真夜中の都市、まだ肌寒い空気を裂くように刺杉あいすは駆けていた。
目標は目の前を走る男。あいすの任務はその目標を殲滅することだったが...。

深層組所属のVTuber 刺杉あいすさんを主人公にした二次創作小説です。

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第1話

「ノベンバー、予定地点に到着。目標は依然ポイントD方面へ向け移動中」

「了解。以後、別命があるまでは待機。随時経過報告せよ」

 首元に埋め込まれた生分解型無線機から頭蓋骨を介して、声が伝わる。

「アルファ追いつけるか?」

 無線の向こうで男が言う。

「問題なし。私にまかせろり!」

 私はその声に返事した。

 まだ肌寒い空気を裂くように、私は駆ける。真夜中の都市の人通りは少なく、時折すれ違う人も私には目もくれない。都会の人間の無関心さには感心する。自動車の通行もまた疎らだ。大通り、高いビル群に挟まれた空の下、暗い影の背中を追う。報告によると、あれが今回の目標だ。

「アルファ、目標を肉眼で確認」

 私は無線機の向こうに報告する。

「了解。そのまま目標と接触。可能なら殲滅せよ」

 目標と私との直線距離は三◯メートル程度。恐らく向こうもこちらに気付いているが、移動速度はそれほど早いわけではなく、このまま障害がなければ追いつける。

 その時、目標がこちらを一瞥した後、突然進行方向を変え、ビルの隙間の脇道に入った。

「目標、路地を左折し進路を変更」

「HQ、こちらノベンバー、目標を見失ったわ。ポイントを変更するで」

「HQ了解。アルファ、追跡続行。気をつけろ」

 高く聳えるビル群の何処かから目標と私を観測しているノベンバーとHQのやりとりを聞きながら、私は任務用に調達したワインレッドのチャイナ風ドレスを翻し、目標の滑り込んだ路地へ入った。曲がり角の先にはさらに角があり、目標の背中はまたそちらに消えていく。私が見失うわけにはいかない。

「こちらアルファ。目標はさらに路地の奥へ逃走。追跡を続行します」

 曲がり角を折れた瞬間、見計らったようなタイミングで人差し指ほどの大きさの針のような物がこちらに向かって飛んできた。それを認識してから一拍後、私は最低限の動きで回避行動をとる。寸での距離で計三つの針が体の傍を通り過ぎていく。辛うじて人間に避けられる数。測られているのか。

「舐められてるな」

 私は呟く。

 時折飛んでくる針を躱しつつ、私は路地を駆け進んでいく。都市と言えどこの辺りの路地は狭く薄暗いところも場所も多い。都会らしく左右の壁が高く、妙な圧迫感がある。左右の配管から噴き出す白煙は妙に生暖かく、気持ち悪い。路地は複雑に入り組んでおり、幾度も角を曲がるうちに自分が今どの方角を向いているのかわからなくなる。僅かに感じられる目標の影と気配に追い縋る。

 

 またひとつ角を曲がった先は、ついに行き止まりだった。奥のビルの壁の方を向きながら、目標は足を止めていた。もう逃げ場はない。

「ここまでね」

 私はその影の背に向かって言った。目標は、未だ私に背を向けながら、夜空を見上げている。私はホルスターからM92FSを引き抜き、素早く構える。

「今宵は星辰がよく見える」

 ついにそれは口を開いた。

「ごきげんよう。私はエルダー。君たちが始めたことの反作用と言ったところか」

 続けて目標はそんなことを話した。警戒しつつ、私はそれとの距離を詰める。目標の後方と左右は高いビルディングの壁に囲まれている。ここに追い込まれて逃げおおせる相手なら、私達もまたそれなりの準備をして出直さなければならない。その可能性を考慮しつつ、今は目標を確実に仕留めることに集中する。「目標」はひょろりと細長い体躯をした人間の男性に見えた。私が相手をさせられている以上、その保証はないが。男が振り向きざまに私の目を覗く。不気味な目だ。

「抜け目のない構えだ。だが随分と気が急くな」

 男は言う。

「私の目的は貴方の殲滅です。覚悟を」

 男の言葉に構わず、私は宣言する。

「試してみたまえ。それが早かろう」

 試してみろ、というのは明らかに妙な言い方だが、こちらもものは試しだ。鬼が出るか、蛇が出るか。出方を見るためにも私は正確に男の眉間を狙い引き金を引いた。

 ベレッタの9mm弾の弾速はおよそ366m/sである。ここから目標の眉間を狙って、発砲から着弾までに2秒と掛からない。私が撃ち出した弾丸は一切の障害も無く、真っ直ぐに男の眉間に吸い込まれ、そして、着弾の寸前で消失した。まるで煙を払うように跡形もなく、その弾丸は一瞬にして消え失せた。

「調整は上々のようだ」

 男は言う。

 私は続けざまに数発、目標の急所に向けて銃弾を放った。しかし、先程と同じように、私の放った全ての銃弾は目標に着弾する直前で消失していく。男は傷を負っているようには見えず、むしろ飄々とした微笑みを浮かべているようにすら見える。

「効いてない。面倒くさい」

 私は弾倉を素早く交換し、M92FSをホルスターに仕舞った。次いで私はM870散弾銃を構え、間を開けずに撃ってみたが、結果は変わらず、男には傷ひとつ付けられなかった。

「そろそろご理解いただけただろうか。君たちのあらゆる攻撃は私に届かない」

 男は十分な時間をとってから口を開いた。

「そのようね」

 そう答えながら私はナイフを取り出し構える。

「ふむ。限られた選択肢の中で出来得る限りの試行錯誤をする。称揚に値する戦士の精神だ。さて、君はどこまでご存知かな。私としては君が知らなくても君の後ろにいる者に聞いてもらえれば良いのだが」

「何のことよ」

 男の戯言に適当な相槌を打ちつつ、私は隙を窺う。

「この星の標準規定時間における23時間45分21秒前。君たち人類はついに標準宇宙への干渉を敢行し、事実上”独立宣言”を行った。この地球の存在がマルチバースに明らかになり、宇宙統合評議会は君たちを無視することは出来なくなった」

 男は淡々と続ける。

「『深層組』。君たちはそう名乗り、この膜宇宙における貴族宣言を謳い、今”彼ら”に入門しようとしている。立派なことだが、少し性急すぎる。そう我々は判断し、こうして君たちに接触を図ったわけだ」

 男の瞬きの瞬間を狙って私は男の首にナイフを突き立てようと駆け出す。その瞬間、ナイフは何か超高熱のエネルギーを受け、半ば溶かされるように弾かれてしまった。男は一歩も動かないままだ。

「この星は元々我々が支配していた土地だ。小間使いとして作成した者共に手を噛まれてからは、インターバルブレーンに潜み、少しの間君たちに場所を譲っていたが、ここの原生種たる君たちホモ・サピエンスならともかく、他所の生命体にこの星を空け渡すのは承認しかねる。君たちが仮想空間を介し、この表層世界へ直接干渉を行ったのと同じように、我々はインターバルブレーンより君たちを保護下に置くためにやって来た」

「保護下?管理下の間違いでしょ?」

「解釈の仕方は任せよう。だが君たちにあまり時間がないのが事実だ。既に多くの膜宇宙の侵略的知的生命体がこの星に注目を集めている。条約が整備されていない今を狙って実力を行使してくる連中が現れるのも時間の問題だろう。まずは交渉のセッティングを、と思ったが想定していたよりも早めに勘付かれたようだ。どうやら歓迎もされていないらしい」

 そう話しながら、彼の右側のビルの上、その闇を一瞥した。

「こちらノベンバー。狙撃地点に到着。即座に狙撃します」

 その無線連絡から数秒後、風を切るような音とともに弾丸が一瞬で目標に到達し、そして先程と同じように消失した。続いて、私が構えていたM870の銃身が突然高熱を持ち、焼けるように溶けていく。私は即座に銃を捨てる。

「これ、さっきと同じ!」

 私は声を漏らす。

「この次元におけるこの星の大気では我々の光熱線兵器は推進力を僅かに減退することが分かっている。これを補強する方法はいくつかあるが、電子を誘導するマーカーファクターを事前に周囲へ打ち込むのが最も効率的だ。先程既に配置させてもらっている。君たちの攻撃は自動的に迎撃され、今の重火器だけでなく、身体のどこでも正確に狙える」

 男は淡々と今の状況を語る。

 さっきの針だ、と私は思い当たる。誘い込まれたということか。

「ちっ。随分と手のこんだことをするね」

「必要経費だ。さて、この機会を利用させてもらおう。まずは君たちの生体サンプルを頂戴したい」

 そう言い放って、男は私と目を合わせる。

「まずい!避けろ!」

 無線機の声を聞き終わる前に私は男と距離を詰め、急所を狙ってベレッタの引き金を引く。先ほどの話によると迎撃はこの間合いの外側からされている。距離を詰めれば迎撃が間に合わなくなる可能性がある。

「その勇敢さはとても好ましいよ」

 そう男が言った瞬間、私の肩や腿の辺りが焼けるように熱くなり、次の瞬間身体のあちこちに”穴”が空いていた。当然立っていられず、私はその場に倒れる。

「ぐッッ...!!」

 痛みに慣れる訓練は受けているが、許容量を越した損傷に思わず私の口から声が漏れる。力を振り絞り、私は目標を見上げる。男には一つの傷もない。

「まだ意識があるか。素晴らしい。だが先程も言った通りあまり時間は無いのでね。悪いが観念してもらおう」

 そう言いながら、男は私に手を伸ばす。その時、上空からアタッシュケースのようなものが私と男の間に落ちてきた。男の手も僅かに怯んだ。

 

「時期尚早かもしれないが、仕方あるまい」

 明滅する意識の中、無線の向こうからの声だけが認識できる。

「疑似魔法術軽少拡散法比女命システム、通称・魔法少女システム。今より使用を許可する」

「魔法少女システム!?あれは試験運用中のはずやろ!?」

「やむを得ない。このままだと彼女が再起不能になる」

 HQとノベンバーの会話が微かに聞こえる。カチリ、と音を立ててケースが独りでに開く。中には...ハート型のカッターのようなものが入っていた。

「おや、これは興味深いですね。君たちの新兵器か何かですか?」

 男はおもむろにケースに手を伸ばす。何かまずい気がする。私が咄嗟にそちらに手を向けると、そのカッターが独りでに動き私の手に吸い込まれるように収まった。

「それを身体の何処かに突き刺してください」

 無線機からの声に導かれるように、私はカッター刃を出し自分の抉れ爛れた肩に突き刺した。まだ痛覚は死んでいないらしく、鋭い痛みが脳に伝達される。その瞬間、肩から先、私の腕が弾け飛んだ。肉片と血の塊が宙で渦を作り、私の身体に張り付き発光する。不思議と痛みは消えていた。そしてその血の塊が再び消し飛んだ腕の部分に集まり、少しずつ新たな腕の形を構成していく。

「このような別膜宇宙からの侵略生命体との接触時に備えDWTCが開発を進めていた戦闘補助システム、それが『魔法少女システム』です。本人の身体をマテリアルとして、武装として再構成し、飛躍的な基礎戦闘能力の向上と最適な戦闘補助を行う性能を持ちます」

 そのような声を聞きながら、私は私自身の血肉で出来た武装を纏う。それがより強く発光したかと思うと、その美しい衣装がはっきりと姿を現していた。いつの間にか傷も全てすっかり完治している。

「ヒメミコト システマティック サイファー:∑!血着!」

 私の口が勝手に動き、自分でもよくわからない事を話す。

「ほう、これはこれは。だがいくら武装を増やしたところで、この迎撃システムがを突破できますか?」

 明滅していた意識が嘘のようにはっきりとし、次にすべき行動が明確に浮かぶ。だが武器は全て失われている。

「そんなの知らない!なぐれば解決!!」

 私は目の前の敵に向け駆け出し、その勢いのままでその顔面に拳を突き立てた。敵の迎撃システムは正しく発動したようだが、私の身体はその全てをそのまま反射し、弾き返した。頭上のどこかで爆発音が響く。敵は勢いよく後方に吹っ飛んでいく。破壊されたビルの壁に半ばめり込んだ男は表情を崩しながら口を開く。

「どうやら望ましくない状況となったようだ。残念だが、御暇させてもらうよ」

 男はそう言って、途轍もないスピードでビルより高く飛び上がり、建物の屋上に降り立ち、そのまま跳ねるように逃走していく。

「逃がすか!」

 私がそう言ったところで、身体は勝手に飛び上がり、その背中を追っていた。どういう原理か分からないが、便利な武装だ。自分でも驚くほどあっさりと私の身体は目標に追いつく。

「まずい!!」

 男が言い終わる間もなく、私は既に攻撃体勢に入っていた。

「うおりゃああああああああああああああああああああ!!!!!!!!!!!!!」

 私は飛び上がり、所謂飛び蹴りの体勢となり、男に向かってトドメの一撃を放った。すぐ後に足に確かな手応えを感じる。私の攻撃を受ける男は鳥が撃ち落とされるように急降下し、そのまま墜落していく。

「この仮体が...保たない!?」

 男がそう口にした瞬間、男の身体は文字通り爆散し粉々に砕け散った。私はそのままビルの屋上に着地した。

「はぁ...はぁ...殲滅完了」

 私は現実感の無い光景を今更ながら受け入れつつ、無線の向こうに告げた。

 

 ・ ・ ・ 

 

「…以上が今般のインシデントの報告です」

「魔法少女システム。予想以上の性能ですね」

「はい。先刻の戦闘データも既にお送りしている通りです」

「申し分ないですね。αやΔタイプの開発も急ぎ進めてください。それからあの刺熊(スティグマ)と呼ばれている生命体の調整も。既に”彼ら”は行動を始めているのですから」

 

つづく


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