あなたが落としたのはきれいな無惨ですか? もっと汚いの   作:三柱 努

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「舞い」と「息」

無惨の“舞い”は珠世の理解を越えた流行期に入っていた。

 

事の発端は無惨が巻き込まれた奉行と越後屋の悪巧み。

無惨はその場に居合わせた徳田新之助から「この件は内密に」と口止めされていた。

当の本人は事件のことはそっちのけで、“舞い”への情熱に夢中だったため、誰かに徳田のことを告げ口する気も何もなかったのだが。

その代わり、無惨が道場で開催するようになった“舞い教室”には徳田も顔を出してくれるようになっていた。

 

“舞い”は無惨にとっては特別な縁壱の忘れ形見。歴代の継国家の者によって伝承される独特な呼吸法を伴った一連の体系。

とはいえ無惨自身が舞うと大抵は吐く。血を吐く。珠世も血を吐くから、かれこれ100年は舞っていない。最近ちょっと舞ってみたがやっぱり吐いた。

普通は吐かない。それどころか舞いを極めた者となると、まるで幻覚でも見ているように周囲に水しぶきや風のうなりを表現してみせた。無惨は舞いの極みを見るのが何よりも好きだった。

とはいえそんな才能がある者は滅多にいない。

無惨は徳田こそ舞いの才能の持ち主だと思ったが、彼の場合は後光が差すような威光が感じられるだけで、なんとなくだが“時代を先取りしすぎた感”ばかりが先行していた。

 

そんな舞いだが、今、江戸中で流行しまくっていた。

教室は毎日満員御礼。遠くは江戸の果てからも足を運ぶ者もいた。無惨も誰もそこまで宣伝した覚えはない。

実は徳田が裏で手を回してくれていたのだ。

徳田新之助は裏の姿。その正体は江戸幕府第八代将軍、徳川吉宗。

後の世に“暴れん坊将軍”と呼ばれる権力者だった。

 

 

そんな依怙贔屓で流行している無惨の舞いだが。当然、鬼の正体を露呈させないように目立つことは避けたい。

そのため当代の継国縁樹が主な伝承者となり、薬師家業の片手間に教室の表の顔として立つこととなった。

無惨はあくまで補助教官。

一度、珠世の目を盗んで縁樹が無惨を教鞭に立たせたことがあった。その後、珠世にめっちゃ叱られた。

だがこの一日教官は評判がよく、知る人ぞ知る舞いの伝道者として無惨は一部界隈で知られることとなる。

この縁樹の出来心が、とある事件に無惨を巻き込むこととなる。

 

 

 

 

ある日、無惨はいつものように薬師の出張依頼に出向いていた。

表向きは薬師の依頼。だが依頼人は楼主という遊郭の経営者だった。

依頼人は見習い遊女たちに江戸で評判の舞いを習わせようと企んでいた。

妻帯者の縁樹には指導の依頼を断られていたが、無惨が表に出ない舞いの伝道者という噂を聞きつけ、薬の依頼と称して呼びつけたのだった。

無惨が到着した頃には既に十名以上の見目麗しい女性たちが待機していた。

「それは困ります。球世さんに叱られてしまいます」

なんて言って断ることができれば無惨も苦労しない。

結局、翌朝まで舞いの稽古をつけることとなった。

「帰りが遅いとまた珠世さんに叱られてしまいますが・・・仕方ない」

なんて愚痴をこぼす事もなく。稽古が終わった頃には日も上りきっていたため夕方までもう一泊となった。

無惨が夕方には帰るからと言った時に依頼人は渋った。楼主は夕方前には遊郭に戻らなければならない。依頼人自ら無惨の帰りを見送ることはできないためだ。

だが無惨を騙した手前、断る理由は無い。薬と指導の料金の倍以上を密かに包んで無惨に渡し、宿についても自由に帰れるよう手配して依頼人は引いた。

 

 

そんなドタバタもありながら、夕方まで寝入った無惨。

「・・・?」

遊郭特有の騒がしさのせいか、無惨は不意に目を覚ました。

無惨が静かに襖を開けると、外はすっかり日が落ち、鬼でも出歩ける程度の暗さになっていた。

その薄闇の中、無惨の本能に直感的に警鐘を鳴らすような何かが、彼の鼻を突いた。

「何でしょう・・・この嫌な予感は」

肌を這いずる嫌悪感

命が壊れる臭い

本能を焦らせる煙たさ

自身でも気付いた時には、無惨の体は外に飛び出していた。

 

夜の遊郭の賑やかさに背を向けて無惨は走っていた。

その先は遊女たちの居住区。これからの時間、無人となる区画。

走れば走るほど家々は貧しく、みすぼらしくなっていく。

 

焼けた臭いがした。

草でも、炭でもない。

 

雨風を凌ぐこともできないボロ屋が連なる裏通りに無惨は差し掛かった。

 

道の端に大穴が掘られていた。

臭いはそこから漂っている。

嫌な臭いだ。全身を焦がすほどに血が熱くなる臭い。

 

 

「・・・・・・これは」

 

凄惨な光景が無惨の息を荒らした。

 

 

穴の中には焦げた人型があった

 

 

身の丈は女子供か

黒焦げに焼かれていた

後ろ手に縛られたまま硬直した体

わずかに身動きがある

うめき声もする

 

 

生きたまま

長い時間をかけ

近くに家々がある中

誰にも助けてもらえぬまま

焼かれた何かを目の前に

無惨は体中の血が沸騰するほどの怒りと、脳が凍り付くほどの悲しみを覚えた。

燃え残りのくすぶり、炭化した皮膚がボロと崩れる。

男とも女とも見分けのつかない

どこが顔とも見分けのつかない

だがまだ息がある黒焦げの塊

 

 

 






<お知らせ>

最近、特に更新が滞り申し訳ありません。
事情がありまして。


昨年、結婚し忙しい日々を送る中。

現在、無限城(マイホーム)の築城(建築)をはじめました。
鳴女にも頑張ってもらって作っていますが、私自身も毎週土日を潰して頑張っています。

なので今後ももっと更新が滞るかもしれません。
本作を待っていただいている皆様には申し訳ありませんが、もうしばらく。もうしばらく・・・
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