少しづつ冷まして口に運んでいく。
「あふっ、はふっ……あったかい。……ねえおじさん、一つ聞いていいかしら?」
「……なんだ?」
ヒナに声を掛けられ、店主は読んでいた新聞から視線を移す。
「ゲヘナで屋台を開いている時、いつも夜中しかやっていないみたいだけど、何か理由はあるの?」
「……ああ、ゲヘナのクソガキに食わせたくないからだよ」
「……えっ」
ヒナは思わず箸を止める。店主は不機嫌そうに眉をひそめ、鼻を鳴らせて話し始めた。
「フウカちゃんも時々やってきてここで食っていくんだが、そん時の話は愚痴ばっかだ。やれ料理にいちゃもんつけられるだ、やれ友達に爆破されるだと、ロクな話を聞かねえ」
「給食部の……そう、なのね」
「最初にゲヘナに来た時も散々だったよ。小遣いをよこせだのとたかられて、挙句にテロリストのクソガキ共が説教してきやがってな。相手するのも面倒だったんで、屋台を自爆させて諸共吹っ飛ばす羽目になったんだよ」
「……あの、風紀委員を呼んでくれればすぐ行くから。危ない事はやめてね」
「おう。そんで夜中なら喧しいクソガキ共もグースカ寝てて静かなんでな、ゲヘナで店開く時にゃこの時間にしてんだ」
「ふ~ん……あ、おかわり貰えるかしら。海苔でお願い」
「あいよ」
そうして二杯目のお茶漬けも食べ終わり、体もぽかぽか温まったヒナは小銭を置いて席を立った。
「ごちそうさま。お代はここに置いておくわね」
「はいよ。気ぃ付けて帰れよ、風紀のチビ助」
「……ええ、そうするわ」
ゲヘナ最強の自分を気遣う言葉に、ヒナは僅かに笑みをこぼした。その後に続いたチビ助という呼び方には、今晩は耳を塞いでおくことにしたヒナであった。
・店主
ゲヘナであんまり店を出したくない人。夜まで仕事していたり仕込み作業していたりする生徒から需要があるので、時々やってくる。昼間に屋台を開けるたびに散々な目に遭ってきたので、今ではゲヘナ生徒の殆どを嫌っている。
・風紀委員会
残業した後に屋台があったらちょっぴり嬉しい。ヒナ委員長が一緒だと連れて行ってくれる上に奢ってくれる。少しモチベーションが上がるらしい。
・万魔殿
イブキが寝ている時間に屋台を開いているので接点無し。
・給食部
時々やってきて愚痴をぶちまけながら泣いている。部長がみりんで悪酔いした時は流石に面食らったらしい。
・美食研究会
夜でも稀に出没するテロリスト集団。金を払って食べてるうちは普通の客として扱うが、爆破されそうな兆候があれば即座に屋台を自爆させて店じまいにする。美食の情熱は店主には不要らしい。