入り口を入ると直ぐに1人の兵が此方に寄って来る。
「私はファーベ、オーベル、ルナⅡへ赴任を命じられて此処に来たのだが…」
「はい、存じて居ります。今、此処に来るのは殆どが明日打ち上げの臨時便搭乗者のみですの
で。」
なるほど、それで真っ直ぐ此方へ歩いて来たのかと納得しつつ、俺は彼の案内でブリーフィン
グルームらしき場所まで連れて来られた。
彼に礼を述べ、中に入ると既に17~18名程の先客が列を成して座っている。
見た所来た順に座っているのだろう、俺も順番通り2番目の列の最後方に進むと、隣に座って
いる少佐に一言声を掛けた。
「隣を失礼致します。」
その少佐は俺の階級を気にする事もなく、気さくに応じてくれた。
「君もルナⅡ行きか、これでもまだ半分位しか集まっていないらしい。乗るのは民生用の中型
機と言っていたので1機ではなさそうだな。お互い無事に着けると良いが…」
「申し遅れました。私はファーベ、オーベル、少尉をしております。」
「此方こそ名乗り遅れた。レイナード、ピカリエ、見ての通り少佐だ。君はどこの艦隊から引
き抜かれた?」
「いえ、私は司令部で広報をして居りました。」
一応、そう言う事になっている。
「珍しいな、此処にいるのは艦艇勤務の経験者ばかりなんだが…」
何か場違いな場所に来てしまったのか?
「一応、南極艦隊に2年、北極艦隊に1年はいましたが…」
「そうだろう、どうやら我々はルナⅡの防衛艦隊の幹部要員らしい。」
「そうなのですか、私は現地に着いてから配属先が明かされると聞かされていたので。」
「あくまで噂の話なのだがな。此処に集められたのは尉官と佐官ばかりの様だ。知った顔も幾
人かいる。」
そう話している間にも続々と人は増えて行き、20分程で部屋はほぼ満員となった。
「予定より早いのですが、全員揃った様なので今回の打ち上げ作業の説明に入ります。」
打ち上げ管制官と思わしき人物が檀上に立ちしゃべり始めた。
「今回の打ち上げは、敵監視下での強行打ち上げとなります。行き先が高軌道高度なのと、道
中敵の追撃の可能性を考慮して2隻に人員を分散し、この2隻を同時に打ち上げます。事前に
護衛戦力を積んだ貨物機2機を打ち上げ済みで、当初はそれらが再び我が基地上空に差し掛か
るタイミングに合わせて貴官搭乗機を打ち上げる計画でした。」
他の離発着機がないとは言え、2機同時打ち上げなど通常ならあり得ない形だ。
「ですが2時間程前より、敵ムサイ級1隻が打ち上げ軌道と一部交差するコースに進入。恐ら
くは軌道上を周回中の貨物機を追跡する為に軌道面を変更した事も先程確認しました。我々は
敵と最も距離が離れるタイミングで貴官らを打ち上げる予定ですが、天候等に拠り若干の変更
があり得る事は御承知下さい。」
逆に言えば、中止はしないと言う事なのだろう。
大体通常ならば打ち上げ管制官が持ち場を離れて自らブリーフィングを行なう事もない。
この打ち上げに臨む軍の入れ込み様が伝わって来る様だ。
「基本的には当初予定より20分程打ち上げを早めます。そうしますと貨物機との直接会合は
適わなくなり、そのままですと打ち上げ機が貨物機と同高度に到達した時点で両者には約40
0キロの距離が開きますが、貨物機側が増速する手筈なので、両者の距離差は230キロ程度
までは近づく予定。それまでに敵が現在の軌道を周回し続けているならばギリギリ敵は地球の
影に入っている筈です。デルタ基地からの給推進剤艦と合流する為に9分程を見てから軌道高
度を上げる為の2次加速を実施、給推進剤艦と会合し、推進剤の補給を受けた後、ルナⅡへ向
けて最終加速、これが現在進行中の打ち上げ作戦の概要となります。搭乗時には船外服を着用
の事、所用のある方は速やかに済ませ、早めに御搭乗下さい。搭乗機は今座っている席より中
央通路を挟んで左列がSS023、右列がSS031、着席は早い者から前方詰めでお願いし
ます。以上となりますが何か質問はありますか?」
質問する者は1人もいなかった。
打ち上げ管制官が檀上から降りると、船外服へ着換える部屋まで案内する兵が入れ替わりに現
れ、用のない者はそれに従い移動する。
支給された船外服は民生用の簡易型ではなく、階級章こそ付いていなかったが軍正式品、しか
も新型の物だった。
着替えが終わると出口で搭乗時の細かな説明を受け船へと向かう。
今着ていた軍服は此処で処分され、下着を含めた新品がルナⅡ到着後に改めて支給されると言
う話だ。
窓の外に見えて来たのは民生用の往還船だった。
手前が俺の乗る船である31号機、23号機はその奥だと案内役は教えてくれた。
2機は型こそ違うが同格の中型旅客船、徴発した機体なのだろう、民間運航会社の塗装もその
ままに駐機していた。
空は相変わらずの曇天だったが、低い位置にも濃い雲が垂れ込め、ともすると降り出しかねな
い感じだ。
航空機式の水平発進機なので、搭乗は普通の旅客機とさして変わる所はなかったが、中に入る
と機内はガラリと様相が変わっていた。
シートが全て俺たちの着た船外服に合わせた物に換えられていたからだ。
背もたれの部分に生命維持装置が収まる大きな窪みが設けられ、座席その物も一回り大きく、
その結果座席数がぐんと減っていた。
恐らく右3列、左2列だったのだろうが、それぞれ2列と1列になっており、前後方向にも当
然減っている筈だ。
逆に通路は若干だが明らかに広くなっている。
俺の席は機体中央前よりの通路右側になった。
窓際に座る先着の士官に頭だけ下げると席に着く。
背もたれの窪みに生命維持装置を宛がうと、僅かだがシートに身体が引寄せられた。
搭乗は15分程で終わり、搭乗口が閉じられると、此処で副パイロットより船外服の通話装置
に付いての説明が行なわれる。
借りた新型の船外服には、赤外線式の通話装置が組み込まれていたのだ。
説明が終わると、機体は離陸準備の為誘導路を滑走路端に向って進む。
23号機が前走しているので、此方は2番手か…
同時打ち上げとは言う物の、1本の滑走路で発進するとなれば時間差があるのは当然の事だ。
しかし、先行の23号機が滑走路端に進入した所で外はいよいよ暗さを増し、窓側に座った者
から誰言うとなく雨と言う言葉が上がり始めた。
見る間に激しくなる雨は窓から離れた俺にも判る程で、機体を打つ大粒の雨音がキャビン内に
まで聞こえ始めると、機長から打ち上げの一時中断がアナウンスされる。
これでは護衛との会合予定が又狂ってしまう… いや? 却って条件は緩和されるのかも知れ
ない。
護衛の貨物機と呼ばれていた重量物打ち上げ回収機、HPLC148と149は恐らく今頃大
平洋上に進入した頃だ。
敵のムサイが1隻、彼らより30キロ程高位の同一軌道面を回っているが、例に拠ってミノフ
スキー場の擾乱を敵が掛けているならば、彼らは我々の打ち上げ情報も、敵艦に対する光学観
測の結果も受信する事が出来ていないだろう。
衛星は粗方落とされている上、彼らがジャブローのレーザー通信圏内に入って来たタイミング
で、基地上空にはぶ厚い雲が流れて来ており、恐らくレーザー通信は阻まれたろうからだ。
HPLC148の機長はジャブローのレーザー通信圏内に進入した時、その上空に厚い雲の層
が流れ着いている事に気付いた。
「雲が邪魔で最新の情報が入手出来ん。客は予定通りジャブローを発ったのか?」
だが、目視で確認する限り、上昇して来る往還機は影も形もない。
「悪天候により打ち上げは遅延している物と判断する。通信途絶中につき作戦内容の変更は考
えない。」
「中止の可能性は?」
副パイロットの問いを、機長は否定する。
「いや、余程の事が無い限り必ず打ち上げは行なわれる。打ち上げ作業の遅延は10分程度と
見た。差し引き10分の打ち上げ時刻前倒しになる。149にレーザー通信、作戦は継続中、
ガンボールのパイロット聞こえるか? 展開準備だ!」
その時不意にジャブローとのレーザー通信が回復した。
「148、149でも良い、護衛対象の打ち上げは8分遅延、さく… 」
雲の隙間を縫って届いた通信ビームは直ぐに途絶えてしまったが、機長にはそれだけで十分だ
った。
「予想は当たりだが、敵が軌道高度の変更をしていると予想より早く地球の影から出て来る可
能性がある。まだムサイは地球の影だな。」
「敵艦の情報が取得出来なかったのは痛かったですね。」
「敵艦を光学で確認するまでガンボールは放出しない。149も聞こえているな、高度を15
キロ上げる、噴射7秒前、5、4、3、2、1、噴射!」
垂直打ち上げ型の貨物機であるHPCL2機は、少しでも遅く南米上空を通過する為、周回高
度の上昇を行なった。
強い雨が降っていたのは3分程だった。
雨脚は弱まり、雲の隙間に薄日が差すと、管制塔は打ち上げを強行した。
小降りになった後、更に2分程待ってから23号機は離陸滑走を開始する。
23号機は5千メートルの滑走路を一杯に使い、機体を空に浮かべた。
その23号機のギアが滑走路の路面を離れるタイミングを見計らった様に、31号機が地上滑
走を始める。
基本超高翼面荷重のデルタ翼の上、特別な揚力補助装置を持たないこのクラスの民間船は、離
陸するのに中々長大な滑走路を必要とする。
大型機には色々な細工が施されているが、このクラスでは5千メートル級の滑走路運用前提で
機体の単純化が計られているのだ。
通常の航空機と違い、様々な制約から普通の空港では運用出来ない機種なので、ならば機体は
安くて単純な方が良いと言うメーカーと運航会社の思惑の結果だった。
窓から離れた俺に詳しい状況は判らなかったが、地上で旋回したのは機体が滑走路に出たから
だろう。
エンジン音が変わり、後ろ向きにGを感じる物の、その辺りは通常の航空機と大した違いはな
い。
だが、ギアが滑走路を離れると僅かではあるが小刻みに機体が揺さぶられ始めた。
素人の勝手な憶測なのだが、多分先発機の後流に揉まれているのだ。
先を行く23号機の後流が完全に収まる程には2機の間隔は開いていないのだろう。
離陸を終えた機体は、そのままの角度で一気に雨雲を突き抜け天へと駆け上がる。
先発機との距離が開いたのだろう、機体の揺れは収まり、隣人の頭越しに見る外の景色に雲が
一切れも見えなくなると、機体の角度が徐々に水平になって行く。
機長からの機内放送。
「これよりズーム上昇に移行します。ヘルメットのバイザーを降ろし、生命維持装置のモード
が船体由来になっている事を確認して下さい。」
座った時に感じた背中を引っ張られる様な感覚は、シートと生命維持装置が自動で連結した為
の物だった。
これは正に戦闘艦のシートと同じ仕様だ。
緊急時以外は船側から電力とエアーが供給され、生命維持装置自体のそれらを温存する仕組み
は、長時間の船外服着用が前提の戦闘艦では必須の機能なのだ。
恐らくこれもシートを交換した理由の一つなのだろう。
バイザーを降ろし、左手首のモニターで生命維持装置の状態を確認する。
その間に機体はゆっくりと機首を下げ始めた。
一転して降下を始めた機体は、その加速のまま再度機首上げに転じ、結構な迎え角が付くとエ
ンジン音が切り替わる、先程までしていたタービン音はいつの間にか消えてしまっていた。
隣人の頭越しに見る窓の外ははもう青空ではない。
上昇を続ける機体は再びエンジンの停止、再点火を行ないつつ高度を稼ぐ。
と、再度エンジンは停止し、今度は再点火する事もなく不意に静寂が辺りを包みこんだ。
惰性での上昇も終わったのだろう、身体に感じる浮遊感が、機体が衛星軌道に達した事を教え
てくれた。
我々は宇宙に出たのだ。
「さっきの打ち上げ機が囮だとすれば、本命は今頃ジャブローを後にした頃か…」
ムサイ級、ヌガイの艦長オルトナル少佐は、副長のアマウス大尉に話し掛ける。
「本命… ですか?」
アマウス大尉には本命の意味が解らない。
「2機の打ち上げ後、我々が再び南米を視界に捉えるタイミングで打ち上がった1機が我々へ
の牽制であることは、子供にでも判る小細工だ。」
「それは判りますが、艦長の言う本命とは最初に打ち上がった2機の方なのでは? あるいは
偽装と見せて後発の1機に何か重要な積み荷を積んだのかも。」
「確か後発の1機は一度軌道に乗った後、再上昇して40キロ程上空にいるが、最初の2機は
未だに初期投入高度を維持したまま周回し続けている。」
「では、3度目の打ち上げがあると。」
「私はそれが本命だと踏んでいる。そして打ち上げるなら敵から見て本艦が地球の影に入って
いる間の公算が高い。私ならそうする。」
「パトロールも3隻程いればほぼ全球をカバー出来るのですが…」
「それは言わぬ事だ、今は船が足りないのだ、我々も応援で来ているのだからな。まあ、我が
地上侵攻の布石でもあるのだが。」
ヌガイは突撃機動軍所属、ルウムの傷が癒えぬ宇宙攻撃軍の穴埋めを名目に、キシリアの命で
低軌道域まで進出しているのだった。
「直ぐに判る、もうすぐ南米上空が見えて来るからな。ザクに展開を準備させろ。」
ヌガイは軌道パトロール中にジャブローから打ち上がる2隻の宇宙船を確認し、追跡の為軌道
角度の変更を掛けたのだが、次にジャブロー上空が見える位置に差し掛かると別の1機が打ち
上げられたのだ。
オルトナル少佐は瞬時に決断を迫られた物の、ヌガイが後発の宇宙船を追う事はなかった。
アマウス大尉は、艦長が単純に最初の2機を追う判断を下したのだと思ったのだが、更なる打
ち上げを予見した行動とまでは考えが及ばなかった。
短時間に数次に渡る打ち上げは前例が無くもないが極めて異例なのだ。
しかも、何らかの重要案件の打ち上げを匂わせる情報などは何処からももたらされていない。
「後方シャッターの開放中に加速を掛ける可能性があるので注意せよ。ザクは3機共旋転保持
装置上で発進待機!」
今ヌガイは2隻の敵船を追ってほぼ赤道上空を周回しており、一度追い越した南米が再び直下
に巡って来る迄には予測した打ち上げは終了している公算が高い。
最初の2隻との合流を狙うなら此方が見えてからのタイミングとなろうが、我々を避けつつ軌
道上で待機する2隻の接近も考慮すれば、敵は既に打ち上げを終えている筈だ。
地球の端に南米の大平洋岸が微かに見えるまでヌガイが周回した時、その上空に4つの点が光
るのが見えた。
太陽光と地球照の両方に照らされて浮かび上がったのは、追跡中の敵船に加えて間違いなくジ
ャブローから打ち上げられた新手の宇宙船に間違いない。
「やはりな、私の読みは当たリだ。対艦戦闘に移行。メガ砲は遠射モード、狙いは一番遠い船
だ。ザクの発進はメガ砲の斉射後に行なう。」
メガ砲は単射のビームを吐き出したが、地球磁場の影響を受けたのか初射は至近弾に終わる。
「照準補正後直ちに次発、斉射後ザクの放出作業に移行する。」
艦橋側を地球に向けているヌガイは次弾を斉射した後、右舷側に10度傾いたカタパルトを敵
の方角に向ける為、艦首を左舷側に回頭した。
護衛の貨物機との接近は果たせなかった物の、その貨物機2機が180キロ程後方を追い掛け
て来ているのを、上昇中だった往還機のパイロット達は肉眼で確認する事が出来た。
だが、慣性飛行に入ってから彼らの背後に当たる地平線からムサイが昇って来たのにはパイロ
ットの目に入らない。
ほぼ真後ろから出現したムサイに対し、往還機のコクピットは民生用の旅客機材故後方視界が
皆無だからだ。
ムサイは当然の様にミノフスキー場の擾乱を行なっており、電波系のセンサー類は無論役に立
たなかった。
往還機達に警報を発したのはHPLC148の機長だった。
彼らは打ち上げ時に交差軌道上にいたムサイが軌道を変更して自分達を追って来ているのを、
1周前にジャブローから受けたレーザー通信で知っており、警戒していたからだ。
「来たぞ、軌道角はそのままで出現した!」
即座に周回高度を敵より高く変更すべきなのだが、自分達はともかく往還船の限られた推進剤
で予定されているデルタ基地発の給推進剤艦と会合を果すには、上昇タイミングが明らかに早
過ぎる。
「7分間は持たせろ!」
その時ムサイの放つ初弾のビーム6条がSS023に伸びる。
幸い一番近いビームで23号機の15メートル程左側を逸れた物の、それを見た同機の機長が
回避の為機体に左ロールを掛けつつ機首上げを行なった瞬間、続く第2斉射の1条が右翼に突
き刺さった。
盛大に貫射方向に飛び散る破片は同機の大破を連想させた物の、命中箇所は翼端に近い部分で
幸いエンジン部の損傷は免れた。
しかし右翼内の推進剤は粗方失なわれたので、このままだと補給船との会合高度まで上昇する
のは厳しくなってしまった。
第3斉射が来る。
誰もがそう思ったのだが、ムサイのビーム攻撃はそこで止んだ。
その間に被弾したSS023の機長は、回避運動と被弾の衝撃が合わさり発生した不規則なロ
ールを何とか打ち消し機体を安定させた物の、その為に更なる推進剤を消費する事になった。
攻撃はSS023に集中しており、SS031には敵の攻撃は向けられていない。
俺は31号機へ搭乗したことに感謝しつつも、不測の事態に備えて隣の席の士官に赤外線通信
機での通話を試みてみる。
「済みません、個人通話のテストをしたいのですが宜しいですか?」
「何も問題ありません、普通に受信出来ています。」
視線を相手のヘルメットに合わせるだけで、特別な操作なしに会話出来るとは聞いていたが…
これなら従来品より操作は簡単な位だ。
そう言えば、名乗るのを忘れていたな…
「名乗り遅れて申し訳ありません、私はファーベ、オーベル、階級は少尉です。」
階級章なしの船外服なので相手の格が判らない。
「いえ、お気になさらず。私はイオニア、エイワット、同じく少尉ですのでご安心を。」
「外は良く見えますか?」
「はい、ですが視界は狭いので何が起きているのかまでは掴み切れません。」
被弾したSS023は正面方向にいたので側面の窓からは見えない。
護衛の貨物機ことHPLC2機は、既にカーゴドアを開放している。
中には長大な砲を2門備える、赤白2色にペイントされた軌道作業機にも見える機体が収まっ
ていた。
これが連邦のザクに対する第一の答え、RMK73、通称ガンボールだ。
形式コードの接頭文字はロボット兵器、MKは機動砲架、73はトータルでの開発順を表す。
この兵器は地上用と軌道上用に作り分けられており、クローラー付きのボディを与えられた地
上用にはRMK72のナンバーが割り当てられ、ガンアームと呼ばれていた。
因みに月面重力、真空対応型も試作された物の、構造が複雑になる為開発は中断している。
「SS023の乗員は無事な様だ。敵が砲撃を止めたと言う事は恐らくザクが来るぞ、ガンボ
ール出れるな? 本機は敵の護衛対象到達に先んじるべく発進作業前に予備加速を行なう。ガ
ンボールは加速終了を待って本機より離脱せよ。」
HPLC148と149は往還機に向けて数秒の加速を掛け、宙へ解き放たれた積み荷のガン
ボール4機は往還機に向けて自機推力を合わせ突進する。
その頃、連邦貨物機に遅れは取った物の、ヌガイもザクの発艦作業に入った。
カタパルトを持つヌガイは、予備加速とカタパルトの投射能力を合わせてザクを送り出す。
3機のザクは射出で生じた各15秒程の間隔もそのままに、月面仕様機である自機のスラスタ
ーに最大推力を掛け往還機を追い掛ける。
射出を終えたヌガイは、予備加速のせいで生じた軌道のズレを修正しつつロールを行なって天
地を入れ替え、地球を足元に見る姿勢となる。
その艦橋内では追っていた貨物機から何らかの小型機が放出された事が艦長に報告された。
「敵貨物機の放出物体は加速しました。小型の宇宙機に間違いありません。」
「やはり後から上がって来たシャトルが本命で間違いない、貨物機は護衛を積んでいたのだ。
戦闘機の類いか?」
「機種は不明、今望遠で映像を捉えました。これです。」
左に振り向いたオルトナル少佐がモニター内に見たのは、主砲射撃指揮装置が捉えた敵機の姿
だったが、距離が離れている為今一つ解像度の低い映像だった。
連邦の艦艇より射程の短いメガ砲を装備するムサイ級は、射統装置も相応の物しか装備されて
いないのだが、それでも連邦のFF3バリオールとは似ても似付かない形状なのは判る。
そもそも艦艇自身の高機動性と、航続及び攻撃力の不足から第一線装備として外されつつある
同機に、オルトナル少佐以下誰も実戦で相まみえた者などいなかった。
「何に見える? 戦闘機らしくはないようだが…」
「判りませんが先行するザク達も捉えている筈です。どうします、我々も加速して捕捉します
か?」
「ザクを出した以上回収まで考えねばならんが… 進路このまま、攻撃はザクに任せる。」
オルトナル少佐は言葉にしなかったが、その判断にはザクとの同士討ちを避ける意味合いも含
まれていた。
一方ガンボール達は狙い通りザクより早く往還船の至近に占位することが出来た。
「GB1より各機、護衛対象に併走する。GB2は我と31号機の上空、GB3と4は28号
機の下方各300メートルに占位せよ。」
往還船2隻の後方より接近して来た彼らは、見事な編隊機動を見せるとそれぞれのの上下に取
り付いた。
「護衛対象は3分後に上昇噴射を開始予定。それまで敵機の接近を許すな!」
ガンボール各機は慣性飛行のまま後方に向き直ると両肩?に装備された155ミリ無反動砲を
遙か遠方に見える3つの光点に向け照準する。
「本機とGB2は先頭の機体、GB3は中央、GB4は最後方を狙え、斉射!」
秒速1700メートル以上で撃ち出された8発の砲弾がザクに向け伸びて行くが、敵機が回避
運動をしなかったにも拘わらず、1発も命中弾は得られなかった。
「くそっ、やはり反動で弾が逸れるか…」
ガンボールのパイロットは、この機体が遠距離での照準に難がある事を理解した。
無反動と冠こそ付けられているが、この砲は初めからその様に設計された物ではないのだ。
大容量の駐退復座器により反動をほぼ打ち消す設計は完全とは言い難く、更に機体中心より離
れた位置に2門装備という形態が照準誤差に拍車を掛けていたのだった。
ザクのパイロット側からすれば、余りの遠距離砲撃に気付かなかったが故の無回避で、決して
弾道が見えていた訳ではなかった。
ガンボールの放った徹甲弾に仕込まれたトレーサーは15秒程しか持続しないので、トレーサ
ーの燃え尽きた徹甲弾は光学センサーに捕まり辛く、勿論レーダーは使用不能、赤外線センサ
ーの警報に気付いた時には既に砲弾は自機の後方へ飛び去った後だった。
「何っ、この距離で撃ってくるのか。」
ザクのパイロットは照準よりも有効射程の長さに驚き、砲弾が飛び去ってからランダムな回避
機動を取り始めたが、これは推進剤の消費に拍車を掛けた。
一方のガンボール側は遠距離砲戦を潔く諦めた。
ザクは回避機動を行いつつ連邦側が推定する彼らの携行砲の有効射程圏内に迫る。
「もう一度主砲を試す。目標は各自で選択、撃てっ!」
ガンボールが放った砲弾は、距離の詰まった分確かに有効射の期待出来る弾道を描いたが、ト
レーサーの燃焼圏内まで近付いたので、今度はザクからも飛来する砲弾の確認が出来た。
ザク達は被弾直前で急機動を掛け、8発の砲弾は又もザクを捕える事が出来なかった。
ガンボール達はザクからの応射を警戒して散開するが、ザクは携行砲を撃つ事なくそのまま突
っ込んで来る。
「人型もどきに構うな、シャトルが落とせれば良いのだ!」
散開した事で敵に道を空けてしまった格好となったガンボールは、すぐさま往還船の正面に出
ようと機体を翻す。
往還船の至近にザクが取り付くまで、数秒だが時間は残されていた。
窓から離れている俺には、外の状況は何も判らなかった。
敵艦が近くまで来ているのか?
だが、両の窓際に座った者にもやはり状況は掴めていない様だ。
パイロット達からのアナウンスも全くなくなってしまった。
自分ではどうする事も出来ず、只閉じ込められているだけの状態に恐怖心が湧き上がって来る
のを感じる。
これは俺にとって初めての実戦経験なのだ。
と、前触れもなく機体は機首上げと右へのロール機動に入る。
明らかにこれは回避運動に違いない。
エイワット少尉越しに窓を見やると、ロケット弾と思わしき物が斜め後方に飛び去って行く。
それが敵の物なのか、それとも護衛役の味方の物なのか俺には判らなかった。
オーベル少尉の見たそれを放ったのは味方のGB2だった。
SS031のパイロットは、ガンボールからの警報を受けて憶測で回避機動を取る。
後方視界がないので当然なのだが、咄嗟に取った回避はパイロットに操縦桿を引かせる形とな
り、図らずもSS023が被弾した時の機動に似た物になったが、幸いザクの初射を避ける事
は出来た。
距離700メートルの位置で、ほぼ真後ろから射掛けたザクの携行砲は往還船の回避を読んで
いなかった為命中する事はなく、逆にガンボール側が応射した弾を避ける為、自分達も回避せ
ざるを得なかった。
「くそっ あいつらデカい砲だけではないのか。」
GB2が苦し紛れに放ったロケット弾のせいで、3機のザクは編隊を崩される。
SS031に警報を送ったGB1は、それを見て両腕?のボップランチャーを有効だと判断し
た。
「BG各機、ボップランチャーは使える、メインをそっちに切り替えろ!」
ガンボール(ガンアームもだが)は2門の155ミリ無反動砲に加え、マニピュレーター状の
自在砲架に40ミリ速射ロケットランチャーを左右合わせて8門備える。
リボルバー式の給弾機構を備えたこのランチャーは、開発メーカーのパテントも切れ、忘れ去
られていた物を機動兵器開発局が復活させた物だった。
弾種は成形炸薬弾のみだが、ザクの薄い装甲には十分効果が期待出来る。
だが、最大で1門当たり毎分180発放てるランチャーは、その気になれば装弾数300発の
ガンボールをして12秒程で全弾撃ち尽くしてしまう。
「各機、ボップランチャーのレートは毎分60発で固定しろ。」
その間にザクは往還船を通り越しあっと言う間に前方へ踊り出る。
往還船を追跡する為、彼らは月面仕様機の持つジャンプユニットの推力を借りてかなりの高速
で接近しており、その相対速を打ち消す為にはかなり前方まで膨らむターンが必要だった。
最初の攻撃が至近距離で真後ろからの一撃のみだったのにも接近速度が響いていた。
ザク用の携行砲は低圧砲で、発射速度と初速が共に遅く、大相体速度差での射撃に余り向いて
いないからだったのだ。
上昇方向に大回りをして往還船側に戻ろうとザクが向き直った丁度その時、往還船は主機を点
火してついに上昇を開始する。
「此方の機動を読まれたっ」
ザクのパイロットの見立ては間違いだ、往還船は予定時間通りに二次加速を掛けただけで、寧
ろ今まで良く我慢した方だ。
ザクには運がなかった。
折角上昇側に旋回したのに、目標が上昇を始めたのは彼らが変針を終え再加速した直後だった
からだ。
ザク達は最早往還船のいない空間に全力加速を掛け、そこにはまだ上昇シークエンスに入って
いないガンボールが待ち構えていた。
「敵機が引き返して来るぞ、このままやり合うのか?」
「いや、155ミリで一撃後、往還船の後を追う。」
実質ガンボール隊を指揮しているGB1のパイロットは、往還船の護衛が最優先であることを
忘れない。
4機のガンボールは主砲を斉射すると往還船の追尾に移った。
放たれた砲弾は編隊を崩されたまま戻って来るザクの先頭機に集中する。
GB1の指示で牽制射を兼ねた緩い照準の砲弾8発はザクを包み込み、その内の1発が狙われ
たザクの右肩を射抜く。
宇宙用に空気抵抗を無視したフルスケールで大弾量かつ高初速の徹甲弾の前には、ザクの装甲
などないにも等しい。
ガンボールの放った砲弾は純徹甲弾なので爆発する事はなかった物の、被弾したザクの右肩は
携行砲を握る腕部ごと明後日の方向に飛ばされてしまった。
ガンボール達は往還機を追って上昇を開始する。
無傷だった2機のザクは被弾した機体を置いてそれを追おうとした所でヌガイからのレーザー
通信を受信した。
「ザク隊は現場に留まり推進剤の温存に努めよ。」
母艦のヌガイはメガ砲でのシャトル狙撃に作戦を変えた様だ。
オルトナル少佐はアマウス大尉に先程天地を入れ替えたのは天佑だと言ってのける。
「やはり艦砲でとどめを刺せと言う事だ。ザクにあの距離を追わせるのが厳しい事はある程度
判っていたからな。」
アマウス大尉は心の中で、ならば最初の砲撃は2斉射で止めるべきではなかったのではと呟い
た。
その時、今まで話題にも昇らなかった3機目の敵貨物機が直上10キロで本艦をパスしたとの
索敵報告がもたらされる。
「囮に構う事は無い、1隻づつ仕留めるぞ。目標、遠方のシャトル、2斉射を掛ける。照準後
、命令を待たず即攻撃せよ。」
「直上の貨物機、何かを放出しました。数は2。」
「追加の護衛か?」
「いえ、何かの弾体かブースターの様な細長い形状です。直接本艦に対してではなく敵シャト
ルと本艦の間に向っています。」
その間にメガ砲の斉射が行なわれ,6条のビームが先行の往還船に向かって伸びて行く。
その直前を先程の物体が何も起こさず斜めに只通り過ぎて行き、次の瞬間、ビームは雷雲の中
の放電の様な輝きを残して減衰してしまった。
「何が起きた!」
「判りませんがこれでは照準補正不能です。」
「構わん、続けて撃て!」
しかし、第2斉射も同様に減衰してしまい敵船には届かなかった。
「効果なし、続けて砲撃しますか?」
オルトナル少佐は砲撃の中止を命じ、長距離ミサイルでの攻撃に切り替えようとしたが、上昇
中の敵船との距離は開く一方の上、その後方よりシャトルを追う敵の護衛機が、既にヌガイの
軌道高度より高位にまで敵船に追及しているのを見て、攻撃の中止を命じた。
「損傷したザクのパイロットは無事なのだな?」
最早慣性で周回中のザクを回収する為に軌道高度を下げるタイミングは逸してしまっていた。
「ザクにはそのまま軌道上で待機させろ、次に会合出来るまでザクの生命資材は保つな?」
損傷したザクは僚機に回収されて、既に夜の領域に入った地球の上を3機でまとまって周回し
ており、その上空をヌガイが追い抜いて行く。
「連邦にしてやられたか…」
オルトナル少佐は負け戰であった事を素直に認めた。