カタン、カタン。
レールの繋ぎ目の音が、列車の中に響く。どこかで「鹿おどしは一定のリズムで音を鳴らすからこそ、静寂を引き立たせる」と言っているような文を読んだ気がする。その時は今ひとつ何を言っているのかがわからなかったが、鹿おどしとレールの繋ぎ目と音源は違えど、ああ、こういうことか。と今更ながら実感した。窓の外は青、青、青。時々トンネルや切通しの土の色が見えるが。次の駅までおよそ2km。まだ駅間の約2/3が残っている。
リズミカルな鉄輪と軌道の音が心地いい。車内はエアコンが効いていて、快適だ。乗客としてこの列車に乗っているなら、私は確実に寝ているだろう。
『まもなく、
こんな山の中を走るローカル線だが、車両だけは一応最新型だ。一丁前に自動放送までついている。
列車が減速を始め、VVVFインバータが音を奏でる。電気が通っていない路線ではあるが、ハイブリッド式の気動車なので、軽油を動力源にする点以外は電車と変わらない。
列車が石合駅に到着した。私はドアスイッチを操作して、扉を開き、ホームに出て安全を確認する。単行の両開き3扉車両で、この列車もまた1両編成だ。降車客もいなければ、乗車客もいない。ドアスイッチで扉を閉める。安全が確認できたら発車の合図を送る。緩解音が鳴り、列車がまた動き出す。
車内が閑散としすぎているが、次の望木
車内はドア付近に2人掛けのロングシートが、そのロングシートで挟むようにしてボックスシートが2区画あるという構成になっている。乗客は1人だけいる。意外にも若い女性だった。なぜ乗っているのかはわからないが。彼女はボックスシートの窓側に座って、窓にもたれながら睡眠をとっている。向かい側の座席にはリュックサックが置いてある。おそらく彼女のものだろう。
『まもなく、望木、望木です。…』
石合から望木までは駅間が比較的短い。またこの駅でも乗降客はいなかった。朝と夕方は結構いるのだが。
『次は、
次の富葉町までは駅間が本当に長い。その距離、なんと4.6km。富葉町は富葉温泉があり、特急列車も停まる、比較的大きな駅。この駅では向こうから来た列車と待ち合わせる、いわゆる列車交換が行われる。列車はゴオッ、と走行音を一際大きく鳴らして、長い長い山岳トンネルに入る。このトンネルを通す工事は難関を極めた。大量の地下水が工事中に噴き出したり、果てには地盤崩落が起きたこともあるそうだ。そんな不安定な山に隧道を通そうと果敢に立ち向かった作業員の方々に心から敬意を表する。
真っ黒なトンネルに、時々走る白い光跡。昔は蒸気機関車が走っていたので、今でもトンネルがすすけている。私は気まぐれで車内を巡回する。車両前方まで歩みを進めた頃、右後ろから声をかけられた、「すみません」と。その声は車内に唯一いた、若い女性からだった。
「はい。」
私は、暗い顔をする彼女に返事をした。
「富葉町駅は……。」
不安そうな声で私に問う。
「このトンネルを抜けると富葉町です。」
そう答えると、一転、彼女の顔は明るくなった。と、同時に、奇遇にも列車もトンネルを抜けた。
「ありがとうございます!乗ってからずっと寝てて、『もしかしたら寝過ごしたのかも……』って考えちゃって……。」
「いえいえ。ご旅行ですか?」
彼女は笑顔でこう言った。
「はい!まぁ、登山というかなんというか。そんな感じです。」
彼女は続ける。
「朝一番で山から降りてきて、それでこの後富葉温泉に泊まるんです。」
「そうなんですね。温泉、楽しんできてくださいね。」
笑顔で彼女は、はい、と答えた。
私は乗務員室に戻り、進行方向右側の景色を乗務員用ドアの小窓から眺めながら、こんな辺鄙なローカル線でも使ってくれる人がいるんだな、なんてことを考えていると自動放送が流れた。
『まもなく、富葉町、富葉町です。お出口は右側です。』
富葉町は大きい駅と言った。確かに大きい駅だ。上下線ともに2本線路があり、日中はこの駅で、後から来る特急列車と接続をする。この駅には駅係員が配置されているため、すべてのドアを開けることとなっている。
緩解音が響く。ドアスイッチを操作し、扉を開く。すると、さっきまで乗っていた女性が降車したかと思うと、こちらへやってきた。
「ありがとうございました!また乗りに来ます!お仕事頑張ってください!」
こんな風に面と向かって感謝を伝えられることはほとんどないので、いつにも増して嬉しかった。
「こちらこそご乗車ありがとうございました。この先もお気をつけて、いってらっしゃいませ。」
私が頭を下げると、彼女も私と同じく頭を下げた。顔を上げてすぐ、彼女は階段の方へ、笑顔で手を振りながら歩き出した。気付けば私も同じように手を振りかえしていた。乗務員という、人の命をお預かりする仕事をしていて本当に良かったと思う瞬間でもあり、また、少し背筋の伸びるような感情も湧いてきた。さぁ、終点までもう一仕事。